第20話

   二十


 バーの前にいた三日月顔の男に、無事手に入れたことを伝え、三人が待つ小道へ戻った。すぐにねたを確認したかったが、外は危険だということで、三日月顔の誘いの言葉に従い、男の部屋へ向かった。


 男の部屋は自分の泊まっている宿と、パーティーがあるビーチの中間にあった。わりと新しい建物の二階に部屋があり、自分が住んでいる部屋のワンランク上といった感じだった。部屋は狭かったが、内装が清潔だった。


「さっそく中身を拝見してみようか」


 床に腰つけたまま、僕は大きなパケを開けて、小分けにされた小さなパケを取り出した。五人はそれを囲むように、円を成して座っていた。


「これで島の生活も盛りあがるっしょ」三日月顔の男は小さなスピーカーをいじりながら言う。


「ほんとだよ、あつし、ありがとな」僕はパケをすべて取り出し、床に広げて言った。


「ありがとうございます」


 しんご君がつづけて言う。残りの二人もかすかに頭を下げる。


「いや、あたりまえでしょ、同じ仲間なんだから」あつしと呼ばれる三日月顔の男は言った。


「これが“くさ”でこれが“たま”でしょ。はい」


 僕は白くて丸い錠剤が四つ入ったパケをトマト君に出し、茶色の枯葉(かれは)が固まったような物がつまったパケを、チャッキーさんの前に出した。


「ありがとう」


 トマト君はそう言って、パケをつかみ、顔に近づける。


「ありがとうございます」


 しんご君はポケットから財布を出し、札を取りだした。それを見てチャッキーさんも同じ動きをした。


「昨日食ったやつと同じ“たま”だ、よし!」


 そう言って、トマト君も札を出した。僕は三人から札を受け取り、二つ折りにしてポケットにつめこんだ。


「うれしいね、やっと手に入ったよ」僕は満面の笑みで言い、大麻が入ったパケを手に取った。


「ねえ、この“島”でほかの“たま”を見たことある?」


 トマト君は隣に座っているあつしに声をかけた。トマト君は僕としんご君に一錠ずつMDMAをわたした。あつしは自分の持っていた“くさ”を指でほぐしている。


「いいや、ないね、この島はそれしか出回っていないんじゃない?」あつしがパケに眼を向けて言う。


「そうか」トマト君は言った。


「えっ? なんで?」僕はパケを開けて、白いMDMAを入れた。


「“たま”にもいろいろ種類があるんだ。青とか、黄色とかね、ものによって効力が違うんだよ」トマト君は持っているパケを開けて言った。


「そうなんだ、“くさ”と一緒だね」


 僕はそう言い、パケに鼻を近づけて匂いを確かめた。嗅(か)いだことのある、湿(しめ)った、土臭さを感じた。


「どう?」あつしは指を動かしながら言う。


「いいね! この湿ってがちがちの茶色いかたまりはいいよ。日本でも似たような“くさ”にずいぶんと世話になったんだ」僕は偉そうに言った。


「そう? ならよかった」あつしは言った。


「地元では“やまとねた”と呼ばれていてね、見た目よりもガツンとくるんだよ。特に耳によく効いたね」


「でも、シンセミアじゃないじゃん。シンセミアのほうがクリアでよくない?」あつしが言う。


「そりゃ、シンセミアのほうがおいしいし、ずっと効くよ。でも、今までこんなような“くさ”を吸って育ってきたからね、愛着があるんだ。雑草じみたゴツゴツ感が好きなんだよ。それに、三百Bでこの量でしょ? なんの文句もないよ。日本だったら四万円はするよ」


 僕は弁解するように言った。


「それならいいけど、おれはもっとおいしいねたを吸いたいな」あつしはタバコをあぶっていた。


「そりゃ、あるならね。でもこれだけの量を吸えるならじゅうぶんだよ」僕は言った。


「なにやっているんですか?」しんご君はあつしの動きを見て訊ねた。


「ニコチンをとばしているんだよ」


 あつしはそう言うと、タバコをほぐし、くずれた大麻の上にちりばめた。


「タバコを混ぜるんだ」僕は言った。


「えっ? タバコは混ぜないの?」僕の正面に座っているあつしは、顔を見あげて言った。


「タバコが嫌いでね、いつも“くさ”だけで巻くんだ。」僕はあつしの指の動きを凝視(ぎょうし)して言った。


「それだと燃えが悪くない?」あつしは言う。


「タバコの臭いが混ざるのがイヤなんだ」僕は言った。


「そう、タバコがまじるけど、いい?」


「ああ、今はかまわないよ」僕は言った。


 あつしは慣れた手つきでジョイントを巻いた。


「じゃあ、いっちゃいましょうか?」


 あつしはそう言い、細長い巻きタバコのようなジョイントの、ねじれた先端部分に火をつけた。火は勢いよく燃えあがり、小さくなった。あつしはジョイントを手で回したあと、勢いよく二三度吸いこんだ。先端の赤い部分は呼吸に合わせて強く輝き、青白い煙は揺れた。


「いやー、いいね」


 僕は言った。あつしは何もこたえず、トマト君にジョイントを渡す。トマト君は驚くほどの勢いでジョイントを吸いこんだ。僕はそれを見て、腹をかかえて笑った。


「すごいですね!」


 しんご君はジョイントを受けとって言った。しんご君は不器用に吸いこんで、大きくせきこんだ。


「はっはっはっ、ガツンと効くよ!」


 白い煙を吐いたあつしが言った。僕はせきこんでいるしんご君からジョイントを受けとり、灰皿へ灰を落とした。トマト君は眼を大きくひらかせて口をふくらませている。僕は湿ったジョイントに口をつけて、二度大きく吸いこんだ。タバコの煙の味が大麻の香りと混じっていた。僕は息をとめて、チャッキーさんの前へ出した。チャッキーさんはおそるおそる手に取った。


「どうすればいいんだい?」チャッキーさんは小さな声で言った。


「たばこのように吸って、できるだけ息をとめればいいんだよ」


 あつしは言った。トマト君が大きく息を吐く。


「ごほっ! ごほっ! ごほっ!」


 チャッキさんはジョイントを吸うと、大きくせきこんだ。耳ざわりな音はいつまでも止まらなかった。チャッキーさんは涙眼をしていた。


「それでいいんですよ」あつしは笑いながら言った。

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