第19話

「真澄さん」

琉架の視線が真澄の手首に注がれる。

「それ、お兄さんの形見の品?事故の当日も身につけていた?」

真澄は小さく頷いた。

兄の誕生日に結衣とふたりでプレゼントした腕時計。

文字盤のガラスに小さな傷は残ったものの奇跡的に殆ど損傷は見られなかった。

「ちょっと貸してもらってもいい?」

細い手首から時計をはずすと、無言で差し出した。

一体何を始めるつもりなんだろう?

琉架は時計を両手で包み込むようにして目を閉じる。

長い睫が白い頬に影を落とした。

「…お兄さん幸せだったんだね。家族と恋人を心の底から愛していた。

 死の瞬間までずっと…

 とても温かい想いが溢れてる…」

開かれた琉架の瞳が鮮やかさを増す。

「みんなで過ごせる時間が何よりも大切で・・何があっても守りたい

 …守り抜きたい…」

「・・お兄ちゃん」

笑顔と優しさに包まれた日々。

真澄達を温かく見守る雅貴の穏やかな微笑み。

「お兄さんはきっと真澄さん達の悲しむ顔なんて見たくない筈だよ。

 いつも笑っていて欲しい。それがお兄さんの願い」

真澄は零れ落ちる涙を拭いもせず、兄との思い出に心を巡らせた。

わたしは憎しみの感情だけに囚われ過ぎて、お兄ちゃんの想いを忘れていた。

いつまでも亡き人を恋しがり、泣き暮らす事など望む筈がない・・

まして結衣を憎み苦しむ事など…

・・わたしがしなければならない事は・・

琉架は数回瞬きをすると、雅貴の腕時計を便箋の上にそっと乗せた。

「…琉架・・ありがとう」

夜の帳が降りる様に、少しずつ黒く染まっていく瞳を不思議な気持ちで

見つめながら呟く。

「ボクはお兄さんの心を伝えただけ…」

琉架はぎこちない笑みを浮かべながら、肩を竦めた。

真澄の視線を避けるように立ち上がると、キッチンへと向かう。

亜麻色の髪がふわりと揺れた。

「・・何か飲む?って言ってもコーラかお茶しかないけど」

「え・・と。じゃぁ、お茶で…」

ほっそりとした後姿に目を遣りながら、真澄はにこりと微笑んだ。

もしかして・・

少しだけ・・心を開いてくれたのかしら?

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