第26話
ジリジリと鳴り響く目覚まし時計の叫び声。
布団の中から手を伸ばし、停止ボタンを強く押す。
真澄はゆっくり身体を起こすと、乱れた長い髪を後ろへ払った。
瞼が重い。
昨夜泣いたせいか…両手で押さえると、指先に僅かな火照りが伝わってくる。
弾みをつけベッドから抜け出ると、階段を下り真っ直ぐ洗面所へ向かった。
鏡に映る顔。
白目が充血し、瞼が少し腫れている。
勢いよく蛇口を捻り、流れ落ちる水を掬い上げた。
バシャっと叩きつけるように顔に浴びせかける。
その冷たさが、ぼんやりとしていた頭を覚醒させた。
こんなにぐっすりと・・夢も見ずに眠れたのは久しぶり。
兄を失ったあの日から、悪夢にうなされない夜など一日もなかったのに・・
結衣の声が耳に甦る。
「ありがとう・・ありがとう…」
涙声で何度何度も繰り返した。
絡み付いていた足枷が外れたように、心が軽い。
真澄は初めて知った。
許すことで許されると・・
顔を上げた真澄はフェイスタオルで水滴を拭いながら
鏡の中の自分を強い眼差しで見つめた。
今日からわたしもしっかりと前を向いて歩いて行ける。
自然と口元に笑みが浮かんだ。
自室に戻ると、手早く綿シャツとスキニージーンズに着替えた。
きつく捻りあげた髪を高い位置でひとつに纏め、軽くメイクを済ませる。
身支度を整え終えると、徐にバッグの中から携帯電話を取り出した。
躊躇いがちに掛け慣れた番号を呼び出す。
5コール目で
「何だ?」
ぶっきら棒な声が応えた。
「おはようございます。真澄です・・」
普段よりも幾分低い声を出す。
「おぅ、どうした朝っぱらから」
明らかに寝起きと思われる宮沢は、電話口で大きなあくびを漏らした。
真澄は電話から幾分距離を取り
「すいません・・」
用意していた言葉を、どきどきしながら口に乗せる。
「あの・・実は夕べから頭痛がして・・今朝熱を計ったら38℃あったので
今日は一日休暇を頂きたいんですけど…」
最後にゴホンと咳をした。
「風邪か?」
「はい・・多分…」
生まれて初めての仮病に後ろめたさを感じる。
「分かった。ま、今日はゆっくり休め」
「…はい・・ありがとうございます」
胸がチクンと痛んだ。
急いで通話を切り上げようとした真澄の耳に、宮沢の笑い声が響く。
「真澄」
「は・はい」
「お前女優には向いてねぇな・・じゃ、お大事に」
切れた電話を握り締めながら、顔を青くする。
完全にバレてる…
電話の向こう側。
大爆笑している宮沢の姿を思い浮かべ、今度は一気に真っ赤になった。
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