第25話

エントランスを抜けると静かな住宅街は既に薄闇に包まれていた。

今出てきたばかりの建物を振り返り、仰ぎ見る。

家々の窓には暖かい明かりが灯り、楽しげに夕餉の卓を囲む

声まで聞こえてきそうだ。

視線を更に上へと延ばす。

8階の角部屋。

そこだけポツンと取り残されたように色を失っている。

真澄はきゅっと唇を噛み締めると足早にその場を立ち去った。

琉架の吐き出した剥きだしの感情。

真澄には、はっきりと感じられた。

激しい憎悪と隣り合わせの愛慕の念。

母親を恨みながらも幼子のように両手を伸ばし、必死に愛情を

求めている。


琉架を救ってあげたい・・

その思いが真澄の胸を締め付ける。

余計なお節介と云われてしまえばそれまでだ。

昨日今日見知ったばかりの他人が口を挟む問題ではないのかも知れない。

それでもこのまま放っておく事は出来ない。

…何でだろう?

真澄は視線を宙に彷徨わせた。

わたし達・・ちょっと・・似てるのかな?

誰かを憎む事で自分を支えてきた。

誰かを恨むことで自分も苦しんできた。

だからわたしは…

不意にその口元に苦笑が浮かんだ。


その前に・・わたしにはやらなければならない事がある。

ふうっと長い深呼吸をすると、真澄はバッグの中から手帳と

スマホを取り出した。

付箋の貼られた頁を捲る。

並べられた数字。

電話のボタンをひとつひとつ丁寧に押していく。

発信音が聞こえると緊張で掌が汗ばんできた。


「…もしもし?」

懐かしい声。

「結衣ちゃん?」

相手が息を呑む気配がする。

「あの・・真澄…安西 真澄です」

真澄はスマホをぐっと握り直した。

「―――ご結婚おめでとうございます」

長い沈黙の後、掠れた声が聞こえてきた。

「…真澄ちゃん・・ありがとう」

そのひと言で胸に突き刺さった棘がすぅっと消え去る。

代わりに温かいモノが流れ込んできた。

頬を伝い落ちる涙。

お互いに言葉を失くし・・それでも思いは繋がっている。

何故だか確信出来た。

真澄は電話を握り締めたまま、小さな嗚咽を漏らした。

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