第24話

「琉架」

沈黙に耐え切れなくなった真澄が先に口を開く。

琉架は虚ろな視線を真澄に向けた。

「お母様は今何処にいらっしゃるの?」

「L.A・・Los Angeles…天使の街に住んでるよ」

意外な答えに、真澄は2・3度瞬きを繰り返す。

「ボクが中3の夏にIT関連の会社を経営するアメリカ人と再婚して

 渡米したっきり一度も戻って来ない。

 きっと親子3人水入らず、幸せに暮らしてるんじゃないの」

「親子・・3人・・?」

「弟が生まれたらしいよ…さすがにその時は義理の父親が電話で教えてくれた」

真澄は絶句した。

一番多感な時期に子供をひとり残し、再婚相手と共に渡米してしまうなんて…

それ以来一度も戻って来ない?電話すらよこさない?

そんなのあまりにも酷すぎる…一体琉架がどんな罪を犯したというんだろう・・

真澄の身の内に怒りにも似た感情が沸々と湧き上がってきた。

同時に琉架に対する憐憫の情を覚える。

「ねぇ真澄さん」

琉架が大きな瞳を僅かに細めた。

「もしかして同情してくれてる?」

「あ・・」

全て見透かされた気がして、どぎまぎした。

琉架は唇の端を吊り上げるように皮肉めいた笑みを浮かべた。

「勘違いしないでよ。ボクは寧ろ感謝してる位だから」

「え?」

「こんなに立派な部屋を残してくれたし、生活するには充分過ぎるお金も

 毎月振り込んでくれる」

「そんなの・・」

真澄は憤りを口にした。

「そんなの間違ってるわ!お金さえ預けておけばいいなんて…」

「ボクはこの暮らしに満足してる。

 それに・・母親が日本にいる頃はね、何をすれば喜んでもらえるか

 どうしたら愛してくれるのか…いつもそんな事ばかり考えていたんだ。

 でも今は余計な事に気を取られずに済むから、気楽でいいよ」

言葉と裏腹な切ない微笑が真澄の心を揺さぶる。

「琉架」

腕を伸ばし、白い手に自分の掌を重ねた。

「ずっとひとりで淋しかったのね・・」

瞬間、琉架の薄い肩がビクリと震える。

睫を伏せ、重ねられた温かい手を振り払うと

「真澄さんはボクの話を聞いてなかったの?今言ったでしょ・・

 気楽でいいって」

「…それは本心じゃない。本当は淋しくて・・辛くて・・どうしようも―――」

バンと大きな音を立て、琉架の振り上げた拳がガラスのテーブルを震わせる。

弾みで空になったペットボトルが倒れ床に落ちた。

「知ったような口を利かないでよ」

唸るようなくぐもった声が漏れる。

「真澄さんにボクの何が解るの?」

鋭い目つきで睨みつけられ、真澄は言葉を失った。

瞳の奥に紫色の炎が燃え立っているような幻覚に囚われる。

「もう帰ってくれないかなぁ…用事は済んだでしょ」

口を固く結ぶと、くるりと背中を丸めソファーに寝転んでしまった。

真澄はのろのろ立ち上がり「お邪魔しました…」と小さく呟くと

重たい足を引きずるように玄関へと向かった。



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