第23話

ふぅ・・と長い息が吐き出される。

青白い顔を上げた琉架は額に滲んだ脂汗を拭った。

「大丈夫?」

心配そうに覗き込む真澄に、微かな笑みを見せる。

「どこまで話したっけ?」

「…もう、いいよ…」

琉架はソファーに座り直すと首を傾げた。

「どうして?聞きたかったんじゃないの?」

「そう・・だけど」

「じゃあ、もう少しだけ付き合ってよ。ボクは大丈夫だから」

真剣な眼差しを向ける琉架に、真澄は小さく頷いた。

ひと呼吸おき、またゆっくりと口を開く。

「突然襲ってきた憎悪の念は、ボクと母親に向けられていたものだった。

 ”死ねばいい”・・闇の底から響くような女の人の声が呪いの言葉を呟く。

 ボクには意味が解らなかったけど…母親はすぐに理解出来たようだった」


どんなに振り払おうとしてもその声は消えない。

突然倒れた息子にあわてて駆け寄った父親は、その顔を見た瞬間

驚きで言葉を失った。

大きなふたつの瞳が鮮やかな紫色に輝いている。

傍らの妻は息子以上に青い顔をして立ち尽くしていた。

やがて息子は全身を震わせながらゆらりと立ち上がり、父の腕に縋りつく。

『お父さん・・リエって誰?どうしてボクとお母さんが邪魔なの?

 ボク達がいると幸せになれないって・・何で?』

父親の顔は恐怖で引きつった。


「父親には恋人がいたんだよ。一回りも年下の会社の部下。

 ネクタイはその人からのプレゼントだった。

 …両親の間でどんな話し合いがされたのか知らないけど

 結局ふたりは離婚して、母親がボクを連れて家を出た」

琉架は物憂げに前髪を搔きあげた。

「多分ね・・悪いのはボクだよ…」

「そんな事ないわ!琉架は悪い事なんてしてない・・」

白い指の隙間から柔らかな亜麻色の髪が乱れ落ちる。

「父親は調べたんだと思うよ。母親の実家の事を…

 家を出る前・・父親は怯えた目をして言ったんだ。『化け物』ってね。

 それがボクに贈られた父親からの最後の言葉」

薄い笑みが口元に浮かぶ。それはとても苦し気な笑みだった。

「その日以来、母親がボクに笑いかける事もなくなった。

 ふたりが夫婦をやめた時、ボクもふたりの子供じゃ

 なくなっちゃったのかもね…」


半時ほど前まで出窓から差し込んでいた夕陽が足早に立ち去ると

薄ぼんやりとした闇が静かに忍び込んでくる。

不意に肌寒さを感じた真澄は、自分の身体を抱くように両腕を回した。

琉架は口を結んだまま宙を見据えている。

重苦しい沈黙が憂鬱な空間を支配していた。

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