第4話

「もう!今日はなんてツイてない日なの!」

目の前で閉まったドアを睨みながら呟く。

事務所を出る間際に掛かってきた間違い電話のせいで

予定していた列車に乗り遅れてしまった。

バッグから携帯電話を取り出しかけた真澄の手が止まる。

最悪だ…

その時になって初めて相手の名前も連絡先も聞きはぐっていた事に気づいた。


足早に喫茶『Noël』のドアをくぐると、一番奥まった席に亜麻色の髪が見える。

「ごめんなさい。遅くなって」

少年は読んでいた本から目を上げ、真澄を仰ぎ見た。

正面の席に座り、隣の空席にバッグを置く。

「えっと・・あの…」

「ふじわら るか」

「え?る・・」

テーブルの端に置かれていたアンケート用紙を裏に返しさらさらと

ペンを走らせた。

『琉架』

神経質そうな綺麗な文字で綴られている。

「琉架・・くんは高校生?」

真澄の問いかけに長い睫を僅かに伏せると

「高校には行ってない…ボク集団生活苦手だから」

「…そう」

真澄は琉架の透き通るように白い顔を見た。

”引き篭り”?って訳じゃないよね・・

「これ・・落とした手紙」

視線を避けるように、傍らに積み上げた本の間から

白い封筒を取り出すと、真澄の前に差し出した。

「あ・・ありがとう」

テーブルに置かれた封筒に手を出しかねていると

「ちゃんと読んだ方がいいと思うよ…それとても大事な手紙だから」

「え?どうしてそんな事が分かるの?」

「あ・・えっと・・それは…」

口ごもり俯いた。

「あなた、読んだの?」

少し険のある声で尋ねると、弾かれたように顔をあげ

「…読んでないよ。調べてもらえば分かると思うけど・・」

真澄は封筒を手に取ると裏に返し、しっかりと糊付けされている事を確認した。

開封された形跡は見受けられない。

そのまま目の前にかざし、透かしてみたが中は二重構造になっているようで

手紙の存在すら分からない。

「じゃあ、何で?…それに、あなた・・どうしてわたしの名前を知っていたの?」

琉架は一瞬眉根を寄せた後、唇の端を上げ笑みを見せた。

「話したって信じてもらえない」

棒読みの台詞のように何の感情もこもっていない声。

「言わなきゃ判らないでしょ」

真澄の言葉に僅かに肩を竦める仕草をした。

「ボクは感じ取ることが出来るんだ。この手紙を書いた人の強い想いが…

 こうして触れていると伝わってくる」

そう言うと、左手を封筒の上に置き、静かに瞳を閉じた。

「…この手紙から聴こえてくるのは後悔と懺悔の言葉。

 『ごめんなさい、真澄ちゃん。許してもらえるなんて思ってないけど…

  …決して忘れた訳じゃないの。一生消えない私の罪―――――』

「ふざけないで!」

琉架の言葉を遮るように、両手でテーブルを叩いた。

その弾みで、コップに入っていた水がピチャッと跳ね上がり、クロスに

小さなシミを描く。

真澄は睨むような視線を琉架に投げた。

「…だから最初に言ったでしょ」

ため息と共にゆっくりと目を開ける。

「話しても信じてもらえないって」

その瞳を見た瞬間、真澄は思わず息を呑んだ。

双眸がアメジストのような鮮やかな紫色に輝いている。



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