第13話

「結衣ちゃんから結婚報告の電話をもらったって言っただろ?

 子供が産めなくなったのは雅貴を死なせてしまった罰。当然の報いだって…」

宮沢の眉尻がぐっと下がる。

「だからその十字架を一生ひとりで背負って生きてく覚悟を決めてたのに…

 新しい恋に落ちてしまった自分は何て罪深い女なんだろうって。

 結衣ちゃん、そう言って泣いてたよ」

「相手の人にはその話を・・?」

「ああ、包み隠さず打ち明けたらしい。

 全て承知の上でプロポーズしてくれたって言ってた。

 それでもな・・結衣ちゃんの心情としちゃ、雅貴にも相手の男にも

 申し訳ない気持ちでいっぱいなんだろうよ。だから、真澄…」

強い意志のこもった眼差しが真澄に向けられた。

「結衣ちゃんに『おめでとう』って言ってやってくれねぇか。

 たったひと言でいいんだ。それだけで結衣ちゃんの心は救われる」


電話口でかける言葉も見つからず黙り込んでしまった宮沢に結衣が詫びた。

『ごめんなさいね・・泣いたりして…

 嫌だな、私・・マリッジブルーかな…』

気丈に明るさを取り繕う結衣の声が今も耳に残っている。


「所長…」

長い沈黙の後、やっと真澄が言葉を発した。

「結衣ちゃんの気持ちは解りました。でも・・やっぱりわたしはまだ…

 もう少し・・もう少しだけ時間を下さい…」

宮沢は優しく微笑んだ。

「だよな…すまなかった。オレも性急すぎたよ。

 いいんだ、お前がじっくり考えて消化出来るようになった、その時で」

真澄は小さく頭を下げた。

省吾さんの言いたい事は良く解る。

それでも…今はまだ気持ちの整理がつかない。

宮沢の右手が真澄の髪をくしゃりと撫でた。

「ずっと憎しみの感情を抱え続けてきたお前も辛かったよな・・」

真澄の瞳から大粒の涙がひとつ零れ、頬を伝い流れる。

「もう楽になっていいんだぞ」

後から後から溢れ落ちる涙。

真澄は宮沢の肩におでこを押し当てると、声を殺して泣いた。


「さあてっと」

宮沢は大きく伸びをするといきなり立ち上がった。

その声に驚き顔を上げた真澄の瞳は赤く潤んでいる。

「湿っぽい話はここまでだ。

 せっかくだからメシ喰って帰らねぇか?」

「え・・」

戸惑う表情を浮かべる真澄に屈託ない笑顔を見せながら

「今日はオレの奢りだ。

 お前の好きなモン何でも喰わしてやるよ」

「わたし…」

「何がいい?遠慮すんな」

お世辞にもスマートとは言えない気遣いに胸が熱くなる。

「ホントにいいんですか?」

「おぅ。男に二言はねぇ!」

真澄は涙を拭いながら小さく微笑んだ。

「じゃぁ…お寿司。もちろん回転しないお店の」

「はぁ?」

「どうせなら築地まで足を伸ばしちゃいません?」

「…お前なぁ…」

途端苦虫を噛み潰したような顔になる。

「親しき仲にも礼儀ありって言うだろうが。少しは気ぃ遣えよ」

「遠慮するなって言ったのは所長でしょ。

 男に二言はなかったんじゃないですか?」

澄まし顔で答えると、チッと軽く舌打ちする。

「・・よし!寿司だな…大トロでもウニでもイクラでも…

 何でも好きなモンを喰いやがれ!

 …くそっ・・覚えてろよ…」

お門違いな捨て台詞を吐きながらも、その目は優しい笑いを

含んでいる事を真澄は見逃さなかった。

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