第12話

「結衣ちゃんが妊娠を知ったのは雅貴の四十九日が過ぎた頃だ。

 大学の講義の最中に突然倒れてな・・救急車で病院に搬送されたんだが

 その時にはもう…切迫流産だったらしい…」

真澄の瞳が大きく見開かれる。

「…流・・産」

宮沢は歩みを止め、じっと湖面を見つめた。

不意に吹き抜けた強い風に波紋が広がる。

動悸のする胸を押さえながら、真澄は浅い呼吸を繰り返した。

「どうして・・どうしてその時に教えてくれなかったの?」

今更知らされても…

身の置き所の無い息苦しさに、ぎゅっと拳を握り締めた。

宮沢は正面を向いたまま

「言える訳ねぇだろ・・あの時のお前に」

その言葉に目を伏せる。

省吾さんの言う通りだ…あの時のわたしに他人を心配する

余裕なんてなかった。

最愛の兄の死は、まだ高校生だった真澄にとっては受け止めきれない

辛い現実だった。

精神的な打撃が真澄の心を蝕んでいく。

睡眠障害に摂食障害。

精神科のクリニックに通院し、何とか通常の生活を取り戻す事が

出来たのは1年以上も経ってからの事だった。

「それに…」

宮沢の眉間に深い皺が刻まれる。

「結衣ちゃんもかなり参ってたようだったしな。

 福井の実家からお袋さんが駆けつけて来るまでの間

 病院には千秋が付き添っていたんだが…

 まるで抜け殻みたいで見ていられないって嘆いてたよ」

真澄は言葉もなく、宮沢の横顔を見つめた。

その視線を感じたのか、ちらりと真澄を見遣るとまたゆっくりと歩き出す。

湖畔を望むように配置された木製のベンチの傍らまで来るとどかっと

腰を下ろした。

半歩遅れて、真澄も隣に並ぶ。

少し背中を丸め、前のめりになった姿勢のまま黙り込んでいた宮沢が

躊躇いがちに口を開く。

「その流産が原因で、結衣ちゃんは二度と子供が産めない身体からだになっちまった…」

まるで呟くような弱々しい声。

真澄は両手で口元を押さえた。

子供が産めない?

恋人すらいない真澄にでも結衣の胸の内は充分推し量ることが出来た。

女性として生を受けたのに母親になれない…

あまりにも残酷な現実に真澄は唇を噛み締め、溢れそうになる涙を堪えた。



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