第21話
不意に真澄の脳裏にある疑問が浮かぶ。
「琉架の曾おばあさんは、ずっと座敷牢に入れられていたのよね・・
曾おじいさんとは何処で・・」
思わず口に出した自らの言葉にさっと頬を染める。
ペットボトルのコーラで喉を潤していた琉架は全て飲み干すと
鼻の頭に皺を寄せた。
「それが可笑しな話で、恐れている癖にその血筋が絶えることも
良しとしないんだよ」
「どういう事?」
「代々、紫の眼を引き継いできたのは女性だけ。
だから、年頃になると一族の遠縁に当たる男性を婿として迎えるんだ。
ただ子孫繁栄の為だけの夫婦。
女性が子供を身ごもれば男性は晴れて御役御免。
自由の身になれる…そうやってボクの祖母は誕生した」
真澄は絶句した。
そんな馬鹿げた事が現代まで脈々と受け継がれているなんて・・
「母親もそんな慣習を嫌って、高校卒業と同時に家出同然で
上京して来たんだ。
住み込みの仕事を得て、何とか生活が安定して来た頃父親と出会った。
母は自分の呪われた一族の事を隠したまま結婚して…ボクを身ごもった。
生まれてきたのは黒い瞳の男の子。
男系には紫眼の血は流れない―――母は安堵した。
忌まわしい血脈を断ち切ることが出来たってね。
…でも、それも長くは続かなかった」
深いため息が唇から漏れる。
一瞬遠い目をした琉架はぎゅっと眉根を寄せた。
「ソレは突然・・ホントに何の前触れもなくやって来たんだよ。
学校に上がって間もなくだったかな。
廊下に落ちていたハンカチをたまたま拾った時、声が聴こえてきたんだ…
直接頭の中に響くような声。
”マユちゃん、ありがとう”ってとても嬉しそうだった。
そしてボクの指先を伝って温かいモノが沁みこんできた。
最初は訳が分からなくてさ・・半べそ状態だったよ」
口元に苦笑いを浮かべる。
「何とか気持ちを落ち着けて、声に耳を傾けてみた。
聞き覚えのある女の子の声。
・・誕生日・・プレゼント・・ノリコ・・親友…
途切れ途切れの言葉の羅列…
それを全て繋ぎ合わせたらある人物に辿り着いたんだ。
――――福田典子。彼女の親友は大槻真弓。
ふたりとも近所に住んでいて、幼稚園からずっと一緒だった。
ボクは半信半疑の気持ちで、ハンカチを握り締めたまま教室に戻ると
ひとりで席に座っていた典子に声を掛けた。
振り返った彼女は目をまん丸に見開いて、ボクを指差しながら
『琉架くんの目、変よ!紫色になってる!』って叫んだ。
ものすごく驚いた顔をしてたけど・・驚いたのはボクの方だよ。
最初はふざけてるのかと思って腹が立ったけど…
どうも様子がおかしい。
怯えたように一歩身を引き、唇を震わせる姿を見ているうちに
ボクはどんどん不安になってきた。
典子を問いただそうとした時、騒ぎを聞きつけた数人の生徒が
駆け寄って来てボク達の周りを取り囲んだ。
その頃には眼も元の色に戻っていて・・結局は典子の見間違い
って事で片付いてしまったけどね。
でも・・ボクは自分の中に起きた異変が恐ろしくて…
だから、家に帰るとすぐに母親に報告したんだ。
母なら優しく抱きしめて”大丈夫だから”って言ってくれると
思ってたのに…」
琉架は大きく息を吐くと、疲れ切った身体を引きずるような緩慢な
動きでキッチンへと進んだ。
冷蔵庫からお茶のボトルを取り出すと、一気に半分ほど飲み干す。
手の甲で唇を拭いながら振り返った瞳には、暗い影が宿っていた。
両手をシンクの縁に付き、身体を凭せ掛けながらじっと真澄を見つめている。
琉架の口から語られようとする事柄が、どんなに恐ろしく辛いもので
あったとしても、わたしは全て受け止めよう。
真澄は強い意志を込めた眼差しで、真っ直ぐに見つめ返した。
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