第18話
黙ったまま奥の間に引っ込んでしまった琉架を慌てて追いかける。
玄関から伸びる廊下の先にあるダイニングキッチンとそれに隣接するリビング。
どちらもきちんと片付けられている。
真澄は戸口の所で足を止めた。
部屋全体に漂うよそよそしい雰囲気。
余りにも整然としていて、生活感というものがまったく感じられない。
琉架は冷蔵庫からペットボトルの炭酸飲料を1本取り出すとリビングの
中央に置かれたソファーに座り込んだ。
ガラスのテーブルの上に伏せられていた本を手に取るとページを捲り始める。
時折目線を上げペットボトルをラッパ飲みしたが、入り口に立ち竦む真澄には
注意を払おうともしない。
真澄はしゃんと背筋を伸ばすと、ひとつ咳払いをした。
「失礼します」と呟くと、向かい合う形でソファーに腰掛ける。
よく利いたスプリングが身体を軽く押し返す。
「…あの・・琉架くんて幾つなの?」
「18・・」
「ご両親はお仕事?」
真澄は出来るだけ柔らかな口調で、当たり障りのない言葉を選んだ
つもりだったが、途端に琉架の表情が険しくなった。
「…いない」
「え?」
「この家にはボクしか住んでいない」
思わず室内を見回す。
こんな広い家にひとりで?
学校にも行かず?
驚く真澄に挑戦的とも取れる視線を向けると
「ボクは疫病神だからね。
両親に捨てられたんだよ」
口元に笑みを浮かべてはいるが、その目は恐ろしいほど冷ややかだ。
「琉架くん・・?」
「琉架でいいよ。
あの人と同じ呼び方をされるのは気分が悪いから」
「あの人って?」
真澄が首を傾げると、読んでいた本をパタンと閉じた。
「ボクの母親」
まるで吐き捨てるように呟く。
その激しさに真澄は息を呑んだ。
「で・・今日は何しに来たの?名探偵さん。
住所まで調べ上げて押しかけてくるなんて、余程の事なんでしょ?
手品の種明かしが知りたい?」
「…あなた本当に”聴こえる”のよね?」
一言一言に力を込め、慎重に尋ねる。
「へぇ・・ボクの話信じてくれるんだ。どんな心境の変化?」
不意に前髪をくしゃりと掻きあげると、くすくす笑い出した。
「ねぇ、真澄さん。こんな馬鹿げた話、鵜呑みにしちゃ駄目だよ。
そんなんじゃ、いつか悪徳霊感商法に引っかかるよ」
真澄は黙ったままバッグから手紙を取り出すと、静かにガラスの
テーブルの上に置いた。
琉架の笑いがピタリと止まった。
長い睫に縁取られた瞳が手紙をじっと見つめる。
「あなたが拾ってくれた封筒の中身はこれだったの。
差出人は亡くなった兄の恋人だった人…
わたしは彼女を恨んでいた。兄を殺した”人殺し”だって」
きれいなカーブを描く口元からは、一瞬で笑みが消えた。
抜けるように白い頬が痙攣したように、ピクリと動く。
「…結衣ちゃん・・今でもわたしに謝り続けているの?
あの日の事を引きずったままで…」
琉架は小さく頷くと、結衣からの手紙を手に取った。
「真澄さんとお兄さん・・『まさたか』さん・・それからお母さんに
申し訳ないって…泣きながら謝ってる。
後悔・・自分が誘わなければ…しっかり運転してれば・・こんな事には・・」
苦しげな吐息が琉架の唇から漏れる。
「どんなに悔やんでも二度と取り戻せない…深い喪失感・・
何度も何度もまさたかさんの元へ行こうとしたけど…それも叶わなかった。
死ぬことさえ許されない…」
真澄は口元を押さえたまま、紫色に輝く琉架の双眸を見つめた。
あれから6年・・
苦しみ続けたのは結衣も一緒だった。
自傷行為まで繰り返し…一生消えない深い傷を抱えたまま生きてきた。
そんな結衣が今、新しい一歩を踏み出そうとしている。
真澄の瞳が大きく揺らいだ。
それでも・・わたしは…
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