第17話

「ここか・・」

宮沢のオンボロアパートの家賃の倍以上はするであろう

レンガ壁の豪奢なマンション。

『アースレジデンス』

名前からして高級感が漂ってくる。

葛城が調べ上げた”藤原琉架”の住居。

何度か電話をしてみたが、すぐに留守電に切り替わってしまう為

意を決し足を運んだ。

いきなり押しかけて、どうしようっていうんだろう・・

頭の片隅で冷静に囁く声を無理やり押し込める。

そんなの判らない…でもどうしても確かめたかった。

そして・・頭ごなしに疑い傷つけてしまった事も謝りたい。

御影石床のエントランスを抜けると、目の前には絨毯を敷き詰めた

ロビーが広がる。

まるで一流ホテルのようだ。

三機並ぶエレベーターの真ん中に乗り込むと『8』のボタンを押す。

最上階の806号室。

長細い廊下の突き当たりに目的の部屋はあった。

ドアの脇には立派な表札が掲げられている。

数回迷った後、思い切って呼び鈴を押した。

部屋の中からは何の応答もない。

…お留守かしら?

もう一度指先をあてがった時、施錠を解く微かな音がして細くドアが開かれた。

その隙間に警戒するような琉架の白い顔が見える。

「…突然すいません。安西です」

真澄は精一杯の笑顔を浮かべた。

不信感を顕にした二つの瞳が鋭い視線を投げる。

「あの…先日はごめんなさい。せっかく手紙を届けてくれたのに・・」

「なに?まだ文句があるの?」

抑揚のない声。

「いえ…わたし謝りたくて…それから…」

真澄が言いかけた瞬間、唐突に隣の部屋のドアが開いた。

脂肪のたっぷり付いた二重顎の中年女性が顔を覗かせる。

あからさまな好奇の眼差しで、真澄と琉架を交互に見比べた。

いかにもおしゃべり好きそうな雰囲気。

「あらぁ、藤原さんのご親戚の方?」

にこやかな笑みを湛えながらも、その視線は観察するように

真澄の頭のてっぺんから足の爪先まで素早く移動する。

「いいえ・・わたしは…あの…」

居心地の悪さに口ごもる真澄の腕を琉架が掴んだ。

そのまま大きく開け放たれたドアの中に引き入れられる。

真澄の背中で音を立て閉まるドア。

琉架は素早く鍵を掛けた。

「あ・・あの…」

「隣のおばさん、人の噂話が大好物なんだよ。

 ある事ない事勝手に触れ回られるのは御免だ!」

口をへの字の曲げ、不愉快極まりないといった表情を浮かべている。

「ごめんなさい…」

真澄が小さく詫びると、クルリと踵を返しそのまま廊下を真っ直ぐ進んだ。

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