第15話

「何・・これ…」

薄く開かれた唇の間から掠れた声が漏れる。

結衣から送られた手紙。


白い便箋にはたった一行―――

『ごめんなさい』の文字が。


習字の手本のように整った結衣の字。

裏を返してみたが、書かれていたのはその一言だけだった。

真澄は便箋を傍らに押しやると、仰向けに布団の上に倒れこんだ。

癖のないサラサラな黒髪が扇のように広がる。

どういう事…

オフホワイトの天井が琉架の白い横顔と重なった。

あの子・・これを見ただけでわたしの名前を言い当てたの?

『忘れた訳じゃない』確かにそう言っていた。

もしかしたら本当に”何か”が聴こえるのかも・・

馬鹿げてる…そう思いつつも核心に触れたように鼓動が早まる。

勢いよく身体を起こすと机の上に置かれているPCの電源を入れた。

起動時間を待つのももどかしく、画面が立ち上がるや否や検索サイトを開く。

ワード入力の欄に思いつくままの言葉を入力した。

『超能力・物に残る思い・物の声』

表示された文字の中に答えを求める。

・・あった

『サイコメトリー

  物体に残る人の残留思念や物体の記憶を読み取ること。

  手で触れることで思念や過去の経緯を辿っていく。

 サイコメトラー

  精神感応者・思念同調能力者』


きっとこれだ。

普段の真澄なら決して開くことのないサイトを真剣な眼差しで見つめる。

あの子ならこの手紙に込められた想い・・結衣の心の声を聞き取ることが

出来るのかもしれない。

真澄は眉を顰めた。

今頃になってあの不思議な少年から”藤原琉架ふじわら るか”という名前しか

聞き出さなかった事を後悔した。

…ちょっと待って!手がかりならある。

隣の椅子に置かれていた数冊の本。

表紙の隅にはバーコードと区立図書館の名前が入っていた。

もしかしたら判るかもしれない。

真澄はバッグから携帯電話を取り出すと宮沢の番号を呼び出した。

正攻法ではないが…この際使えるコネは利用させてもらおう。

数回の呼び出しの後

「何だ?忘れ物か?」

宮沢の野太い声が響く。

帰宅後ひとりで晩酌でもしていたのだろうか。いくぶん呂律が回っていない。

「先程はご馳走様でした。あの・・所長にお願いしたい事があるんですけど」

「やっぱり寿司が喰いたいのか?」

「いえ…」

真澄は思わず苦笑した。

「区立図書館を利用している”藤原琉架”という名前の少年の連絡先を

 調べていただきたいんです」

元刑事の宮沢には色々な伝がある。

私的な問題に宮沢を巻き込むことは気が引けるが、今の真澄にはこの

手段しか思い浮かばなかった。

電話の向こうで沈黙が続く。

真澄は携帯をぎゅっと握り締めると辛抱強く返事を待った。

「事件か?危ない事に首を突っ込んでるんじゃねぇだろうな?」

数分後、探るような宮沢の声がする。

「違います。個人的な事ですけど・・この間親切にしてもらった子の連絡先を

 聞きはぐってしまったので。きちんとお礼に伺いたいと思って…」

多少しどろもどろになりながら答えた。

「…で、いつまでに調べりゃいいんだ?」

「あ・・お時間の空いた時で構いません」

真澄が小さく安堵の息を吐くと、ぷっと吹き出す声がした。

「お前、相変わらず嘘をつくのが下手くそだな」

「嘘じゃありません!」

「まぁ、そうムキになるなって…改まってオレに頼み事するなんて

 よっぽどだろ。判った。調べといてやるよ」

真澄の眉尻が下がる。

やっぱり省吾さんには敵わないな・・

「ありがとうございます」

心の底から礼を述べた。

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