第10話

「真澄。一緒に雅貴の墓参りに行かねぇか?」

宮沢の声にぼんやりとした視線を上げる。

「どうせ今日は大した依頼もなさそうだし、早めに店じまいだ」

言うが早いか立ち上がると、飲み終えたマグカップを流しに

片付け、デスクの電話を留守電に切り替えた。

「ほら、お前も早く支度しろよ」

その声に急かされるように、真澄も退勤の身支度を整える。

「車を正面に回しとくから、戸締り頼んだぞ」

そう言い残し足早に事務所を出た。

何で急に?

宮沢が思いつきで行動するのは決して珍しい事ではない。

振り回されるのも、もう慣れっこだ。

でも…

今日ばかりは余りにも唐突過ぎる。

突然の墓参りの真意を測りかねつつ、真澄も事務所を後にした。


半分ほど開けた窓から吹き込む風に髪を撫でられながら

流れ去る景色を眺めた。

10月に入ったというのに相変わらず日差しは強く、夏の名残を

引きずっている。

省吾さんの車の助手席に座るのは久しぶりだな・・

あの日。

真澄達を病院へと運んだ年代物のレンジローバーは既に廃車となり

今乗っているのはその後に購入した中古の国産車だ。

車は違ってもこうして宮沢の隣でエンジンの振動を感じていると

嫌でも辛い記憶が甦ってくる。

いつまで続くんだろう…この痛み。

固く目を閉じ、溢れそうになる涙を押し込めた。


「おぃ真澄。着いたぞ!」

野太い声に閉じていた目を開けると、すぐ目の前に宮沢の顔があった。

いつの間にか・・眠ってしまったらしい。

助手席のシートから跳ね起きると宮沢がニヤリと笑った。

「お前、すんげぇ鼾かいてたぞ」

「嘘っ!」

恥ずかしさで耳まで赤く染めた真澄を見ながら、ぷっと吹き出す。

「ホントからかい甲斐のあるヤツだよな」

腹を抱えゲラゲラ笑い出した。

やられた!

「所長!小学生みたいな真似は止めて下さい」

ますます顔を赤らめると、涙まで流し笑い転げる。

もう…

真澄は不機嫌な顔を見せながら、シートベルトを外し車外へと降り立った。


通いなれた道筋を辿る真澄の足がピタッと止まる。

父と兄が眠る墓石の前。

花立には数週間前、母と墓参りに来た時に持参したものとは異なる花が

挿されていた。

供えられてから数日経つと思われる花々は、季節はずれの陽気に

力なく項垂れ、茶色く変色しかけている。

そんな中、大輪のカサブランカだけが凛とした気高さを湛え咲き誇っていた。

真澄は言葉なく、じっと見つめた。。

この花を供えたのは…

お兄ちゃんの好きだった花を知っているのは・・

思わず横を向くと、宮沢の視線とぶつかった。

その目は真澄と同じ答えを映し出している。

滝本結衣だ―――彼女がここに来た。

結婚の報告をしに?

真澄はきゅっと眉根を寄せると唇を噛んだ。

聖地を穢されたような不快感が背筋を這い上がる。

そんな心情を察したのか、宮沢が真澄の肩に大きな手を乗せた。

その温もりが、ささくれ立った心を少しだけ落ち着けてくれる。

宮沢は静かに墓石の前にしゃがみ込むと、萎れた花々を抜き取り

来る途中の花屋で買い求めた新しい花を挿した。

そのままの姿勢で親友の名の刻まれた墓標をじっと見上げる。

…雅貴…

そろそろピリオドを打つ時なのかもしれねぇな・・

一歩踏み出そうとしている結衣ちゃんのためにも

いつまでも過去に囚われ、踏み出せずにいる真澄のためにも・・

視線を隣へ流す。

同じようにしゃがみ込み、両手を合わせ目を瞑る真澄。

濃く長い睫が小刻みに震えている。

憂いを帯びた横顔を見ながら宮沢は心の中でそっと呟いた。

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