第2話
「おはようございます」
真澄が事務所のドアを開けると、所長の宮沢が読んでいた新聞から
顔も上げずに
「おぅ」
と返事をした。
「おはようございますぅ、真澄さん。今日も男前ですねぇ」
唯一の同僚
ふぅふぅと息を吹きかけながら、舌ったらずな声を上げる。
「…おはよう、美和ちゃん」
真澄は苦笑しながら自分の席に着いた。
化粧気がほとんど無いにも関わらず、その整った顔立ちは
すれ違った男を思わず振り返らせる程の魅力を持っていた。
しかし、スレンダーなボディに、シンプルなパンツスーツを纏い
颯爽と歩く姿は美和子の言う通り”男前”という表現がぴったりなのかもしれない。
真澄はデスクの上に書類を広げながら、所長席に目を遣った。
宮沢省吾 30歳。
子なしのバツイチ。
元警視庁捜査一課の刑事で、真澄の兄の親友。
…男前ね…
美和子の言葉に小さくため息を吐く。
同じ事を宮沢からも言われたことがあった。
事務所を立ち上げて間もなくの頃だ。
設立祝いと称して、宮沢とふたり近所の居酒屋で祝杯を上げた時の事。
大ジョッキの生を一気に飲み干した後、宮沢は目の端をうっすらと
赤らめながら言った。
「どうだ?男のひとりでも出来たか」
真澄はその顔を軽く睨みながら答えた。
「セクハラで訴えますよ」
「セクハラが怖くて、オネェちゃんが口説けるか!」
そう言って豪快に笑うと、近くを通りかかった店員に空のジョッキを差し出し
「おかわり」
と叫んだ。
二杯目のビールがテーブルに届けられると、急に真面目な顔をした。
「お前にはなぁ、丸みってモンがねぇんだよ」
真澄は飲みかけのグラスを下に置くと、自分の胸元に一瞬視線を落とし
鼻の頭に皺を寄せた。
「どうせペッタンコですよ!」
「ばぁか!そんな意味じゃねぇよ」
お通しの塩辛に箸を伸ばしながら
「何事にも一生懸命なのはいい事だがな・・
そう眉をきりりと吊り上げて肩肘張ってちゃ男は近づかねぇぞ。
ま、お前は男前過ぎんだよ。もぉちっと、愛想振りまけよ」
真澄が枝豆を指先で弾き出しながら露骨に嫌な顔をすると宮沢はにやっと笑った。
「お前、このままじゃ行き遅れまっしぐらだぞ」
…そうなったら省吾さんがもらってくださいよ・・
喉まで出掛けた言葉を、ビールと一緒に流し込んだ。
大学卒業後、真澄は迷うことなく『宮沢探偵事務所』を就職先に決めた。
真澄の口から再び小さなため息が漏れる。
所長にとってわたしはどんな存在なんだろう?
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