第7話

6つ違いの兄 雅貴まさきは奨学制度を受けながら都内有数の

大学を卒業し、大手の玩具メーカーに就職した。

『子供たちに夢と希望を与えるようなおもちゃを作りたい』

子供好きで優しい雅貴らしい志望動機。

幼い頃に父親を亡くした真澄にとっては父代わりでもあった、自慢のお兄ちゃん。

そんな雅貴が大学3年の時から付き合っていたのが2つ年下の滝本結衣だ。

明るく面倒見のいい結衣は、真澄にとって姉のように慕う存在だった。

勉強の事、友達の事、塾の講師に抱いている淡い恋心も・・

結衣になら何でも話せたし、相談出来た。

結衣の方でも、恋人の妹という存在以上に真澄を可愛がりふたりは本当の

姉妹のように見えた。

週末毎に賑わう安西家のキッチン。

夕食の支度をする母 奈保子を手伝う真澄と結衣。

ダイニングテーブルに腰掛け、愉し気に眺める雅貴。

ずっと続くと思っていた穏やかな時間とき

それは唐突に断たれた。

まだ夜も明けきらぬ時刻に掛かって来た1本の電話によって・・


「真澄!大変よ、お兄ちゃんが…」

奈保子が部屋に飛び込んで来た時、真澄はまだ温かい布団に

包まれ安眠を貪っていた。

寝ぼけ眼を擦りながら、身体を起こす。

雅貴は週末を利用し結衣とスキー旅行に出掛けている筈だ。

「お兄ちゃんがどうしたの?」

顔面を蒼白にしガタガタと震える母の姿に、ベッドから跳ね起きる。

「…雅貴が・・事故に遭ったって…」

不吉な電話は長野県警からだった。

雅貴の車は長野と群馬の県境で事故を起こし、ふたりは近くの

緊急病院に搬送された。

幸い結衣は軽症で済んだが、雅貴は予断を許さない状況らしい。

茫然自失状態の母の背を撫でながら、片手で携帯電話を操作する真澄。

メモリーデータから宮沢の番号を呼び出し、発信ボタンを押す。

省吾さん・・お願い、電話に出て!

4回・・5回…虚しく響く呼び出し音。

諦め電話を切ろうとした時

「もしもし?」

眠たそうな宮沢の声が応えた。

「省吾さん!助けて!お兄ちゃんが…」

一気に気が緩んだのか、涙が零れ落ちる。

こみ上げる嗚咽で言葉が出ない。

「真澄、落ち着け。雅貴がどうしたって?」

途切れ途切れに警察からの電話の内容を伝えると

「判った。すぐそっちに行くから支度して待ってろ」

通話の切れた携帯電話を握り締めながら祈るような気持ちで

宮沢の到着を待った。

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