第13話 ヨムカク小説コンテストを「一回限りのゲーム」として考える(ゲーム理論・その3)

             作者B

         ★付ける  ★付けない

   ★付ける  (0,0) (-1,1)

 作者A

   ★付けない (1、-1) (0,0)


 これは今日の午後、私と瑞樹は散歩途中にハイラインのベンチで、「ヨムカク小説コンテスト」に応募中の作者A、Bの★のやり取りに付いて検証した際のメモだ。


 A、B二名だけが参加、という限定的な条件ではあるが、私たちは、「ヨムカク小説コンテストに応募中の作家同士は、★を」という結論を得た。


 しかし実際の「ヨムカク小説コンテスト」では、作者同士の★の付け合いが顕著だ。つまり、検討した結果と逆で、作者同士が「お互いに★を」。この現象はなぜ生じるのだろうか。



 帰宅後、私はテイクアウトしてきた中華の白い紙容器を開けた。


(おお、みっしり入っている)


 予想はしていたけど、よくこんなに詰めたな。入っているのはローメン。鶏肉と野菜たっぷりで、醤油のような香ばしい香りが食欲をそそる。味も見た目も、焼きそばと焼うどんの中間、といった感じだ。十ドルで、たっぷり二人分。器に盛り、炭酸水と一緒にトレイに載せて食卓に運んだ。


 ローメンを食べながら、瑞樹はヨムカクについての質問を続けた。そして食事を終える頃には、大体のシステムが頭に入ったようだった。私が後片付けをしてコーヒーを淹れるタイミングで、瑞樹は新しい条件シートを完成させた。


 <ゲームの目的>

 第六回ヨムカクコンテストの一次審査を突破すること


 <ゲームのプレーヤー>

 作者10人(実際は1,000人くらいだが、多すぎるので10人で検討)


 <ゲームのルール>

 ・一次選考を突破できるのは、上位20%(参加が10人なので、2人)。

 ・コンテストに応募する作者は、自作以外のコンテスト応募作を評価できる。評価しなくてもいい。

 ・評価する方法は、★を付けること(一作品につき★一つだけだが、自作以外なら何作でも★を付けられる。実際の「ヨムカク」では三個まで自由だが、この設定では一個とする)。

 ・誰が誰に★を付けたかは、公開されている。

 ・順位は、コンテスト期間中に、作者または読者から付けられた★の数で決定。


 <その他、考慮すべき事実>

 ・ヨムカク小説コンテストは、の開催。

 ・ヨムカク小説コンテストに参加する作者のうち相当数は、以前からヨムカク内で活動しており、作者同士の緩やかなコミュニティが形成されている。

 ・ヨムカク小説コンテストに参加する作者のうち相当数は、次回のヨムカク小説コンテストに参加する。



「美緒、何か抜けていることはある?」


「うん。読み専のことが書いてないよ」


 私は読み専だ。忘れないで欲しかった。


「作者の十分の一くらいだろう? 無視しても大丈夫」


「そんなあ。読み専のことだってちゃんと検討して欲しい」


「じゃあ、とりあえずは除外しておいて、後で改めて考えよう」


「わかった」


「じゃあ、ここまでの情報をもとに、新しく表を作るよ」


 そう言って瑞樹が書いた表が、これだ。



 <作者A、作者Bの一次予選突破確率>


            作者B

         ★付ける   ★付けない

   ★付ける (50%,50%)(15%,60%)

 作者A

   ★付けない(60%、15%) (20%,20%)



「あれ? 散歩のときに検討したのと、数字や記号が変わってる」


「うん。ゲームの目的が『一次予選突破』に変わったし、参加者がA、Bの二人から十人に参加者が増えてるから。検討しやすくするために、数値を変えて、%にした」


「数値は俺が適当に考えたけど、美緒に聞いた情報をもとに、大小関係を決めてある。戦略的に動いているのはAとBだけで、他の作者は何もしていない状態と仮定しておく。これで検討を進めよう」


「わかった」


「改めて質問だけど。この表でAとBが取る最善の戦略は?」


「ええと、%の高い方を選ぶから……。Bが★を付ける場合、Aは★を付けない、Bが★を付けない場合、Aは★を付けない。だから結果は前回と同じで、AもBも右下の★を付けない、になるのね?(※1)」


「そう。合ってる。だから、このゲームの均衡は表の右下(20%、20%)になる」 


「ここの数値が20%なのはなんで?」


「これは、AもBも、その他の参加者も、『★を付けない』という場合。その時の一次予選突破確率は、20%と設定した。数学的には厳密じゃない」


「なるほど」


「左上のA、Bともに★を付ける場合が(50%、50%)になる理由も説明しよう。右下の『★を付けない』がこのゲームの均衡だから、この状態でAとBに★が付けば、A、B二人の一次予選突破確率がぐんと高まる。だから50%にした」


「さらに、A、Bいずれかが★を付け、いずれかが★を付けない場合は、一人だけ★が付くことによって他の参加者からさらに抜きんでる。だから、★が付く方は50%より大きな60%とした」


「★が付かない方が15%に下がっているのは、参加者のうち★の付いたA(またはB)が予選突破枠を一つ取る可能性が高まることにより、残りの一枠を九人で競うことになり、この場合の一次予選突破率は、★が誰にも付いていない場合の20%を下回るから」


「……なんだか難しくなってきた」


 私の頭は混乱し始めた。


「うん。でもこの数字で大丈夫だと思う。だから、この数字はそういうものだと受け入れて」


(ええー。ちょっと強引じゃない?) と思いつつ、考えても余計わからなくなりそうなので、私は瑞樹に従うことにした。


「はい、わかりました」


「よし。ただしこれは、一回限りのゲームと考えた場合だ。ここまでの検討は、全てこの方法だった。でも、美緒の説明を聞いて気付いたことがある」


「何?」


「ヨムカク小説コンテストは、『繰り返しゲーム』として考える方が、現状を反映できる」


「繰り返し? それって、どういうこと?」


(次回に続く)


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ※1 

 Aから見た場合で考える。

 

 BがAに★を付ける場合、Aは左の縦列(50%、50%)、(60%、15%)のうち、( )内の左の数値が大きい方を選ぶ。したがって選ぶのは60%となり、AはBに★を付けない。

 

 BがAに★を付けない場合、Aは右の楯列(15%、60%)、(20%、20%)のうち、( )内の左の数値が大きい方を選ぶ。したがって選ぶのは20%となり、AはBに★を付けない。


             作者B

         ★付ける   ★付けない

   ★付ける (50%,50%)(15%,60%)

 作者A

   ★付けない(60%、15%) (20%,20%)

 

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