第12話 ヨムカク小説コンテストを「ゲーム理論」で考えてみる(ゲーム理論・その2)
ゆったりとはじまった土曜日。
私は、Web小説『市長の恋(※1)』の最終話を読み終えた。ああ、面白かった――毎日更新を追いかけながら読むのは、ワクワクした。クライマックスの「定例会見」が、特に良かった。続編も書けそうな雰囲気だ。著者は「オレンジ」さん。多分、女性だろう。
作品の評価画面を表示し、★を付ける。一作品に★三つまでなら、好きに付けて良いルールだ。もちろんこの作品には、★三つ。
『市長の恋』は、サイト内のコンテストに応募中で、私は陰ながら応援している。執筆せずに読むだけの「読み専」の私も、★を付けることにより、コンテストに参加できる仕組みだ。一次選考突破は、作品に付いた星の数で決まるのだ。
今日のランキングは何位かな――。私は、画面に表示されている「第六回ヨムカク小説コンテスト」というバナーをクリックした。★の獲得数でソートされた『市長の恋』の順位は……三百位か。予選突破にはあと百位、順位が上がらなくては。前回までのデータによると、上位二十%までが通過ラインで、今回は応募作が千作品だから、二百位以内に入る必要がある。
(頑張って、オレンジさん!)
私は心の中でエールを送った。
午後になっても瑞樹はゆったりしていて、久しぶりに、二人で少し遠出することにした。
地下鉄に乗って三十四丁目駅で降り、少し歩いてハイライン(※2)へ。ハイラインというのは、廃線の高架部分を利用した遊歩道のような公園で、自然豊かな細長い道が、約二キロ続く。両側にはごく新しい豪華マンションや、建設中の巨大なビル、古びた建物があり、雑然とした雰囲気がいい。元は高架だった場所を歩くので、見晴らしが良いのも楽しい。
途中でドーナツとコーヒーを買って、遊歩道脇のベンチでおやつにする。
「美緒、朝読んでた小説に、★付けたの?」
「付けたよ。でも、私の★が三つ増えたところで、オレンジさん――というのはお気に入りの作者さんだけど――の戦いは厳しいまま」
「そうなの?」
「うん。『ヨムカク』――オレンジさんのWeb小説が掲載されているサイトだけど――には、私みたいな純粋な読者が少ないらしいの。だからコンテスト応募作品でも、作者さん同士、読んだり読まれたりして評価の★が増えていくことが多くなるのね。だけどオレンジさんはその点、営業努力が足りない感じなの」
きっと仕事やプライベートが忙しいのだろう、オレンジさんは、書くだけで精一杯な様子だった。最終話を書き上げたから、これから時間ができるかもしれないが。でも、応募作の規程は十万字もあって、簡単に何作も読める分量ではないのだ。
「私は『市長の恋』が一番好きだから、なんとか一次選考を突破して欲しいなあ」
「……少し話は戻るけど、コンテストに応募している作者同士で、★を付け合っているの?」
「全員じゃないし、場合によるよ。合意の上で★を付け合うのは反則だけど、お互いに読んで気に入った作品に★を付けるのは、認められている。実際その方が、作者さん同士の交流が促進されて、有益なんじゃないかな」
「美緒はオレンジさん以外の作者さんにも★、付けてるの?」
「うん。読んで面白ければ付けるよ」
「美緒は★、全部で何個持ってるの?」
「無制限。『自作以外の作品に、それぞれ★三つまで付けられる』という条件以外は★の数に制限はないの」
「……なかなか興味深い。ざっと聞いた感じ、今朝話した『囚人のジレンマ(※3)』に当てはまりそうだと思ったんだけど。それだと、作者同士の★のやり取りは発生しないはずなんだ。理由、わかる?」
「えーと、作者Aと作者Bがいるとして……」
あれれ? よくわからないや。
私の様子を見て、瑞樹がドーナツに付いていたナプキンを一枚、ベンチに広げた。
「ゲームの参加者とルールを書いてみよう。現実の『ヨムカク』をそのまま使うと複雑だから、まずは、ごく単純化する」
ポケットから出したペンで、ナプキンに以下の情報を書き込んでいく。
<ゲームの目的>
・「ヨムカク」のコンテストにおいて、相手より多くの★を獲得する。
<ゲームの参加者(プレーヤー)>
・作者A、作者B
<ゲームのルール>
・作者A、作者Bともに、相手のコンテスト応募作を評価できる。評価しなくてもいい。
・評価する方法は、★を付けること。
・★は一個だけ(実際の「ヨムカク」では三個まで自由だが、この設定では一個とする)。
「そっか、ここから先は今朝みたいに、作者Aから見てどう行動するのが得か、考えればいいのね」
「そういうこと。さらにわかりやすくするために、★を付ける場合とつけない場合を、点数化しよう」
そう言うと瑞樹は、もう一枚のナプキンに表を書いた。
作者B
★付ける ★付けない
★付ける (0,0) (-1,1)
作者A
★付けない (1、-1) (0,0)
「( )内は、左がAのポイント、右がBのポイント」
「それぞれの数字の意味は?」
「1は『勝ち』、0は『引き分け』、-1は『負け』」
「例えば、Bが★を付けてAが★を付ける場合は、左上の(0,0)で、引き分け」
「Bが★を付けずにAが★を付けた場合は、右上の(-1,1)で、Bの勝ち」
「大体わかった?」
「うん」
「じゃあ、考えてみよう。『BがAに★を付ける場合の、Aが最も得する選択は?』 はい、表」
瑞樹が、さっき表を書いたナプキンを私にくれた。
作者B
★付ける ★付けない
★付ける (0,0) (-1,1)
作者A
★付けない (1、-1) (0,0)
「(0,0)と(1、-1)のうち、左側の数字が大きい方だから、AはBに★を付けない」
「当たり。じゃあ、BがAに★を付けない場合の、Aがもっとも得する選択は?」
「(-1、1)と(0,0)のうち、左側の数字が大きい方だから、AはBに★を付けない」
「これも、当たり。となると、結論は?」
「Aの選択は、BがAに★を付ける場合も、付けない場合も、『Bに★を付けない』になるはず……」
「うん。そのはずだ。だけど、実際の『ヨムカク小説コンテスト』では、作者同士の★の付け合いが起こっている」
「……現実世界は、ゲーム理論通りに行かないってこと?」
私が常々感じていた疑問だ。机上の論理が、果たして常に現実世界にうまく当てはまるのだろうか?
「それもあるかも知れない。または、モデルを単純化しすぎたのが原因かも。コンテストなのに参加者をA、B二人にしちゃったから。他には、『ヨムカク小説コンテスト』のルールや参加者の心理など、コンテスト参加者の行動に影響を及ぼす要因があるのかも知れない。家に帰ったら、もっと詳しく考えてみよう」
瑞樹は楽しそうだ。好きなのだ、課題を見つけて解を導き出すのが。
はたしてゲーム理論は、『ヨムカク小説コンテスト』を分析するツールたりえるのだろうか?
(このシリーズは第16話まで続きます)
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※1 『市長の恋』は実在します。気になった方は、こちらへどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884294547
※2 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3
※3 第11話「囚人のジレンマ(ゲーム理論・その1)」参照。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885096795/episodes/1177354054885266615
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