第16話 ヨムカク小説コンテスト改善案(ゲーム理論・その6)

「新参者のオレンジさんが一次予選を突破するには、オレンジさんから積極的に他の作者さんに★を付けるしか、ないのかなあ」


 私はため息交じりに呟いた。


「ズルをしないで、このまま正々堂々と戦って欲しいなあ」


「ズルじゃないだろ。オレンジさんが参戦した段階で、すでにヨムカク小説コンテストには、そういう仕組みが出来上がっているんだ。そこでのし上がろうと思ったら、合理的だと思われる手段、つまり他の作者に★を付けてオレンジさんもお返しを貰う、という手段を取らざるを得ない。これはコンテストを運営する側の問題だ。こういう状況が起こるのが問題であれば、そうならないようにコントロールすることは可能だと思う」


「コントロール? どうやって?」


「それは、美緒の方がよくわかるんじゃないか? 俺よりヨムカクに詳しいんだから。ゲーム理論で導き出した★の付けあいやクラスタのことと、実際のヨムカクの状況を考え併せて、どうしたらヨムカク小説コンテストをもっと良いものにできるか、考えてみたら? 今日はもう遅いから、このくらいにしよう」


 思わぬ宿題を出されてしまった。



 その夜、私はよく眠れなかった。珍しく頭を使って考えたせいで、神経が昂ったのだろう。瑞樹の説明は、ちゃんと理解できたと思う。ゲーム理論でざっくり考えた場合、「コンテストに参加する作者同士が★を付け合う可能性が高い」ということだ。


 でも実際のヨムカクは、打算的に行動する作者は少数派に見える。善意でフェアな作者さんが多い印象だ。それは、近況ノートに綴られた心境や、他の作品へのレビューを見ればよくわかる。


 ――そうか。コンテストには、色々なタイプの作者が混ざっているんだ。多くの良心的な作者さんの他に、合理性を追求するタイプ、打算的なタイプ、さらには悪意を持ったタイプ。そう考えると、ヨムカク小説コンテストに必要なのは、これら様々なタイプの作者が公平に競争するための、ルールだ。


 閃いた気がした。ベッドサイドの時計を見ると、午前四時。起きてしまおう。そして、私なりのヨムカク小説コンテストのルールを考えてみよう。


 こっそりベッドを抜け出し、食卓のテーブルでノートを開いた。こんな時間に一生懸命考え事をするのは、大学生の時以来だ。淹れたてのコーヒーを飲み、ピーナツバター入りチョコレートをつまみながら、私はヨムカク小説コンテストの改善案をまとめた。



 <ヨムカク小説コンテストのルール・改善案>


 1.作者が自作以外に付けられる★の数は、一個のみとする。

 理由:現状、自作以外であれば何作でも★を付けることができるが、この無制限の★は、作者同士の★の付けあい、さらにはクラスタ形成の誘因となって公正な競争を阻害する可能性が高いから。


 2.読み専がもつ★の数は、十個とする。 

 理由:ヨムカク小説コンテストで★を付ける読み専の数は、作者の十分の一程度と想定される。

 したがって、1.によって作者のもつ★を一個に制限したのみでは、読者が極端に少ない現状、作者に付く★の数に差が出にくく、競争が成り立たない可能性が考えられる。そこで、読み専のもつ★の数を作者のそれの十倍とし、実質的に読者を増やす効果を狙う。



 作者の★を一個に制限する理由は、実はもう一つある。これまでの検討には出てこず、あくまで私の推測だが。おそらく、自分と順位を競っている作品――もっと極端に言えば、自分より上位の作品にも――★を付けない作者が多いのではと思われることだ。こうなると、優れていそうだからこそ読まれない作品、というのも出てくるわけで、なんだかおかしな話だと思う。


 これはある作者がコメント欄で、「私は自分と前後して順位を争っている作品は読まない小さな男。ごめんなさい」という正直な心情を吐露しているのを読んで気付いたことだ。


 コンテストに参加している作者はみんなライバル。こう思うのは当たり前のことだろう。作者達は、十万字超の作品を仕上げるだけで大変なのだ。こういう余計なストレスは感じずに、読者選考に参加できたらいいのに。



「シンプルだね」


 振り向くと、すぐ後ろで瑞樹が私のノートをのぞき込んでいた


「びっくりした。気付かなかった」


「真剣だったから。もう六時だよ」


 瑞樹が笑う。


「作者の★を一個、読者の★は十個する――いいと思うよ。でも美緒、十個★を貰ったとして、ちゃんと全部の作品に目を通せる?」


「そこよねえ。せっかく読み専として★を十個貰っても、応募作が多すぎて、結局自分の好みの作品だけ読んじゃったら不公平かなあって、私も思ってた。でね、今考えてたことがあるの」


「どんなこと?」


「読者選考は一次じゃなくて、二次選考とか、最終選考とか、もっと進んだ段階で導入してもらう」


 これは我ながらいい案だと思った。


 第六回ヨムカク小説コンテストの応募作品は千もある。すべて読むのは無理だ。でも、最初に運営さんが作品を絞ってくれれば。例えば一次予選通過の二百作品を運営さんが選んでくれれば、それらの作品は、私を含む読み専や作者が読める可能性がぐっと高まる。


 そうすれば、それぞれの作者が持っている★一個と、それぞれの読者がもっている★十個は、より有用に選考に生かされることだろう。この選考の結果をそのままコンテストの結果とするのは難しいだろうから、最終審査の段階で、運営さんが選んでもいい。二次選考となる読者選考の結果を、公開したうえで。


「どう?」


 私は改善案を、もう一度書いた。



 <ヨムカク小説コンテストのルール・改善案>


 1.作者が自作以外に付けられる★の数は、一個のみとする。


 2.読み専がもつ★の数は、一人十個とする。 


 3.読者選考は、二次選考以上の段階で行う。



「……いいんじゃない? せっかくだからヨムカクさんに送っちゃえば」


「えええー!? そんな恐れ多い。アカウント停止されたら嫌だし」


「されないよ。せっかく時間をかけて考えた有用な意見だ。送りなよ」


 私は一日考えた。そして結局、ヨムカクさんに要望を送った。一週間経過したが、お返事はない。


 どうかヨムカクさんが怒っていませんように。


 アカウントを停止されませんように。



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作者より

その後コメントを頂きまして、3.は不要かなと思ったりしています。いずれにしても、面白く読んで頂けたら嬉しいです。

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