第2話「猟犬と狩人」
その日は朝から、アーケンは
昨夜の事件で勇者を
むしろ、
「クソッ、あの連中……いつも後から来てああだこうだと」
アーケンは今、ミラルダ王国の王宮にいた。
だが、残念ながらここではアーケンは
そして、
「アーケン! 外ばかり見ていないで、手を動かして
「なあ、リーアム。この手の書類が俺は」
「この手の書類? あんたが書く書類なんて、一種類しかないでしょ。それは?」
「……
「昨夜、勇者を……
「……俺です」
「よろしい。じゃ、書くのを続けて」
どういう訳か、普段の職務ではリーアムに頭が上がらない。
机仕事の
だが、ジトリとリーアムが
「ええと、排除対象は……風刃の勇者? それが奴の
「そ。記録されてるだけで百人は殺してるわ。……しかも、無力な一般市民ばかりね」
「そいつはクソッタレだな、せいせいした気分だ」
「同感ね。けど、そのクソッタレをクソごと床にぶち
「……すんません」
リーアムはほどよく肉質感に満ち満ちた
今日はまた一段と機嫌が悪く、今も指でトントンとリズミカルに机を叩いている。
花の王宮でも場末の部署だが、リーアムの美貌はどんな
もっとも、その性格は
「ねえ、アーケン……例の風刃の勇者、
「でも、見つかったろ? 勇者なら、身体のどこかに刻印があるからな」
「ええ……衛士達と徹夜で死体を仕分けして、明け方にやっと。わかる? 夜通し肉と骨になっちゃった血塗れの死体を検分する気持ち」
「知りたくないねえ」
神に選ばれし者、勇者。
驚異的な身体能力を持ち、その上で一人一人が個々に独自の
そして、勇者にはもう一つ独特な特徴がある。
それが、身体の何処かにある刻印なのだ。
勇者として生きる限り、この刻印は
リーアムに教えられて、刻印の位置と形を始末書に書き込む。
二人の間に声が割って入ったのは、そんな時だった。
「リーアム、あまりダーリンをいじめないでくれるかしら?」
妙に
だが、二人の他に今、
ブレイブレイカーズは、公的な記録に残らぬ
闇から闇へと、影の中を戦い抜き、死ねば墓も葬式もない。
そんな派遣執行官達は、各々に勇者の刻印とは別の力を持っている。今、アーケンを
「ねえ、リーアム。おぼこがそう焦るもんじゃないわ、がっついて見えるわよ?」
「だっ、だだだだ、誰が
「あら、本当に処女だったの? ふふ、でもいいじゃない。純潔を
「ま、まあね! そうよ、あたしは清らかな身体なんだもの。あら、ダレクセイド……そう言えば
チョロい。
この女、チョロ過ぎる。
だが、アーケンは相棒をコロコロ転がす自分の武器を
剣自体は、派遣されてきた日に買った安物のナマクラだ。
だが、
これこそが、
「そんなに汚れてるか? ……まあ、あとで
「あら、アーケン。嬉しいわね……小娘より
「黙れ、エロ鞘」
「あらぁん、エロって
時々アーケンは本気で思う。ダレクセイドは呪われたアイテムではないだろうか、と。
だが、いざという時に頼りになるのも事実である。
そんなこんなで、二人と一本が犬も食わない
渋い顔をしているのは、衛士を数名連れたこの国の大臣だ。
「あら、大臣さんじゃない」
「だな」
「相変わらず辛気臭い顔ねぇ……とっくに赤玉って感じ?」
「おい馬鹿やめろ、聞こえるだろ」
「そうね、真実は時として残酷だわ。あ、リーアム? 赤玉っていうのは男が雄としての生殖機能を失って――」
ゴホン! と大臣の
ダレクセイドを黙らせつつ、アーケンは椅子から立ち上がった。リーアムも机を飛び降りると、二人で並んで身を正す。
神経質そうな
「また昨夜も貴様達かっ! 確かに勇者は危険な存在、しかしあれは人の死に方ではない!」
始まった、と心の中でアーケンは
すぐにリーアムが「お言葉ですが」と口を
だが、彼女はチョロいうえに
「
その時だった。
不意に詰め所の奥の扉が開く。
そして、アーケンの直属の上司が現れた。
「大臣、それくらいにして
その女性は、酷く小さな
少女、いや、幼女とさえ言ってもいい。しかし、そのあどけなさを残す表情は今、
特務勇殺機関ブレイブレイカーズ、ミラルダ王国支部長……名は、マーヤ。
アーケンやリーアムがそうであるように、家名などない。
勇者を殺すための
あるいは、アーケンのように捨てる家を
「我々ブレイブレイカーズは、
「貴様っ、マーヤ! ……戦いには
「僭越ながら、大臣。貴賤? 正々堂々、正面から尊厳をもって殺せと?」
「あるいは、言葉とて通じるのだ……説得がまずは先であろう」
だが、大臣の言葉にマーヤは鼻で笑った。
それで大臣は、顔まで真っ赤に
「いや、失礼! 残念ながら大臣……勇者とは
「しかしだな、国民感情というものもある!」
「ですから、騎士団と衛士隊に
十歳かそこいらにしか見えないマーヤに、
そして、マーヤは長い長い黒髪を揺らしてアーケン達に向き直る。
「仕事だ、
それだけ言うと、必要な書類を置いてマーヤは去ってゆく。
だが、彼女は「おお、そうだ」と肩越しに振り返った。
「お前達が昨夜救出した少女は、無事に
「……了解だ、マーヤ」
「ただただ奪うだけの連中から、唯一命だけを奪う。それがあたし達ですから」
大臣だけが
そして、フンと笑ってマーヤは自分の
マーヤは不思議な人物で、その素性は誰も知らない。ブレイブレイカーズの幹部なのだが、各国の
だが、それは
優れた
今まさに、勇者と言うなの
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