第19話「スーパーチョロイン伝説」

 宿に戻って、とりあえずアーケンはリーアムの部屋に顔を出した。

 相変わらず部屋がふさがっているので、彼女だけが毎晩ベッドで寝ている。アーケンは馬小屋だが、横になれて雨風あめかぜがしのげればどこでもいいと思っていた。

 出迎えてくれたリーアムは、酷く不機嫌だった。

 やはり、今朝のことをまだ根に持ってるらしい。


「それで? 進捗しんちょく、どうなの? 何かわかったことは?」


 リーアムはくつろいでいたらしく、今はバスローブを着ている。

 普段から街を歩く服より、露出度が低いから不思議なものだ。

 時々太腿ふとももの傷を気にする素振りを見せるが、激しい運動をしなければそこまで痛まないらしい。

 とりあえずアーケンは、先程のガレーメン自警団の屯所とんしょでのことを話した。

 瞬間、バン! と、リーアムがテーブルを叩いて立ち上がる。


「ちょっと、何やってんのよ! バッカじゃないの!? あんたねえ、本気で言ってる訳? ジャンヌが街を襲った勇者と繋がってたら、今頃あたし達はとっくに殺されてるわよ!」


 凄い剣幕である。

 街で買ってきたつつみを持ったまま、アーケンはまだ椅子いすにも座っていないのだ。

 だが、そんな彼を見上げて、鼻息も荒くリーアムが身を乗り出してくる。

 大きな胸の谷間が丸見えで、アーケンは目をらした。

 見たくもないものを見て殴られるのは、常日頃からのことで気をつけるようにしている。


「リーアム」

「なによ!」

「……脚は大丈夫なのか?」

「えっ…あ」


 瞬間、リーアムは顔色が紫になった。

 そしてようやく、太腿の痛みに気付いてそのまま椅子へ沈み込む。

 トカゲ並の鈍感だが、痛みに気付かぬくらい怒ってくれたのだ。

 彼女も一度はジャンヌを疑い、今は一定の信頼を許している。自分も勇者でありながら、勇者は全て殺さねばと彼女は言ってしまったのだ。それを叩いて抱き締め、さとしてくれたジャンヌ……まるで母親のようなその姿を、アーケンも思い出す。


「ぐぎぎぎ……イタタ。だ、大丈夫よ、大丈夫! 重い日のアレに比べれば!」

「リーアム、乙女がしてはいけない顔になってるぞ」

「うっさいわね! もとあと言えば、あんたが悪いんでしょ!」

「……すまん」

「そうよ、誤りなさいよ! ……それで?」


 アーケンは事の顛末てんまつ仔細しさいに語った。

 まず、現時点でこの街にはリーアムを除いて、最低四人の勇者がいる。

 まずはジャンヌ。

 次に、先日捕らえた蒼雷の勇者ザ・サンダーストーム

 そして、夕暮れの人混みで出会った大柄な勇者。

 最後に、ジャンヌの仲間をかたった優男やさおとこの勇者。


「どうすんの? ……やっぱあたしも現場復帰する。アーケンだけに任せてらんない」

「よせ、足手まといだ。傷の治りも遅くなる」

「なら、なんとかしなさいよ! もうっ、ジャンヌと協力すれば多少はマシになるでしょ。嫌よ、あたし……アーケンが単独で行動してて、何かあったら」


 太腿をバスローブの上からさすりながら、横目にリーアムがすがめてくる。

 ようやく椅子に座って、アーケンは手に持っていた包みを置いた。


「昼飯は食ったか? リーアム」

「とっくに。何よ、あのねえ……アーケン、あたしのことチョロい奴だと思ってるでしょ! 何か食べさせとけばいいと思ってるんだわ。ああやだ! さいっ、てえっ!」

「……そうか、やはり昼飯は食ったあとか。よかった」


 アーケンはました表情で、包み紙をく。

 中は市場で買い求めた季節のフルーツだ。丁度りんごがあったので、それをいくつか買ってきた。

 それを見たリーアムは、呆気あっけにとられて何度もまばたきを繰り返している。


「あ、あたしに?」

「他に誰がいる。食後のデザートだと思えばいい」

「う、うん……ありがと」

「どれ」


 アーケンはりんごの一つを手に取り、そのまま二つに割る。その片方を持たせてやったら、リーアムは先程のいきどおりが嘘のように素直になった。

 やはりかと内心ホッとしたが、口には出さないようにするアーケン。


「あ、美味おいし……甘い」

「だな」

「あ、ありがと! もぉ、アーケンってば……でも、ジャンヌにあとで謝ったら?」

「……いや、私情を挟むつもりはない」

「私情? ジャンヌに? ……え、ちょっと待って、アーケン。あなた、まさか本当に」

「母上に似ている。だが、それがどうした。俺は常に冷静だ」


 少しだけ嘘が交じる。

 今も、先程別れた時のジャンヌの顔が頭から離れない。

 だが、彼女への不信が深まったのもある。

 何故なぜ、新たに現れた優男の勇者は、? 円滑えんかつに蒼雷の勇者を連れ出すためには、それが一番合理的にも思える。

 しかし、それは普通の一般人に限って言えばの話だ。

 勇者とは、神の力を得た屈強な超人なのである。その気になれば、屯所の男達を皆殺しにできたはずだ。それをしないのは……やはり、ジャンヌと繋がっているのだろうか?


「アーケンさ、ちょっと意固地になってない?」


 二個目のりんごに手を伸ばして、リーアムが上目遣うわめづかいに見詰めてくる。

 彼女はバスローブのすそで少しりんごを拭いてから、それをかじった。


「ジャンヌ、お母さんに似てるから……そう思える自分がまずいと思うから、無理にジャンヌのことを悪く考えて遠ざけようとしてる」

「そんなことはない」

「そう?」

「……多分。だが、自信はない。似ているということは、いつも頭から離れないからな」

「素直じゃん」


 リーアムの顔が少しだけ優しくなった。

 彼女は上機嫌でりんごを頬張ほうばりながら、話を続けた。


「いいな、でも……お母さんの思い出があるって」

「お前とて木のまたから生まれてきた訳では……ああ、そうだったな。すまん」

「そうだぞー、このデリカシーなし! ふふ、別にいいけどさ」


 リーアムには、この世界へと転生してくる前の記憶がない。

 彼女がどういった場所でどんな暮らしをしていたか、誰もわからないのだ。そして勿論、この世界でも彼女を知っている人間は少ない。

 確かなのは、彼女には勇者の証たる刻印こくいんがあるということ。

 それも、他の勇者の能力をき消す強力な力だ。


「あたしはさ、ジャンヌみたいなお母さんだったらいいなと思ったよ? なんか、こないだぶたれて……そのあと、ぎゅーってされたら、そう思った」

「そうか」

「あっ! またあたしのこと、チョロいと思ったでしょ」

「思ってなどいない。……少ししかな」

「もーっ! ……ジャンヌのこと、ちゃんとしなよ? あたしさ、ちょっと嬉しいの。自分以外にも、まともな勇者がいるんだなって思ったらさ。少しね、嬉しいの」


 その時だった。

 不意に腰の剣をつかんでアーケンは椅子を蹴る。

 すぐにダレクセイドが警戒心を込めた言葉をつぶやいた。


「ダーリン、遠ざかっていくわ。気配を殺さないところを見ると、見つけてくれと言わんばかりじゃない? 人数は一人、せた男よ」


 リーアムもすぐに真剣な表情になった。

 今、この部屋のドアの前に誰かが立っていた。

 すぐにアーケンは、ドアを静かに開けて周囲を見渡す。廊下には誰もいない。

 だが、足元に一枚の紙が置いてあった。

 どうやらドアの下から差し込んだようだ。

 しかも、しつはいいとは言えないが製紙せいしである。


「……ふむ、これは」


 それを持ち帰り、リーアムと開く。

 そこには、仲間の名前が書かれていた。

 仲間とは思われていないから、こちらも思いたくない名である。


「これ、スエインが?」

「の、ようだな」

「怪しい……何か、場所の指定があるわ」

「呼び出しとは奇妙だな。だが、今のままでは手詰まりだ。向こうで何かをつかんだのかもしれん」


 ふところへと紙片しへんをしまって、アーケンは顔を出してみることにする。

 あの、いように青白い顔など見たくないが。あの細い目は、何を考えているのか全くわからない。だが、一つだけ確かなことは……常軌を逸した勇者への憎悪ぞうおを、その胸に秘めているということ。

 それは、アーケンが両親の仇へ燃やす苛烈かれつな怒りとは少し違う。

 勇者という種族を同じ人間として見ず、駆除すべき害虫のように嫌悪けんおしていることだ。


「……やっぱあたしも行くよ、アーケン」

「お前は休んでいろ。傷を治すのがお前の仕事だ」

「でも……」

「いい子にしてれば、次は違う果物くだものを買ってこよう」

「もうっ! やっぱり食べ物で釣れると思ってるじゃない!」


 ぷぅ、とリーアムが頬を膨らませた。

 だが、先程までの刺々しさは感じなかった。


「気をつけて、アーケン。……あたし、オレンジも食べたいわ。甘いやつ」

「探しておこう」

「いってらっしゃい」

「ああ」


 だが、後にアーケンは後悔することになる。

 気遣うつもりが気遣われた、リーアムに心の弱さを見せてしまった。

 そして、スエインとの接触も彼女に教えてしまった自分をのろうことになるのだった。

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