第20話「悲しみの葬列は続く」
アーケンは町外れの
先日、立て続けに勇者が暴れまわる事件があったのだ。今も
そこかしこに新しい墓がある中で、ずっと
「フッ、ジャンヌらしいな。まったく、甘い奴だ」
「そうね。ね、ダーリン……仲直り、したらぁん?」
「黙っていろ、ダレクセイド。それは、もう無理だ」
目の前の小さな
先日アーケンとリーアムが殺した勇者も、ここに眠っている。
このガレーメンの港町では、以前からジャンヌがモンスターと勇者から市民を守ってきた。彼女の手で
アーケンも小さな花束を置き、
勇者は今でも、許せない。
勇者を殺すのは、アーケンの使命だ。
そのことを共有している、全く別の人種が背後で喋り出す。
「おやおや、アーケン
全く人の気配はなかった。
やはり、この男は危険だ……たとえそれが、同じ
アーケンは立ち上がると、呼び出した人間を振り返った。
「勇者も人間、死ねばただの
「連中が天国に行けるとでも? ああ、行けるかもしれませんねえ。なにせこの世界に勇者を呼び込んだのはほら、神様ですから。そのツテがあれば、もしや」
「天国も地獄もない。人は皆、死ねば無になる」
「ほう? 君が
「……わからん。ただ、俺が死んだら誰かに祈って欲しい……それだけかもしれん」
ふと、脳裏に一人の少女が浮かんだ。
仕事の相棒、コンビを組むパートナーのりーアムだ。
自分がもし勇者との戦いに破れて死ねば……彼女は祈ってくれるだろうか?
自信はないが、逆なら確実にわかる。
彼女に死なれたら、ゼオンは祈りを
そして、遂げるべき復讐が増えるだけだ。そんなことを言ってリーアムを困らせたくないので、口にしたことはない。だが、あのお
「ま、安心してください……アーケン派遣執行官。勇者を殺すことは罪になりませんから。もし天国があるのなら、君は確実に行けるでしょう。素晴らしいスコアをお持ちですし」
「もし、あるのならな」
「ええ、ええ」
相変わらずスエインは、薄い笑みに目を細めている。
まるで張り付いた笑顔で、不気味だ。
だが、こんな場所に呼び出したからには、何かあるに違いない。
そう思っていると、スエインは周囲を
向こうでは今、
「
「そのことは耳に入っている。だが、どちらも足取りが全く
「連中は何故、
「仲間だから……違うのか?」
そういえばと、アーケンも奇妙な引っ掛かりを感じる。
勇者にとって仲間とは、アーケンやリーアムが互いに感じている感情とは程遠い関係だ。とどのつまり、つるんで悪事をはたらくための利害関係だけ。勇者はその
そういった意味では、確かにスエインの言うことは一理ある。
「で、この大柄な方の勇者ですが……この男、水を扱う
「ああ」
「あのリーアム派遣執行官が能力を無効化できなかった……逆を言えば、リーアム派遣執行官の刻印の力が無効化された、とか?」
「それはありえない。勇者の刻印の力は、それぞれが一人に一つ、そして……同じものは二つとない」
そう、それが神が異世界より選び抜いた、勇者の持つ能力。
その身のどこかに
以前、勇者達の恐るべき力は魔王とその軍勢に向けられていた。
だが、魔王という敵を失った勇者達は……己の欲望のはけ口を人間に求めたのだ。
「さてさて、アーケン派遣執行官……ここからがクエスチョンでして」
「もってまわるな、
「ではでは……水を使い、自由に水圧をコントロールする刻印。そう、水は時に強力な刃となる。ですが……この刻印の持ち主は既に死んでいます」
アーケンは我が耳を疑った。
しかし、構わずスエインは言葉を続ける。
「本部に問い合わせましてね……この町に現在いるであろう、全ての勇者の情報を洗い直しました。水使い、
「つまり、死体が動いていると?」
「そういうことになりますねえ」
「それが、リーアムの力が通用しなかった原因か? ……だが、何かがおかしい」
何から何までおかしな話だ。
リーアムの力が通用しなかった勇者など、今まで一人もいなかったのだ。それが、彼女の
それは、神がリーアムに与えた力なのだ。
「とんだサマ師だな。やはり、神はいないということか」
「はい? 何かいいましたか?」
「いや、何でもない。情報は助かる、正直行き詰まっていたところだ」
「いえいえ、お二人にはガンガン勇者を殺してもらわねばなりませんので。ええもう、ドンドン殺しましょう! ジャンジャン殺しまくりましょう!」
スエインの興奮が狂気を
それはアーケンには、勇者とは別種の
ひょろりと背の高い
あるいはもう、仮面の顔しか持っていないのか。
そんなことを考えていると、ふとスエインが向こうの葬儀へと視線を放った。
その横顔が、ようやくアーケンに彼の感情を認識させる。
「……小さな女の子だったそうですねえ。例に漏れず、
「勇者のやることだ、相変わらず徹底している」
「ええ……連中は
そのことについてだけは、アーケンも完全に同意だ。
勇者は飲み食いのために殺し、女を犯すために殺す。
だが、そうした目的がなくとも、ただ殺したくて殺すのだ。
勇者とはそういう人種なのである。
「昔、妻がいました」
「……そうか」
「今もね、ここにいるんですよ」
スエインがそっと、胸に手を当てた。
「優しくて美しい人でした。ふふ……私はあの世に行ったら、彼女にこう言うんです。並み居る勇者を血祭りにあげたと」
ようやくアーケンは、スエインの並々ならぬ勇者への憎悪を知った。
そして、気付かされる。
ブレイブレイカーズとは、勇者から全てを奪われた者達……奪われ終えた
何も取り戻せないと知っていても。
奪われる誰かの未来を守るために。
何より、死んでいった者達との思い出を守るために。
「……お前のような奴でも、天国に行けるのか? スエイン」
「さあ、どうでしょう。勇者殺しは罪とは思えませんが、神はお怒りになるかもしれませんねえ……自分が呼び込んだ勇者を殺しているのですから」
「だとしたら、やはり神はいない」
「何故?」
「死が
その時、スエインが初めて冷たい笑みを
そこには、長らく憎悪の炎を絶やさず燃やしてきた、一人の男の顔があった。疲れて
だが、彼はすぐに仮面を被り直した。
「……さて、では行きましょうか。働いてもらいますよ? アーケン派遣執行官」
「どこへ?」
「私もぶらぶら遊んでいた訳ではないので。ふふ……このガレーメンで、多くの者達が立て続けに亡くなりました。そんな中……水や小麦粉、生鮮食料品といったものの消費が増えた家があるとしたら……?」
どうやらスエインも独自に、自分のルートで調べを進めていたらしい。
そして、街外れに住む年老いた
「その家は、引退した先代の豪邸でしてねえ……住み込みのメイドとの二人暮らし。まあ、このメイドは御老人の愛人でしょう。それはいいんですが」
「二人で飲み食いするには多過ぎる食料が?」
「はぁい、大正解! ふふふ……これは調べてみる価値、ありませんかねえ?」
こうしてアーケンは、新たな情報を得た。
ほんの僅かな、一握りのスエインへの信用と共に。
だが、この時は思いもしない……心の中を少しだけ見せてくれたスエインが、アーケンの信頼をすぐに裏切るということを。
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