第20話「悲しみの葬列は続く」

 アーケンは町外れの墓地ぼちへと来ていた。

 先日、立て続けに勇者が暴れまわる事件があったのだ。今も葬列そうれつ喪服もふくの遺族達と共にやってくる。悲しみに沈む一団とちがうアーケンの手に、小さな花束はなたばがあった。

 そこかしこに新しい墓がある中で、ずっとすみの方に小さな墓がある。


「フッ、ジャンヌらしいな。まったく、甘い奴だ」

「そうね。ね、ダーリン……仲直り、したらぁん?」

「黙っていろ、ダレクセイド。それは、もう無理だ」


 目の前の小さな墓碑ぼひは、勇者の墓だ。

 先日アーケンとリーアムが殺した勇者も、ここに眠っている。

 このガレーメンの港町では、以前からジャンヌがモンスターと勇者から市民を守ってきた。彼女の手でたれた勇者は全て、荼毘だびにふされてとむらわれているのだ。

 アーケンも小さな花束を置き、かがんで目をつぶる。

 勇者は今でも、許せない。

 勇者を殺すのは、アーケンの使命だ。

 そのことを共有している、全く別の人種が背後で喋り出す。


「おやおや、アーケン派遣執行官はけんしっこうかん……君は随分とセンチメンタルなんですねえ」


 全く人の気配はなかった。

 やはり、この男は危険だ……たとえそれが、同じ特務勇殺機関とくむゆうさつきかんブレイブレイカーズの仲間でも。仲間を仲間とも思わぬ男、スエインへの警戒心がささくれ立つ。

 アーケンは立ち上がると、呼び出した人間を振り返った。


「勇者も人間、死ねばただのむくろだ」

「連中が天国に行けるとでも? ああ、行けるかもしれませんねえ。なにせこの世界に勇者を呼び込んだのはほら、神様ですから。そのツテがあれば、もしや」

「天国も地獄もない。人は皆、死ねば無になる」

「ほう? 君が無神論者むしんろんじゃだったとは……では、何故なぜ祈るんです?」

「……わからん。ただ、俺が死んだら誰かに祈って欲しい……それだけかもしれん」


 ふと、脳裏に一人の少女が浮かんだ。

 仕事の相棒、コンビを組むパートナーのりーアムだ。

 自分がもし勇者との戦いに破れて死ねば……彼女は祈ってくれるだろうか?

 自信はないが、逆なら確実にわかる。

 彼女に死なれたら、ゼオンは祈りをささげるだろう。

 そして、遂げるべき復讐が増えるだけだ。そんなことを言ってリーアムを困らせたくないので、口にしたことはない。だが、あのお転婆てんばで勝ち気で強気、そのうえチョロい少女を憎からず思っているのも確かである。


「ま、安心してください……アーケン派遣執行官。勇者を殺すことは罪になりませんから。もし天国があるのなら、君は確実に行けるでしょう。素晴らしいスコアをお持ちですし」

「もし、あるのならな」

「ええ、ええ」


 相変わらずスエインは、薄い笑みに目を細めている。

 まるで張り付いた笑顔で、不気味だ。

 だが、こんな場所に呼び出したからには、何かあるに違いない。

 そう思っていると、スエインは周囲を一瞥いちべつしてから喋り出した。

 向こうでは今、むせび泣く者達が神父と一緒に祈りを捧げている。もうすぐひつぎが埋められ、新たな墓が増えるだろう。


すでにご存知の通り、リーアム派遣執行官が敗北した勇者……大柄おおがらな男ですね。それと別に……どうやら女みたいな顔をした勇者がいるようです」

「そのことは耳に入っている。だが、どちらも足取りが全くつかめん」

「連中は何故、蒼雷の勇者ザ・サンダーストームを救い出して消えたのでしょうか?」

「仲間だから……違うのか?」


 そういえばと、アーケンも奇妙な引っ掛かりを感じる。

 勇者にとって仲間とは、アーケンやリーアムが互いに感じている感情とは程遠い関係だ。とどのつまり、つるんで悪事をはたらくための利害関係だけ。勇者はその獰猛どうもうな闘争本能に従い、ただ破壊のために破壊し、殺すために殺すのだ。

 そういった意味では、確かにスエインの言うことは一理ある。


「で、この大柄な方の勇者ですが……この男、水を扱う刻印こくいんの能力だったと聞きましたが」

「ああ」

「あのリーアム派遣執行官が能力を無効化できなかった……逆を言えば、リーアム派遣執行官の刻印の力が無効化された、とか?」

「それはありえない。勇者の刻印の力は、それぞれが一人に一つ、そして……同じものは二つとない」


 そう、それが神が異世界より選び抜いた、勇者の持つ能力。

 その身のどこかにきざまれた刻印は、一人に一つだけ絶大なる力を与えるのだ。そして、その能力は一つ一つが特別なオンリーワン。強さも用途もバラバラだが、どれも普通の人間にとっては脅威となる。

 以前、勇者達の恐るべき力は魔王とその軍勢に向けられていた。

 だが、魔王という敵を失った勇者達は……己の欲望のはけ口を人間に求めたのだ。


「さてさて、アーケン派遣執行官……ここからがクエスチョンでして」

「もってまわるな、単刀直入たんとうちょくにゅうに言え」

「ではでは……水を使い、自由に水圧をコントロールする刻印。そう、水は時に強力な刃となる。ですが……


 アーケンは我が耳を疑った。

 しかし、構わずスエインは言葉を続ける。


「本部に問い合わせましてね……この町に現在いるであろう、全ての勇者の情報を洗い直しました。水使い、勇銘ブレイブタグ仙水の勇者ジ・ウォーターバッシャーというらしいですが……半年程前に、死体が確認されています」

「つまり、死体が動いていると?」

「そういうことになりますねえ」

「それが、リーアムの力が通用しなかった原因か? ……だが、何かがおかしい」


 何から何までおかしな話だ。

 リーアムの力が通用しなかった勇者など、今まで一人もいなかったのだ。それが、彼女の勇者を狩る勇者ザ・ブレイブスレイヤーの力。左胸の刻印が輝き、うごめ毒蟲どくむしごと紋様もんようが肌を走る時……彼女と戦う勇者は刻印の能力を失う。

 それは、神がリーアムに与えた力なのだ。


「とんだサマ師だな。やはり、神はいないということか」

「はい? 何かいいましたか?」

「いや、何でもない。情報は助かる、正直行き詰まっていたところだ」

「いえいえ、お二人にはガンガン勇者を殺してもらわねばなりませんので。ええもう、ドンドン殺しましょう! ジャンジャン殺しまくりましょう!」


 スエインの興奮が狂気をびる。

 それはアーケンには、勇者とは別種の戦慄せんりつをもたらした。

 ひょろりと背の高いせ型で、年の頃は二十代半ばくらいだろうか? だが、スエインには表情がないのだ。アーケンと同じ無表情の仏頂面ぶっちょうづらという訳ではない。薄笑いを貼り付けた仮面の下に、素顔を隠している。

 あるいはもう、仮面の顔しか持っていないのか。

 そんなことを考えていると、ふとスエインが向こうの葬儀へと視線を放った。

 その横顔が、ようやくアーケンに彼の感情を認識させる。


「……小さな女の子だったそうですねえ。例に漏れず、おかされながら殺され、その死体をさらにはずかしめられた」

「勇者のやることだ、相変わらず徹底している」

「ええ……連中はけだもの、いえいえ獣以下です。野の獣とて、空腹でなければ何も襲いはしないでしょう。ですが……勇者は目的や手段という概念が存在しないのです」


 そのことについてだけは、アーケンも完全に同意だ。

 勇者は飲み食いのために殺し、女を犯すために殺す。

 だが、そうした目的がなくとも、

 勇者とはそういう人種なのである。


「昔、妻がいました」

「……そうか」

「今もね、ここにいるんですよ」


 スエインがそっと、胸に手を当てた。


「優しくて美しい人でした。ふふ……私はあの世に行ったら、彼女にこう言うんです。並み居る勇者を血祭りにあげたと」


 ようやくアーケンは、スエインの並々ならぬ勇者への憎悪を知った。

 そして、気付かされる。

 ブレイブレイカーズとは、勇者から全てを奪われた者達……奪われ終えたゆえ戦鬼せんきへと堕した者達の集団なのだ。守るものなど何もない、げるべき殺意を冷たく凍らせ勇者を殺してゆく。

 何も取り戻せないと知っていても。

 奪われる誰かの未来を守るために。

 何より、死んでいった者達との思い出を守るために。


「……お前のような奴でも、天国に行けるのか? スエイン」

「さあ、どうでしょう。勇者殺しは罪とは思えませんが、神はお怒りになるかもしれませんねえ……自分が呼び込んだ勇者を殺しているのですから」

「だとしたら、やはり神はいない」

「何故?」

「死がかつ二人の再会を、死後にすら認めない……そんなものはもう、神でもなんでもない」


 その時、スエインが初めて冷たい笑みをわずかに崩した。

 そこには、長らく憎悪の炎を絶やさず燃やしてきた、一人の男の顔があった。疲れてうつろなひとみが、まるで煉獄れんごく業火ごうかのよいうに揺れている。

 だが、彼はすぐに仮面を被り直した。


「……さて、では行きましょうか。働いてもらいますよ? アーケン派遣執行官」

「どこへ?」

「私もぶらぶら遊んでいた訳ではないので。ふふ……このガレーメンで、多くの者達が立て続けに亡くなりました。そんな中……水や小麦粉、生鮮食料品といったものの消費が増えた家があるとしたら……?」


 どうやらスエインも独自に、自分のルートで調べを進めていたらしい。

 そして、街外れに住む年老いた豪商ごうしょうの屋敷が妙だという。


「その家は、引退した先代の豪邸でしてねえ……住み込みのメイドとの二人暮らし。まあ、このメイドは御老人の愛人でしょう。それはいいんですが」

「二人で飲み食いするには多過ぎる食料が?」

「はぁい、大正解! ふふふ……これは調べてみる価値、ありませんかねえ?」


 こうしてアーケンは、新たな情報を得た。

 ほんの僅かな、一握りのスエインへの信用と共に。

 だが、この時は思いもしない……心の中を少しだけ見せてくれたスエインが、アーケンの信頼をすぐに裏切るということを。

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