第18話「破綻する信頼」

 ガレーメン自警団じけいだん屯所とんしょへ向かうと、すでに男達が集まっていた。

 自警団の面々は、一様にきびしい表情で武具を準備し、完全武装で待機している。誰もが皆、苛立いらだちで内面の圧力を高めていた。

 街を勇者に襲われた。

 それも、街を守るべくモンスターの討伐に出かけていた矢先に。

 誰にとっても痛恨のミスで、それはアーケンも変わらない。

 だが、屯所では意外な事実が待ち受けていた。


蒼雷の勇者ザ・サンダーストーム? ああ、さっき……なあ?」

「おう! ジャンヌ様の使いだって奴が、連れて行ったぜ?」

「何か、おっかねえ奴だったよな。新顔か?」

「綺麗な顔して、すんげえ迫力だったぜ」


 アーケンは即座にジャンヌを振り向く。

 その表情を見れば、問うまでもなく真実は明らかだった。


「わたくしはそんな指示など出していません! 何故なぜ、引き渡してしまったのです」

「す、すみません! ジャンヌ様」

「あの、おとなしそうなガキだったんですが……妙な気迫があって」

「あ、ああ……新たに仲間になった勇者だって。すげえ物腰はおだやかで礼儀正しくて……で、でも、恐ろしいすごみがあって」

「新しい仲間かどうかはともかく……ゆ、勇者ってんで……みんな、ぶるっちまって」


 瞬間、アーケンの脳裏のうりに一人の男が浮かび上がる。

 そう、あのマントにフードを被った謎の勇者だ。

 流石さすがに驚いてしまったジャンヌを突き飛ばし、伸ばした手で男の一人を手繰たぐせる。胸ぐらを掴まれた男は、顔面蒼白がんめんそうはくになってアーケンの怒りを見下ろしていた。


「……どんな男だった。仔細しさいを話せ」

「アーケン! 乱暴はやめてください!」

「黙ってろ、ジャンヌッ! さあ、言え……教えろ! どんな勇者だった! 刻印こくいんは!」

「アーケン!」


 すがるように詰め寄るジャンヌを無視して、吊るした男をアーケンはにらむ。

 その尋常ならざる迫力に気圧され、男は意味の分からない言葉をつぶやくだけだった。

 無駄とわかって、アーケンは手を放す。


「すまん……他に誰か、その勇者を覚えている奴はいるか? どんな些細ささいなことでもいい……話してくれ」


 誰もが顔を見合わせ、一様に黙る。

 そんな中、ジャンヌは突然アーケンの腕を取った。

 そのまま彼女は、


「ジャンヌ……?」

「落ち着いてください、アーケン……わたくしの刻印は、ここ。勇者の力の源たる刻印は、慎重な者であれば語らず隠すものです。そのことは、貴方あなたの方が詳しいでしょう」


 驚くアーケンの手をどけ、皆を一瞥いちべつしてから……ジャンヌはシャツをたくし上げてスカートを少し下ろす。

 彼女のへその下には、勇者であることを如実にょじつに語る刻印が光っていた。

 それを見て誰もが、息を飲んで押し黙る。

 白く綺麗な肌には、あざのように勇者の証が刻まれていた。


「……わたくしも人に見せるのは初めてです。アーケン、そして皆様を信頼するからこそ、見せます。さあ、まずは互いを信じなおすことから始めましょう。そして、協力して勇者からこの街を守るのです」

「あ、ああ……すみませんでした、ジャンヌ様」

「は、早く服を」

「そうです、いけませんぜ!」


 自ら肌と弱点をさらすことで、ジャンヌはすぐに一同の場を収めてしまった。

 アーケンも流石に黙るしかない。

 だが、腰元では魔鞘ましょうダレクセイドが小さくささやく。


「刻印は下腹部、ね……戦う時はそこを狙えば、楽勝よん? ダーリン」

「黙ってろ」

「はいはい。……もう、マザコンなんだからぁん」

「黙ってろと言ったぞ、ダレクセイド」


 皆の前でうなずく横顔は、やはり母に似ている。

 アーケンの母もまた、気高く美しい女性だった。城の者達には優しく、いざとなれば自分から危険へ飛び込むこともいとわなかった。アーケンには厳しいことも多かったが、いつも成長を見守ってくれていた。

 ただの人間でしかない母が、アーケンにとっては勇者よりも強く偉大な存在に思えたものだ。

 だが、それももう過去の話だ。

 思い出は止まったときの中で、永遠となってしまったのだ。

 そして、今のアーケンは無力な子供ではない……特務勇殺機関とくむゆうさつきかんブレイブレイカーズの派遣執行官はけんしっこうかんなのだ。


「すまなかった、ジャンヌ。……俺は恐らく、その勇者に会ったことがある。目深めぶかにフードを被った、大柄おおがらな男だ。まるで殺気が服を着て歩いているかのような男で――」


 だが、ジャンヌの周囲で振り向く男達は……アーケンへと不信の目を向けてきた。

 彼等にとってジャンヌは、絶対のカリスマ。

 その身をはずかめたアーケンへは、けわしい眼差まなざしが向けられる。

 そして、意外な言葉にアーケン自身も驚いた。


「大柄な男? 待ってくれ、背格好はあんたくらいのガキだ」

「そうそう、ゴツい感じはないし……それに、顔を出していたぜ?」

「女みたいな顔した、ひょろっとしたガキでよ。ニコニコと丁寧だが、怖いのなんのって」

「どっちかというと、小柄かなあ? ……それより、だ」


 アーケンは自分の中に問い直した。

 確かに先日、往来おうらいの人混みで出会った勇者……間違いなく勇者だと思える凄みは、巨漢きょかんの男から出ていた。それが、昨日自警団の留守るすを狙った勇者である。

 そのことは一緒だったリーアムが確認済みだ。

 なにせ彼女は、実際にその勇者と戦ったのである。

 だが、気にかかる。

 一致しない証言の中で、新たに浮かんだニューフェイス……ただ、はっきりしていることは一つ。女顔の優男やさおとこは、間違いなくアーケン達が殺すべき勇者だ。

 そのことを自分に確認した、その時だった。


「よぉ、ボウズ? お前、そういや……ブレイブレイカーズとかいう組織の人間らしいじゃねえか」

うわさには聞いてるぜ。何でも、勇者を殺す始末屋しまつやだってな」

「手前ぇ! もしかしてさっきのガキとつるんでるんじゃねえか?」

「そうだ、連れ出した蒼雷の勇者はもう、とっくに!」


 不信の眼差しが、一斉にアーケンを蜂の巣にした。

 だが、彼は表情一つ変えずに睨み返す。

 ジャンヌだけが双方を見て固まる中、不穏ふおんな空気が圧縮されていった。


「皆様! いけません、ここで仲間割れをしている場合では……わたくしとアーケンを信じてください!」

「無理だぜ、ジャンヌ様。こいつは……俺達の大事なジャンヌ様さえ狙ってるんだ」

「お、俺もそんな気がしてた! ずっと!」

「油断ならねえガキだぜ……ボウズ! 言いたいことがあるなら言ってみろ。なあ、もっと俺等を信頼させてくれよ」


 今やこの屯所内は、完全にアーケンにとって敵地となった。

 だが、そのことにアーケンは全く動揺していない。

 ブレイブレイカーズは存在を秘匿ひとくされた裏組織……何故なぜなら、勇者を殺すということが、勇者より強い人間であることを無言で物語っているからだ。勇者以上の力を持つ殺し屋を、民は恐れるだろう。

 だから、アーケン達の存在は噂話、都市伝説だ。

 真偽しんぎの程も知れぬおとぎ話の存在として、闇から闇へと影の中を生きる。

 そして、悪の勇者を殺すためならば、真っ先に自分の心を殺して鬼になる。


「……ジャンヌ、俺からもう一つクエスチョンだ。……その優男の勇者、? 蒼雷の勇者を逃したのは、お前という可能性もある」

「ちょっとダーリン! 今ここでそんな話……ああもぉ、バカチン!」


 そう、最悪のタイミングだった。

 だが、だからこそ真実が見える筈だ。

 アーケンはそう言い聞かせることで、心無い言葉が突き刺さるジャンヌを見詰める。

 瞬時に、爆発寸前だった空気が破裂した。


「手前ぇ、このクソガキッ!」

「言うに事欠いて、ジャンヌ様になんてことを!」

「人の情ってもんがねえのか? 手前ぇにもジャンヌ様は優しかったってのに!」

「やっぱこいつら、血も涙もない殺し屋だ! 理由をつけてジャンヌ様を殺すつもりだぜ!」


 色めき立つ男達に詰め寄られながらも、アーケンはジャンヌだけを見詰める。

 すぐにジャンヌは、自分を落ち着かせるように胸に手を置き……男達の中へと割って入った。


「皆様、ここで仲間割れをしている場合ではありません!」

「俺は元から、仲間だなどと思ってはいない」

「アーケン、貴方もです! ……貴方や皆様がどう思っているかも大切です。しかし、わたくしがどう思うかこそが、わたくしにとっては大事。わたくしは信じます」


 ジャンヌの目が真っ直ぐ見詰めてくる。

 だが、そのひとみは不安そうに揺れていた。

 アーケンは若くとも、百戦錬磨ひゃくせんれんまの派遣執行官だ。だが、どうしても信じたくなる。何故なら……同じ面影おもかげの母は、決してアーケンに嘘をつかない女性だったから。

 だから、きびすを返して屯所を出る。

 追いかけてくるジャンヌを、強い視線で押し留めた。


「俺は行く、一人で奴を追い詰める。そして、殺す」

「アーケン! 危険です」

「それが俺の仕事だ」

「どうして協力できないのです。どうして……今の貴方にはリーアムもいてくれないというのに」

「……お前はお前の大事なものを、この街を守れ……ジャンヌ。そのことだけを今、俺に信じさせてくれ」


 それだけ言って、アーケンはその場を去った。

 不手際な上に不器用で、どうしても上手く接することができない。私情を挟みたくないが、ジャンヌを見ていると冷徹れいてつで非情な心がにぶる。

 だから、彼女の涙を見ないようにして外へと出るのだった。

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