第17話「擦れ違い、触れ合い」
明けて早朝、またも馬小屋から
宿の中庭では、朝日を浴びる
「……ほう、
その
そして、彼女は目を見開いた。
同時に、無数の蹴りと突きが繰り出される。
アーケンには、リーアムの
腰にぶら下がるダレクセイドも、思わず
「やるじゃないの、リーアム。……怪我はもういいのかしらん?」
「いい訳がないさ。だが、こういう時だからこそ、かもしれん」
「それにしても、綺麗……ね、ダーリン?」
「ああ……周りを見ろ」
リーアムは華麗な
躍動する全身の筋肉が、健康美に過ぎる少女を一流の
そして、激しく動き回るリーアムの周囲には、鶏が
宿で飼われている鶏は、リーアムの放つ闘気を全く気にせず地面の
あまりに
これはもう、達人の境地と言ってもいい。
「ふむ……あのリーアムが勇者に負けるとはな」
「猿も木から落ちるっていうわよ、ダーリン」
「猿はともかく、木から落ちるというのは失礼だな。リーアムは木登りも
「……ダーリンが美形なのにモテない理由、あたくしわかっちゃったわ、はぁ」
リーアムの
その時にはもう、彼女が敵意を向ける相手の刻印は能力を発揮できなくなるのだ。
まさに、勇者を倒すために神が授けたかのような能力である。
だが、それでもリーアムは昨日、敗北した。
リーアムの力が通じない勇者など、アーケンも初めてだ。
そうこうしていると、最後の一撃をリーアムが決める。
ダン! と
まるで、大地が鳴動したかのような振動が四方に散る。
そして、彼女はその場に片膝を突いた。
「大丈夫か、リーアム。無理はよくないぞ。傷が開く」
「あら、アーケン……おはよ。いつから見てたの?」
「つい先程からだ。痛むか?」
「泣けてくる程じゃないわ。あたしは戦える……っ!」
立ち上がるが、やはり
リーアムは血の
その笑顔が、アーケンには少し痛々しい。
「リーアム、話がある」
「丁度いいわ、あたしも。朝食でも食べながら、一緒にしましょ」
「いや、この場でだ」
不思議そうにリーアムは、小首を傾げる。
いつも無表情のアーケンだが、ことさら無感情に、努めて平静を装って言葉を選んだ。
それは、負傷した相棒をいたわる言葉であり、これからのことを考えた最善の選択だった。
「リーアム、宿で休んでいる。奴は俺が追う」
「ちょっ、なんで! あたし、まだ戦えるわ!」
「万全じゃないのは、今見た通りだ」
「これくらいの痛み、我慢できる!
だが、アーケンは
昨日の町への勇者の襲撃、あれはアーケンのミスだ。
そして、名誉の
今、リーアムは万全ではない。
彼女の心が
そのことをアーケンは、真顔で告げた。
「リーアム、ベッドに入っていろ。身体は正直だ」
「ちょ、ちょっと! ……言い方、えっちなんですけど? もうっ!」
「お前の身体が一番なんだ、リーアム」
「だから! も、もぉ少し言い方があるでしょ……」
「ん? 何だ、リーアム」
急にリーアムがもじもじと
落ち着かないようすで
ああ、とアーケンは自分の気配りが
「ああ、
「アーケンのぉ、ぶぁかあああああああっ!」
顔面に
一瞬、アーケンの意識が飛んで鼻血が吹き出る。
顔を真っ赤にしたリーアムは、フン! と鼻を鳴らして行ってしまった。
地面に大の字に倒れて、鶏達が行き交う中でアーケンは
そのまま青空を見上げて、彼はもう一度情報を整理した。
「まず、スエイン。奴は戦力にならんし、加勢する気もない。だが、俺達が
「また、何かしらしでかして
「一応仮にも、奴もブレイブレイカーズの一員だ。……もっとも、
「リーアムにあれはないわよねー、本人も気にしてるのに」
スエインはアーケンとリーアムの仕事を見ている。
そして、勇者を殺すことが何よりも大事と割り切っているのだ。
だから、ジャンヌも、リーアムさえも殺すべき人間としか見ていない。
勇者の力を封じることだけが、リーアムの存在理由だと吐き捨てたのだ。
「奴への借りはいずれ返す。
「あら、ダーリン? 珍しくやる気じゃない……
「それと、もう一つ……例の謎の男だが」
その時だった。
視界に不意に、柔らかな微笑が浮かんだ。
自分を立って覗き込む、ジャンヌの優しいまなざしが注がれる。
彼女が手を差し出すので、鶏達が喉を鳴らす中からアーケンは立ち上がる。
「おはようございます、アーケン。リーアムは?」
「いや、少しヘソを曲げてしまった。俺の落ち度だ」
「まあ……また何かマナー違反を?」
「そういう訳ではない。ただ、小便なら早く済ませたほうがいいと言っただけだ」
「……マナー云々以前の問題ですよ、アーケン。エチケット違反です!」
「そ、そうなのか……ううむ」
腕組み考え込むアーケンを見て、やっぱりジャンヌは笑った。
我が子を見るようなこそばゆい視線に、アーケンは少し居心地が悪い。どうしても亡き母を思い出してしまうし、母に似ていることを差し引いても……どんどんジャンヌを疑いの目で見れなくなる。
だが、はっきりとアーケンは切り出した。
「昨日の勇者は以前、俺に言った……俺のジャンヌに手を出すな、と」
「まあ……そ、そうですか」
ジャンヌは顔を
だが、
そのことをはっきりと見て、アーケンは言葉を続けた。
「ジャンヌ、正直に答えてくれ……親しい勇者がいるのではないか?」
「……いえ、いません。夫も子も、死にました。死んだんです」
アーケンの中で、先程引っかかった直感がさらに鋭くなる。
今はもう、完全な違和感を感じていた。
だが、ジャンヌがそれでも微笑むので、今は話を聞く。
それでも忘れない……アーケンは親しい勇者はいるか? と問うたのだ。そして、ジャンヌは
そして、仲間や知り合い、交友関係より真っ先にそのことを話した。
今のアーケンには、それはとても不自然に思えたのだ。
「アーケン、今日はわたくしも同行します。協力して町を見回り、先日の勇者に
「……昨日の勇者も、生け捕りにするのか?」
「ええ、できれば。誰にでも、
「ただ一つの生命でしか
例えば、両親の
アーケンはその勇者ならば、涙で謝られても
富も女も、容赦するための取引材料にはならないだろう。
ただ、仇の勇者を殺し、その首を亡き両親に
「……ジャンヌ。先日捕らえた、
「わかりました、わたくしも立ち会います」
「いや……二人きりにしてくれ。俺は
「アーケン!」
「痛みで身体に直接聞けば、あらいざらい知っていることを話すだろうさ」
「それは人の
「残念だったな、ジャンヌ……俺は、人間じゃない」
強張り表情を失うジャンヌの、
アーケンの手の冷たさに、ジャンヌは言葉も失ってしまった。
そこには、
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