第11話「忌まわしき記憶」

 蒼雷の勇者ザ・サンダーストーム……それが捕縛された男の勇銘ブレイブタグ

 リーアムによって得意の電撃を封じられた彼は、ジャンヌとガレーメン自警団にとらわれた。そして、町の平和は守られたのだ。

 だが、自警団の屯所とんしょでは問題が勃発ぼっぱつしていた。

 取り調べを前に、リーアムとジャンヌが互いの間に緊張感を圧縮している。


「命を奪わないのなら、せめて刻印こくいんを消すべきだわ!」


 声を張り上げるのはリーアムだ。

 彼女の主張は正しい。そして、そこに個人的な感情が渦巻いていることをアーケンは知っていた。特務勇殺機関とくむゆうさつきかんブレイブレイカーズでは、勇者に恨みを持たぬ者など存在しない。

 勇者の異能の力、その根源は……神がその身に宿した、刻印。

 身体のどこかに光る刻印から、一人に一つだけ超常の力が備わる。また、刻印を持つ勇者の身体能力は、この世界の人間や魔族のそれを上回るのだ。


「なりません。あの方ももしかしたら、わたくしの考えに賛同し……助けとなってくれるやもしれないのです」


 ジャンヌはリーアムの意見を、真っ向から跳ね返した。

 勇者の死、それは刻印を失うこと。何らかの形で肌の上の刻印が欠損すれば、勇者のしての力が失われる。ただの人間になるのだ。

 だが、ジャンヌがそれを許さない。

 甘い言葉だとも思ったが、アーケンにはそれが何よりもジャンヌらしく感じられるのだった。彼女の人となりはわかるし、高潔こうけつな精神には共感もする。

 しかし、この時ばかりはアーケンもリーアムと同じ意見だった。

 だが、ジャンヌとリーアムのやり取りは終わらない。

 無駄にテンションばかりが高まり、周囲の自警団団員達も心配そうに見守るしかなかった。


「話にならないわ! 勇者を生かしておく理由なんてない、まして能力を放置するなんて!」

「そのような言葉、さびしいとは思いませんか? 彼等もまた、異世界で魔王が倒されたあと……生き方を見失っていただけだと思うのです」

「それはないわね! 百歩譲ってあんたを信じるとしても、勇者は速やかに無力化するべきよ」

何故なぜ……どうして、貴女はそんなにおびえているのです? わたくしには、貴女がとてもかわいそうに見えます。まるで小さな幼子のよう」

「うるさいわねっ! こういう言葉もあるわ、!」


 アーケンの脳裏に、朝食時のスエインの言葉が蘇る。

 そして、その不愉快な記憶を張り詰めた音が吹き飛ばした。

 ほおを抑えるリーアムと、その頬を打った手を広げるジャンヌ。

 ジャンヌは驚き黙ってしまったリーアムを抱き締めた。


貴女あなたも勇者でありましょう? 自分を否定するようなことはおやめなさい」

「……そうよ、あたしは勇者よ。記憶もなく、ただ勇者の能力を封じるだけの……勇者を狩る勇者ザ・ブレイブスレイヤー

「その力を貴女は、正しく使えているのです。ならば、他の方にも希望はありましょう」


 我が子を抱く母親のような声だった。

 周囲の男達も、言葉を失う。

 何より、抱き締められるリーアムが呆然ぼうぜんとしていた。


「リーアム、わたくしの話を聞いて下さい」

「ふん、なによ……」

「わたくし達は、ゆえあって元いた世界に拒絶されました。世界に必要がない人間、邪悪とさえ断じられた境遇なのです。……少なくとも、わたくしはそうでした」


 ジャンヌは救国きゅうこくの聖女となって戦い、堕落だらくした魔女として処刑されたのだ。火あぶりになる中で、再び聞いた神の声がこの世界へとみちびいてくれた。

 はたを振るしかできなかった、象徴としてのラ・ピュセル。

 この世界では、神速の力を得た正義の剣士へと生まれ変わったのだ。

 それを彼女は、転生と言った。


「リーアムさんもまた、正義の心を持つ勇者。今は勇者同士、争っている時ではありません。魔王が倒れた今こそ……この世界が蘇る手助けをしなければなりません」

「……ブレイブレイカーズは勇者を始末するための特務勇殺機関よ。多分、全てが終わったらあたしも」

「させません! わたくし達は、この世界に必要とされている筈……だからこそ、神はこの異世界にわたくし達を転生させたのです。リーアムさん、あの男のこと……わたくしに一任して頂けないでしょうか」


 結果は聞くまでもなかった。

 アーケンは知っている……リーアムはチョロい。

 チョロいと言うのは簡単だが、彼女自身が素直で気立ての良い娘なのだ。本来ならば、素手すでで勇者を殴り殺すような少女ではない。大切に育てられ、健やかに成長して自分の道を進む……真っ当なカタギの仕事を得たり、伴侶はんりょを見つけて子をなすような少女なのだ。

 アーケンにとってリーアムは、相棒だ。

 それでも、彼女は幸せになるべき人間だと思える、そういう存在だった。

 そして、自分とコンビを組んでいる限り、それは果たされない……それも知っている。


「……さて、蒼雷の勇者は奥だな? 会わせてもらうぞ」


 問答が終わったのを見計らって、アーケンは屯所の奥へと進む。

 倉庫の片隅を改造した檻の中に、先程暴れていた蒼雷の勇者がへたり込んでいる。両手両足を鎖で縛られた男は、おりの中にいてさえ周囲を警戒させる。今この瞬間、刻印の力を使えば……彼は見張りの人間を黒焦げにすることができるのだ。

 だが、周囲を殺しても出られないのがわかるのか、今はおとなしくしている。

 その男の前に屈んで、同じ目線の高さでアーケンは語り掛けた。


「おい、先程……あの刻印を見たことがあると言ったな? どこで? いつ?」


 ゆっくりと顔をあげる蒼雷の勇者は、目が怯えていた。

 アーケンとリーアムが、勇者だけを殺す始末屋、プロの殺し屋だとわかったのもある。だが、それだけが彼の恐怖の原因ではないようだ。

 口を開いた、その声さえも男は震えていた。


「手前ぇ……そっ、そそ、その刻印の意味……知ってんのかよ」

「ああ、嫌と言う程な。俺の両親を殺した勇者のものだ」

「へ、へへ……じゃあ、手前ぇは幸運だぜ。いや、強運? それとも、悪運か」

「ありがたいことに、俺もそう思う。だが、俺が生き残ったのは運じゃない……俺の両親が、俺を生かすために匿ってくれたのさ」


 そして、引きつる薄ら笑いを浮かべる男を前に、アーケンの記憶がさかのぼる。

 懐かしいセピア色の惨劇は、いつでも血の色で脳裏に蘇った。

 それは、もう十年近く前の話だ。


『クッ、奴等め……ついにここまで来たか。エルザ! アーケンを隠し部屋へ』

『ええ、あなた』

『お前はアーケンについていろ。なに、勇者ごときに俺は負けんよ』

『あなた……私も共に。もう、あなたのそばを片時も離れません』


 あの日、アーケンの生まれた城へと勇者達がやってきた。親しかった者達は皆、アーケンとその両親を守るために戦い、無残に殺されたのだ。

 城の中ではずっと、悲鳴と絶叫がこだましていた。

 そして、アーケンは隠し部屋の奥へと放り込まれる。

 閉まるドアへと急いで戻ったが、内側からは開かなかった。


『アーケン……お前だけでも逃げ延びて。わたしは夫と共に戦います。人間にも……この世界の人間にも、ゆずれぬ矜持きょうじがあるのですから。それに……お前をこそ、わたし達は守らねばならないのです』

『母上っ! ならば僕も! 僕も戦います!』

『いけません! お前は、希望。わたしと夫の……この世界の、希望。生きなさい……アーケン。生きることをあきらめるのは、決して許しません! 強く、気高く……生きなさい、わたしのかわいいアーケン』


 母はその時、すでさとっていたのだ。

 勇者達は、父を殺しても母がいなければ周囲を探すだろう。だが、両親そろって殺せば、子供がいなかった夫婦だと思うこともできるのだ。

 誰もが皆、勇者の殺戮さつりく、そして根こそぎ全てを奪う略取りゃくしゅは知っている。

 それでも、この隠し部屋を探されない、探させないために母は出ていったのだ。

 そして……アーケンは見た。

 見ることしかできぬまま、看取みとった。


『あ、ああ……父上。母上……あああっ!』


 無残に殺された、父。容赦なく犯された、母。そして、陵辱りょうじょくの限りを尽くされる母の目の前で、魔法によって父の死骸は跡形もなく消し飛ばされた。

 死者の尊厳、死者への敬意すら許さないのが勇者だ。

 そして、アーケンははっきりと記憶に刻んだ。

 薄闇の中で笑う勇者達の、其の中心に……背の右肩に刻印を輝かせる男を。

 本棚の奥の隠し扉から、その鍵穴からアーケンは目撃したのだった。

 忌まわしき記憶から意識を戻し、アーケンは問う。


「さあ、喋ってもらうぞ……誰の刻印だ? 名は! 勇銘は!」


 だが、恐懼きょうくに震える男は……突然、笑い出した。

 身をさいなむ恐怖に負けたかのように、叫び笑った。


「何がおかしいっ!」

「ヒャハア! ハハ! 手前ぇ、死んだぜ? 死んた、もう死んだ! ヒャハハ!」

「俺は……死なないっ! 家族のかたきつまで、死ねないんだ!」

「なら、気をつけるこった……ブレイブレイカーズの死神。確かに手前ぇ達は死神だ、けどなあ……その刻印の持ち主は、俺達勇者の中でも最凶最悪の……だ」

「悪魔、だと?」


 狂ったように笑い、笑い狂うことで逃げているような男。その言葉が、何度もアーケンの頭の中で木霊する。

 悪魔と呼ばれた勇者……それが、両親を殺した男。

 そして、背後に人の気配が立つ。

 振り向くと、そこには疲れた顔のジャンヌが立っていた。


「すみません……話を、聞いてしまいました。やはりアーケン、先日聞いた通り」

「気にするな、ジャンヌ。例え悪魔だろうがなんだろうが、両親の仇は、必ずこの手でブチ殺す。それまで……俺は、死なん」

「……その日までずっと、勇者を殺し続けるのですね」

「ああ。だが、俺はもう知っている。リーアムのような勇者がいることを。そして、それをお前が、ジャンヌが証明してくれた。俺が殺すのは……


 それだけ言うと、ジャンヌは弱々しく微笑む。それははかなげで、アーケンの胸の奥に疼痛とうつうを植え付ける。この勇者もまた、正しき者なのではと信じたくなる。


「アーケン、今日はリーアムと宿で休んで下さい。彼女のこと……お願いします。わたくしのように彼女もまた、勇者でありながら人に迎えられている。そのことを、教えてあげてください」

「フッ……俺は人ではないがな。ありがとう、ジャンヌ。まあ、奴はチョロいからな……せいぜい、美味うまい飯でも食わせておくさ」


 不思議な顔をしてから、ジャンヌはやっと笑ってくれた。

 その微笑みに見送られて、アーケンはリーアムと共に宿へと戻ることになったのだった。

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