第11話「忌まわしき記憶」
リーアムによって得意の電撃を封じられた彼は、ジャンヌとガレーメン自警団に
だが、自警団の
取り調べを前に、リーアムとジャンヌが互いの間に緊張感を圧縮している。
「命を奪わないのなら、せめて
声を張り上げるのはリーアムだ。
彼女の主張は正しい。そして、そこに個人的な感情が渦巻いていることをアーケンは知っていた。
勇者の異能の力、その根源は……神がその身に宿した、刻印。
身体のどこかに光る刻印から、一人に一つだけ超常の力が備わる。また、刻印を持つ勇者の身体能力は、この世界の人間や魔族のそれを上回るのだ。
「なりません。あの方ももしかしたら、わたくしの考えに賛同し……助けとなってくれるやもしれないのです」
ジャンヌはリーアムの意見を、真っ向から跳ね返した。
勇者の死、それは刻印を失うこと。何らかの形で肌の上の刻印が欠損すれば、勇者のしての力が失われる。ただの人間になるのだ。
だが、ジャンヌがそれを許さない。
甘い言葉だとも思ったが、アーケンにはそれが何よりもジャンヌらしく感じられるのだった。彼女の人となりはわかるし、
しかし、この時ばかりはアーケンもリーアムと同じ意見だった。
だが、ジャンヌとリーアムのやり取りは終わらない。
無駄にテンションばかりが高まり、周囲の自警団団員達も心配そうに見守るしかなかった。
「話にならないわ! 勇者を生かしておく理由なんてない、まして能力を放置するなんて!」
「そのような言葉、
「それはないわね! 百歩譲ってあんたを信じるとしても、勇者は速やかに無力化するべきよ」
「
「うるさいわねっ! こういう言葉もあるわ、死んだ勇者だけがいい勇者だって!」
アーケンの脳裏に、朝食時のスエインの言葉が蘇る。
そして、その不愉快な記憶を張り詰めた音が吹き飛ばした。
ジャンヌは驚き黙ってしまったリーアムを抱き締めた。
「
「……そうよ、あたしは勇者よ。記憶もなく、ただ勇者の能力を封じるだけの……
「その力を貴女は、正しく使えているのです。ならば、他の方にも希望はありましょう」
我が子を抱く母親のような声だった。
周囲の男達も、言葉を失う。
何より、抱き締められるリーアムが
「リーアム、わたくしの話を聞いて下さい」
「ふん、なによ……」
「わたくし達は、
ジャンヌは
この世界では、神速の力を得た正義の剣士へと生まれ変わったのだ。
それを彼女は、転生と言った。
「リーアムさんもまた、正義の心を持つ勇者。今は勇者同士、争っている時ではありません。魔王が倒れた今こそ……この世界が蘇る手助けをしなければなりません」
「……ブレイブレイカーズは勇者を始末するための特務勇殺機関よ。多分、全てが終わったらあたしも」
「させません! わたくし達は、この世界に必要とされている筈……だからこそ、神はこの異世界にわたくし達を転生させたのです。リーアムさん、あの男のこと……わたくしに一任して頂けないでしょうか」
結果は聞くまでもなかった。
アーケンは知っている……リーアムはチョロい。
チョロいと言うのは簡単だが、彼女自身が素直で気立ての良い娘なのだ。本来ならば、
アーケンにとってリーアムは、相棒だ。
それでも、彼女は幸せになるべき人間だと思える、そういう存在だった。
そして、自分とコンビを組んでいる限り、それは果たされない……それも知っている。
「……さて、蒼雷の勇者は奥だな? 会わせてもらうぞ」
問答が終わったのを見計らって、アーケンは屯所の奥へと進む。
倉庫の片隅を改造した檻の中に、先程暴れていた蒼雷の勇者がへたり込んでいる。両手両足を鎖で縛られた男は、
だが、周囲を殺しても出られないのがわかるのか、今はおとなしくしている。
その男の前に屈んで、同じ目線の高さでアーケンは語り掛けた。
「おい、先程……あの刻印を見たことがあると言ったな? どこで? いつ?」
ゆっくりと顔をあげる蒼雷の勇者は、目が怯えていた。
アーケンとリーアムが、勇者だけを殺す始末屋、プロの殺し屋だとわかったのもある。だが、それだけが彼の恐怖の原因ではないようだ。
口を開いた、その声さえも男は震えていた。
「手前ぇ……そっ、そそ、その刻印の意味……知ってんのかよ」
「ああ、嫌と言う程な。俺の両親を殺した勇者のものだ」
「へ、へへ……じゃあ、手前ぇは幸運だぜ。いや、強運? それとも、悪運か」
「ありがたいことに、俺もそう思う。だが、俺が生き残ったのは運じゃない……俺の両親が、俺を生かすために匿ってくれたのさ」
そして、引きつる薄ら笑いを浮かべる男を前に、アーケンの記憶が
懐かしいセピア色の惨劇は、いつでも血の色で脳裏に蘇った。
それは、もう十年近く前の話だ。
『クッ、奴等め……ついにここまで来たか。エルザ! アーケンを隠し部屋へ』
『ええ、あなた』
『お前はアーケンについていろ。なに、勇者
『あなた……私も共に。もう、あなたのそばを片時も離れません』
あの日、アーケンの生まれた城へと勇者達がやってきた。親しかった者達は皆、アーケンとその両親を守るために戦い、無残に殺されたのだ。
城の中ではずっと、悲鳴と絶叫がこだましていた。
そして、アーケンは隠し部屋の奥へと放り込まれる。
閉まるドアへと急いで戻ったが、内側からは開かなかった。
『アーケン……お前だけでも逃げ延びて。わたしは夫と共に戦います。人間にも……この世界の人間にも、
『母上っ! ならば僕も! 僕も戦います!』
『いけません! お前は、希望。わたしと夫の……この世界の、希望。生きなさい……アーケン。生きることを
母はその時、
勇者達は、父を殺しても母がいなければ周囲を探すだろう。だが、両親そろって殺せば、子供がいなかった夫婦だと思うこともできるのだ。
誰もが皆、勇者の
それでも、この隠し部屋を探されない、探させないために母は出ていったのだ。
そして……アーケンは見た。
見ることしかできぬまま、
『あ、ああ……父上。母上……あああっ!』
無残に殺された、父。容赦なく犯された、母。そして、
死者の尊厳、死者への敬意すら許さないのが勇者だ。
そして、アーケンははっきりと記憶に刻んだ。
薄闇の中で笑う勇者達の、其の中心に……背の右肩に刻印を輝かせる男を。
本棚の奥の隠し扉から、その鍵穴からアーケンは目撃したのだった。
忌まわしき記憶から意識を戻し、アーケンは問う。
「さあ、喋ってもらうぞ……誰の刻印だ? 名は! 勇銘は!」
だが、
身を
「何がおかしいっ!」
「ヒャハア! ハハ! 手前ぇ、死んだぜ? 死んた、もう死んだ! ヒャハハ!」
「俺は……死なないっ! 家族の
「なら、気をつけるこった……ブレイブレイカーズの死神。確かに手前ぇ達は死神だ、けどなあ……その刻印の持ち主は、俺達勇者の中でも最凶最悪の……悪魔だ」
「悪魔、だと?」
狂ったように笑い、笑い狂うことで逃げているような男。その言葉が、何度もアーケンの頭の中で木霊する。
悪魔と呼ばれた勇者……それが、両親を殺した男。
そして、背後に人の気配が立つ。
振り向くと、そこには疲れた顔のジャンヌが立っていた。
「すみません……話を、聞いてしまいました。やはりアーケン、先日聞いた通り」
「気にするな、ジャンヌ。例え悪魔だろうがなんだろうが、両親の仇は、必ずこの手でブチ殺す。それまで……俺は、死なん」
「……その日までずっと、勇者を殺し続けるのですね」
「ああ。だが、俺はもう知っている。リーアムのような勇者がいることを。そして、それをお前が、ジャンヌが証明してくれた。俺が殺すのは……民へ害なす悪の勇者のみ」
それだけ言うと、ジャンヌは弱々しく微笑む。それは
「アーケン、今日はリーアムと宿で休んで下さい。彼女のこと……お願いします。わたくしのように彼女もまた、勇者でありながら人に迎えられている。そのことを、教えてあげてください」
「フッ……俺は人ではないがな。ありがとう、ジャンヌ。まあ、奴はチョロいからな……せいぜい、
不思議な顔をしてから、ジャンヌはやっと笑ってくれた。
その微笑みに見送られて、アーケンはリーアムと共に宿へと戻ることになったのだった。
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