第12話「支え合う者」
朝から勇者と戦って、
だが、アーケンの相棒は意気消沈といった感じで無言だった。
「リーアム、飯はどうする? ……
相変わらずの
だが、
そして彼女は、宿の前でアーケンの
「……もう少し、町を歩くか」
リーアムは小さく
だから、アーケンは袖を握る彼女を連れて、再度歩き出す。
真っ赤な夕日の中で、平和を
その光景の全てが、アーケンにはない。
全て失ったものだ。
そして恐らく、リーアムもそう。
「……アーケンさ、お母さんのこと……覚えてる?」
「ん、ああ」
「勇者に殺されちゃったんだよね」
「そうだ」
「あたしと同じ、勇者に」
「それは違うぞ、リーアム」
先程、リーアムはジャンヌと激しくやりあっていた。
だが、彼女はそこで初めてジャンヌの母性に触れた。ジャンヌは
その気持ちに今、リーアムは
「あたし……記憶、ないんだ。気付いたら、この世界にいた」
「ああ」
「だから、お母さんっての……ちょっと、わかんなくて。でも……ジャンヌみたいな人、かなあ?」
「さあな」
「だよね……わからないよね。でも……そうだったら、いいかもしれないわ」
「だな」
ぽつりぽつりと呟くリーアムと、夕暮れの町を歩く。
不意にまた、彼女はアーケンの手を握ってきた。
それで思わず足を止めてしまう。
時々こうして、リーアムはアーケンに触れてくれる。血が通わないかの
だが、今日は違った。
リーアムの手は、震えていた。
「リーアム……」
「振り返らないで! ……見ないで」
鼻声は
だから、リーアムの手を握り返してアーケンは再度歩き出す。
鳥の鳴く声や、歓声をあげて走る子供達……擦れ違う者達を守るために、その全てを失った中で二人は戦っている。まるで、自分達が異世界に迷い込んだようだ。
この世界には、神が勇者という名の異物を放り込んだ。
それは、魔王の支配した暗黒を振り払うための劇薬……猛毒だった。
そして、最後に残ったそれを
「アーケン……あんたのお母さんのこと、聞いていい? あ、やっぱいい! ……ゴメン、あたしどうかしてる。ルール違反、だよね」
「エルザだ」
「えっ?」
「母上の名だ。とても綺麗で、優しくて厳しくて……少し、ジャンヌに似ていた」
「……そう」
とぼとぼと歩いていたリーアムが、すっと横に並んだ。
そしてようやく、彼女は面を上げる。
アーケンは隣のリーアムを見もせず、一緒に前だけを見て手を握り返す。
「あたしさ、ちょっとだけホッとしたのも事実なんだ」
「そうか」
「あたし以外に……正義の勇者がいたんだって思ったら、嬉しかった。なのに、ジャンヌのことを自分ごと否定しようとした」
「まあ、俺達は正義の味方とは言えぬ存在だからな」
「うん……でも、信じていいよね? ってか、アーケンはもう……ジャンヌを信じてるよね」
「相棒のお前と同じくらいにな。……そういうささやかな希望くらい、誰にだって許されるさ。でなければ、ジャンヌも俺達も救われない」
そう、救いのない時代だった。
だからこそ、異世界で非業の死を遂げた後の人生を、ジャンヌは正しいことに使ってくれている。それは、道は違えどアーケンには同じものを見ている気がしたのだ。
そして、リーアムもそれに触れたのだ。
「あーあ、バカみたい! 落ち込んでるのもアホらしいわ」
「ああ。明日にでも町を出よう。一度
「終わらない戦いよね……」
「だが、終わりへは近付いている。勇者のいない世界という結末へな」
「そう、だね」
不意にリーアムが、手を放した。
そう思った瞬間、左腕全体にやわらかい弾力が抱き付いてくる。
「お、おい」
「ふふっ、いいでしょ? 今日だけ……今だけ」
「フン、好きにしろ」
「そうする!」
身を寄せるようにしてくるリーアムの温かさが、マントと服の上からでも染み渡ってくる。冷たい身体の隅々にまで、彼女のぬくもりが
リーアムは仕事の相棒、背を預け合って死線を超えてきた仲間だ。
だが、同時にアーケンにとっては、同じ年頃の美しい少女でもある。
「……そろそろ何か食うか」
「うん。奢ってくれるんでしょ? 今日も」
「まあ、どうせ経費として支部で精算するんだ」
「あら、そう? マーヤが
「
「んー、何がいいかしらね」
アーケンをすぐ側で見上げて、リーアムがはにかむ。
ようやく普段通りに戻って、普段以上に親密な雰囲気のリーアム。その笑顔に、自然とアーケンも心が安らいだ。
だが、次の瞬間……強烈な殺気を感じてアーケンは振り向く。
リーアムはきょとんとして、顔を強張らせるアーケンに首を
「どしたの?」
「今……何者かが俺達を見ていた。殺気を潜ませた視線を感じたが」
「……あたし、ボケてた?」
「たまにはいい。お前がボケボケしててもいいように、俺がいる」
注意深く、人の往来を見渡す。
そしてすぐ、怪しい人物が見つかった。
全身を隠すマントを
「貴様……何者だ」
アーケンは身構え、腰の剣へと手を伸べる。
折れているが、
「あらあら、しっぽりデートのお邪魔虫なんて……いけない子ね? ダーリン」
「ちょ、ちょっとダレクセイド! あたしっ、デートじゃないから! これは、そう……仲間同士の
「あぁら、リーアム……乙女の顔、してたわよ? こんな強烈な殺気にも気付かないくらい、ね」
「うっ、そ、それは」
「かわいいとこあるのね。そういうリーアム、好きよ? それに、綺麗」
「そ、そかな? まあ、そうよね! やっぱあたし、美少女だし!」
チョロいリーアムを背後に
もし、自分達と敵対する相手だったとして、戦うには周りに人間が多過ぎる。こんな往来の混雑の中では、間違いなく罪なき民を巻き込んでしまうだろう。
そして、冷たい視線を突き刺してくる男には、そのことを気にする気配がない。
あらゆる全てに優先して、アーケンとリーアムを殺そうという覚悟……そういうものが感じられた。そして、地の底から響き渡るような声が響き渡る。
「……これ以上、ジャンヌに近づくな。
壮年の声だ。
そして、確信する。
奴もまた、勇者だ。
神より与えられた力を振るう、全てを奪う者特有の
謎の勇者は一定の距離を保ったまま、放つ闘気だけでアーケンを飲み込んでくる。
だが、臆せずアーケンもまた不退転の決意を解き放った。
「……ほう? いい覇気だ。始末屋、名は?」
「俺はアーケン。そしてこっちはリーアムだ」
「そして、あたくしが魔鞘ダレクセイド……その名の通り、魔性の女よぉん?」
一触即発の空気で、アーケンは乾く唇を小さく舐める。
だが、不意に殺気が消えて、男は行き交う人々の中へと消えてゆく。完璧な隠密の技で、アーケンの研ぎ澄まされた感覚でさえ、もう追えない。
「警告はした……次は殺す。俺のジャンヌに……近付くな」
それだけ言って、恐るべき敵は消えた。
同時に、全身の力が抜けたようにアーケンは息を吐き出す。気付けば、冷たい汗が
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