第13話「民の敵をこそ、討つ」

 一夜明けて、早朝。

 港町ガレーメンを出て、アーケンは国境くにざかい古城こじょうに来ていた。昔、隣国に対してミラルダ王国が備えとした大規模な城塞じょうさいである。魔王の脅威の中で必要がなくなり、闇の軍勢と戦うために兵達が放棄したのである。

 その古城に今、モンスターが住み着いているのだった。


「なるほど、この規模ともなればジャンヌ一人でも手を焼くか」


 薄暗がりの中から、おぞましい声と共に巨体が躍りかかってくる。

 手に鋼鉄こうてつ棍棒こんぼうを握った、オークだ。

 むせるような獣臭じゅうしゅうに対して、アーケンは剣を抜く。勿論もちろん、先日折れたもので、刃先が消え失せている。だが、腰元の魔鞘ましょうダレクセイドはゴキゲンだった。


「ほらほら、アーケン。さっさとそれをあたくしにれなさいよん? もう、ずっぷし奥の奥まで貫いちゃって……もう、さっきから火照ほてって火照って」

「……うるさいぞ、少し黙っていろ」


 剣筋を見るため、敢えてアーケンは折れた剣を構える。

 短くなってしまったが、つかつばはまだシャンとしたものだ。それで何度か、オークの攻撃をいなす。剣の破片が舞う中で、さらに切っ先は短くなっていた。

 オークのパワーはとても強いが、攻撃は単調なものだった。


「よし、ダレクセイド……新しいのを試してみるか。練習相手には丁度いい」

「オッケェ、ラブラブアタックねぇん?」

「……何だそれは」

「だってぇ、燃える情熱のアレでしょ? アレをナニするんでしょぉ?」

「言ってろ、色ボケが」


 憎まれ口を叩きつつ、アーケンは納刀する。

 同時に、ダレクセイドを左手で握り締めた。

 手の内に脈動する、魔鞘の恐るべき力。父が唯一アーケンに残した、戦うための刃である。ダレクセイドとつがいだった魔剣は、勇者に奪われて久しい。

 そう、背中の右肩にあの刻印を持つ、かたきの勇者に奪われたのだ。


「ゆくぞ、ダレクセイド……け、業火っ!」


 抜刀と同時に、炎の刃が激しく燃え上がった。

 あっという間に、烈火れっかが剣の軌跡を広げて敵を包む。ダレクセイドは単純な剣を作ることもできれば、こうした魔法にも似た瞬間的な剣……魔法剣まほうけんとでも言うべき使い方もできる。

 ゆらゆらと揺れる炎が、オークの断末魔すら燃やし尽くしていった。

 ひどい悪臭の中で、アーケンはふむと唸る。


「フレイムソード……使えるようだな」

「次は氷とかどぉ? それとも、雷? あたくし、もーっと凄い剣も産んだげるけど?」

「いや、いい……一応、手の内を晒すのは最低限にしておこう」


 まだまだ湧き出てくるように、オークの群れが殺到する。

 二度、三度と薄闇に爆炎が狂い咲いた。

 崩れ落ちて燃えるオークの死骸が、周囲を僅かに明るくしてくれた。そして、くずれかけた城を進むアーケンの背後には、ガレーメン自警団の男達が一緒だった。


「すげえ……これが、特務勇殺機関とくむゆうさつきかん始末屋しまつや

「そんな裏家業の連中も仲間にしちまうとは、やっぱジャンヌ様はすげえぜ!」

「なあ、ボウズ! 俺達の仕事も残しといてくれよ?」


 半ば声を無視するようにして、アーケンは剣を振るう。

 自警団の男達は、ただの人間……訓練はしているであろうが、基本的に素人しろうとだ。そして、魔王が死んだ今でも、地にはびこったモンスター達が死滅した訳ではない。

 むしろ、魔王の統制を失った闇の軍勢は、世界各地で無秩序に活性化していた。

 このように、人間が拠点としていた場所に巣食すくうことも少なくない。


「数が多いな……いちいち焼いててはらちが明かん」

「一発、ドデカいのやっちゃう? あン、たぎるわぁ……想像しただけでみなぎっちゃう」

「……いや、よそう」


 ヒュン、と剣を一振りして、炎の刃を掻き消す。

 ダレクセイドを黙らせるように剣を戻せば、一陣の風が通り過ぎた。

 そして、光の剣閃けんせんが無数に世界を切り刻む。

 乱舞する斬撃は、あたかもタクトのように軽やかに振るわれた。そして、血塗ちまみれの楽団が死の交響曲シンフォニーを紡ぎ出す。

 恐るべきスピードの瞬殺劇は、閃速の勇者ジ・インパルスエッジジャンヌだ。


「怪我はありませんか、皆さん! アーケン、貴方も」


 振り向くジャンヌの向こうで、無数の絶叫が連鎖する。

 あっという間にオークの群れが輪切りになって崩れ落ちた。

 その攻撃は、アーケンでも全ては見えなかった。恐るべき刻印こくいんの力……正しく神速の剣である。ジャンヌは血糊ちのりすらついていない白刃を手に、自警団の面々を見渡す。


「ジャンヌ様、お怪我は? 俺達は無事ですよ、なあ!」

「そうさ、そこのボウズが守ってくれたからな」

「それにしても、流石さすがはジャンヌ様だぜ……全然攻撃が見えねえ」


 口々に誰もがジャンヌをたたえる。

 ジャンヌも気恥ずかしそうに頬を染めているが、その表情は優しさに満ちていた。

 だが、すぐに別の通路から悲鳴が響く。

 瞬時にアーケンは走り出した。

 一気にトップスピードで駆けるが、疾風はやてとなってジャンヌが追い抜いていった。


「……やはり、他意のない女……ジャンヌ、お前は本当の勇者なのだな」


 もはやアーケンは、疑うことをやめていたのかもしれない。

 ジャンヌの悪意と害意を立証する、それは悪魔の証明だ。元から存在しないものを、持っていないとは証明できないのだ。

 それに、彼女の剣には迷いがない。

 同じ剣士として、想いを込めた剣筋というのがアーケンにもわかるのだ。

 そして、ジャンヌを追って開かれた大広間へと飛び込む。

 そこでは、惨劇が広がっていた。


「あっ、ジャンヌ様! おっ、お助けを!」

「ヒイイ、やっぱ俺等じゃ駄目だっ!」


 自警団の二人組が、巨大なトロルに壁際へと追い詰められていた。

 その背に向かって、ジャンヌが叫ぶ。


「さあ、邪悪な魔物よ! わたくしが相手です!」


 何故、名乗りを上げて正々堂々と戦うのか。

 アーケンならば無音で背後を急襲している。

 理屈に合わない、非効率的な戦い方だ。だが、ゆらりとトロルが振り向いたことで、窮地きゅうちに立った男達がその場にへたり込む。

 仲間の安心と安全とを考えているのだと、アーケンにもすぐに理解できた。

 そして、意気込むジャンヌの剣もまた、不要だと悟る。


「ジャンヌ、下がってろ。……ちと手荒いが、奴は俺の相棒が仕留める」

「えっ? しかしリーアムは二階を探索中だと」

「ああ、今……


 アーケンの声と同時に、天井が小さく崩落した。

 そして、その穴からふわりと少女が舞い降りる。真っ赤な長髪が逆立っているのは、彼女が全身から闘気を発散しているから。

 直接床をブチ抜いて、リーアムはトロルの頭へと立った。

 ギロリと巨大な目が、こぶしを振り上げるリーアムをにらむ。


「下から、そのアングルからっ! 見るん、じゃ! ない、わよっ!」


 迷わずリーアムが脳天へと拳を叩き付けた。大地を砕き、海さえも割る剛の拳……眉間の急所が大きく陥没し、ぐるりとトロルの眼球がひっくり返った。

 一撃必殺、正しくリーアムの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが全て必殺技だ。

 あまりに豪快なその力に、ジャンヌも驚き目を丸くしている。

 崩れ落ちるトロルから、軽快にリーアムが降りてきた。


「二階は問題ないわ、全部片付けた。でも……ほんっ、とぉに、何もない城ね」

「魔王はかつて、この大陸全土を完璧に支配しかけたからな。国同士、人間同士で戦ってる暇などなかったのさ。それで、廃棄された城なのだろう」

「よく考えたら、その魔王ってのが諸悪の根源よね。魔王がいなきゃ、勇者だって異世界から転生してこなかったんだしさ」


 その言葉に、ジャンヌはうつむき黙ってしまった。

 同時に、アーケンも一瞬言葉を失う。

 そう、神は決断したのだ……大陸に覇を唱え、人間達の社会をおびやかす魔王の排除を。そのために異世界より勇者を召喚し、刻印の力を授けた。

 確かに、それが悲劇の始まりと言えなくもない。

 そして、リーアムはチラリとアーケンを見てほおを赤らめた。


「でっ、でも、でもさ……召喚されたから、あたしはアーケンに会えた」

「リーアム、お前」

「そう思ったら、そんなに悪いことばっかじゃないなって。そ、そうよね! ジャンヌだって、今度こそ本当に民を守る英雄になれたんだから」


 チョロいチョロいと言われ続けるリーアムは、ついに……自分で自分をチョロチョロと転がし始めた。まさかの自問自答で、彼女はすぐにいつもの元気を取り戻す。

 リーアムの言葉に、ジャンヌも弱々しくうなずいた。


「そうでもあります、けど」

「ジャンヌさ、あたしに言ったじゃん。自分を否定するなってさ。それ、あんただって同じよ。あたし達は刻印を持った勇者、だけど……どういう勇者として生きるかは、自分で決める。そうでしょ?」


 自分で言ってて気恥ずかしいのか、更に顔を赤くさせてリーアムは行ってしまった。ジャンヌも仲間の男達を立たせて、自警団の本隊へと合流するように送り出す。

 トロルの死体を前に、気付けばアーケンはジャンヌと二人きりになっていた。


「俺達も戻ろう、ジャンヌ。今日中にここのモンスターは掃討できる」

「ガレーメンの町からは少し距離がありますが、ここはどうしても……そう以前から思っていました。アーケン、そしてリーアム……二人の協力のお陰です」

「……俺達は民の敵を殺す、それだけだ」


 ようやくジャンヌが、柔らかな笑顔を見せてくれた。そして、その面影おもかげが母に重なる。

 だが、次の瞬間……先程のリーアムの強撃きょうげきが、意外な結果を導き出す。

 突如として、倒れたトロルを中心に床へひびが走った。咄嗟とっさにアーケンが伸ばした手が、ジャンヌを抱き寄せる。

 そして二人は、ぽっかりと空いた暗黒の穴へと落ちてゆくのだった。

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