第10話「発動!魔鞘ダレクセイド」

 アーケンが大通りに出てすぐ、網膜もうまくに血の色が飛び込んでくる。

 頭から血を流した男が、もう一人の男に肩を貸されていた。もどかしい足取りで、必死に逃げている。周囲は、そんな彼等を気遣う余裕もない。

 阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえず、そういう形容がぴったりだった。


「クッ、この所業しょぎょう……勇者、勇者ぁ!」


 絶叫がアーケンを駆り立てる。

 呼吸も乱さず、再び疾駆しっくさせる。

 おびまどう人々の中を、アーケンは逆行して走った。そして、視界が開けるのと同時に抜刀ばっとう。すぐに一人の男が目の前に飛んできた。

 否、落ちてきた。

 大地に激突した男の向こうに、蹴り足を大きく天へと伸ばしたリーアムの姿があった。

 男は身を起こしつつ、くっきりと靴跡くつあとが残るほおでる。アーケンに背を向け、リーアムへとえる。


「クソッ、なんて馬鹿力だ……小娘ぇ! 俺を誰だと思っていやがるっ! 俺は勇者……鉄甲の勇者ジ・アイアンウォールだぞ!」


 すぐにその背へと、迷わずアーケンは剣を突き立てた。

 腰元こしもとでダレクセイドが、卑劣ひれつな不意打ちに口笛を吹く。

 だが、何の躊躇ちゅうちょもなくアーケンの剣は、鍔元つばもとまで埋まって勇者の胸板を貫いた。


「ほう、鉄甲の勇者……さしずめ、身体を鋼鉄こうてつへ変化されるとかか?」

「あ、あががが……手前てめぇ、背後、から……卑怯、な」

「勇者の貴様に言われる筋合いはない。わかったら、死ね……いや、もう遅いか。お前の勇気は、もう死んでいる」


 血飛沫ちしぶきをあげる鉄甲の勇者は、首筋に複雑な紋様もんようを輝かせていた。

 勇者のあかし、神が与えた刻印こくいんだ。

 異能の力を宿し、特殊な能力を発現させる刻印……その明滅が、徐々に弱くなってゆく。完全に光が消えたところで、アーケンは勇者の死を確認した。

 鉄甲の勇者、死亡確認……また一人、異世界より転生してきた勇者がほうむられた。

 だが、戦いは続く。

 リーアムはすでに、二人の勇者にはさまれていた。


「全部で三人……残りは二人か! リーアム、今行く! ……ムッ?」


 返り血を浴びつつ、アーケンが叫ぶ。

 だが、鉄甲の勇者を貫通した剣が、抜けない。

 死の間際に、悪足掻わるあがきを試みたのだろうか? 絶命の一撃は同時に、アーケンの武器から自由を奪っていた。

 そして、ゆっくり脚を下ろすリーアムの左右で、勇者達が舌なめずり。


「よぉ、兄弟! どっちからヤる?」

「女! 女! 女ぁ!」

「同感だぜ兄弟ぃ! 女からヤる……るぜえ? 俺からなんて言わねえ、一緒に裂けるまで犯し合おうぜ!」

「おうよ! その前に……男をるう! そっちは黙らせとけよなあ! なあ!」


 血走る眼光で、勇者達の片割れが近付いてくる。

 リーアムの前に残った勇者は、巨大な斧を肩に担いだ大男だ。

 そして、アーケンの前にはせた小男の勇者。その両手には、雌雄一対しゆういっついの短剣が握られている。スピードで勝負するタイプと見たが、間違いないだろう。

 アーケンは抜けない剣を握ったまま、鉄甲の勇者をたてにするように突き出す。

 だが、小男は「ヒャハア!」と下卑げび雄叫おたけびを放った。

 そして、見るもおぞましい光景と悪臭にアーケンは顔を片手で覆う。


「……そうか、これが貴様の刻印の能力か」

「そうさ、俺の勇銘はぁ! 腐消の勇者ぁジ・アシッドドゥーム! くさるぜえ? ぜーんぶ腐ってちりと化すぜえ?」

「酷い臭いだな、しかしお似合いだ。貴様のような下衆ゲスには、お似合いの技だろうよ」

「ンだとぉ! 死にさらせぇ!」


 みるみる鉄甲の勇者が、その死骸しがいが腐って溶けてゆく。もうもうと湧き上がる不愉快な臭いの中、アーケンの剣がグジャリとぬめる肉塊から引き抜かれた。

 同時に、ふわりと周囲の空気が渦を巻く。

 襲い来る腐消の勇者との間で、切っ先同士が剣戟けんげきを歌った。

 そして、はるか後方の大地へと白刃はくじんが突き立つ。


「終わったなあ? 剣も……はがねや鉄も腐るんだぜえ? ヒャッハッハア!」

「の、ようだな」


 アーケンの剣は、中程からボロリと折れて先が消えていた。

 どうやら、鉄甲の勇者に触れていた部分、埋まっていた場所が腐食したらしい。ちらりと背後を振り返れば、折れた剣の先は遠い。

 そして、半分以下になってしまった剣はいかにも頼りなかった。

 だが、ポーカーフェイスを崩すことなくアーケンは身構える。

 そして、愉快そうにダレクセイドが声をあげた。


「あらぁん? ダーリン、もしかして……あたくしの出番じゃないかしら? ふふふ、そうよね……きっとそう。あン、みなぎってきちゃう。カラダ火照ほてるの」

「黙っていろ。……そのようだな」

「リーアムの方は、あれは心配なさそうよ? あの、強いから。信じてるんでしょう? ダーリン」

「信頼している。それだけだ」


 完璧に優位に立ったと確信しているのか、腐消の勇者はニタニタ笑いながら短剣を繰り出してくる。トドメに満たないが、触れれば流血を呼ぶ鋭い一撃。そのスピードは、常人は愚か鍛えられた騎士をも上回るだろう。

 なぶるように、いたぶるように短剣が襲う。

 だが、既にアーケンは知っている。

 超音速の斬撃を放つ、崇高なる女勇者の領域を。

 閃速の勇者ジ・インパルスエッジと称されるその速さは、いずれは光にも追いつくかもしれない。


「フッ、遅いな……止まって見えるぞ。さあ、どうした? 俺は、ここだ!」

「クソッ、ちょこまかと!」

「では……今度は俺の番だ」


 アーケンは折れた剣を納刀する。

 ダレクセイドは鼻から抜けるような声であえいだ。

 そして、身を低く沈めて身体を引き絞る。まるでそう、自らを弓として殺意の矢をつがえた狩人かりうどのようだ。東洋の剣士、さむらいが使う居合いあいの秘術にも似ている。

 アーケンの異様な構えに、腐消の勇者が気圧された。


「て、手前ぇ、何の真似だ? トチ狂ったか?」

「正気さ……」」


 ゴクリ、と相手がのどを鳴らす。

 だが、剣のつかさやとを両手で握るアーケンは、手の中にダレクセイドの鼓動を感じる。恐るべき力を秘めた魔鞘ましょうは、まるで呼吸をするように鳴動していた。

 この魔鞘は生きている。

 それをずっと、アーケンは知っていた。

 元の持ち主である父の、その愛刀だった魔剣とセットのつがい

 結ばれかれ合う男女のような、剣と鞘との夫婦めおとなのだ。


「さあ、祈れ。貴様をこの世界に転生させた、神とやらにな!」

「くっ、クソォ! 俺はもう勇者なんだ! 会社も上司もねぇ、窓際まどぎわなんて言わせねえ! 世界を救った勇者……俺が救った世界なんだあ! 俺の、俺達のものなんだあ!」


 腐消の勇者が踊りかかってくる。

 その時、アーケンは全身の筋肉をバネに、剣を抜き放った。

 同時に雄叫おたけびが走る。

 折れた剣が鞘走さやばしる、その音はまるでなげきの絶叫だ。

 そして……本来そこにはない、おぞましい異形の刃が現れていた。例えるなら、鉄塊てっかいなたのような蛮刀ばんとうの、いびつなきらめきが勇者の身体を一閃する。


「な、なっ……その、剣、は……折れ、てた……?」

「魔鞘ダレクセイド……その真の力は、


 大きく振り抜いた刃は、その漆黒の刀身で天をく。

 アーケンの頷きと同時に、ダレクセイドが産み落とした刃が粉々にくだけた。

 同時に、血の一滴すら流さずに腐消の勇者が真っ二つになる。

 逆袈裟斬ぎゃくけさぎりで斜めに、ずるりと上体が地に落ちた。


「お前の勇気は、死んでいた。この町を襲った時に、既にな」


 ヒュン、と折れた剣を一振りして、鞘に収める。

 満足気にダレクセイドが、色気とうれいのこもった溜息を零した。

 それを見て、リーアムと戦う勇者が震え出す。


「なっ、なな、何だ!? お前等らも勇者なのか!? だったら何故、邪魔をする! この町には一人しか……ジャンヌしかいないはず!」

「リーアム、教えてやれ」

「そうね」


 リーアムの左胸が、ベストの上からでもはっきりわかるほどに光り出す。

 同時に、彼女の刻印からあふれる古代文字が、あっという間に左腕の白い肌を包んだ。紅白のコントラストは、まるで血濡ちぬれの蛇が踊る白妙しろたえだ。

 すかさず、最後の勇者が手を突き出す。


「くっ、吹き飛べっ! ……あ、ありゃ? 雷撃らいげきが……俺様の稲妻いなずまが出ねえ!」

「もう、あんたの力は封じたわ。そして、記憶なさいな。あたしは、あたし達は……特務勇殺機関とくむゆうさつきかん、ブレイブレイカーズ」

「ブ、ブレイ、ブレイカーズ……はっ! あの、うわさの!」

御明察ごめいさつ、覚えたわね? ……冥府めいふの王に伝えなさい。まだまだ沢山、勇者を送るって」


 瞬時にリーアムが距離を詰めた。

 反応できずに固まる勇者に肉薄し、その足を踏み抜く。

 同時に、インパクト。

 逃げる脚を殺されたまま、顔面に拳をめり込ませて勇者は倒れ込んだ。

 トドメとばかりに逆の拳を振り上げる、リーアムのしなやかな二の腕へとアーケンは触れる。そして、やんわり相棒を制しつつ……懐から例の紙片しへんを取り出した。


「おい、貴様……この刻印を知っているか?」

「……へ? おっ、おお、教えたら助けてくれるのかっ!」

「楽に、殺してやる。痛みは一瞬だ。だが、正直に答えないのなら」

「わっ、わかった! み、みみっ、見せろ! あ、いや、見せてくれ」


 アーケンの紙切れを受け取り、開いて……その勇者は戦慄に凍りついた。


「こっ、ここ! この刻印はあ!」

「知っているのか? 場所は、右肩の後ろだ。知っているな? 貴様っ、見覚えがあるな!」


 リーアムを手でどかす、その行動が荒っぽくなってしまった。

 だが、おどろいた彼女すら気にならない。

 アーケンは、その場で鼻血塗はなぢまみれの男へ手を伸ばす。襟首えりくびを片手で軽々と持ち上げると、くびるようにして宙吊りにする。

 だが、静かに声が耳を打った。


「待って下さい、アーケン。殺す必要はないでしょう……それに、情報を引き出すなら私達が、ガレーメン自警団が。……これ以上の流血は無用です」


 振り向けばそこには、ジャンヌの姿があった。

 彼女は町の民を守ってくれたことを、丁寧に感謝の言葉で伝えてくれる。アーケンはその凛冽りんれつたる表情に、亡き母が重なり抗えない。

 結局、アーケンは勇銘ブレイブタグもさだかではない勇者を手放すのだった。

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