第25話「魔装せし者」

 豪商ごうしょうだった男のくらだけあって、中は広く奥まで続いている。そして、収蔵物しゅうぞうぶつ所狭ところせましと並べられた様は、さながらモンスターが救うダンジョンである。

 何度も稲光いなびかりに照らされながら、アーケンはリーアムと息をひそめた。

 スパークするプラズマをまとって、ジャンヌの息子ロトが近付いてくる。

 向こうはこちらが見えないからか、無差別に落雷を落として蔵を揺らした。


「出てこいっ! 我が父ベオウルフのかたきっ! よくも、パパをっ!」


 まだ幼い、あどけないとさえ言える声だ。

 その一字一句いちじいっくがアーケンの胸に突き刺さる。

 呆然ぼうぜんとするアーケンの傍らでは、玉の汗をひたいに浮かべてリーアムがささやいた。


「アーケン、あたし難しいことはわからないけど……ようするに、生きた勇者から刻印を移植すると、生き返るって話でしょ?」

「あ、ああ」

「ジャンヌの息子は最初は勇者じゃなかった、なら刻印こくいんは一つ! 大丈夫、あたしが――」


 そう言いかけて、突然リーアムはその場に突っ伏した。

 自分でも不思議な顔をしているが、足元にはすで血溜ちだまりができている。


「あ、あれ? あたし、身体が……」

「リーアム! 動くな、もう無理だ。これ以上の出血は」

「ありゃりゃ……は、はは。大丈夫よ、平気。さ、二人で、勇者を、殺し、て――」


 徐々にリーアムのひとみから光が消えてゆく。

 今、死神の鎌デスサイズはゆっくりとリーアムに迫ろうとしていた。

 慌ててアーケンは、上着のそでを引き裂き彼女の脚を止血する。きつく縛って血流そのものを止めたが、一定時間以内に再び血の巡りを与えなければ……彼女の脚線美きゃくせんびくさって落ちる。

 いよいよ覚悟を決めなければいけない、その時だった。

 悲痛な声が蔵の中に木霊こだまする。


「おやめなさい、ロト! いけません、これ以上は……わたくし達は間違っていたのです」

「ママ! 大丈夫だよ、ほら……僕は勇者になったんだ」

「ああ……ああ、ロト。生き返ってくれたのに、わたくしは……どうして、こんな気持ちに」

「勇者の力って凄いね、ママ……あははっ! 僕の電撃で今から、パパの仇を討つんだ」

「こんなはずでは……これが、夫と我が子の死に耐えられなかった、わたくしへのむくいなんでしょうか……おお、神よ」


 すすり泣くジャンヌの声が、無邪気な笑い声にかき消されてゆく。

 ロトは何度も雷を落としながら、徐々にこちらへ近付いてきていた。

 これ以上は一刻の猶予ゆうよもない。

 そして、そのことを魔鞘ましょうダレクセイドが教えてくれる。


「ダーリンッ! あの勇者を殺すのよ……急いでリーアムを手当しないと、このってば出血多量しゅっけつたりょうで死んじゃう」

「あ、ああ……だが、俺は奴の……父の、仇と。そして、サイアムは」

「しっかりして! 確かにダーリンの追う仇は逃げた。あたくしのおっとを、魔剣まけんロンダルギアと共に! でも、今は目の前の勇者を殺すのよ! リーアムのために……他ならぬ、ダーリン自身のために!」

「俺の、ため?」

「そうよ! お願い、戦って……今こそ、あたくしの本当の力を使う時よ!」


 その言葉を聴いた瞬間、アーケンは物陰ものかげから飛び出した。

 そして、腰から外したダレクセイドを握り締める。

 目の前を走った電撃が、積み上げられた蔵書ぞうしょへと火を放った。燃え盛る炎の照り返しで、闇の中にゆっくりとアーケンの姿が浮かび上がった。

 揺れる影を見て、ロトが笑いながら近付いてくる。


「あははっ! 最高だよ! 最高の気分だ……僕は今、勇者なんだ!」


 ロトの顔には、法悦ほうえつにも似た歓喜の表情が浮かんでいた。

 そして、その顔が徐々に狂気に染まってゆく。


「僕はねえ、ずっと! ずっと、気にしてた! パパとママが勇者なのに、僕はただの人間……何の取り柄もない、普通の人間だったんだ! モンスターと戦うのも、やっとで……無力だったんだよ、僕は!」

「ロト、違います……それは違います。貴方あなたは自慢の息子、いつも自分のベストを尽くしていました」

「ママは黙っててよ! 僕はねえ、みじめだったよ! ……でも、今は違う! ほらぁ!」


 アーケンの隣に再び落雷が屹立きつりつする。

 いよよ燃え始めた蔵の中で、一度だけリーアムを振り返る。

 彼女は苦しげに呻きながら、物陰に身を横たえていた。

 時間がない。

 急いで連れ出し手当しなければならない。

 アーケンは一度空気を吸って、全て吐き出す。

 意を決して彼は、ロトと闘う決意を固めた。

 勇者を殺す覚悟を、再び自分の中に確かめたのだ。


「新たな蒼雷の勇者ザ・サンダーストーム、ロト……お前の勇気はもう、死んでいる」

「はは、何だって? 僕は、力を手に入れた……これこそ、神が祝福した強者きょうしゃの力、勝者のあかしなんだよ!」

「……一つ、昔話をしてやろう」


 ダレクセイドを手に、ゆっくりとロトへ近付く。

 嬲るような雷撃が次々と、周囲で石像やつぼを破壊していった。


「人間の世の堕落が、魔界への門を開き……世界に魔族が飛び出した。その中の一人が、闇の軍勢を従える魔王となったのだ」

「ははっ、今更それがどうしたってのさ!」

「魔王は人間達を苦しめる中で……とある王家が命欲しさに差し出した姫君ひめぎみと、恋に落ちた。そして魔王は愛を知り、姫君との間に子をもうけた。が、そんな矢先に勇者が現れたのだ」


 そう、魔王を倒して人間を救うべく、神が無数の異世界から勇者を転生させた。

 全ての勇者には、特殊な力をつかさどる刻印が与えられた。

 魔王と闇の軍勢を駆逐すべく、救世主として勇者が世に放たれたのだ。


「とある勇者が仲間と共に、魔王の城へと迫った。当時から悪名高い勇者だ、魔王も姫君も死を覚悟した。そして……息子だけはと隠し部屋へかくまった。それが……俺だ。サイアムが両親を殺し、その死を徹底的に冒涜ぼうとくするのを、俺は見た!」

「へえ? じゃあ……君は魔王の息子! 魔族と人間の混血児こんけつじか! けがれた私生児しせいじかっ!」

「今、両親の無念を晴らす。その第一歩として、貴様を殺す」

「やれるもんならやってみろっ!」


 アーケンは剣を抜くなり、それを放り捨てる。

 もともと折れていた剣は、乾いた音を立てて床に転がった。

 火の手が回る中で、アーケンは左手にダレクセイドを握ったまま、右手を振り上げる!


「やるぞ、ダレクセイド……奴を殺す!」

「いいわよ、ダーリン! さぁ……そのたけりをあたくしにブチ込んで頂戴ちょうだいっ!」

魔装まそうダレクセイド……その力を、俺にッ! しめせぇ!」


 強烈な稲妻いなずまが襲う中、アーケンは己の手をさやへと突き刺した。

 大きく広がりたわみながら、まるで生き物のようにダレクセイドがアーケンの右腕を飲み込む。そして、そのまま広がって全身を包み込んだ。

 そのおぞましいまでの異様さに、ロトもジャンヌも言葉を失う。

 だが、即座に剣を抜いたジャンヌが叫んだ。


「ロト、逃げなさい!」

「何を言ってるの、ママ……あいつは、パパの仇だ! 僕が殺すんだ! 勇者として、刻印の力で!」

特務勇殺機関とくむゆうさつきかんブレイブレイカーズ……その中に、特別な力を持つ男がいるときいています。伝説の魔剣ならぬ、魔鞘を持ち……その力を身にまとって魔人まじんとなる。あの噂はやはり、本当だった」

「へえ? じゃあ、あいつが」


 あっという間にアーケンの全身を、強固な鎧がおおった。

 その姿はまさしく、悪魔……地の底より這い出した魔族そのものだ。ダレクセイドは本来、魔剣ロンダルギアとセットの魔鞘である。強力過ぎる魔剣の力を封じるため、圧倒的な防御力を持たされているのだ。

 そしてそれは、アーケンの半人半魔はんじんはんまの皮膚を無敵の装甲へと変えた。並ぶ鱗が炎の光を吸い込み怪しく輝く。

 アーケンにはもう、自分の四肢以外に武器が必要なくなっていた。

 いかつい仮面の底で、アーケンがゆっくりと眼光をロトに向ける。


「勇者死すべし……さあ、祈れ。おのれをこの世界へ呼び込んだ、神とやらにな!」

「くっ、お前なんかッ! 黒焦げになっちまえっ!」


 苛烈かれつな光が幾度となくアーケンに降り注ぐ。

 だが、昆虫にも似た強固な甲殻はびくともしない。あらゆる力を無効化する、鉄壁の防御力がそのまま攻撃力になる。

 瞬時に間合いを詰めたアーケンは、握る鉄拳を迷わず叩き込んだ。

 ロトの腹部に拳がめり込み、矮躯わいくがくの字に曲がって宙へ浮く。

 ジャンヌの悲鳴が響いたが、すでにアーケンは人の理性を捨てていた。

 今、ここにいるのは……魔王と恐れられた父の気高さ、誇り、そして最強の力を引き継いだ戦士。母が優しく、時に厳しく育てた魔王の子としてのアーケンがいた。


「やめてください、アーケン! ロトが……ロトッ!」

「終わりだ! 死ね……死ねっ! 死に尽くせえええええっ!」


 容赦ようしゃなくアーケンは、手刀を振りかぶる。

 半分ながら確かに受け継いだ魔族の血が、その肉体に全筋力の躍動を命じた。

 先程の強打で浮かんだロトが、体勢を崩しながらも着地しようとする、その瞬間……真っ直ぐ縦に、アーケンは己の右手を振り下ろす。

 ただの暴力でしかない、圧倒的な膂力りょりょくがロトを引き裂いた。

 まるで紙屑かみくずのように、少年の肉体が断末魔すら残さず両断される。

 ベシャリ! と床に汚い染みとなって、先程までロトだった肉塊が落下した。

 口に手を当て、ジャンヌが崩れ落ちる。


「おお……神よ。我が子ロトは……何故なぜ、二度も死なねばならないのですか」


 だが、全身の鎧がシュルシュルと解けて鞘へと戻る中、アーケンは冷たくジャンヌの涙を突き返す。

 びはしないし、何もつぐなわない。

 恨んでくれて結構だが、勇者を殺して仇を追うのがアーケンの宿命だ。

 だから、優しかったジャンヌを冷たく突き放して、祈る。

 どうかもう、彼女がこれ以上勇者として振る舞わないように。

 勇者として自分の敵にならないように。


「勇者であるだけで、殺すに値する十分な理由になる。悪の勇者ならば、な」


 だが、彼の言葉にジャンヌは涙をくと……剣を手に立ち上がった。

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