第24話「再会の番、因果の報い」

 辛くもベオウルフへと勝利した、アーケンとリーアム。

 だが、互いに身体に引き受けたダメージははかり知れない。アーケンは爆発にやられた傷が、徐々に肉塊にくかいから腕の形に戻っていくのを見やる。この異常なまでの回復能力もまた、アーケンが持って生まれた力の一つだ。

 しかし、その相棒あいぼうであるリーアムは普通の人間なのだ。

 刻印こくいんを持つ勇者の肉体は強固で、優れた身体能力を発揮する。だが、怪我の治りは常人より早いものの、治療しなければ痛みは同じだ。


「リーアム、あとは俺が――」

「うっさいわね、ブン殴るわよ? 絶対に一人で行かせないから」

「……わかった。俺におれまれ」

「ちょ、ちょっと!? こ、こらっ、アーケン!」


 ヒョイとアーケンは、両手でリーアムを抱き上げる。

 ポカポカと本当に殴ってきたが、リーアムはアーケンの首に手を回して黙った。まだ、彼女の肌の上で刻印の力が不思議な紋様もんようを広げている。

 勇者を狩る勇者ザ・ブレイブスレイヤー、リーアムの特殊能力を無効化する力。

 それは通常、左腕のみに紋様を展開させる。どうやらその状態で、第一段階とでも言うべき姿なのだろう。通常はそれで、勇者の能力を一つ封じるのだ。しかし、ベオウルフは二つの能力を持っていた

 だから、第二弾階……左半身をほぼ全て紋様で覆った姿をリーアムは見せた。

 彼女はこの姿を嫌っているというのに。


「な、何よ……ジロジロ見ないで。は、恥ずかしい、から」

「ああ、すまん。だが、奴は妙なことを言っていたな」

「……、って。だから、二つの刻印を持って、二つの能力が使えたってことかしら」

「そうらしい。その上、奴は新たな刻印を得て生き返った。……勇者の刻印とは、何だ?」


 その質問に応えられる者は、一人しかいない。

 だが、誰もがその人物に生きながら会うことは叶わないだろう。

 唯一、勇者をこの世界に転生させた神のみが、全ての真実を知っているのだ。そして、その勇者を真実とは関係なしに倒す。勇者が悪である限り、殺し続ける。

 リーアムを抱いたまま、アーケンは邸宅を奥へと進む。

 だが、本館には既にサイアム達はいないようだ。

 そして……勝手口の向こうに、巨大なくらが建っている。


「こっちか」

「アーケン、降ろして」

「……立てるか?」

「痛くて痛くて正直しんどいけど、泣けてくる程じゃないわ」


 気丈きじょうなリーアムを降ろして、油断なく蔵の扉を蹴破る。

 中は真っ暗だ。

 そして、アーケンの背を守るように背を合わせるリーアムも、闇の中へと目をらす。そんな彼女の何倍もの視力を発揮して、アーケンは暗がりの中に人の姿を見出した。


「気をつけろ、リーアム。そこに誰かいる」

「気配がないわ、本当に?」


 瞬間、不意に蔵の中が明るくなった。

 突然、周囲の燭台しょくだいに次々と炎がともったのだ。

 そして二人は目撃する……目の前に立ち尽くす勇者を。

 それは、禍々まがまがしい黒き剣に貫かれた、蒼雷の勇者ザ・サンダーストーム無残むざんな姿だった。彼は立ちながら死亡しており、辛うじて床に突き立つ剣を支えに揺れている。

 そして、腰元のダレクセイドが叫んだ。


「ダーリン! あれは……あの剣は! あ、ああ……あなた、なのね? 愛するあたくしのおっと……魔剣まけんロンダルギア!」


 アーケンもはっきりと見た。

 血にれて怪しく光る、漆黒しっこくの剣……間違いない、父が生前に使っていた、魔剣ロンダルギアだ。魔鞘ましょうダレクセイドと対となる、恐るべき魔力を秘めた最強の剣である。

 思わず駆け寄ろうとしたアーケンの耳朶を、リーアムの声が激しく打つ。


「危ないっ、アーケン!」


 咄嗟とっさに押し倒されて、のしかかられる。

 同時に、ロンダルギアへと激しい落雷が落ちた。かつて蒼雷の勇者だったむくろが、黒焦げになってボロボロと崩れ落ちる。

 あおまば稲妻いなずまを浴びてなお、ロンダルギアはあやしい光沢で傷一つない。

 そして、その魔剣を床から引っこ抜く人影があった。

 それは、旅装りょそうを整えマントのフードを被った小柄な男だった。


「惜しいですね……今の一撃で死んでれば楽だったでしょうに」


 少女のような、そして老婆ろうばのような男の声だ。

 思わずリーアムの肩を抱いて身を起こし、アーケンは叫ぶ。


「貴様っ、サイアム! 父上の、母上のかたきっ!」

「おやおや、そうなんですか? はて……どの夫婦ふうふでしたかね。よければ教えてください。母上の美しさ、その容姿や体格、体付きを」

「うるさい、黙れっ!」

「ふふ、僕は殺す前、必ず陵辱りょうじょくすることにしてるんですよ。そして、殺してからまた……徐々に冷えてゆく肢体したいおかすのは、この上なく快感なんです」


 激昂げきこうはやるアーケンを、そっとリーアムが手で制する。

 二人で立ち上がって睨むが、フードの奥で顔は全く見えない。

 そして、ダレクセイドの呼びかけにロンダルギアは言葉を返してこなかった。ただ、サイアムの手で抜かれて、背の鞘へと戻される。


「ダーリン、夫の声がしないわ! 呼びかけてるのに!」

「ああ、無駄ですよ? これ、すっごくイイ剣ですね。気に入ったので使ってます。今後は勇者サイアムの聖剣せいけんとして名を残すでしょうね。あ、そうだ……ついでだから教会で聖なる神の祝福をほどこしましょう。……凍結とうけつさせた魔剣の人格は、綺麗きれいさっぱり消さなきゃ」

「やめてっ! お願いよ、やめて……その人を、夫を返して!」


 アーケンが初めて聴く、ダレクセイドの悲痛な叫びだった。

 そして、リーアムも驚きの表情に目を丸くしている。

 常に下世話げせわで下品、女臭おんなくさい魔性の色香いろかを振りまいていたダレクセイド……それが今、恋人を前にした乙女おとめのように泣いていた。涙にぬれれることもできずに、アーケンの腰で震えている。

 そんなダレクセイドを安心させるように、アーケンがそっと手を添える。


「サイアム……ケリをつけるぞ。そして、教えてもらおうか。死人さえ生き返らせる力……勇者の刻印とは、何だ?」

「ああ、そのことですか。……神々が異世界より転生てんせいさせた、僕達勇者……勇者とは、どういった存在なんでしょうね? そう、刻印を持った無敵の戦士、神のつかわした救世主メシア


 歌うように喋るサイアムとは別に、殺気がアーケンとリーアムを包んでいた。

 明かりのともったサイアムの周囲の、その奥……大量の収蔵物の奥から敵の気配がする。

 だが、今そちらへ注意を向ければ、一瞬で二人はサイアムに斬り伏せられるだろう。

 緊迫した中でアーケンは、黙ってサイアムの言葉に耳を傾けた。


「僕は思ったんですよ。ひょっとしたら……僕達勇者は、、って。刻印の力を世に解き放つため、神は僕達をこの世界に転生させた。刻印という名の寄生虫きせいちゅうの、宿主やどぬしとして」

「何っ!」

「そう考えれば、納得するんです。なにせ僕達……


 その言葉に、ハッとリーアムが目を見開く。

 そして、彼女は苦悶の表情でこめかみを押さえた。


「大丈夫か、リーアム」

「え、ええ……なんだろ、今……頭の奥がズキンと来た」


 フードの奥の闇に顔を隠して、サイアムは笑っていた。

 彼はどうやら、独自の持論じろんを元に行動を開始したらしい。まず、生きた勇者の刻印を肉体から切り離し、死んだ勇者へと移植する。そして、二つの刻印を持った勇者が復活するのだ。

 彼はまるで、一週間の献立こんだてを読み上げるように自分の研究成果をうたった。


「そうそう、死んだ勇者から剥ぎ取った刻印は駄目でした。だから……さっき、蒼雷の勇者から刻印を……ええと、名前は、あれ? ふふ、聞き忘れてしまいましたね。でも……ジャンヌの願い通り、彼の刻印で蘇らせたんです!」


 不意に、アーケンとリーアムの周囲で気圧が変動した。

 耳の奥にキンと鳴る違和感が、二人を逆方向へと散開させる。

 一秒前の自分達を、眩いいかずちの光が殺していった。

 間違いない、蒼雷の勇者の刻印の力だ。


「それでは紹介しましょう……二人の勇者、ベオウルフとジャンヌがもうけた子……新たな蒼雷の勇者、ロトを!」


 ゆっくりと奥の闇から、一人の少年が歩み出る。

 年の頃は13か14、アーケンやリーアムより更に若い。

 うつろな目の少年は、周囲に稲光いなびかりをスパークさせてあどけない表情を浮かび上がらせた。


「見てて、ママ……パパの仇は、僕がつよ……勇者へと生まれ変わった、この僕が!」


 あっという間に蔵の中を嵐が吹き荒れる。

 思わず身を固くしてしまったアーケンは、リーアムに引っ張られて逃げ惑った。すで太腿ふとももからあふれ出る血がかわきかけて、その上を更なる流血がらしてゆく……それでもリーアムは、痛みに耐えて全力疾走で逃げ回った。


「ちょっと、アーケン! しっかりして!」

「……奴の父の仇が、俺? 俺が……親の、仇」

「当たり前でしょ! でも、勘違いしないで! あたし達よ、! あんただけじゃないわ。二人で殺したの! 悪の勇者を! 協力して!」


 呆然ぼうぜんとするアーケンの頭に、因果応報いんがおうほうという言葉が響く。

 親の仇を求めて、無数の勇者を殺してきた。

 その果てに、仇の勇者を前に……幼い少年の、親の仇になってしまったのだ。

 めぐ連理れんりの始点と終点とが、いびつによじれたまま輪となって繋がる。

 だが、その因縁いんねんを否定するようにリーアムが物陰へアーケンを放り込む。


「おやおやあ? 僕と戦わないんですか? あー、じゃあ……僕はこのへんでおいとましますね。まだまだ計画は始まったばかりですから。さ、ロト君」

「うん……サイアム様がくれたこの命で、母を守って父の仇を取ります!」

「君はいい子だね。仇を取ったら一人前いちにんまえだ……そうしたら、僕が御褒美ごほうびをあげるよ。男になるために、君の身体にたっぷりとね。ふふふふふ」


 それだけ言うと、サイアムが闇の中へと消えてゆく。

 アーケンははっきりと、親の仇が目の前を通り過ぎてゆく足音を聴いた。

 ダレクセイドのすすり泣く声だけが、いつまでも耳の奥へ反響していた。

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