第23話「激闘!異世界の英雄を倒せ!」

 アーケンは自分のたぎ憎悪ぞうおが、まされていくのを感じていた。

 怒髪天どはつてんくほどの、激昂げきこう

 その怒りといきどおりが今、冷静な殺意へと変換されてゆく。

 それは、隣にいるリーアムのおかげだ。

 自分のために怒ってくれた、彼女のおかげなのだ。


「やるぞ、リーアム……いつものように頼む」

「でも、アーケン! あたしの刻印こくいんの力、こいつには」

「知っている。それでも、だ……謎は俺があばく。お前はいつも通りでいい」

「……わかった」


 刻印の謎をはらんだ巨漢の勇者、ベオウルフが壁際へと手を伸ばした。そこに飾ってあったおのを握って構える。

 英雄と名乗った通り、彼もさぞかし名のある武人だったのだろう。

 アーケンが見ても、その構えは気迫に満ちていた。


「二人いっぺんに相手してやる……誰もジャンヌとサイアム様のとこにはいかせねえ!」


 同時に、狭い室内で空気がうずを巻く。

 瞬時に回避したアーケンは、リーアムも同時に動いたことを確認した。そして、繰り出される剛撃ごうげきを剣でいなす。

 重い一撃が連続で浴びせられ、アーケンの氷の刃が少しずつはつられてゆく。

 魔鞘ましょうダレクセイドも、普段の飄々ひょうひょうとした雰囲気ではいられなかった。


「ダーリン! 一度剣を戻して頂戴ちょうだい。別の属性にしたほうが」

「今は無理だ! このパワー、そしてスピード……すきを見せればやられる!」


 そうこうしているうちに、ベオウルフは斧を投げつけてきた。

 見切って避ければ、背後の壁にガン! と刃がめり込む。

 唯一の武器を放った、その間隙かんげきへとアーケンは剣を繰り出した。

 はずだった。

 だが、直後に背後で強烈な爆発が起こる。


「アーケン!」


 リーアムの悲鳴を聴いた時、アーケンは理解した。

 やはり奴は、仙水の勇者ジ・ウォーターバッシャーではない……爆滅の勇者ジ・エクスプロード、それが本当の勇銘ブレイブタグ

 では、超水圧による攻撃にはいったい、どんなカラクリが?

 それを見極めるべく、アーケンは再度起き上がって外へ飛び出る。狭い密室の中では危険だ。ベオウルフは触れたものを爆弾にする力を持っている。

 二の腕に刻印を光らせる巨体を前に、アーケンは身構えた。

 だが、腕に力が入らない。


「アーケン! 腕が……」

「ダーリン、流石さすがにダーリンでも、この傷!」


 恐らく先程の爆風が直撃したのだろう。

 左腕がグズグズの肉塊にくかいになっていた。

 痛みすらもう感じないのは、かなりの重傷だ。常人ならば死んでいただろう。再生が始まったが、それすらもどかしい。

 片腕で氷の剣を構えれば、ゆっくりとベオウルフが歩み寄ってくる。


「頼む、リーアム!」

「わかったわ、もう一度……もう一度だけ、やってみる!」


 アーケンをかばうようにして、彼女は拳を構えて目を見開く。

 左胸の刻印から、無数の紋様もんようあふれ出した。リーアムの白い肌を、禍々まがまがしい古代文字がけがしてゆく。赤く光るそれは、勇者の能力を奪う。

 だが、ベオウルフは全く動じなかった。


「無駄だなあ、おじょうちゃん! そいつは前にも見た……通じねえんだよ。俺には……こっちの刻印もあるあからなあ!」


 左腕にびっしりと紋様を明滅めいめつさせたまま、リーアムがアーケンを守る。

 容赦ようしゃなく振るわれたベオウルフの拳が、彼女のクロスさせた両腕の上にのしかかった。それは技と呼べるようなものではない、だが強力だ。

 無造作むぞうさに振るわれた暴力が、そのまま力押しでリーアムをきしませた。

 すでにもう、太腿ふとももの傷が開いておびただしい血が流れている。


「くっ、このぉ……」

「どいてな、お嬢ちゃん。お前はあとで、サイアム様にかわいがってもらいな!」

「きゃっ!」


 リーアムがパワーで負けて吹き飛ばされる。

 そして、今度は彼女を守るようにアーケンが立ちはだかった。

 ベオウルフへとこおれる刃を突き出す。

 だが……瞬時に剣は粉々こなごなに砕け散った。

 そして、アーケンのほおが鋭利な何かで切り裂かれる。


「この力は……水か」

「へへ、爆弾が封じられても俺にはこれがある! さあ、どうする勇者殺し! どうするんだ、ブレイブレイカーズさんよお!」


 アーケンは確かに見た。

 ベオウルフの二の腕とは別に、脚のすねにも刻印が光っている。

 全く違う形……だが、初めて見る。

 二つの刻印を持つ勇者など、聞いたことがなかった。

 あわててダレクセイドへと剣を戻そうとした、その時だった。


「遅いなあ! ボウズ!」

「ちぃ!」


 横殴りに襲う衝撃が、アーケンを吹き飛ばした。

 庭の大樹に激突して、彼はそのままズルズルと崩れ落ちる。

 そして、トドメとばかりにゆらりとベオウルフが近寄ってくる。

 早く動かねば、水の刃で切り刻まれてしまう。

 だが、左腕の再生に力を回しているので、思うように身体が働かなかった。

 そんなアーケンの前まで来て、ベオウルフがニタニタと下卑げびた笑みを浮かべる。


「これでもう、ブレイブレイカーズとかいう始末屋しまつやも怖かねぇ。俺には、。それが生命いのちさえもたらしてくれたのだからなあ!」

「何っ? それは」

「知ってるかあ? 生きた勇者の刻印てなあ……引きがして? それはまさに、勇者の生命の譲渡じょうと……あの女、なんつったかなあ? まあ、死体はそっちで回収しただろうが、奴をったのは ってから刻印を奪って殺したのは俺達よ!」


 語られる真実に、アーケンは呆然ぼうぜんとした。

 刻印を移植?

 それで生命が、蘇る?

 理解の範疇はんちゅうを超えた話だが、同時に合点を得る。

 言われたままに理解すれば、ベオウルフが生き返ったこと、二つの能力を併せ持つことも理解できる。

 そして、次の瞬間にはベオウルフが片眉かたまゆね上げた。


「んん? ボウズ、何がおかしい!」


 そう、滑稽こっけいだった。

 だから自然と、アーケンから笑みがこぼれる。

 気付けば彼は、のどの奥をクククと鳴らした。


「なるほど、大した手品だな。だが、ペテンもそれまでだ。リーアムッ!」


 振り返るベオウルフの背後で……ゆらりとリーアムが立ち上がった。

 彼女の目は、まだ死んではいない。

 そして、活路を見出し、見定めていた。

 荒い呼吸を落ち着かせると、リーアムがゆっくり歩いてくる。


「……あたし、ヤなのよね。おぞましい力……超絶美少女武闘家ちょうぜつびしょうじょぶどうかには、似合わないもの」

「はぁ? おいおい、お嬢ちゃん? なぁにを言ってるんだあ? 頭がおかしくなったか! 手前ぇの刻印の力なんざ、通用しねえんだよ!」


 手刀を振り上げたベオウルフの腕へと、大量の水が凝縮されてゆく。

 月明かりに揺らめく、超水圧で圧縮された水流のギロチンだ。

 それを迷わず、アーケンへとベオウルフは振り降りしてきた。

 だが……わずかにアーケンを濡らしただけで、その力が霧散むさんする。

 そして、リーアムの怒りの声が静かに響いた。


「ようするに、能力の一つを封じても、もう一つがある……簡単な理屈ね。なら……


 今、リーアムを包む半身の紋様が、無数のへびのごとく白い肌に広がっている。左脚や左頬へと、どんどん赤く増えている。


「あたし、ヤなのよね……気持ち悪いじゃん。ね、アーケン」

「そんなことはないぞ、リーアムは超絶美少女だ」

「……ホント?」

「俺は嘘は言わん」

「そっか、やっぱし! じゃ……さっさと片付けちゃいましょ」


 驚きに固まるベオウルフの前へと、リーアムは立つ。

 両脚でしっかりと大地をつかんで踏み締め、必殺の拳を引き絞ってゆく。


「ば、馬鹿な! 両方共、刻印の力が!」

「そう、両方封じたわ。その気になればあたし、何個でも……ただ、言ったでしょう? ヤなのよ。もら、あたしを見て……気持ち悪いでしょう? おぞましいじゃない、ね?」


 絶叫を張り上げ、ベオウルフが遮二無二しゃにむにに拳を振り回す。

 だが、やなぎが揺れるようにリーアムは避けつつ、零距離ぜろきょり肉薄にくはくしてひじを叩き込む。

 くの字に曲がったベオウルフが、よろよろと数歩下がった、その瞬間。

 すっと息を吸い込み、リーアムがさらに一歩を強く踏み込んだ。

 ドン! と大地が陥没かんぼつして、リーアムの震脚しんきゃくが地割れを走らせる。

 そのまま彼女は、真っ直ぐに右の拳を叩き込んだ。筋肉の鎧をまとったベオウルフの、その分厚い胸板むないたへと肘まで突き刺さる一撃。


「これで、終わりっ! もっかい、死んでっ、きなさい!」


 完全に動きを止めたベオウルフへと、しなる脚がハイキックとなって襲う。それはまるで、死神の鎌デスサイズだ。そう、死神……特務勇殺機関とくむゆうさつきかんブレイブレイカーズの派遣執行官はけんしっこうかんは、勇者を決して逃がさない。どこまでも追い詰めて、必ず殺す。

 音の速さでシュン! と空気が鳴って、蹴り抜いたリーアムがそのまま振り返る。

 彼女の太腿から血飛沫ちしぶきが吹き出して、彼女を更に赤く染めた。

 ベオウルフの首は、ゆっくりと滑り落ちて胴体から転がった。


「助かった、リーアム」

「ん、楽勝よ。それより……ホント? ねえ、ホントに?」

「勿論だ、リーアムはすごいびしょうじょだ。きれいだぞ、うつくしい」

「……なんで棒読みなの?」

「いや、本当に感謝してるし、凄いと思うぞ。ちょうのように舞い、はちのように刺す。ゴリラの腕力とカモシカのような脚力、少し以前より太ったが、お前は……いい女だ」

「でしょ? ふふ、ならいんだ。……誰がどう見ても、アーケンがそう言うなら、いいんだ」


 二人はそろって、再び屋敷へと戻ってゆく。

 そして、かつて異世界の英雄だった男の、その肉体が倒れる音を背中で聴くのだった。

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