第22話「宿命との邂逅」

 アーケンはおどろきに言葉を失った。

 何故、ここにリーアムが?

 彼女は負傷しているし、そのあしの怪我以上に深刻な問題を抱えていた。彼女の持つ刻印こくいん勇者を狩る勇者ザ・ブレイブスレイヤーの力が、効かない相手がいるのだ。

 そのことをリーアムは、思い悩んでいたようにも思える。

 そして、すぐに彼女がここにいる理由が知れた。


(ああ、リーアム派遣執行官はけんしっこうかんにもちゃんと報告しておいたんですよ……この屋敷の場所をね、ククク)

(スエイン、貴様……どこまでも下衆げすな真似を)

(おやおや? 情報の共有は組織の基本ですよ?)


 もうアーケンには、黙ることができなかった。

 だが、その時一瞬だが見た。

 わずか一秒にも満たぬ刹那せつな、中のリーアムと目が合ったのだ。その瞬間に、互いがやり取りした情報は少ない。だが、リーアムは何か考えがあっての行動だと知れる。

 コンビを組む相棒は、静かに見守るよう視線でうながしてきた。

 それでアーケンは、剣のつかに手を置きながら身構える。

 中では、リーアムは床の上で上体を起こしながら叫んだ。


「そういうカラクリだったのね……全てつながったわ。でも、最後に一つ……どうして? ううん、何でかって聞かなくてもわかる。けど……それは、人がしていい行いじゃないわ! ……あんた、勇者である前に一人の人間だと思ってたのに」


 リーアムの声に、最後の敵が顔を現す。

 それを見た時の、アーケンのショックは計り知れなかった。


「ねえ、何故なぜ? 答えて、!」


 そこには、伏目ふせめがちにうつむくジャンヌの姿があった。

 彼女は部屋に入ってくると、肉片と血で汚れた周囲に目をおおった。そんな彼女へと、あの大柄な勇者が近付く。

 そして、ようやくパズルのピースがそろう。

 徐々に、邪悪な絵画かいがが姿を表そうとしていた。


「気にすることはないぜ、ジャンヌ。なあ? お前は俺を生き返らせてくれた。サイアム様の指示通り、お前がおもてで頑張ってくれたおかげだ」

「あ、ああ……あなたは、どうして。何故、こんな……おお、神よ」

「祈るなら俺に祈りな? なあ、ジャンヌ……


 大柄な勇者の正体、それはジャンヌの死んだおっとだった。

 何故、死人しびとが生きてうろついている?

 それも、別人の刻印の力を使ったかと思えば、違う能力も先程見せた。その意味は?

 それについて、スエインが深刻な顔になった。

 彼が初めて見せる、真剣な表情だった。


(なるほど、ジャンヌの夫……死んだはずの、爆滅の勇者ジ・エクスプロージョンですねえ)

(爆滅の勇者?)

(ええ、先程も見たでしょう? 触れたものを爆弾にし、自分の意志で好きな時に爆発させられます。しかし、それでは……仙水の勇者ジ・ウォーターバッシャーの力は、何故?)


 そう、謎はさらなる謎を呼ぶ。

 真実は謎と謎を繋げたが、それらをさらなる思考の深みでまどわせた。

 だが、一つだけはっきりしたことがある。

 ジャンヌはやはり、悪の勇者と通じていたのだ。

 そして、その理由が恐らく……よみがえった夫の存在だ。


「もうやめましょう、ベオウルフ。サイアム様も、お願いです。これ以上は」

馬鹿ばかを言うな、ジャンヌ! 俺は、この世界でもようやく英雄以外になるんだ……モンスター相手に負けたのは、あいつを……息子を守って、守りきれなかったからだ! だが、ヘヘ……もう、以前の俺じゃねえぜ」

「わたくしは……夫のために、なんてことを」


 ジャンヌは泣いていた。

 その涙だけは、本物だと思いたい。

 だが、サイアムが不満そうにつぶやいた。頭部をおおうバスタオルで頭を拭きながら、裸のままで皆の前へと歩み出る。


「ジャンヌ、まだ先があるじゃないですか。君が取り戻したい未来まで、あと一歩。ベオウルフの復活も成功し、同時に貴重なデータも得られました。やはり、

「サイアム様……もう、私は」

「泣かないでください、ジャンヌ。その美しい顔を、涙でくもらせてはいけない。安心してくださいね? 今、息子さんのロト君も……すぐに蘇らせてあげますから」


 サイアムは、バスタオルが覆う暗がりの中でひとみを光らせた。

 その眼差まなざしが向けられたのは、その場で薄笑いを浮かべる蒼雷の勇者ザ・サンダーストームである。


「へへ、サイアム様……それに、ベオウルフの旦那だんな。俺も仲間にいれてくれるんですよねえ?」

「……勿論もちろんだよ? 君の力が必要だ」

「ありがてえ! お、俺は……誰にも必要とされなかった。元の世界じゃ、しいたげられる屈辱の日々……でも、勇者になったんだ! 今まで得られなかったものを全部、取り戻す!」

「ええ、その気持ちは大事ですね。フフフ……君の力はちゃんと僕達が活用し、欲望のままに楽しく……わかりますね?」


 その時だった、今までだまっていたリーアムが、弱々しく立ち上がる。

 震える脚の太腿ふとももは、巻いた包帯が真っ赤に染まっていた。

 だが、そんな手負いの状態でも、彼女は牙と爪を失っていない。


「ジャンヌ……見損なったわ。旦那を生き返らせるために、こんなことを……そして! あんたはしてはならないことを二つも犯した!」

「リーアム、ごめんなさい……許してなんて、いえないですよね。でも、でも……たとえ民を裏切ってでも、あの時のベオウルフが、強く優しい夫が戻ってきてくれるなら。何より、我が子が蘇るなら」

「弱い女ね、ジャンヌ! そう、あんたは民の信頼を裏切り……! ぶっちゃけ、町の人達なんて関係ない。勇者にすがった、ジャンヌに頼り過ぎていたむくいよ。でもね、そんなあんたをアーケンは信じた! 疑えないから去ったの」

「お、おお……神よ、わたくしは」

「アーケンの痛みを今っ、思い知らせてやるわ!」


 リーアムの左胸の刻印が光り出す。

 だが、ジャンヌを守るようにベオウルフが立ちはだかった。


「へへ、俺もかつては英雄と呼ばれた男……新たなる力と命を得た今、ジャンヌの敵は全てブッ殺す! いいですよねえ、サイアム様ぁ!」


 喉の奥でクククッと笑って、サイアムは方をすくめた。

 とても、十代の少年とは思えぬ声だ。まるで地の底から湧き上がるような憎悪ぞうお声色こわいろ悪逆あくぎゃく非道ひどうの限りを尽くしてきた人間に相応ふさわしい、黒く冷たい声音こわねだった。


「ベオウルフ、手足の一本二本は構いませんよ? でも、僕がしても泣いて叫ぶような……そういう余力が残る程度に痛めつけてあげなさい。では……君、名前はなんといったでしょうか?」


 サイアムの声に、蒼雷の勇者は自分を指差し「へっ?」とマヌケな声を発した。


「あ、ああ! おっ、おお、俺は――」

「まあ、少し長い話になるでしょうから……向こうでゆっくりと。それに……僕は女を犯すのも好きですが、逆も大好きなんですよ? 君みたいなゴロツキのチンピラに、自分を好きにさせるのが、ね」

「あ、ああ、そりゃ、ええと……ま、まあ、あんたがそう言うんなら、ヘヘヘ」

「行きましょうか……そろそろジャンヌにも、ロト君を生き返らせてあげる必要がありますし」


 それだけ言って笑うと、背を向けアイアムは出ていった。

 その後姿を見た瞬間、アーケンは立ち上がった。

 咄嗟とっさのことで、気配を殺してひそんでいたことを忘れてしまう。見開かれた目が、去ってゆく小柄な勇者を見送る。

 その背に……

 それは、両親が殺されたあの日、暗闇の中で光っていた刻印だった。

 親のかたきが目の前にいる。

 気付けばアーケンは、狂気と歓喜に笑っていた。


「は、はは……ははははっ! 見つけたぁ、見つけたぞおおおおお!」

「ア、アーケン派遣執行官! ……チィ、ここまでですか。まあ、あとはお任せするしかありませんね。必ず殺しておいてください? 本部にはそう報告したいので」

「必ず殺す? 当たり前だ、はははっ! そこにいたかあ、貴様ぁ! そうか、名はサイアム……貴様が俺の父を! 母を!」


 同時に、跳躍ちょうやくして窓を蹴破る。

 そのまま室内に転がり込んで、アーケンは絶叫した。

 魔鞘ましょうダレクセイドから抜き放たれた剣が、欠けた刃を氷で覆ってゆく。


「ダーリン、奴を追う前にリーアムを!」

「待てえ、サイアム! そこを動くな、俺と……俺と戦ええええええっ!」


 絶叫と共に歩み出す。

 その姿はまるで、血涙けつるいれる修羅しゅらだ。

 悪鬼羅刹あっきらせつそのものとしか形容できぬ姿で、吹き出す闘志のままにアーケンは歩を進めた。その行く先を、ベオウルフがふさぐ。

 見上げる巨漢は、背にジャンヌをかばいながらコキコキと首を鳴らした。


「ジャンヌ、サイアム様のとこに行ってろ。先に逃げるんだ」

「で、でも! わたくしはこの町を捨ててはゆけません。誰がこの町を守るというのですか。それに……ここまで知られたからにはもう、懺悔ざんげして罪をつぐなうしか」

「ジャンヌ! 俺のいとしいジャンヌよ! もう、綺麗でいることにも疲れただろう? 俺はとっくにだったぜ。だから、ここでは……この異世界では、勇者としてただ強く自由に生きればいい!」


 勝手な論理だった。

 それでもジャンヌは、アーケンを見て何かを言いたげに口を開く。そんな彼女をドアの外に押しやり、ベオウルフが敵意を剥き出しにした。

 そして、アーケンの横に相棒が震えながら立つ。


「アーケン、ゴメン。でも、行って。ジャンヌを……仇の勇者を追って!」

「……リーアム、お前」

「こいつは、ベオウルフはあたしが何とかする。刺し違えてでも、殺す! あたし、許せない……愛してくれるジャンヌに付け込んで、彼女から気高い夫の死を奪ったこいつが!」


 リーアムの激昂げきこうに、逆にアーケンは冷静になる。

 そして、思い出す……自分が、特務勇殺機関とくむゆうさつきかんブレイブレイカーズの派遣執行官であることを。その立場は、同じ戦いを共有する相棒がいてくれればこそだ。


「リーアム、手伝え……まずはこいつから殺す」

「アーケン、あんた。か、仇が! サイアムが」

「怪我もある、無理をするなよ? ……二人でこいつを殺して、サイアムを追う。その方が早くて効率的だ」

「……ふーん、そう。そうなんだ? じゃあ……始めましょ? あたしたちの生業なりわいをさ」

「ああ」


 二人は同時に床を蹴る。

 それは、ベオウルフの剛腕ごうわんが振りかぶられるのと同時だった。

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