第7話「異世界のラ・ピュセル」
アーケンが一人で向かったのは、町の中心地にある
ガレーメン自警団は、中規模ながらこの町をモンスターや野党、何より勇者から守っているらしい。それも、勇者に
果たしてそこには、どんなからくりがあるのだろうか?
それを探るべく、敵地とも言えるこの場所にアーケンは
「団長! ジャンヌ団長! 妙なガキが、お会いしたいと」
自警団の男に連れられて、アーケンは屯所の奥へと入り込んだ。
警戒されるかと思い、玄関口では
ジャンヌのような女性に敵意を向けてくる者などいない。
そして、ジャンヌを敵にして勝てるものなどいない……そう思い込んでいる。
だが、そんな
「ありがとうございます、副団長。あまり時間は取れませんが……どうぞ、そこにおかけなさいな」
執務室の中で机から立ち上がったのは、
間違いない……
その流麗な
そして、やはりどこかアーケンの母に似ていた。
「どんな御用かしら? この町の方ではありませんね。旅の方でしょうか……何かガレーメンでお困りですか? 力になれることがあれば、何でも
「俺は……アーケン。
小細工を
一気に核心へとアーケンは踏み入る。
勇者ならば、誰もが恐れる都市伝説……そして、それの存在を確かめる
ジャンヌも
「わたくしを殺しに来たのですか? そのような殺し屋達の一団がいることは聞いています。しかし、
「お前を殺すか生かすかは、俺が決める。そして、お前が勇者である以上、俺達から逃れる術はないと思え」
「そう、ですか――」
次の瞬間、アーケンの腰元でダレクセイドが叫んだ
同時に剣の
その時にはもう、抜刀されたジャンヌの切っ先が
この時点で、もしジャンヌが本気なら死んでいた。
「――ッ!」
「アーケン! ちょっとちょっとぉ、油断し過ぎよ!」
「……
全く見えなかった。
恐らくこれが、閃速の勇者と呼ばれるジャンヌの力。彼女が
アーケンとて、ブレイブレイカーズの派遣執行官……その剣の腕には自信があった。
そのアーケンが抜刀も叶わず動けない。
少しでも動けば、ジャンヌは
しかし、彼女は小さく笑って剣を収める。
「これがわたくしの刻印の力です。恐らく、スピードだけならばわたくしに
「……だろうな。だが、何故殺さない? 俺は勇者を狩る死神だぞ?」
「あら、ずいぶんかわいい死神さんね。わたくしはまだ死ぬ訳にはまいりませんが……無用な
剣を鞘に納めつつも、ジャンヌからは強烈な殺気が解き放たれた。
魔王の軍勢とも互角以上に戦う、
彼女はひそやかに、
「このガレーメンの町を脅かす者であれば、容赦はしません」
「了解した、俺の敵は勇者だ……狂ったように殺戮と破壊を繰り返す、そういう勇者だけが俺の獲物だ」
「そう、ではわたくしはどう見えるでしょうか?」
「少し話を聞かせてもらおうか。
その問に、ジャンヌは静かに応える。
迷いのない、
「わたくしは神に選ばれし
「ラ・ピュセル? それは」
ダレクセイドがすかさず「乙女を示す
ジャンヌが言葉を挟まないということは、
だが、ブレイブレイカーズの資料にはそんなことは書いていなかった。
ジャンヌに子がいたこともだ。
「わたくしはかつて、祖国を守る戦争で神のために戦いました」
「それで、聖女か。それだけの剣の腕だ、さぞかし武功をあげただろうな」
「いえ……この刻印の力がなかったわたくしは、神の加護を受けた無力な少女でしかなかったのです」
ジャンヌは、百年続いた戦争を終わらせるため、神より
「わたくしは、皆が戦っている時……旗を振るしかありませんでした」
「
「皆の後ろで、味方を
「大したカリスマだな」
「神の威光あってこそです……しかし、いつしかそんなわたくしを、人は魔女と呼びました」
そこからの話は
戦争の勝利が確実となるや、王はジャンヌを
民を惑わし、さらなる戦いを望む魔女だと。
教会の
気付けばアーケンは、ゴクリと喉を鳴らしていた。
「その時です……燃え盛る業火の中、生きながら焼かれたわたくしは声を聞きました」
「声?」
「はい。あの時と同じ、神の声でした。そして……こちらの世界へと呼ばれたのです。まるで、そう……
ジャンヌの言葉は、あらゆる勇者達の話と
やはり勇者は、
そして、ふとアーケンの脳裏を一人の少女がよぎる。
相棒のリーアムも、そうした中でこちらの世界へ来たのだろうか?
元の世界から拒絶され、神が救わねば
だが、今は彼女のことは頭の中から追い出す。
「ジャンヌ、お前は何故……どうしてこの町のために戦う」
当然とも言える問に、ジャンヌは真っ直ぐ言葉を返してくる。
「神が求める平和のため、民が求める平穏のためです。そのためにこそ、わたくしの力を使ってきました。もう、後ろで旗を振るのではありません……自ら前で、誰よりも前で剣を振るう時。それが、神に選ばれたわたくしの使命」
「……その力を使えば、この町全てを支配することも
「それで民に、何の利がありましょう。まして、わたくしは己の願いや望みなどありません。……もう、
魔王との戦いの中、ジャンヌは夫を失った。
同時に、夫との間に
魔王が倒されたその時、彼女の使命は終わったかに思えたが……今度は勇者達が暴徒と化して世界中を
だから、ジャンヌは決意した。
仲間達と一緒に守った世界のため、その仲間達と戦うことを。それに、闇の軍勢が魔王と共に滅びた今でも、盗賊やモンスターといった脅威は増え続けている。
アーケンには、ジャンヌの言葉に嘘があるようには思えない。
まだ何か……彼女が打ち明けてくれない秘密があるような気がした。
だが、言葉を交わしてられるものはこれ以上なさそうだ。
「……今日のところは失礼する。今の段階では、俺達が始末するべき勇者は……この町には見つけられない」
「アーケン、ありがとうございます」
アーケンは一礼して去ろうとしたが、ダレクセイドに
それは、彼がブレイブレイカーズとして戦う理由であり、目的だ。
一度だけ振り返り、見送るジャンヌへと
今まで勇者を前に、何百回と繰り返してきた言葉と共に。
「最後に一つ問おう……この刻印の勇者を知っているか?」
紙片を受け取るジャンヌは、それを見て小首を
今までの勇者には、問う余裕もなかった。勇者との戦いは、一瞬でも
何度も出し入れして擦り切れた、謎の刻印が刻まれた紙片と共に。
「これは?」
「この刻印を持つ勇者が、俺の両親の
「そうですか……ごめんなさい、身に覚えがありません」
「刻印の位置は、右肩の後ろだ。恐らく、その勇者は男……
「わかりました。夫が生きていれば、もしや……少し遺品を整理して、調べてみますね」
「……助かる」
アーケンはとりあえず、ジャンヌの始末を保留とした。殺す理由がないからだ。だが、刻印の抹消も言い出せなかった……彼女の力が失われれば、このガレーメンの港町を守る者がいなくなる。
勇者から民を守る派遣執行官が、勇者を殺したことで民を危険に
それに、もうアーケンは心の中では……子も夫も失ったジャンヌを、殺すことができそうもなかった。
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