第7話「異世界のラ・ピュセル」

 アーケンが一人で向かったのは、町の中心地にある自警団じけいだん屯所とんしょだ。

 ガレーメン自警団は、中規模ながらこの町をモンスターや野党、何より勇者から守っているらしい。それも、勇者にひきいられながら。

 果たしてそこには、どんなからくりがあるのだろうか?

 それを探るべく、敵地とも言えるこの場所にアーケンはおもむいた。


「団長! ジャンヌ団長! 妙なガキが、お会いしたいと」


 自警団の男に連れられて、アーケンは屯所の奥へと入り込んだ。

 警戒されるかと思い、玄関口では一悶着ひともんちゃくも覚悟していたが……以外にも皆、すんなりとアーケンを通してくれた。恐らく、ジャンヌの公明正大さと強さに自信があるのだ。

 ジャンヌのような女性に敵意を向けてくる者などいない。

 そして、ジャンヌを敵にして勝てるものなどいない……そう思い込んでいる。

 だが、そんな洞察力どうさつりょくを発揮していたアーケンは、言葉を失った。


「ありがとうございます、副団長。あまり時間は取れませんが……どうぞ、そこにおかけなさいな」


 執務室の中で机から立ち上がったのは、見目麗みめうるわしい淑女レディだった。

 間違いない……閃速の勇者ジ・インパルスエッジ、ジャンヌだ。

 その流麗な所作しょさに、温和な笑み。貴婦人の風格を思わせる絶世の美女だ。年の頃は三十を少し過ぎたあたりだが、童女のあどけなさも女王の気品も感じさせる。

 そして、やはりどこかアーケンの母に似ていた。


「どんな御用かしら? この町の方ではありませんね。旅の方でしょうか……何かガレーメンでお困りですか? 力になれることがあれば、何でもおっしゃってくださいな」

「俺は……アーケン。特務勇殺機関とくむゆうさつきかんブレイブレイカーズの派遣執行官はけんしっこうかんだ」


 小細工をろうするつもりはない。

 一気に核心へとアーケンは踏み入る。

 勇者ならば、誰もが恐れる都市伝説……そして、それの存在を確かめるすべは一つしか無い。すなわち、アーケン達ブレイブレイカーズと戦うことだ。だが、過去に狙われて無事だった勇者など数える程しかいない。

 ジャンヌもわずかに緊張を見せたが、すぐにまた笑顔になる。


「わたくしを殺しに来たのですか? そのような殺し屋達の一団がいることは聞いています。しかし、貴方あなたのような子供が」

「お前を殺すか生かすかは、俺が決める。そして、お前が勇者である以上、俺達から逃れる術はないと思え」

「そう、ですか――」


 次の瞬間、アーケンの腰元でダレクセイドが叫んだ

 同時に剣のつかに手を伸ばしたまま、アーケンは身動き一つ出来ずに固まる。

 その時にはもう、抜刀されたジャンヌの切っ先がのどへと突きつけられていた。

 この時点で、もしジャンヌが本気なら死んでいた。


「――ッ!」

「アーケン! ちょっとちょっとぉ、油断し過ぎよ!」

「……しゃべる剣とは、面白いですね。いえ……さや? まさか、その鞘は」


 全く見えなかった。

 恐らくこれが、閃速の勇者と呼ばれるジャンヌの力。彼女が刻印こくいんと共に神から授かり、異世界よりこちらに召喚された時に得たものである。

 アーケンとて、ブレイブレイカーズの派遣執行官……その剣の腕には自信があった。

 そのアーケンが抜刀も叶わず動けない。

 少しでも動けば、ジャンヌは容赦ようしゃなくアーケンのくびを落とすだろう。

 しかし、彼女は小さく笑って剣を収める。


「これがわたくしの刻印の力です。恐らく、スピードだけならばわたくしにかなう者などいないでしょう」

「……だろうな。だが、何故殺さない? 俺は勇者を狩る死神だぞ?」

「あら、ずいぶんかわいい死神さんね。わたくしはまだ死ぬ訳にはまいりませんが……無用な殺生せっしょうをするつもりもありません。もっとも――」


 剣を鞘に納めつつも、ジャンヌからは強烈な殺気が解き放たれた。

 魔王の軍勢とも互角以上に戦う、異能いのうの戦士たる勇者の気迫だ。

 彼女はひそやかに、ささやき言い聞かせるように言の葉をつむぐ。


「このガレーメンの町を脅かす者であれば、容赦はしません」

「了解した、俺の敵は勇者だ……狂ったように殺戮と破壊を繰り返す、そういう勇者だけが俺の獲物だ」

「そう、ではわたくしはどう見えるでしょうか?」

「少し話を聞かせてもらおうか。何故なぜ、ガレーメンで自警団を?」


 その問に、ジャンヌは静かに応える。

 迷いのない、清冽せいれつなまでにんだ声だった。


「わたくしは神に選ばれし聖女せいじょ……勿論もちろんすでに愛を知り子をなした身でもありますが。ふふ、貴方達が異世界と呼ぶ場所、わたくしの故郷ではラ・ピュセルと呼ばれていました」

「ラ・ピュセル? それは」


 ダレクセイドがすかさず「乙女を示すいにしえの言葉よ」と教えてくれた。

 ジャンヌが言葉を挟まないということは、おおむねあちらの世界……勇者達がいた元の世界でもそうなのだろう。

 だが、ブレイブレイカーズの資料にはそんなことは書いていなかった。

 ジャンヌに子がいたこともだ。


「わたくしはかつて、祖国を守る戦争で神のために戦いました」

「それで、聖女か。それだけの剣の腕だ、さぞかし武功をあげただろうな」

「いえ……この刻印の力がなかったわたくしは、神の加護を受けた無力な少女でしかなかったのです」


 ジャンヌは、百年続いた戦争を終わらせるため、神より啓示けいじを受けたという。そして、義勇兵を募って立ち上がり、祖国を侵略する敵を追い返したのだ。


「わたくしは、皆が戦っている時……

はた?」

「皆の後ろで、味方を鼓舞こぶして旗を振るのです。そして……戦い死んでゆく多くの者達を見ました。その背を押し、神の言葉を説いて……多くの者達を戦いへと駆り立てました」

「大したカリスマだな」

「神の威光あってこそです……しかし、いつしかそんなわたくしを、人は魔女と呼びました」


 そこからの話は凄惨せいさんだった。

 戦争の勝利が確実となるや、王はジャンヌを弾劾だんがいしたのだ。

 民を惑わし、さらなる戦いを望む魔女だと。

 教会の異端審問いたんしんもんによって、ジャンヌは火あぶりの刑になったという。

 気付けばアーケンは、ゴクリと喉を鳴らしていた。


「その時です……燃え盛る業火の中、生きながら焼かれたわたくしは声を聞きました」

「声?」

「はい。あの時と同じ、神の声でした。そして……こちらの世界へと呼ばれたのです。まるで、そう……転生てんせい。同じたましいで生まれ変わったかのようでした。そして、わたくしは勇者として魔王の軍勢と戦ったのです」


 ジャンヌの言葉は、あらゆる勇者達の話と合致がっちする。

 やはり勇者は、此処ここではない時、今ではない場所から召喚されるのだ。今まで殺してきた勇者も、殺す前に聴取を行った勇者も、話はどれも似たようなものだった。

 そして、ふとアーケンの脳裏を一人の少女がよぎる。

 相棒のリーアムも、そうした中でこちらの世界へ来たのだろうか?

 元の世界から拒絶され、神が救わねば非業ひごうの死をげていたのだろうか?

 だが、今は彼女のことは頭の中から追い出す。


「ジャンヌ、お前は何故……どうしてこの町のために戦う」


 当然とも言える問に、ジャンヌは真っ直ぐ言葉を返してくる。


「神が求める平和のため、民が求める平穏のためです。そのためにこそ、わたくしの力を使ってきました。もう、後ろで旗を振るのではありません……自ら前で、誰よりも前で剣を振るう時。それが、神に選ばれたわたくしの使命」

「……その力を使えば、この町全てを支配することも容易たやすい」

「それで民に、何の利がありましょう。まして、わたくしは己の願いや望みなどありません。……もう、くしてしまいました」


 魔王との戦いの中、ジャンヌは夫を失った。

 同時に、夫との間にもうけた我が子をも亡くしたのだ。

 魔王が倒されたその時、彼女の使命は終わったかに思えたが……今度は勇者達が暴徒と化して世界中をむしばみ始めたのだ。

 だから、ジャンヌは決意した。

 仲間達と一緒に守った世界のため、その仲間達と戦うことを。それに、闇の軍勢が魔王と共に滅びた今でも、盗賊やモンスターといった脅威は増え続けている。

 アーケンには、ジャンヌの言葉に嘘があるようには思えない。

 まだ何か……彼女が打ち明けてくれない秘密があるような気がした。

 だが、言葉を交わしてられるものはこれ以上なさそうだ。


「……今日のところは失礼する。今の段階では、俺達が始末するべき勇者は……この町には見つけられない」

「アーケン、ありがとうございます」


 アーケンは一礼して去ろうとしたが、ダレクセイドにうながされて思い出す。

 それは、彼がブレイブレイカーズとして戦う理由であり、目的だ。

 一度だけ振り返り、見送るジャンヌへとふところから紙片を取り出し見せる。

 今まで勇者を前に、何百回と繰り返してきた言葉と共に。


「最後に一つ問おう……?」


 紙片を受け取るジャンヌは、それを見て小首をかしげた。

 今までの勇者には、問う余裕もなかった。勇者との戦いは、一瞬でもすきを見せれば勝利は危うい。だから、ただ殺すことに専念する。だが、時折訪れる対話の機会が得られれば……常にアーケンはただしてきた。

 何度も出し入れして擦り切れた、謎の刻印が刻まれた紙片と共に。


「これは?」

「この刻印を持つ勇者が、俺の両親のかたきだ」

「そうですか……ごめんなさい、身に覚えがありません」

「刻印の位置は、右肩の後ろだ。恐らく、その勇者は男……些細ささいな情報でもいい、何か思い出したら教えてくれ。しばらくはこの町に滞在する」

「わかりました。夫が生きていれば、もしや……少し遺品を整理して、調べてみますね」

「……助かる」


 アーケンはとりあえず、ジャンヌの始末を保留とした。殺す理由がないからだ。だが、刻印の抹消も言い出せなかった……彼女の力が失われれば、このガレーメンの港町を守る者がいなくなる。

 勇者から民を守る派遣執行官が、勇者を殺したことで民を危険にさらせば本末転倒だ。

 それに、もうアーケンは心の中では……子も夫も失ったジャンヌを、殺すことができそうもなかった。

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