第1話「暗黒時代の終わりに」
我が家は血の海と化していた。
幼い少女はただ、黙って母の
目の前には、血の
金目のものと見れば奪い、薬や道具の
「ああクソッ! シケた家だな! せめて、小さなコインとか……ふくびき券とかさあ! 何かねえのかよっ! ああァ!?」
興奮状態の男は、まだ十代の少年だ。
そして、その細身で
そう、彼は……勇者だ。
神に選ばれし戦士として、異世界より
驚くべき身体能力と同時に、個々に
少女はただ、自分の暮らしが壊れるのを見守るだけだった。
「あーぁ! まあ、こんなとこか。……ん? あはっ! 君、いくつ? かわいいね……そうだ、とっておきのお宝タイムを戴いちゃおうかなあ!」
彼の目には、
舌なめずりをして、彼はゆっくりと迫ってくる。
母親の
壁際に追い詰められた少女に、ゆっくりと手が伸びてくる。
「
そう、勇者は何もかもが許される。
不法侵入や
その見返りとして、勇者には魔王討伐の使命が課せられていたのだ。
――つい一年前、魔王が倒されたその日までは。
だが、巨悪が倒れて救われた世界には……勇者だけが残った。
「ハァハァ、さあ……いいことしようね。勇者への
身を
振るえる両手が
室内に唐突に、緊張感に欠けた声が響く。
「おい、ロリコン。知ってるか? ペド野郎に慈悲はない……今すぐその汚い手を、その子からどけろ」
人の気配はなかった。
物音もしない。
何より、玄関のドアは閉じたままだ。
だが、その男は――そう、勇者と同じくらいの少年だ――
少女は
この世で、勇者へ歯向かう勇気を
過去に何度も、
だが、突然現れた男の表情には恐れがない。
「よし、お嬢ちゃん。今、俺が助けてやるからな。さて……ちょっと本気出しま――」
瞬間、鮮血が舞った。
その返り血を浴びて、勇者の頬が赤く
興奮に肩を上下させつつ、勇者は再度抜いた剣を振るったのだ。
男との距離は離れていた。
だが、届かぬ切っ先の向こうで男は血に伏せている。
「ケッ、馬鹿が! さて……続きといこうじゃないか、ええ? まずはそうだな、全部……そう、
「……ったく、ロリコンな上に変態かよ。つくづく救えねえな」
少女は目を見張った。
斬り伏せられたかに見えた男は、おびただしい出血の中で立ち上がった。ぼたぼたと重く黒い血が広がる中で、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
だが、余裕とすら思えるほどに
「それがお前の能力か……風か? 多分、空気中の気圧を操る力だな」
「なっ、なな、何故それを!?」
「こんだけ派手に斬られりゃ、馬鹿でもわかる。剣筋に乗せた真空の刃、射程はせいぜい数メートルってとこか?」
「クッ! 貴様ぁ!」
瞬間、勇者の周囲で空気が
少女の目には、住み慣れた我が家の光景が
勇者は剣をかざして、それを全て男へとぶつける。
あっという間に男はズタズタに引き裂かれたが……それでも立ち止まらない。
そればかりか、左右非対称の表情に首を
見る者の
「よし……大体わかった。もういいぞ、リーアム!」
男が誰かの名を呼んだ。
それは、ドン! という衝撃音が短く走るのと同時だった。
不意に勇者が、見えないハンマーに殴られたかのように吹き飛んだ。そして……倒れた方向と逆側の壁にヒビが走る。衝撃を先に貫通させた一撃は、粉々に砕けた中から人影を浮かび上がらせた。
露出の多い服を着た、
「アーケン、無茶し過ぎよ!」
「奴の能力を知る必要があったからな」
「だからって、
「大丈夫だ。あと、まあ、いいパンチだった。
アーケンと呼ばれた少年の言葉に、突然リーアムは真っ赤になった。
釣り上げていた
だが、確かにアーケンは言った……いいパンチだったと。あの小さなリーアムの拳が? それも、壁が壊れる先に家の中の勇者を? あまりの驚きに、少女はリーアムのチョロい
「わ、わかればいいのよ! さ、勇者を確保しましょう。その子は無事なのね? ……待って、アーケン! そいつ、まだ動くっ!」
リーアムの声が
だが、アーケンは
まるで
「
「このっ、死に損ないがあ! そっちの女もぉ! ブクブク乳やら尻ばかりデブりやがって! お前みたいな
「……
ヒュン、と風が鳴った。
そして少女は、目の前の背中が右手で剣を抜き放ったことに気付く。
勇者はピタリと動かなくなった。
そのまま、絞り出すような声が徐々に
「う、ガッ!? 俺より速く、剣を? ……ま、まさか、貴様等、が……あの、
「そうだ。わかったところでさっさと
「なっ、
だから、見なくて済んだ。
そして、とある
この世界のどこかに、勇者を狩る勇者と呼ばれる者達がいるという。この世界に生を受けながら、異世界の勇者に匹敵する力を持つ始末屋。
その名がブレイブレイカーズだと、少女は初めて知ったのだった。
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