最終話「暗黒時代に終わりを」
アーケンは再び、日常へと戻ってきた。
ここはミラルダ王国の
そして、スポンサーでもある王国のために、今日もアーケンは書類と格闘していた。
「ほら、アーケン。ここに
机に立派なヒップラインをドデンと乗せているのは、リーアムだ。
彼女はアーケンが今回の任務を終えての、報告書や経費の申請書類を見てくれているのだ。渡せばすぐに戻ってくる、書き直してもまた戻される。
どうしてもアーケンは、この手の事務仕事が苦手だった。
というよりは、戦う以外に
彼は人間ですらないのだ。
「ぐぬぬ、リーアム……もういっそ、お前が書いてくれれば」
「そうやって、いつもあたしに任せてたのはだーれ?」
「……俺だ」
「結果、全然書類の作成が上達していないのは?」
「……俺、です」
「だから、だーめ。ほら、頑張って! あと12枚よ」
目の前に
だが、アーケン程ではないが彼女も傷の治りは早い。
そんなことを思いながら、ついまじまじと見てしまう。
視線に気づいたリーアムは、書類の束でバサボサと頭を叩いてきた。
「ほら、
「あとならいいのか、あとでなら」
「かっ、考えといてあげるわ! 午後、
「こんな大量の書類が、一日で終わるわけが――」
弱音を
だが、彼女は根気よくアーケンに付き合ってくれるのだ。
「……まあ、手伝ってもらう礼だ。昼飯くらいは一緒に」
「えっ、いいの? やだもう、そうと決まれば貸しなさいよっ! もう、見てられないんだから。あたしがチャッチャと書いてあげるから、ほら!」
「あ、ああ。……何が食べたい? リーアム」
「肉がいいわ、肉!」
この女、
すぐにリーアムは、アーケンから書類を取り上げた。そして、ペンにインクを付けるやサラサラと書き進める。
これなら午前中に終わるだろうと、ふと視線を窓の外に放れば……不思議と気配を感じて、アーケンは席を立った。
窓辺に立って、アーケンはガタピシと鳴る窓を開けた。
そこには、壁にもたれかかる長身の男が立っていた。
「どうも、アーケン
「スエイン、貴様……どの
「おや! 同じお仲間、勇者を殺すためでしたらなんでもご協力いたしますよ」
どうやらリーアムは、その存在に気付いていないらしい。
アーケンは窓から身を乗り出して、声を
「サイアムという勇者のことを、調べて欲しい」
「ほう、サイアム……例の、魔王討伐を成し遂げた勇者ですねえ」
「ああ」
「……理由をお
スエインはずけずけと、アーケンが心の奥に秘めた傷に触れてくる。
だが、彼もまた勇者に大事な家族を奪われた身だ。
その憎悪だけは本物で、同じ復讐心を共有しているとも思える。ただ、彼の場合は復讐の手段を問わない。そして、復讐を続けるために決して自分を危険へと
それでも、今のアーケンにとっては利用価値の高い男である。
「両親の
「おやおやあ? では……
「噂、だと?」
「ええ……あの魔王には、さらった姫君との間に産まれた子供が、それも息子がいるという話ですが。ふむ、アーケン派遣執行官……怖い目ですねえ?」
ニタニタと笑うスエインを、気付けばアーケンは
だが、そんな二人に王宮から声をかける人物が歩いてくる。
数人の
彼女はあどけない顔立ちを裏切る眼光で、スエインを黙らせる。
「スエイン極秘監察官。すぐに本部に戻って報告するがいい。私の部下に、勇者の
「……の、ようですねえ? では、私はこのへんで
後ろに手を組み、スエインは行ってしまった。
やってくるマーヤと、一瞬だけ脚を止めて見詰め合う。
だが、すぐにスエインは背を向け行ってしまう。
一度だけ彼は「そういえば」と脚を止めた。
「そういえば例の、輪切りになった勇者……確か、
スエインは不気味な感触を残したまま、王宮の中へと去っていった。
彼のような極秘監察官が大勢動いていて、組織を監視しているのだとマーヤは言う。勇者の
勇者に対して慈悲がないように、アーケン達もまた勇者を殺す
だが、やれやれと溜息を
「収穫があったようだな、アーケン」
「ああ……両親を殺した勇者の名は、サイアム。だが、顔も能力もわからない。だが、はっきりと確認した背中の右肩にあるあの刻印、忘れはしない」
「そうか……私の方でも調べておこう。お前とリーアムには、午後の特別任務を与える」
丁度その頃、背後で「できたっ!」とリーアムが机から飛び降りた。
そして、毎度のように傷の痛みにうずくまる。
それでも彼女は、軽やかな足取りで目に涙を浮かべて駆け寄ってきた。
「ほら、アーケン! あとは提出するだけでオッケーよ。って、マーヤじゃない。丁度いいわ、はいこれ!」
「ん、御苦労。あとで目をと通させてもらう。……この、
「経費ですっ!」
「……本当にか?」
「ええ! ……駄目、ですか?」
「フン、まあいい。その傷に
だから、アーケンはついマーヤの言葉に口を挟んだ。
「
「構わん。午後の仕事が終わったらそのまま休暇に入ってもらってもいいぞ」
「え、嘘っ!? ラッキー!」
ニヤリと笑ってマーヤは、窓に並ぶアーケン達を見上げてきた。
「先程スエインが言ってた通り、例の子が少し回復してな……話せるようになった。よって、詳しい
「
「見舞いに行けってことね、りょーかいっ!」
勇者に遭遇して生き残れるなど、普通ではない。
そして、勇者の普通ではない残虐さを少女は見てしまったのだ。ついでに、その勇者をも血の海に沈めるアーケンの力の
そんな少女が、喋れるようになるまで回復したのは嬉しかった。
マーヤが二人に、守るべきもの、守れたものを確認させようとする
リーアムもそう思ってくれてたら、嬉しい。
「では、行くか……リーアム、城門前で馬車を拾おう」
「あら、歩きでも平気よ?」
「俺が平気ではないのだ。その脚……その怪我」
「アーケン……そっ、そこまで言うのなら! 馬車ね、馬車に乗るわ! ふふ、そっかあ……あたし、大事にされてるんだ」
「いや? ちんたらお前に合わせて歩くのが面倒なだけだ」
次の瞬間、
パチィン! と甲高い音が鳴って、思わずアーケンは前のめりに窓から落下する。ここが一階でよかったと、尻を押さえながらアーケンは痛感した。
マーヤはそんな二人を見て笑う。
「もぉ、何よっ! アーケンってば……ちょっとマーヤ、聞いた? 最っ低ぇ!」
「ふふ、アーケンは不器用なのだ。そういじめてくれるな、リーアム」
「でも!」
「昼飯に行くなら、それも経費にしてやろう。勿論、見舞いの品もな」
「……やたっ! ちょっとアーケン、何
ようやく立ち上がったアーケンの隣に、
怪我した脚を気遣いつつも、彼女は着地して少しよろけた。
すかさずアーケンは、渋々とその腰を抱いて支える。
受け取った書類を手に、マーヤはいつになく穏やかな笑みを浮かべていた。
「じゃあ、マーヤ。ちょっと行ってくる」
「ああ。すぐに次の殺しがまっている。そして、勇者根絶までは先が長い。せいぜいゆっくり疲れを癒やすのだな。リーアムも、いいな?」
「はいはーいっ! ほら、いこいこっ! 肉よ、肉! 牛肉がいいわ!」
こうして、今日も世界の
それは、勇者を恐れる者達が生んだ都市伝説だと言われた。
特務勇殺機関ブレイブレイカーズの存在が各国の極秘資料から公開されるのは、解体された数百年後……勇者と呼ばれた異世界からのならず者が、
ブレイブレイカーズ! ながやん @nagamono
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