最終話「暗黒時代に終わりを」

 アーケンは再び、日常へと戻ってきた。

 ここはミラルダ王国の王都おうと、王宮内に作られたしょだ。

 特務勇殺機関とくむゆうさつきかんブレイブレイカーズは、どこの国でも日陰者……こうして敷地内の一角に雨露がしのげる屋根があるだけいい方だ。

 そして、スポンサーでもある王国のために、今日もアーケンは書類と格闘していた。

 勿論もちろん、頼れる相棒が一緒だ。


「ほら、アーケン。ここに誤字ごじがあるわ。あと、ここはゼロを右端みぎはじそろえて」


 机に立派なヒップラインをドデンと乗せているのは、リーアムだ。

 彼女はアーケンが今回の任務を終えての、報告書や経費の申請書類を見てくれているのだ。渡せばすぐに戻ってくる、書き直してもまた戻される。

 どうしてもアーケンは、この手の事務仕事が苦手だった。

 というよりは、戦う以外にのうのない人間、それがアーケンである。

 彼は人間ですらないのだ。


「ぐぬぬ、リーアム……もういっそ、お前が書いてくれれば」

「そうやって、いつもあたしに任せてたのはだーれ?」

「……俺だ」

「結果、全然書類の作成が上達していないのは?」

「……俺、です」

「だから、だーめ。ほら、頑張って! 12


 目の前にさらされたリーアムの太腿ふとももは、いまだに包帯が巻かれている。

 だが、アーケン程ではないが彼女も傷の治りは早い。刻印こくいんの力をさずかった勇者は、肉体的にも優れた身体能力しんたいのうりょく代謝能力たいしゃのうりょくを持っているのだ。

 そんなことを思いながら、ついまじまじと見てしまう。

 視線に気づいたリーアムは、書類の束でバサボサと頭を叩いてきた。


「ほら、他所見よそみしないっ! ……今は書類だけ見て、さっさと片付けなさい」

「あとならいいのか、あとでなら」

「かっ、考えといてあげるわ! 午後、ひまだし」

「こんな大量の書類が、一日で終わるわけが――」


 弱音をくアーケンに対して、リーアムの視線は冷たい。

 だが、彼女は根気よくアーケンに付き合ってくれるのだ。


「……まあ、手伝ってもらう礼だ。昼飯くらいは一緒に」

「えっ、いいの? やだもう、そうと決まれば貸しなさいよっ! もう、見てられないんだから。あたしがチャッチャと書いてあげるから、ほら!」

「あ、ああ。……何が食べたい? リーアム」

「肉がいいわ、肉!」


 この女、相変あいかわらずチョロい。

 すぐにリーアムは、アーケンから書類を取り上げた。そして、ペンにインクを付けるやサラサラと書き進める。

 これなら午前中に終わるだろうと、ふと視線を窓の外に放れば……不思議と気配を感じて、アーケンは席を立った。すでにもう彼の言葉を必要としていないのか、リーアムは一人でどんどん書類をやっつけている。

 窓辺に立って、アーケンはガタピシと鳴る窓を開けた。

 そこには、壁にもたれかかる長身の男が立っていた。


「どうも、アーケン派遣執行官はけんしっこうかん……この度はお疲れ様でしたねえ?」

「スエイン、貴様……どのつら下げて、と言いたいが、俺も貴様に用事がある」

「おや! 同じお仲間、勇者を殺すためでしたらなんでもご協力いたしますよ」


 極秘監察官ごくひかんさつかんのスエインが、気配を殺して薄い笑みを浮かべていた。

 どうやらリーアムは、その存在に気付いていないらしい。

 アーケンは窓から身を乗り出して、声をわずかに小さくひそめた。


「サイアムという勇者のことを、調べて欲しい」

「ほう、サイアム……例の、魔王討伐を成し遂げた勇者ですねえ」

「ああ」

「……理由をおうかがいしても? 興味があるんですよ、貴方あなたに」


 スエインはずけずけと、アーケンが心の奥に秘めた傷に触れてくる。

 だが、彼もまた勇者に大事な家族を奪われた身だ。

 その憎悪だけは本物で、同じ復讐心を共有しているとも思える。ただ、彼の場合は復讐の手段を問わない。そして、復讐を続けるために決して自分を危険へとさらさないのだ。

 それでも、今のアーケンにとっては利用価値の高い男である。


「両親のかたき、それだけだ」

「おやおやあ? では……うわさは本当だったということでしょうか?」

「噂、だと?」

「ええ……あの魔王には、さらった姫君との間に産まれた子供が、それも息子がいるという話ですが。ふむ、アーケン派遣執行官……怖い目ですねえ?」


 ニタニタと笑うスエインを、気付けばアーケンはにらんでいた。

 だが、そんな二人に王宮から声をかける人物が歩いてくる。

 数人の文官ぶんかん達と別れた矮躯わいくは、マーヤだ。まだとおにもならぬ幼女に見えるが、こう見えてもれっきとした支部長である。そして、アーケンの保護者であり師匠、零刻の勇者なのだ。

 彼女はあどけない顔立ちを裏切る眼光で、スエインを黙らせる。


「スエイン極秘監察官。すぐに本部に戻って報告するがいい。私の部下に、勇者の抹殺まっさつ躊躇ためらう者などいない。存在しない。アーケンは、そしてリーアムは、これからも世界の敵たる勇者を狩り続ける」

「……の、ようですねえ? では、私はこのへんで御暇おいとましましょう。アーケン派遣執行官、サイアムの件は調べておきますので……これ、貸しにしといてくださいねえ? ふふふ」


 後ろに手を組み、スエインは行ってしまった。

 やってくるマーヤと、一瞬だけ脚を止めて見詰め合う。交錯こうさくする視線と視線が一本の線に収斂しゅうれんされ、その中を無数の意志と意志とが行き来しているようだった。

 だが、すぐにスエインは背を向け行ってしまう。

 一度だけ彼は「そういえば」と脚を止めた。


「そういえば例の、輪切りになった勇者……確か、風刃の勇者ザ・ストームリッパーとかいう外道げどうの話ですが。彼が襲った一家の中で、唯一無事だったおじょうさん……先日、しゃべれるようになるまで回復したそうですねえ? ……いえ、それだけです。では」


 スエインは不気味な感触を残したまま、王宮の中へと去っていった。

 彼のような極秘監察官が大勢動いていて、組織を監視しているのだとマーヤは言う。勇者の駆逐くちく殲滅せんめつという、たったひとつの殺意で束ねられた者達……それがブレイブレイカーズだ。だからこそ、より強い力で締め付けねば、離脱者が現れる。

 勇者に対して慈悲がないように、アーケン達もまた勇者を殺す舞台装置ぶたいそうちでしかないのだ。

 だが、やれやれと溜息をこぼすマーヤが優しい笑みを向けてくる。


「収穫があったようだな、アーケン」

「ああ……両親を殺した勇者の名は、サイアム。だが、顔も能力もわからない。だが、はっきりと確認した背中の右肩にあるあの刻印、忘れはしない」

「そうか……私の方でも調べておこう。お前とリーアムには、を与える」


 丁度その頃、背後で「できたっ!」とリーアムが机から飛び降りた。

 そして、毎度のように傷の痛みにうずくまる。

 それでも彼女は、軽やかな足取りで目に涙を浮かべて駆け寄ってきた。


「ほら、アーケン! あとは提出するだけでオッケーよ。って、マーヤじゃない。丁度いいわ、はいこれ!」

「ん、御苦労。あとで目をと通させてもらう。……この、かにというのは?」

「経費ですっ!」

「……本当にか?」

「ええ! ……駄目、ですか?」

「フン、まあいい。その傷にめんじて許してやろう。では、午後の特別任務を両人に伝える」


 露骨ろこつにリーアムが嫌そうな顔をした。

 だから、アーケンはついマーヤの言葉に口を挟んだ。


昼食ちゅうしょくの後でいいか? こいつにめしおごる約束をした」

「構わん。午後の仕事が終わったらそのまま休暇に入ってもらってもいいぞ」

「え、嘘っ!? ラッキー!」


 ニヤリと笑ってマーヤは、窓に並ぶアーケン達を見上げてきた。


「先程スエインが言ってた通り、例の子が少し回復してな……話せるようになった。よって、詳しい聴取ちょうしゅ……は、以後別の職員に任せるとしてだ。会ってこい、二人共。花や菓子かしを忘れずにな」

了解りょうかいした、マーヤ」

「見舞いに行けってことね、りょーかいっ!」


 勇者に遭遇して生き残れるなど、普通ではない。

 そして、勇者の普通ではない残虐さを少女は見てしまったのだ。ついでに、その勇者をも血の海に沈めるアーケンの力の一端いったんをもである。

 そんな少女が、喋れるようになるまで回復したのは嬉しかった。

 マーヤが二人に、守るべきもの、守れたものを確認させようとする気遣きづかいもありがたい。やはりマーヤは、子供にしか見えないがアーケンにとっては信頼できる唯一の上司、そして師であり恩人だ。

 リーアムもそう思ってくれてたら、嬉しい。


「では、行くか……リーアム、城門前で馬車を拾おう」

「あら、歩きでも平気よ?」

「俺が平気ではないのだ。その脚……その怪我」

「アーケン……そっ、そこまで言うのなら! 馬車ね、馬車に乗るわ! ふふ、そっかあ……あたし、大事にされてるんだ」

「いや? 


 次の瞬間、むちのようにしなる蹴り足がアーケンの尻を襲った。

 パチィン! と甲高い音が鳴って、思わずアーケンは前のめりに窓から落下する。ここが一階でよかったと、尻を押さえながらアーケンは痛感した。

 マーヤはそんな二人を見て笑う。


「もぉ、何よっ! アーケンってば……ちょっとマーヤ、聞いた? 最っ低ぇ!」

「ふふ、アーケンは不器用なのだ。そういじめてくれるな、リーアム」

「でも!」

「昼飯に行くなら、それも経費にしてやろう。勿論、見舞いの品もな」

「……やたっ! ちょっとアーケン、何してるの? 城下に出るわよ、早くっ!」


 ようやく立ち上がったアーケンの隣に、颯爽さっそうと窓からリーアムが降りてくる。

 怪我した脚を気遣いつつも、彼女は着地して少しよろけた。

 すかさずアーケンは、渋々とその腰を抱いて支える。

 受け取った書類を手に、マーヤはいつになく穏やかな笑みを浮かべていた。


「じゃあ、マーヤ。ちょっと行ってくる」

「ああ。すぐに次の殺しがまっている。そして、勇者根絶までは先が長い。せいぜいゆっくり疲れを癒やすのだな。リーアムも、いいな?」

「はいはーいっ! ほら、いこいこっ! 肉よ、肉! 牛肉がいいわ!」


 こうして、今日も世界の片隅かたすみで、闇から闇へと影の中……あらゆる勇者を叩いて潰す始末屋しまつやの存在がささやかれる。

 それは、勇者を恐れる者達が生んだ都市伝説だと言われた。

 特務勇殺機関ブレイブレイカーズの存在が各国の極秘資料から公開されるのは、解体された数百年後……勇者と呼ばれた異世界からのならず者が、一掃いっそうされた時代だったというが、それはまた別の話なのだった。

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ブレイブレイカーズ! ながやん @nagamono

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