第4話「勇者を狩る勇者」
目覚めの朝……音もなくアーケンは身を起こす。
静かに
目と目で
「すまん、ちょっと止まってもらえるか?」
食料に酒や煙草といった
「おや、お客さん。ゆっくり眠れましたかな? 先程私も起きましてね……静かに走らせはじめたつもりなんですが」
「起こされたが、あんたのせいではない。ちょっと止めてくれ」
「ええ、いいですとも。お連れさんが花を
ゆっくりと馬車が静止する。
早朝の街道は空気も澄んで、広がる
ベテランの商人ならば馬車の運行には問題ないだろうが、アーケンは白い闇の中へと目を凝らす。それ以上に肌は、ただならぬ殺気を拾って
しかし、真剣な表情のアーケンを見て、男は不思議そうに小首を
「何かありましたかな? もうすぐ北の港町、ガレーメンで――ひゅ!?」
一瞬で絶命したその身体に、二度三度と立て続けに矢が突き立つ。
それでアーケンは、
背後では幌の中から、リーアムも背を合わせるように出てくる。
「待ち伏せか……?」
「そうね、でも……ただの
「と、いうと」
「許されざる程に
「同感だ」
抜刀と同時に、アーケンが
霧の奥から次々と、風を切り裂き矢が飛来した。
その全てを難なく叩き落とす。
背後ではリーアムも、手刀を
やがて、ゆっくりと周囲に人影が浮かぶ。
その数、20人程だ。
そして、その中に一人だけ別格に鋭い気配が歩み出る。
「ヒャハァ! 荷を全部よこしな! 痛い目を見ねぇうちにな」
間違いない、勇者だ。
その
全身が真っ黒な、
勇者は
年の頃はアーケンやリーアムとそう違わないが、酷く
「まずは食料、それと酒だぁ! それから……」
「それから?」
言葉を返すアーケンへと、手下の盗賊達が
勇者は名乗りもせず、意味不明なことを言い出した。
「それから、バッテリー! バッテリーを持ってないか?」
「ばってりい? 何だそれは」
「スマホの充電が切れちまったんだよ! 他の勇者にも、同じ時代から来てる奴がいた……殺して奪ったが、時々商人共も現代日本のアイテムを集めてるからな」
「その、ばってりいとやらを渡せば……俺達の命は助かるのか?」
アーケンの真剣な問いに、勇者は腹を抱えて笑い出す。
眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、彼は
「バァーカ! 男は死ぬまで殺す! 女は
獄炎の勇者……それが奴の
だが、その名が
目の前の勇者は、自ら能力のあらましを語ってしまったのだ。
「おいリーアム、俺は馬鹿らしいぞ」
「あら、知らなかったの?」
「
「……どういう意味? 会話が成立してないんだけど」
「俺が馬鹿なら、俺より頭の弱いお前はどうなる?」
「あとでブッ殺す!」
どうやら先程のアーケンとリーアムを見て、矢の無駄と踏んだのだろう。だが、次々と繰り出される
腰元では、どうやらまだダレクセイドは寝ているようだ。
剣を抜かれたことにも気付かず、まるで寝息をたてるように小さく鳴動している。
視界が悪い中で、全く問題なくアーケンは剣を振るった。
「おい、リーアム」
「何よ、今ちょっと、忙し、いっ!」
後ろではリーアムも、次から次と襲い来る盗賊を倒していた。
彼女はどうやら、勇者以外は殺すつもりがないらしい。
たちまち包囲されたアーケンは、背後も見ずに語りかける。
「面倒だ。お前がちょっと言って、あの勇者を殺してこい」
「あたしが? あのエロ眼鏡、さっきから気持ち悪い目であたしを見てるんだけど」
「お前の魅力に気付かぬ者のほうがおかしいのだ。今日も美しいな、リーアム」
「とっ、当然よ! いいわ、あたしが片付けてくる。雑魚をお願いね!」
相変わらずチョロかった。
だが、彼女の道を作ってやるようにアーケンが剣を振るう。
剣圧が風を呼んで、真空の道をリーアムは真っ直ぐ走った。
「へへ、何だあ? ちょっとはやるようだが……
「失礼ね。見せて恥ずかしくない程度には
「その格好、誘ってるんだろぉ? ボクチンのハーレムに加えてほしいんだろお?」
「
次々と盗賊達を、アーケンは斬り捨てる。
リーアムと違って、
勇者が暴力の
そういった外道にかける情けはない。
ただただ淡々とアーケンは敵を殺し続けた。
そして、リーアムを見もしない。
心配する必要など
桶だけがただ、霧に煙る中で
「ヒャハア! じゃあ、その綺麗な肌ぁ、
「……やっぱり炎を使うのね。それも、呪文の詠唱も精霊の力も必要なく」
「ボクチンはあ、炎に包まれ踊る影を見るのが大好きなんだ! お前は女だからあ、軽く
馬車だけを避けて、周囲一面を飲み込んでゆく。
やはり獄炎の勇者はその名の通り、炎を自在に操る。
指向性のある
すかさずアーケンは、切り結んでいた盗賊の一人を
ナイフを手にした男が、あっという間に全身を炎に包まれた。
「おやあ? 間違ったあ、
「部下が愚図ならあなたは
拳を握ってステップを踏みながら、身構えるリーアムが敵を
瞬間、ベストの奥で左の胸が光り出した。それは、神が異世界より招いた者の刻印……勇者の証。
そう、リーアムはアーケンとは異なる世界からやってきた勇者なのだ。
そして、彼女の肌も
流石に獄炎の勇者も顔色を変える。
「お前も勇者だあ? へへ、そうかい……ああ、そうかいっ! なら……バッテリーがあるかもなあ! その
「……そうよ、そうなの。あたしの力は醜いわね……ほんと、嫌になるわ」
獄炎の勇者が絶叫して……次の瞬間、顔面にリーアムの拳をめり込ませる。
彼はそのままスッ飛び、無様に大地へ
肉体的には頑強である勇者だから、すぐに立ち上がる。
だが、鼻血の止まらぬ顔は余裕を失っていた。
「なっ、何故だ? 今、火が……ボクチンの炎が!」
「ああ、それ。もう出ないわよ? だからまあ、あとはあたしとステゴロ勝負。何なら武器、使う? 腰の剣を抜いてもいいわよ?」
「うっ、うるさい! そんな馬鹿なことがっ! ――ハビュッ!!?」
獄炎の勇者が手をかざしたが、やはり炎は発生しない。
驚きに固まる彼へと、容赦なくリーアムはボディブローを叩き込んだ。そして、くの字に折れ曲がる
ハンマーで叩き付けられたように、地面にバウンドして獄炎の勇者が何度も
「ゲファウ! ど、どういうことだ、何だ!?
「……最後に教えてあげる。あたしは、勇者を狩る勇者」
「ま、まさか! お前達が、
「そうよ。そして……
宙に浮いていた獄炎の勇者を、リーアムの回し蹴りが
それは周囲には一発に見えただろうが、アーケンには無数の乱撃だとわかる。目にもとまらぬ
リーアムが能力を解除すると、彼女の左手から
たまらず周囲が逃げ出す中で、アーケンも剣の
「楽勝だったな、リーアム。……リーアム?」
「ん、まぁね。あーあ、やだやだ! 美しくないわ、この力は」
「大丈夫だ、元からそう大して……ま、待て、リーアム待つんだ。そ、そう、美しいというよりは、かわいい。あと、綺麗だ。
「当然! わかればいいのよ、あたしのかわいさが。さ、馬車は私が。……おじさんも
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