第4話「勇者を狩る勇者」

 目覚めの朝……音もなくアーケンは身を起こす。

 幌馬車ほろばしゃの中は寒いが、その冷気も毛布一枚で耐えられるのがアーケンという男だ。そして、見るからに寒そうな薄着うすぎのリーアムは、すでに立ち上がっている。

 静かにくちびるへ人差し指を立てて、彼女は無言で静寂をうながした。

 目と目でうなずき合って、アーケンから動き出す。


「すまん、ちょっと止まってもらえるか?」


 二頭立にとうだての馬車は、二人の他にも多くの物資を乗せている。

 食料に酒や煙草といった嗜好品しこうひん、そして衣類などだ。

 御者ぎょしゃの男は、アーケンを振り返って穏やかに笑った。まるまると太った商人で、年の頃は40を過ぎたあたりか。

 人懐ひとなつっこい表情で、ゆっくりと男は喋り出す。


「おや、お客さん。ゆっくり眠れましたかな? 先程私も起きましてね……静かに走らせはじめたつもりなんですが」

「起こされたが、あんたのせいではない。ちょっと止めてくれ」

「ええ、いいですとも。お連れさんが花をみにでも?」


 ゆっくりと馬車が静止する。

 早朝の街道は空気も澄んで、広がる原野げんやにはきりが出ていた。

 ベテランの商人ならば馬車の運行には問題ないだろうが、アーケンは白い闇の中へと目を凝らす。それ以上に肌は、ただならぬ殺気を拾って泡立あわだった。

 しかし、真剣な表情のアーケンを見て、男は不思議そうに小首をかしげる。


「何かありましたかな? もうすぐ北の港町、ガレーメンで――ひゅ!?」


 突如とつじょ、男のひたいに矢が生えてきた。

 一瞬で絶命したその身体に、二度三度と立て続けに矢が突き立つ。

 それでアーケンは、咄嗟とっさに馬車を飛び降りた。

 背後では幌の中から、リーアムも背を合わせるように出てくる。


「待ち伏せか……?」

「そうね、でも……ただの物盗ものとりって訳じゃないみたい」

「と、いうと」

「許されざる程におろかで、みにく残虐ざんぎゃくな物盗りってこと」

「同感だ」


 抜刀と同時に、アーケンが虚空こくうぐ。

 霧の奥から次々と、風を切り裂き矢が飛来した。

 その全てを難なく叩き落とす。

 背後ではリーアムも、手刀をひるがえして飛び道具の処理に追われていた。

 やがて、ゆっくりと周囲に人影が浮かぶ。

 その数、20人程だ。

 そして、その中に一人だけ別格に鋭い気配が歩み出る。


「ヒャハァ! 荷を全部よこしな! 痛い目を見ねぇうちにな」


 間違いない、だ。

 その風体ふうていは、周囲の手下達とは明らかに違う。この世界の着衣とは程遠い、不思議な格好をしていた。

 全身が真っ黒な、黒衣こくい

 詰襟つめえりとでも言うべきか、上着は首元までぴっちりと黒色でおおわれている。金のボタンが安っぽい輝きで、黒いズボンに黒いくつだ。

 勇者は眼鏡めがねを上下させながら、ニヤニヤと笑いながら近付いてくる。

 年の頃はアーケンやリーアムとそう違わないが、酷く下卑げびた笑みが顔に張り付いていた。


「まずは食料、それと酒だぁ! それから……」

「それから?」


 言葉を返すアーケンへと、手下の盗賊達がつがえた矢を向けてくる。

 勇者は名乗りもせず、意味不明なことを言い出した。


「それから、! バッテリーを持ってないか?」

「ばってりい? 何だそれは」

! 他の勇者にも、同じ時代から来てる奴がいた……殺して奪ったが、時々商人共も現代日本のアイテムを集めてるからな」

「その、ばってりいとやらを渡せば……俺達の命は助かるのか?」


 アーケンの真剣な問いに、勇者は腹を抱えて笑い出す。

 眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、彼は最後通牒さいごつうちょうを叩き付けてきた。


「バァーカ! 男は死ぬまで殺す! 女はおかしてなぶる、そのあと殺す! この、獄炎の勇者ザ・フレイムテイカー様に出会った不幸を呪いな!」


 獄炎の勇者……それが奴の勇銘ブレイブタグか。

 だが、その名がしめす能力を察することができたのは行幸だ。そして、全ての勇銘が刻印こくいんの能力に根ざしていることを連中は知らないらしい。

 目の前の勇者は、自ら能力のあらましを語ってしまったのだ。


「おいリーアム、俺は馬鹿らしいぞ」

「あら、知らなかったの?」

自虐じぎゃくはよせ」

「……どういう意味? 会話が成立してないんだけど」

「俺が馬鹿なら、俺より頭の弱いお前はどうなる?」

「あとでブッ殺す!」


 ささやきあってる二人へと、剣を抜いた手下達が群がってくる。

 どうやら先程のアーケンとリーアムを見て、矢の無駄と踏んだのだろう。だが、次々と繰り出される凶刃きょうじんをアーケンは切り払う。

 腰元では、どうやらまだダレクセイドは寝ているようだ。

 剣を抜かれたことにも気付かず、まるで寝息をたてるように小さく鳴動している。

 視界が悪い中で、全く問題なくアーケンは剣を振るった。


「おい、リーアム」

「何よ、今ちょっと、忙し、いっ!」


 後ろではリーアムも、次から次と襲い来る盗賊を倒していた。

 彼女はどうやら、勇者以外は殺すつもりがないらしい。当身あてみで次々と気絶させてゆく。だが、敵が仲間を呼ばれたのか、次々と相手が増えていった。

 たちまち包囲されたアーケンは、背後も見ずに語りかける。


「面倒だ。お前がちょっと言って、あの勇者を殺してこい」

「あたしが? あのエロ眼鏡、さっきから気持ち悪い目であたしを見てるんだけど」

「お前の魅力に気付かぬ者のほうがおかしいのだ。今日も美しいな、リーアム」

「とっ、当然よ! いいわ、あたしが片付けてくる。雑魚をお願いね!」


 

 だが、彼女の道を作ってやるようにアーケンが剣を振るう。

 剣圧が風を呼んで、真空の道をリーアムは真っ直ぐ走った。


「へへ、何だあ? ちょっとはやるようだが……痴女ちじょかよ、ヘヘヘッ!」

「失礼ね。見せて恥ずかしくない程度にはきたえてるわ。スタイルには自信があるの」

「その格好、誘ってるんだろぉ? ボクチンのハーレムに加えてほしいんだろお?」

かさねて失礼よ。あたし、誰かに飼われるような女じゃないわ」


 次々と盗賊達を、アーケンは斬り捨てる。

 リーアムと違って、容赦ようしゃはしない。

 勇者が暴力の権化ごんげとして、いよいよ本格的に民の天敵となった。魔王が死んだ、あの日から。その時、寄らば大樹の陰と勇者に呼応した人間は多かった。それ以前から社会のはみ出し者だった、無宿無頼むしゅくぶらい無法者アウトロー達である。

 そういった外道にかける情けはない。

 ただただ淡々とアーケンは敵を殺し続けた。

 そして、リーアムを見もしない。

 心配する必要など皆無かいむだった。

 桶だけがただ、霧に煙る中でかすかに聴こえてくる。


「ヒャハア! じゃあ、その綺麗な肌ぁ、火傷塗やけどまみれにしてやるぜえ!」

「……やっぱり炎を使うのね。それも、呪文の詠唱も精霊の力も必要なく」

「ボクチンはあ、炎に包まれ踊る影を見るのが大好きなんだ! お前は女だからあ、軽くあぶってから、全員で輪姦りんかんだあ!」


 ごう! と巨大な炎のかたまりが広がった。

 馬車だけを避けて、周囲一面を飲み込んでゆく。

 やはり獄炎の勇者はその名の通り、炎を自在に操る。

 指向性のある業火ごうかを、任意の方向に好きなだけ発生させるのだ。それも、一瞬で。

 すかさずアーケンは、切り結んでいた盗賊の一人をたてにする。

 ナイフを手にした男が、あっという間に全身を炎に包まれた。


「おやあ? 間違ったあ、愚図グズな手下だぜえ!」

「部下が愚図ならあなたはクズね。ゴミ屑だわ。……しょうがない」


 拳を握ってステップを踏みながら、身構えるリーアムが敵をにらむ。

 瞬間、ベストの奥で左の胸が光り出した。それは、神が異世界より招いた者の刻印……

 そう、リーアムはアーケンとは異なる世界からやってきた勇者なのだ。

 そして、彼女の肌もあらわな左腕に……まるで無数のへびのように紋様もんようが走る。あっという間に、白い肌を侵蝕しんしょくするあかい文字。判読不能なそれは、まるで魔法の術式か何かのようだ。

 流石に獄炎の勇者も顔色を変える。


「お前も勇者だあ? へへ、そうかい……ああ、そうかいっ! なら……バッテリーがあるかもなあ! そのみにくい左腕からだっ、消し炭になれえ!」

「……そうよ、そうなの。あたしの力は醜いわね……ほんと、嫌になるわ」


 獄炎の勇者が絶叫して……次の瞬間、顔面にリーアムの拳をめり込ませる。

 彼はそのままスッ飛び、無様に大地へわだちきざんだ。

 肉体的には頑強である勇者だから、すぐに立ち上がる。

 だが、鼻血の止まらぬ顔は余裕を失っていた。


「なっ、何故だ? 今、火が……ボクチンの炎が!」

「ああ、それ。もう出ないわよ? だからまあ、あとはあたしとステゴロ勝負。何なら武器、使う? 腰の剣を抜いてもいいわよ?」

「うっ、うるさい! そんな馬鹿なことがっ! ――ハビュッ!!?」


 獄炎の勇者が手をかざしたが、やはり炎は発生しない。

 驚きに固まる彼へと、容赦なくリーアムはボディブローを叩き込んだ。そして、くの字に折れ曲がるせた身体へと、オーバーハンドの一撃を振り下ろす。

 ハンマーで叩き付けられたように、地面にバウンドして獄炎の勇者が何度もはずんだ。


「ゲファウ! ど、どういうことだ、何だ!? 何故なぜ、ボクチンの能力が」

「……最後に教えてあげる。あたしは、

「ま、まさか! お前達が、うわさ特務勇殺機関とくむゆうさつきかん……ブレイブレイカーズ! 勇者を狩る勇者!」

「そうよ。そして……勇者を狩る勇者ザ・ブレイブスレイヤーは、あたしの勇銘。わかったら、おっね!」


 宙に浮いていた獄炎の勇者を、リーアムの回し蹴りが一閃いっせんした。

 それは周囲には一発に見えただろうが、アーケンには無数の乱撃だとわかる。目にもとまらぬ音速マッハの蹴りが、敵を肉塊にくかいに変えていた。全身を陥没かんぼつさせて血をき、獄炎の勇者は動かなくなる。

 リーアムが能力を解除すると、彼女の左手からあざのような紅い文字が消えた。

 たまらず周囲が逃げ出す中で、アーケンも剣の血糊ちのりを払って納刀する。


「楽勝だったな、リーアム。……リーアム?」

「ん、まぁね。あーあ、やだやだ! 美しくないわ、この力は」

「大丈夫だ、元からそう大して……ま、待て、リーアム待つんだ。そ、そう、美しいというよりは、かわいい。あと、綺麗だ。可憐かれんだ、清純な乙女に見えるぞ。さあ、こぶしを降ろせ」

「当然! わかればいいのよ、あたしのかわいさが。さ、馬車は私が。……おじさんもとむらってあげなきゃ」


 朝露あさつゆれる大地には、死体が無数に転がっていた。二人はその中から、御者だった亡骸なきがらを馬車へと優しく運び入れる。こうして再び、北へと向かう二人の旅は再開されたのだった。

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