第15話「二人の時間は終わりぬ」

 さびれた古城こじょうの地下で、二人。

 自然とアーケンは、以前よりも身近にジャンヌを感じていた。

 勇者を殺す、そしてかたきの勇者を探して殺す。

 それがアーケンの生きる目的であり、使命。

 だが、勇者を殺したいのかと問われれば、そんなことはない。ただ、次々と勇者を殺していけば、いずれは仇のあの勇者に出会えると思うのだ。


「アーケン、あしは本当にいいのですか?」

「問題ない」


 気遣きづかうジャンヌの肩が、時々自分の肩に触れる。

 そのことが先程から、気になって仕方がない。

 アーケンは常日頃から、ストイックに生きているつもりだ。しゃに構えてニヒルを気取っている訳ではないが、クレバーに自分を勇者殺戮装置ゆうしゃさつりくそうちとして維持いじするためだ。

 だが、リーアムやマーヤ以外の人間としたしく話すのは久しぶりだ。

 もう認めるしかない……アーケンはジャンヌへと、親しみを感じている。

 そして、それはお互い様なのだ。


「……何がおかしい、ジャンヌ」

「あ、いえ……ごめんなさい」


 ふと、こんな二人きりの危機的状況で……ジャンヌはくすりと笑った。

 美貌びぼうの女勇者は、まるで童女どうじょのようなあどけなさを隠している。

 柔らかな笑みとともに、その可憐かれんさがアーケンの胸に響いた。


「思えば、こうして息子と歩く機会は少なかったのですが……思い出してしまって」

「……俺はお前の息子じゃないと言った」

「ええ、だから……ごめんなさい。それでも、少し嬉しいのです」


 ジャンヌは聞いてもいないのに自分のことを語り出した。

 同じ勇者で、愛し合ったおっとのこと。そして、さずかった大事な一人息子ひとりむすこ

 その両方を魔王のモンスターに奪われたことも、全て。

 アーケンには、そんな彼女の言動が不思議だった。

 特務勇殺機関とくむゆうさつきかん、ブレイブレイカーズ……家名すら捨ててひたすら勇者を殺すための、あらゆる国家が黙認する公的な殺し屋集団だ。そのメンバー達は、滅多めったに過去を語らない。

 語るべき過去は、全て勇者に壊され尽くしているから。

 誰にとってもその傷と痛みは、まだ過去になっていない。

 流血にんでゆく心をり戦う、そんな者達の集っているのだ。


「アーケンのことも、聞いていいですか?」

「よせ。俺達ブレイブレイカーズに語ることなどない」

「……リーアムにも、ですか?」


 思わず足を止めて、隣のジャンヌを見下ろしてしまった。

 ジャンヌは先程より、一層柔らかく楽しそうに笑っている。


「わたくしには、二人が特別な仲間に思えます。そう……もしかしたら」

「奴は仕事の相棒、それだけだ」

「ただの相棒、だけでしょうか」

「……信頼できる相棒だ。これで満足か? ジャンヌ」

「ええ。素直で大変よろしいです。ふふ」


 まるで母親気取りだ。

 だが、不思議と不愉快ではない。そして、以前よりずっとジャンヌを人間らしく思えた。

 勇者など人ではない、犬畜生いぬちくしょうにもおと悪鬼あっきだと信じてきたから……今のアーケンは、自分でも首をひねるくらい、ジャンヌに心を開き始めている。

 そして、いつもよりずっと、彼女に母の面影がちらつくのだ。


「まあ、アーケン。あそこから日が差しています」

「外の明かりか」

「行ってみましょう」


 ようやく前方に、崩れた天井から差し込む光の柱が見えた。

 あちこちが瓦礫がれきで通行止めだが、あそこからなら上に這い上がれるかもしれない。

 自然とジャンヌは足取りも軽やかに駆け出し、少し先で振り返る。


「やっぱり、日の光……アーケン、急ぎましょう!」

「はしゃぐな、いいとしをして」

「まあ! この子ったらなんてことを。わたくしだからいいものを……アーケン、女性に歳の話をするなんてマナー違反です」

「そ、そうなのか……すまない」

「わかればよろしいのです。ふふっ、おかしい。だって、そうでしょう? 親子程も歳の離れた貴方あなたのせいで……少し、乙女の気分を満喫できてしまうんですから」


 そう言ってジャンヌは、そこだけ明るい光の中で振り返る。

 正に聖女ラ・ピュセルとしか言えない、とても神々しい姿に見えた。彼女は高い天井を見上げて、次に周囲を見渡す。

 アーケンも周りを調べてみたが、残念ながらはしごになるようなものはなかった。

 上には人の気配もないし、地下を随分と歩いた。

 リーアム達の本隊も探してくれているだろうが、急いで上がるにこしたことはない。


「わたくしのスピードならば……やってみましょう」

「わかった」

「ではっ!」


 僅かに身をかがめたジャンヌが、風になる。

 閃速の勇者ジ・インパルスエッジが持つ強靭きょうじんな脚力が、あっという間に彼女を上の階へと押し上げた。

 天井の穴に消えたジャンヌは、下を覗き込んで顔を出す。


「アーケン、すぐにロープか何かを!」

「気をつけろ、周囲にモンスターがいるかもしれん」

「大丈夫です、敵意は感じません。もう少しだけ待っ――!?」


 その時、突然ジャンヌの周囲がひび割れ崩れる。

 咄嗟とっさにアーケンは、落ちてくる彼女を全身で受け止めた。

 瓦礫が舞い散る中で、幾つかがゴンゴンと身体を叩く。そんな中で、ジャンヌの確かな重みがアーケンへとのしかかってきた。

 土埃が舞う中で、ようやく周囲が静かになる。

 二人は再び、薄暗い地下へと戻ってしまった。


「アーケン! 大丈夫ですか、アーケン!」

「……重い。このしりをまず、どけてくれ」

「まあ……それもいけませんよ、アーケン。女性に体重の話をするのもマナー違反です!」

「そ、そうなのか。とりあえず、降りてくれ」

「あ……そ、そうでしたね。ごめんなさい」


 そそくさと立ち上がるなり、埃を払ってジャンヌが手を伸べてくる。

 彼女のクッションとなったアーケンは、その手を握って立ち上がった。

 やはり、小さく柔らかな手は女性そのものだ。

 アーケンの手は過酷な任務で荒れていたし、握ったジャンヌが驚きに声をあげる。


「冷たい、手ですね。アーケン、貴方は」

「言っただろう? 過去の詮索はなしだ。そう、言うなれば……マナー違反だ」

「そ、そうですね。でも……リーアムのことも、気になるのです。同じ勇者、正義の心を持つ者として、何より同じ女性として……何か力になれればいいんですが」

「その気持ちだけで十分だろう。さて」


 しに戻った二人は、穴を見上げる。

 だが、幸運にも人の声が近付いてきた。

 そして、すぐにガレーメン自警団の男達が顔を出す。


「いた、いましたよ! こっちにジャンヌ様が!」

「例のボウズも一緒だ! 無事だぞ!」

「ロープ! ロープを!」


 どうやら二人だけの小さな冒険は終わりのようだ。

 そのことをジャンヌは、安堵とは別の気持ちで受け取ったらしい。小さく溜息ためいきを吐き出すアーケンを見上げて、またクスリと笑った。

 こうして二人は、ようやく本隊に合流した。

 だが、もたらされた話は突然で、そして非常時を告げるものだった。


「あのっ! ジャンヌ様! 大変です」

「どうかしましたか? ……リーアムの姿が見えないようですが」

「ゆっ、勇者です! 、先程早馬はやうまが」

「なんですって!?」


 瞬時にアーケンは察した。

 昨日、夕暮れの人混みで殺気を放ってきた勇者だ。

 顔も姿も知れない、能力も未知数の男……その存在を放置したのには訳がある。

 だが、それが逆に裏目に出てしまった。


「ジャンヌ、俺は恐らく……その勇者に昨日会っている」

「アーケン! 何故なぜ、すぐに教えてくれなかったのですか!」

「……奴は俺にはっきりと言った。ジャンヌに近付くなと。そして、俺とリーアムを敵視し殺意を隠そうともしなかった。ターゲットは俺達、ブレイブレイカーズだ」

「しかし、現に町は襲われました! ……リーアムがいません、彼女は!」


 自警団の男達は、リーアムが即座に町へと戻ったことを教えてくれた。

 そのことに、思わずアーケンは身を乗り出してしまう。


「リーアムが……単独でか!?」

「え、ええ……かちで走っていきました。誰もあんな脚力に追いつけませんよ」

「くっ、早まるなよリーアム」


 暴れる勇者がいれば、駆けつけるのがブレイブレイカーズだ。特務勇殺機関の名は伊達だてではない……速やかに勇者を殺し、民の被害を和らげる。

 だが、ジャンヌの問い詰めるような視線は、今のアーケンには酷く痛かった。


「……わたくしをまだ、完璧には信用していなかった。そうなんですね、アーケン」

「ジャンヌと俺達が接近することを望まぬ、正体不明の勇者がいたのだ。それも、凄腕のな。お前との関係について、慎重になる必要があった」

「言ってくれれば、わたくしは潔白を証明しました!」

「ターゲットである俺達が町にいるほうが、危険とも思ったが……すまん、俺の落ち度だ」


 そして、これ以上問答をしている余裕もなかった。

 早速自警団の面々には、町へと引き返すようにジャンヌは伝えた。そして、彼女は神速を爆発させるや古城から駆け出す。

 アーケンとてたぐいまれなる身体能力を持つが、刻印こくいんを持つ勇者のそれは絶大だ。

 あっという間に差が開き、ジャンヌの背中は猛スピードで見えなくなった。

 彼女は一度だけ、肩越しにアーケンを振り返ったようにも思えたが……その目は、先程の親しさが嘘のように、冷たい光にさびしさをたたえていた。

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