第23話 自由とかいう現場をかき回すもの

 

「もうええか?」

 

 なまりの強い声が冒険者ギルドの館で響く。

「もうええやろ? お二人はん。もうそろそろ、手じまいにしようや」

 商人が手を叩きながらナトとシーズの間に割り込んできた。

「誰だ? アンタ?」

「商人やっとるビロウさんや。よろしゅうに」

「なんで商人が来た」

「ワイこう見えてもイラチでな、勝負つかん戦い見るんはイヤなんや」

「勝負なんてすぐ終わる」

「そうでっか」

 ビロウはのそりのそりとナトの前に立ち、ナトのポケットに手をつっこむ。

「こんなときにヘンタイですか?」

「ええから黙っとき」

 ナトのポケットに何かが当たる。

「ええか、ニイチャン。ワイを信じてや」

 ビロウはナトにだけ聞こえる声でささやく。

「えっと、わかりました」

 いつになくビロウの真剣な声に、ナトはただ首を縦に振った。


 ビロウはシーズの方へと振り返る。

「……見てみ、兄さん。コイツこんなん隠し持ってたで」

 ビロウはナトのポケットから何かを取り出した。それは食事用のナイフとフォークだった。

「わかったやろ。コイツ、からめ手使いなんや。コッチの想像斜め上を考える戦い方をするんや」

「ナイフとフォークで何ができる?」

「何ができるんはコイツの頭ん中にあるんやろ、知らんけど」

「ナト君、これで何をしようとした?」

「手の内を明かすのは好きじゃない。でも、ただ言えるのは、これは使だとは思うよ」

 ナトはビロウが何を考えているかわからないが、とりあえず、彼の考えに乗ることにした。

「こんなのを考えとるや。もうやめた方が身のためやで」

「納得いくか、商人! コイツ、僕に冒険をやめろと言ってきたんだぞ! これから輝かしい冒険譚ぼうけんたんを刻む僕に対して!」

「ガキの挑発に乗るんか? 若造が」

「口振りには気をつけろ、商人」

 シーズは手持ちの大剣をビロウの目先に見せる。

「待った待った、調子ぶっこんでました、ゴメンゴメンって」

「分かればいい。分かればいい」

 シーズは命乞いに似たビロウの謝罪にすっかりいい気になった。

「僕は剣に誓ったんだ。コイツを必ず倒す。その誓いを果たさないと」

「そやな。宝神具使いにとっちゃ、誓いは果たさんといけんもんやな」

「そういうことだ」

「でも、それは兄さんの主張やろ。お互いの意見を交わすことのが大事ちゃうか?」

「まったく、くだらない説教か?」

「ちゃう。お互い気乗りしないケンカは後々トラブルになるんや。夜道でシバかれても文句言えへんで」

「うむ……、それはあるな」

「やろ。だからこのニイチャンに聞くんや。ケンカをしたいかしたくないか。――したくなかったらここで終わり解散、したかったらとことんまでするがええで」

「つまり、ケンカ同意の確認をしろということか?」

「そやそや」

 シーズは「ふむ」と小さくうなった。

「イヤだ、と言いたい所だが、ナト君はなにげない場所にも即死罠を仕掛けそうだな」

「……どんなイメージを持っているんですか、ボクは」

「そやそや。寝ている間にベッドの横に立つ嫌がらせとか平然とするで、コイツ」

「だから! ビロウさんはボクをなんだと思っているんですか!」

「わかった、ナト君の意見を聞こう」

「ホンマでっか?」

「ああ。二言はないぞ」

 ビロウのカオがわずかに緩む。彼は二人のケンカを止める最高のタイミングを図り、そして今、ここまでこぎつけることができた。

「さて、ナトはん。ケンカをするのもしないのも、後はニイチャンが決めたってや」

 ビロウは建前ではそう言ったが、内心はこう思っていた。

 ――ニイチャンはもうケンカをやめたいと思っているはず、後はそれを言うだけや。

 このケンカに誰も得しない。ならば、ナトはこのケンカをやめるのは必然である。

 ――うまいことセッティングしたワイ、ナイス。カッコエエで、ワイ。

 余計な自画自賛を踏まえつつ、ビロウはナトからの返事を待っていた。


「ボクはもう切り上げたい――」

「そやそや。ニイチャンがこう戦いたくない――」

「――ところだったんだけど、少しだけ戦いたい」

「はあ!?」

 はあだった。心からのだった。

「ちょいまちって! そこはイヤイヤ言うやろ。イヤイヤも好きにうちって流れちゃうで!!」

「戦うのは好きじゃないけど、ちょっと気になることがあって……」

「気になること?」

「ええ」

「気になることって言うのは、この、レベルマックス宝神具使いの回復補助なんでもありーのの冒険者ランクAAと戦うことがかい!」

「……なんかそんなのを言われたらやめた方がいい感じですね」

「そや。こんなんと戦っちゃいかんで。やめるのが一番得策や」

「多分、ここでやめたら、ダメな気がする」

「あのな、ニイチャン、目覚まして。いくらニイチャンがからめ手使い言うっても、万に一つも勝ち目が見えへん!」

「神の声の正体を知りたいんです」

「はい?」

「シーズの持つ神の声とかいう力をボクは知りたいんです」

「なんでや!? そんな力知った所で、ニイチャンに関係なんか!」

「すいません。ボク、冒険家なんです。世界のふしぎとかそういうのに触れたいタチなんで」

「たとえそれが命がけの戦いになるというてもか?」

「山登りも川下りも命がけです。戦いも命がけなら、それはもう大冒険じゃないんですか?」

「ホンマ、よく言ってくれるわ」

 ナトはビロウのそばを通りすぎ、シーズの前に立った。


「シーズさん、あなたとの手合わせさせて頂きたい。ボクのような新米冒険者が何処までやれるかわかりませんが、ぜひお願いします」

 ナトは頭を下げた。シーズは思っていないナトの行動に困惑したが、彼が素直になったのだと思い返すと、笑い声が出た。

「ククク、いいねいいね、意外と好戦的だ」

 シーズは気分良く腕組みする。

「戦いを続けよう。どちらかが音を上げるまで」

 二人は向かい合い、攻撃の態勢を取った。

「……ちょい待ちって」

「商人、ナト君の了解は得たぞ」

「それはわかったわ。でもな、このままグダグダやっといたら、一晩中どつきまわしが続くかもしれへん。まあ、それはそれでおもろいが、それで片方が死んでしもうたら、何のために冒険者協会はあるん話になるわ」

「もったいぶるな、さっさと本題に入れ」

「せっかちやな。ホンマ、兄さんは」

 ビロウは深いため息をついた。

「そもそも、あんたらがぐだぐだやっとるんはお互いが自由すぎるからや。片方は回復あり補助あり、しまいには宝神具使いという何でもありや。もう片方は、なんでそんなん思いつくんと言わんばかりのトリックスター、ケンカがぐだぐだになるのも不思議じゃない」

「ならば、すぐ決着がつくようなアイデアがあるというのか?」

「あるで兄さん」

「なんだそれは?」

「ルールや」

「ルール?」

「そや。ルールがあれば、全力でやれるやろ? ルール無用やと、相手が何か変なことするかもしれへんと思って出し惜しみんや」

「なるほど、それはあるな」

「だからルールを設けましょうや。ルールがあれば、お互い後腐れなく全力出せるやろ」

「しかし、ルールは誰が作るんだ?」

「ワイや」

「……えぇ」

 ナトはおもいっきりゲンナリした表情を見せる。

「そない露骨なヤなカオせんでいいやろう」

「……ゴボウで叩き合うのだけはやめてくださいね」

「するわけないやろう! なんやゴボウって!? 何処からゴボウが出たんや!」

「だってビロウさんだから」

「ワイを何やと思っているんや、……泣くで」

「ハハハ」

 シーズは穏やかに笑った。

「いいだろう、話に乗る」

「乗るんか」

「商人、僕が思っていたよりもものすごく扱いやすいことがわかったからな」

「ああはいはい。……なら、話に応じるんやな」

「こっちの意見を取り入れてもらうぞ」

「ええで、というか、そのつもりや。お互い納得いくルールを、ワイを挟んで話し合ってもらうで」

 

 ビロウはナトを冒険者ギルドの館の壁際まで連れていき、シーズに聞こえない程度に話を始めた。

「ホンマアイツ、イラチになるわ。市中引き回しの刑にして、しばきたいわ」

「はい?」

「ああ、すまんな。イラチは自分がイライラするつー意味で、しばくはパンと音を出すぐらいに叩くという意味で――」

「シチューなんて引き回してどうするんですか? 食べ物なのに」

「そっち!」

「ああ、確かに精神的ダメージ食らいますね。意味もなくシチューなんて引き回したら」

「……ホンマ、ニイチャン、自由やな」

「ビロウさんほどじゃないですよ。あんな状況でナイフやフォークをボクのポケットの中に入れるなんて」

「しゃーないやろう。けど、ニイチャンならそれぐらいやるやろ」

「あんな殺傷能力ショボいのを武器として使いませんよ」

「使えや! なんでも使えや!!」

「えっと、ルールを設けるなんてボクにはなかったアイデアですよ」

「いや、それはニイチャンの妹はんのアイデアや。あの嬢ちゃん、ニイチャンと似て、頭がええ。ただ、ニイチャンと違って、スマートやけど」

「まるでボクは余計なことばかり考えているみたいですね」

「……えぇ」

「なんでそんな引くような表情をしているんですか!?」

「ハハハ」

「だからなんで突然、笑うんですか!」

「いーや、ポジティブなのは助かるわ。こんな絶望的な状況でもバカやれるんは前向きになれる。こっちの力になるわ」

「ビロウさん」

「なんや、礼なら言わんでえぇ――」

「シチューって、引き回すんじゃなくて、かき回すんじゃないんですか?」

「……現場をかき回してるんはニイチャンの方やとええ加減気づいてや」


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