第29話 らしくないとかいう致命的なミス


 冒険者ギルドの館は半壊であった。

 風通しが良くなり、夜風が館の中に入り込んだ。その風は冷たく、すぐにでもだんを取りたい。しかし、冒険者ギルドの館にいる冒険者たちは身を暖めることを忘れ、一人の少女を見つめていた。

 先ほど、ラッカが放ったは閃光魔法。岩石がぶつかりあって現る輝きよりもまばゆい光のきらめきによって悪しき魔物を焼き払う上級魔法。魔法を極めし大魔法使いにしか扱いが許されていないその魔法をまだ幼い少女が使った。この場にいるものは皆、驚きだった。

 ラッカは広く澄みきった夜の空間を見ていた。

 ――やりすぎた。ちょっとやりすぎた。

 試したい気持ちがあった。大まほうつかいでもあるラッカのママから一度だけ見せてもらった攻撃魔法。とても危険だから教えない、と、意地悪されたその魔法を賢者の杖から教えてもらった。

 ――だから使ってみた。でも、こんな結果になるとは思わなかった。

 ラッカが放った閃光の通り道は大蛇が通った後のように地表から剥き出しの岩盤が現れた。パイプ管の内部のようなえぐれ具合になっていた。

 ――どうしよう。どうしよう。

 自分の怒りをぶつけた相手が無事であることを願っていた。あまりにも自分勝手であったが、今、少女が願う気持ちはシーズが生きていることだった。

「こら」

 ナトはラッカの頭を手のひらでポンと叩くフリをする。

「ラッカやりすぎ」

「でも、ああしなかったら、お兄ちゃんは……」

「もう木とか壁とか焼けてるし。ああ、これ、弁償もんだよ」

「ああ……うう……」

 ラッカは困り果ててうなだれる。

「とりあえず、オーナーさんに謝ろうか」

「……うん」

 ナトとラッカは冒険者ギルドの館のオーナーの前に立つと、丁寧に頭を下げた。

「「ごめんなさい」」

 オーナーはとまどう。まだ、この事態を飲み込めていない。

「ああ、ううん。まあ、こういうこともあるよね。うん」

 本来なら責めても良いはずのオーナーがなぜか彼らをフォローする。

「どうやって弁償すればいいかわかりませんが、しっかり返したいと思います」

「ああ、ううん。まあ、一人を除いてみんな無事だし。うん……、うん」

「それと、ボクが投げたフォークですが、ちょっと刺さりすぎたみたいで」

 オーナーは言われるがまま、ナトが手を差し出した方を見る。そこには壁の奥の奥までめり込んだフォークがあった。骨組みの中心部まで突き刺さっており、これを取り出すことはなかなか難しい。

「ええっと、うん。これも弁償ね、うん」

 金銭関係に関してはオーナーはちゃっかりものだった。


「やったな、二人共」

 戦士アダンが二人の下に駆け寄る。

「ナトはん、ラッカちゃん、おつかれ」

 商人ビロウは散歩がてらに来たように、のんびりと歩いてきた。

「まさか、ラッカちゃんがアイツを倒すなんてな」

「まったく、こんな隠し玉をあるんなんてあんさんらヒトが悪いわ」

 アダンとビロウはそれぞれ口にする。

「でも、ちょっとやりすぎたかなと思っています。少し手加減した方が良かったかな」

「あれぐらいがちょうどええわ。あんなヤツにガツンと一発叩いて夢から覚ました方がええ」

「そうだそうだ」

 アダンはビロウの言葉にうなずく。

「にしても、ニイチャン。をしとったのによく助かったな」

「それについてはもうイジらないでください」

 ビロウのイジりに、ナトは弱っていた。


「……と、ナト。なんでオマエ、ラッカちゃんの杖を見ているんだ?」

 ラッカはナトの目線を見る。確かに、ナトはラッカが手にした賢者の杖を見ていた。

「ラッカ、その杖、まさか――」

「ああ、この杖! この杖、実は――」

「宝神具?」

「そう! 宝神具!! って、わかっていたの!?」

「一応これでもお兄ちゃんやっていますから」

 全くのデマカセであったが、そういうことにしといた。

「そうそう! この賢者の杖、宝神具で! 異能力は“魔導覚醒”だって! “魔導覚醒”っていうのはね! 一度見たことのある魔法なら使うことができるんだって!」

「えっと、それ、どういう仕組み?」

「あやふやな記憶になっていた魔法の景色が術式となって現れて、その術式が詠唱術になって翻訳されるの。で、その詠唱術を唱えると同時に記憶と鮮明になって、魔法が使えるの」

「よくわからん」

「でも、これ以上、うまく説明できないよ」

「ふーん。ちょっと借りるね」

 ナトはラッカから賢者の杖を手にする。賢者の杖から抗議の声が聞こえるもナトは気にせず、試しに魔法を唱えてみる。

 ――朝、サイクロプスおじさんが空中へと投げた鉄球からパカっと出てきたときに、ラッカが放った防壁魔法の記憶を探る。

 身体が地面へと突き落とされる恐怖が背筋に伝わる。手のひらからは魔法も何も出てこないのに、この上ない悪寒だけが身体中を走る。

「……記憶が鮮明すぎるよ、これ」

 ナトは恐怖のあまりうずくまる。

「何、思い出したの! お兄ちゃん!!」

 ラッカは心配そうにナトにやさしく声をかけた。


 元気を取り戻したナトは賢者の杖をラッカに返す。

『貴方のお兄さん、すごく自分勝手』

 それがいいところなんですけどね、と、ラッカは心の中で賢者の杖と話を交わしていた。

「ラッカが使ったあの閃光魔法って、母さんが使っていたあのすごくヤバイあの魔法?」

「うん。賢者の杖が宝神具として目覚めて、あの魔法が使えた。ママが一度だけ使った魔物とかパパとかを消し飛ばした閃光魔法を」

「パパまで吹き飛ばすって、一体何をしたんや……」

「無事帰ってこれましたよ、ビロウさん」

「……ニイチャン、そういう意味ちゃうで」

「興味あるね、で、その魔法の名前は?」

「……えっと」

 アダンから質問されるとラッカは賢者の杖を抱きしめる。記憶を探るが名前を思い出せない。

「……すいません。知りません」

「アコウのジイさんに聞いてみるか。おーい、アコウさん。……って、あれ?」

「宿屋に帰ったんか? 水くさいなジイさんやな。あのジイさんがまとめていたまほうつかいパーティーを置いてきぼりにしとって」

「おい、まだ治っていないのか。まあ、宝神具の罰だからな……、運がないね」

 アダンは今でも回復魔法で治癒される傭兵二人の姿を見て、大きなため息をついた。

「でも、その使い手がああなるとはな。ホンマ人生、何起こるかわからんものやな」

「……シーズさん、大丈夫かな」

「ニイチャン、もしあいつがホントに死んでいたら教会に行けば蘇生魔法で復活するやろ」

「ただ問題なのは復活を願うパーティーがいるかどうかだけどな」

「そやそや。あ、酒場に送り込まれる冒険者の棺問題があったな! あれ、どうにか解決して欲しいわ」

「ホントホント」

 アダンとビロウは冒険者にしかわからないブラックジョークで笑いあう。

「そや! ニイチャン! あの兄さん、復活させてやったら!? 多分、ごっつ感謝されるで!」

 ナトはビロウの冗談に何の反応もしない。

「おいおい、ニイチャンニイチャン! 死人を悪く言うなとか硬いこと言うのナシな。ワイらも死んでしもうたら同じような話されとるからな」

「ビロウさん」

「なんやなんや! 復活のためのカネくれというか!? いくら何でもそこまでふっとぱらちゃうで!」

「いえ、そのおカネで武器とかなんとか工面できませんか?」

「悪いけど、宿屋に置いとるわ。――って? なんやその質問。まるでシーズが生きとったみたいな話しとるけど」

 ナトは夜から浮かび上がる影を見ていた。

 その影が輪郭を描き、青年の姿を表出する。

「ああもう……イヤになる……」

 ナトは床の上に座り込み、頬杖ついてあぐらをかく。

 一方、その夜の闇から現れた影を見たアダンとビロウは震え出す。

「ウソだろ……」

「なんでや! なんで生きとるんや!」

 ラッカは口を抑え、その名を言った。


「シーズ」


 シーズはトボトボとめんどくさそうに夜の闇から現れた。上半身はハダカで下半身はズボンが破けているが、ナト達から見える彼の身体は無傷であった。

「まったく、なんだよ、あの魔法。バルムンクはどっかに吹き飛んだし、ホント最悪」

 ポケットの中に片手を入れて、もう片方の手でボサボサの髪の毛をかく。

「……っと、何? 何? 不思議そうな目で僕のこと見てるの? みんな」

 冒険者達が彼を奇異な目で見るのも無理はない。ラッカが放った閃光魔法はけしてハッタリではない。肌が痺れたあの感覚は、死と自分が背中合わせにあることを思い出せてくれる。

 ――なのに、なぜ、彼は平気なのか? 

 冒険者達の脳裏はそんな疑問でいっぱいだった。


 冒険者の集まりから離れ、我先と走り出す踊りコのマングローブ。シーズの傍にたどり着くと、彼の腕にしがみつく。

「さすがシーズ! ワタシの英雄様」

 マングローブは女のコの声を出し、すりすりと頬をこすりつける。

「ひさしぶりかわいい声出すじゃないか」

「だって死んだとか思って……」

「うそつくなよ、知っていただろう。僕の特性を」

「はーい」

「まったく、やれやれ」

 シーズは猫をかぶり出したマングローブに嫌気を覚えた。

「で、エリクサーあるの? 口の中パサパサして気持ち悪いんだけど」

「ゴメーン、あれで最後。切れちゃった」

「切れたか、ふーん」

 シーズは視線を伏せる。その様子は何かを考えているようにも見える。

「まあいいや。ここから本気出すみたいなダサい展開にならなそうだしね」

 シーズはマングローブから腕を振りほどく。やる気なく、めんどくさそうに、両手をポケットに入れて歩く。

 そしてその姿に戦慄せんりつする冒険者たち、これが次期英雄の強さだと恐れていた。


 シーズは片頬をつりあげながら冒険者ギルドの館の中へと入ってくる。

「なんでオマエ。生きているんだ?」

 アダンは冒険者ギルドの館にいる者なら誰もが思ったその疑問を口にする。

「生きている? なんか死んでいることが普通みたいだ」

「あのなオマエ、宝神具で威力が増した光の魔法を食らったんだぞ! 普通なら死んでるはず!」

「あの賢者の杖、宝神具だったんだ」

 シーズの視線がラッカの手元を捉える。興味なさげに言っていたが、その目は猛禽類もうきんるいのような輝きを秘めていた。

「普通、それでやられるだろう! 普通は! それで!」

「普通? ……ああ、普通ね。普通か。ハハハ」

 考え事をやめたシーズはバカらしいと吐き捨てるように高笑いする。

「あのね、普通なわけないじゃん。僕は英雄なんだから、普通の人間止まりじゃないよ」

「なっ!」

「言い忘れていたね、英雄の特性を。英雄ってさ、何らかの特性がないとなれないものだよ。戦士なら常時クリティカル出せるとか、まほうつかいならすべての魔法が使えるとか、そういう一芸がないと英雄にはなれない」

「じゃあ、オマエはそんな特性を持っているのか?」

「そうだよ。僕の特性は魔法無効」

「魔法無効?」

「僕はね、魔法が効かないんだ。正確には僕を傷つける魔法だけどね」

「……もういややわ」

 ビロウはしゃがみだし、頭を抱え出す。

「なんかもう不死身とか言ってきても驚かんで」

「ふーん。……不死身だとしたら?」

「なんやて!!」

 先ほど言ったことを忘れたのか、ビロウはおもいっきり大きなベタなリアクションを取る。

「ビロウさん、それはないよ」

「なんやて!?」

 またも同じリアクションを取るビロウに、ナトは辟易へきえきする。

「シーズはエリクサーを飲みたがっているからです」

「ニイチャン、そんなにシーズがエリクサーを飲みがっているように見えるんか?」

「あんな身振りしているけど、多分、けっこうダメージを受けている」

「ラッカちゃんの派手な魔法でか?」

「ボクの地味な攻撃でです!!」

 ナトはビロウに食いかかるように叫んだ。

「もし、不死身ならあんな苦い苦いエリクサーを飲むわけがない。この館には美味しいジュースがあるからそっちの方を飲むはず」

「でも、仮に兄さんが余裕だとしたら」

「そのときはボクの読み違い」

「読み違いとは意外と謙虚やな。ニイチャンなら確証あるやろ?」

「さあ、わからない」

「わからないって」

「でも、不死身じゃない。これだけは言える。もし、不死身ならもっとイヤらしい策を仕掛けるはずだ」

 ナトの読みに対して、シーズは不敵に笑った。

「そう見るならそう見ていい。けど、僕に魔法は効かないことはわかってくれただろう?」

 シーズは一歩、前に出ると、ナトは身構える。

「そんなに怖がることないよ。けっこうありきたりな主人公特性だろう? なんか特別扱いされてすごい能力みたいに思われるけど、こんな特性、魔物とか持っているヤツいるし」

「まあな、メタリック系の魔物は受動作用パッシブスキルとして持っているからな」

 アダンは頷き、シーズの意見に同調する。

「そうそう。僕としては一度で二回攻撃とか、先制攻撃とかそういう特性の方がありがたかったけど、魔法無効とかすごくつまらないじゃない。ほら、魔法無効とかって、戦前に立たされるじゃない? 盾とかにされるし、すごく損でイヤな役。やっぱり殴られるよりも殴った方がいいじゃない?」

「嫌な役を引き受けることもできなきゃ、パーティーは成り立たないぞ」

「パーティーの役割ってさ、自分のやらなきゃいけないことに変わって、いつしかそれって義務になるじゃない?」

「義務じゃない。オマエだって俺のために頑張っているこいつらを守ろうと心から思うことあるだろう!?」

「気持ちが折れたからそっちに逃げただけの話」

「なにぃ?」

「一度気持ちが折れたらそれで終わりなんだ。選ばされたことが自分の決定となる。本意でもないことが自分のやりたいことだと勝手に解釈されて、自分がナメられてしまう」

「でも、必要だろう。そういう人間も」

「一生誰かの盾役になって踏み台になる人生って楽しい?」

 アダンはグッと唇を噛む。

「だろう? 守備役って誰かのためと言うけど、そこが一番空いている場所で入りやすかったからいるだけ。そんな損な役回り、僕はお断りだから黙っていたんだ」

 シーズはゆっくりとナトの元へと近づく。

「ナト君、どうだい。こんな力があったら無敵だろう? チートだってうらやみたいだろう?」

「そういうのもういいから」

「は?」

 ナトからの返事が思いがけないもので、シーズは立ち止まった。

「くどいんだよ……、苦痛なんだよ……、そういうの!! 魔法無効なんて聞いていないし!」

「こっちこそ言うつもりなんてなかったよ。ずっと隠しておくつもりだったし」

「隠しておく? どうして?」

「そんなの決まっているだろう?」

 シーズは床の上にぐらをかいているナトを見下みおろす。いや、見下みくだす。


「――優越感に浸りたいじゃないか」


 またしてもシーズはとんでもないことを言い出した。普通のヒトなら耳を疑うような言葉を、彼は口にした。

「ナト君、キミは自覚ないかもしれないが、この世界で優越感こそが自分を幸せにしてくれる確かなモノなんだよ」

「どういうこと、それ……?」

「お腹がいっぱいになってもお腹がすいたら何か食べたくなるだろう? 喉が渇けば何か飲みたくなる。けれど、優越感は違う。自分が他人より特別と感じれば、それだけで満たされる。しかも、それは絶対に欠けることはない。なぜだって? それは他人に奪われない確かなモノだからね」

「確かなモノって言うけど、そんなのよくわからない」

「キミは自分だけが偉いと思える経験を持ったことないかな? 夜遅くまで起きていたことを自慢したり、レアアイテムを見せびらかすこととかさ。どうしてそんなことをしたいと思うことない? それはね、これこそが自分だと強く主張できる力強いものなんだ」

「そんなの、気持ちわるい」

「おっと、それを言う権利はキミにはない。なんたってキミは僕をハメようとしたからね」

 シーズはナトの目の前に指を差す。

「キミは僕をハメようと“ルール”に罠を仕込んだ。そして僕は宝神具の“約束”を破ることになった。引っかかった。見事に引っかかったよ。そのとき、キミは自分の勝利を確信した。確信したはずだ。あんな生意気な口上を垂れたのだから!」

「……お兄ちゃん」

 ラッカはナトを心配そうに見つめる。

「……確信はした。これで勝ちだと思った。つい気が抜けちゃって、あんなことを言った」

「見落としの罠だったね」

「ああ」

「キミの思考にまんまとハメられた、ハメられたよ。でも、あのとき、気分が悪くなったから助かった。もし、気分良く戦っていたら、おそらくキミにやられていたと思う」

「随分とホメてくれますね。まるであのとき勝負は決していたみたいな言いぶり」

「実際そうじゃないか? 僕が握っていた大剣バルムンクを落とすつもりで投げたのだろう? あのナイフ」

 ナトは視線を外す。それが答えだとシーズは受け取る。

「残念だったね。あんな食事用のナイフで僕から大剣を落とすができなかった。それがキミにとって致命的なミスだったね」

 ナトは何も言わず、首を上下に振った。

「きっと、キミは僕が“約束”を破ってから僕の手元にあった宝神具、大剣バルムンクを取り上げて、その剣で僕を斬る算段でいたはず。宝神具の“罰”がこもったその大剣なら、いくら僕でも一撃にやられるからね」

 ナトは、そのとおりだ、と言うように、目を深く閉じた。 


「ホンマ、やったな、あれは。いや、ワイがもっと強力な武器を手渡すべきやったな」

 ビロウは自分をカオを隠すようにそう小さく呟いた。

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