第28話 覚醒とかいう宝神具の目覚め
シーズは大剣にもたれながら、激しい息づかいを繰り返す。
――ナトからの攻撃を受けていないにも関わらず、大きなダメージを受けているように見える。
「いったいどうしたんだ? あいつ」
アダンはわきあがる疑問を口にする。
「シーズが約束を破いただけや、宝神具使いの罰が下っとる」
ビロウはアダンがつぶやいた疑問をそう返した。
「なるほど、……って、なんで攻撃を仕掛けたら約束を破ったことになるんだ?」
「ルール1、負けを認めたらそれで終わりは、自分が負けを認めたんやからそれ以上何もしないでや、という意味やで」
「宝神具の罰も攻撃と認めるのか?」
「戦いの中でペナルティを与えるのならまだしも、その後でペナルティを与えるなんてアカンな。戦いがまだ続いとるという意味やからな。約束を重視する宝神具やから、二人が決めたルールが優先されるわ」
「なんか納得できねぇな」
「ルール3、この戦いで起きたことは将来に渡って引きずらない。シーズはあの戦いで発生したナトはんの約束破りの罰を、戦いが終わった後でも与えようとしたんやで」
「見事に二つもルールを破かせているな。アイツそこまで計算したのか」
「エグいやろ? 負けとかいう虚飾の暴力! ワイもごっつエグいと思ったわ」
「……うーん、なんでナトは、シーズが戦いを終わりにしないと思ったんだ?」
「あんなにエンチャットしとった武器を使わずじまいなんて、メッチャムラムラした夜にオカンにはや寝ろと言われるようなもんやで」
「もっと言いようがあるだろう……、商人」
「ジブンだって鍛冶屋でメチャクチャ鍛え上げた武器を使わないなんてできるか?」
「できない」
「な。歯止めなんか止まらないんや準備した暴力ってヤツは。鍛えあげた武器を使うななんて言われたらガマンできるか? 少なくともこの世界でガマンできるヤツは誰もいない」
「ああ、そうだな」
「誓いが強さになる宝神具なんやから、シーズはそれをおもいっきり試しぎりしたくなっとる。だからナトはんは、シーズがこんな気持ちになっとるとわかっていたからこのルールを絶対破ると思っていたんや」
「でも、気づかれる心配はあったんじゃないのか?」
「それもうまいことやったで、ニイチャンは」
「うまいこと?」
「ルール2のセコンドの負けを認めるなんてのはフェイク、ナトはんが作った飾りや。まあ、セコンドを用意する発想はラッカちゃんやったけどな」
「そうか……、ナトはこうやって自然なルールを作り上げていたのか」
「そうやで。ルールを都合よく作っていたんのはナトはんやった。あの場を一番うまく駆け引きしとったんはナトはんやったんや」
「ナトは最初からそれを狙っていたのか」
「いや、それはちゃう」
「はい?」
「ナトはんはあくまで保険として準備しとった切り札やったんや。ナトはんがシーズにそそのかされて約束を破いたとき、万が一の保険として用意していただけや」
「保険ってなんかもったいないな。使える切り札なのに」
「あのな、戦士はん。ナトはんが仕掛けた罠にはもうひとつの前提があったんやけど」
「前提?」
「ルールを破っていたんやで、ナトはんは」
「ああ」
「シーズもルールを破ってナトはんと同じ場所にいるだけ。二人は宝神具の“約束”を破った立ち位置にいるだけや」
「じゃあ、どうなるんだ? 二人は?」
「わからん」
「あのな……、商人、肝心な所だろう、それ」
「だから考えていたんやさっきから。宝神具使いが破った宝神具の罰がどれだけ重いもんなんか。ワイはその罰の重さがどれだけ重いのか、ずっとずっと考えていたんや」
……消える。失う。僕の成分。
かき回される。かき回される。
人間という存在が、僕という成分が。
失い、重なり、また失う。
そうやって、僕がはがれて戻るのを繰り返して、僕が還ってくる。
けれど、余分なものまで合わさって、僕という成分が薄まっていく。
まだ未熟で幼い精神に足されていくのは不純物なカタマリ。
入り込む。僕を潰すように、僕を壁際まで押し出すように。
いくつでもいくつでもいくつでも。そいつが増える。
謝りもせず、ここにいることが当たり前のように。
僕の成分を奪い取って、代わりに入る。
でも、そっちの方が優秀だから生き残る。
奪われている。奪われている。残されない。
僕はそいつに殺されていく。
殺されたくない。殺されたくない。
わずかにある僕をそいつから奪われないように中央に寄せる。
これで奪われない。誰にも誰にも。
――誰にも僕は奪われない!
「ああがががあああああ!!」
青年は奇声を上げ、混濁する汚穢な意識のもやもやをかき消す。
汗がふきだす。一度は虚ろになりながらも、床をグッと踏み込み、自分を取り戻す。
「落ち着いた……」
モノクロが解かれ、色が戻った。
「元に戻ったよ。ハハハ」
シーズは帰ってきた。冒険者ギルドの館へと戻ってきた。
「これが宝神具の罰だったのかな。スゴく険しい試練だったよ」
シーズは何事もなかったかのように、いつもの自分を振る舞う。
「もっとキビシイ罰を用意しくれたら良かったのに」
ナトは崩壊する自我に打ち勝ったシーズの姿を見て、そう思った。
「精神力が勝ったんだ。なんたって、僕は宝神具使いなんだから」
「……こういうのって、魂とか吸い取られるとかあるじゃない?」
「笑えるね。もしそれなら、キミもとっくの昔に魂を吸い取られているよね」
「同感」
ナトはそう軽口を叩くが内心は恐怖でいっぱいだった。
「まあいい。……キミも僕と同じようにルールに罠を仕掛けていたんだな」
「正確には罠を仕掛けておいたんだけど」
「どっちでもいい」
シーズは杖のように支えていた宝神具バルムンクを手にする。
「宝神具はやさしいね。“約束”を破いた使い手に対する罰はこんな甘いものでいいのかと思っている」
「もっと強い罰があってもいいと思うけど」
「欲張るなよ、ナト君。功労者に対する罰なんてこんなものだ。今までの功績と比べられるからどうしても罰が軽くなる」
「まるでボクが何もしていないヤツに聞こえるんだけど」
「罰が重いのはそういうことだ。もしかして、キミ、僕の罰に希望を見てた?」
「恥ずかしいけどそのとおり」
「あさましい。やっぱりキミこそが罰を受けるべき存在だ。――この大剣で斬り捨てられろ」
宝神具バルムンクが鈍く光る。
――これはブナ、アカシアが約束を破いて斬られたときと同じ現象。
どうやら宝神具バルムンクはナトが約束を破いたと認識していたようだ。
「罰は罰で相殺なんてされなかったか」
「司法取引が効くと思っていたのか? 神格位の剣に」
「そうだよね。でも、ボクは自分を信じるよ」
シーズは宝神具バルムンクを掲げ、床を駆け出す。その瞬間、ナトはポケットの中にあった食事用のナイフをシーズの指先目掛けて投げる。
人差し指に当たった。指の根元をエグり取るように刺さったはずだった。しかし、その指に当たったナイフは弾けて、床の上に落ちた。
ナトは笑った。ふがいない自分に笑った。
「……せめて殺傷力ぐらいあってくれよ」
ナトは力なく言った。
「神の剣に斬られて死んでしまえ、生き返ってもすぐくたばっちまえ」
こっちへとやってくる処刑人の姿を見て、ナトは歯を食いしばり、目をグッと閉じる。
――これはもうエリクサー手放せないな。
深刻なエリクサー病になるなと思った。それ以上、怖いことは考えたくなかった。
一撃が来なかった。罰が来なかった。宝神具バルムンクによる大剣の斬撃が来なかった。
――おかしい。
天国へ行ったか、地獄へ行ったか。はたまた、意識の海へ潜り込んで消滅したか。いや、それなら、斬られた痛みぐらいは身体の記録として残っている。
――匂いがする。朝かいだ懐かしい匂いがする。
これはラッカの匂い?
目が覚めた。死を受け入れようとした身体が目覚ましのやさしさにくすぐられ、少年の意識が現世へと戻る。
目を開けたその先にはまだ幼いまほうつかいのラッカが、ケモノじみた表情で襲いかかろうとする一撃を食い止めていた。
――なんでラッカがここにいる。
賢者の杖から防壁の魔法陣が繰り出され、宝神具バルムンクの攻撃を受け止めている。
「お兄ちゃん」
ラッカはかぼそい声を出した。
「ラッカ……、何を?」
「見てのとおり、お兄ちゃんの盾になっているだけ」
「だけって!」
状況が飲み込めた。何が起きているのか理解できた。
「おい! ラッカ! そんなことするなよ!」
「そんなことがしたいの!」
ラッカは大声でナトの言葉を遮る。
「わかったの! わたし、マングローブさんにハメられて。わたし、お兄ちゃんのこと、ずっと他人事みたいに思っていた。お兄ちゃんよりずっと魔法を知っていてるし、運だって良いし、パパとママから怒られないから絶対悪いことなんて起きないって思っていた」
ラッカの防壁魔法陣が弱まってくる。宝神具の怒りがラッカの魔法を勝っている。
「でも違った。わたしもお兄ちゃんと同じこの世界にいた。けれど、何処かわたしは遠くにいた気分でいた。そんな気分だったからただの足手まといになって、挙げ句の果てには交渉道具になっていた。わたしはお兄ちゃんと無関係だって心の何処かでそんなことを思っていた」
「ラッカ」
「お兄ちゃんはわたしを助けてくれた。なら、次はわたしが助ける番!」
「だとしても相手が悪すぎる!」
「戦う相手なんて関係ない。助けたい相手はお兄ちゃんだから!」
弱まる魔法防壁に魔力を込め、硬い障壁を生み出す。
それを感じ取ったシーズはニヤニヤと笑い出す。
「いいねいいね。こういうの。そんなにお兄ちゃんからの得点を稼ぎたいのか」
「稼ぎたい! 何点でも満点でも!」
「バカか、こんな男の何処がいいんだ」
「わたしも知らない!」
「知らない!?」
「でも、お兄ちゃんと一緒にいたら楽しいし、バカ受け止めてくれるし、あとは、あとは……、あとはあなたを倒してから考える!」
魔法に集中し、更なる防壁を構築する。しかし、来たる宝神具の力はその魔法防壁を分解させ、無力化させていく。
「ムダだ! 兄妹共々斬られてしまえ!!」
「わたしの魔力、体力、すべて使ってでも守り切る!! そう決めた! そう決めたから!」
ラッカは強く願った。
「大切なヒトを守りたい! そう誓った!」
そして、その誓いは賢者の杖に届いた。
『貴方に力を貸しましょう』
賢者の杖は魔法防壁陣の術式を再構築させ、より強力の障壁を作る。
『私は賢者の杖。清らかな乙女の誓いによって目覚めた宝神具が一つ』
魔法の盾が空間に固定した。ラッカに攻撃の機会が生まれた。
『貴方に眠りし記憶の魔法を起こす“魔導覚醒”が私の異能力。術式の知らない魔法でも、貴方にあれば、私が鮮明にして解読して教えてあげる』
思い出す。すごい魔法を思い出す。
『さあ、唱えなさい、眠りし貴方の魔法を。魔導の閃光を』
だいまほうつかいのラッカのママが見せたとても危険な光の魔法。術式を教えてもらっていないその魔法が頭の中に浮かんだ。
魔法のカタチが解かれ、術式として顕在する。術式は文字となり、文字は言葉となり、言葉は詠唱となりて、舌上に滑らかに流れる。
『「暁日よりもまばゆい光よ。我が手に収束せよ」』
光は手の中に集まる。
『「束ねた光が重なり、我が
まほうつかいがその光の龍を飼いならす。
『「魔導の閃光よ、悪しき者を焼き払え!」』
ラッカは賢者の杖が教えてくれた言葉をなぞり、魔導の閃光を眼前の敵目掛けて放つ。それはまさしく光の濁流、ゆるやかながらもすべてを飲み込む巨大な光魔法だ。
盾のゲートが開いた。ゲートから通り抜けた閃光が宝神具の斬撃と対面し、食い散らす。さも、その攻撃は生ぬるいと言わんばかりに、軽くあしらった。
しかし、対象物はそれではない。シーズだ。
シーズはラッカが放った魔導の閃光を大剣の腹で回避しようとする。しかし、その勢いは宝神具といえども受け止められない。
「こ、こんな、こんな力が、何処に! 何処に!」
大剣が吹き飛んだ。シーズは逃げ出すこともできず、閃光の放流に飲み込まれる。完全に甘く見た。
「あああああぁあぁああああぁあっぁあ」
その声も閃光と共に消えていった。
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