第30話 優越感とかいう罪な自己肯定
ナトはふてくされた表情でシュンと肩を落としていた。シーズとの戦いにおいて致命的なミスを起こしたことでちょっとした自己嫌悪を覚えていた。
――もっと殺傷力のある武器なら宝神具バルムンクを落としたはずなのに。
完全に読み違い。いや、あの流れだとあの武器が適当だった。
大剣であるバルムンクをすぐ手にできる距離でそれを落とさせるのが最良の手だった。マングローブの護身用ナイフなら、シーズは既にそれを見ているからそれでなにか仕掛けると間合いから離れる。地面にある木材を使っても同じことをするだろう。したがって、彼に意識されないポケットに隠し持っていた食事用ナイフが一番適切な武器であった。
だが、それが裏目に出た。シーズはバルムンクを手放さなかった。投てきしたナイフはシーズの手の甲に弾かれたのだ。
――どうしてうまくいかなかった?
ナトは自問自答する。
――何か、そう何かが変。
ナトはもう一度自問する。
――何かを見落としている
ナトは自分こそ見落としの罠にハマっていることに今気がついた。
シーズは声が掛けづらい様子のナトに、ポンと肩を叩いた。
「ナト君。優越感を覚えることはいいことだ」
「へ?」
唐突にシーズから意味のわからないことを言われ、ナトは困惑する。
「むしろ、キミはそれを求める人間だと僕はそう思う。誰よりも小賢しくちょろまかす生き方はとても尊敬できる」
「ボクはそんな人間じゃない」
「いや、キミはズルい。イヤらしくズルい。お利口でクレバーで、ヒトを
「だから、ボクはそんな人間じゃない!!」
「違わない! それがキミの本性だからだ!」
シーズはナトを強く詰め寄る。優越感こそがキミの人格構成要素だと決めつける。
「キミは自分の中から湧き上がる優越感を抑えつけられず、最後には勝ち目を逃がした! それが僕とキミと決定的な差! 優越感をコントロールできるかできないかだ! 勝利を目の前にして、勝ちゼリフを言うなんてどうかしている!」
ナトは目を閉じ、俯く。
「ナト君。キミは自分ではコントロールできない優越感のせいでパーティーを半壊させたらどうする? 責任を取れるか? 優越感ってものはヒトが嫌がる最低な感情で、特に冒険者パーティーの間でそれに気づかれたら、パーティーは破滅する。アイツ、自分より働いていないじゃないのか? もしかして自分を下に見ているんじゃないか? みんなそういう
シーズはナトの耳元に言葉を転がすようにささやく。
「“罪”なんだよ、戦いにおいて優越感を覚えるのは」
シーズはナトの心に這い寄り、冷たく言う。
「優越感に浸るのなら最後まで戦い抜いてからにしろ。それができないのならここから去れ」
冒険者ギルドの館は静まった。
冒険者たちは皆、視線をナトに集める。
――確かにイヤなガキだ。あんなのがいたらパーティーが壊れる。
なぜかそう思う。別段、彼と冒険をしたこともなく、彼の性格をよくわかっていないのに、優越感というキーワードだけで、ナトの人格が築かれる。
――絶対パーティーに入れたくない。何するかわかったものじゃない。
シーズの言葉が正しく聞こえる。横暴を繰り返していた行動が実は正しいことをしていたのだと、脳が勝手に思い込む。
――パーティークラッシャーだ、アレは。もう俺の所に来ないでくれ。
冒険者の思考が整う。ナトはこの冒険者ギルドの中で一番の悪者になっていった。
ナトはそんな歪みだした雰囲気から逃げ出すように、ゆっくりと立ち上がる。
――何とも言えない空気。
ナトは完全にシーズに言い負かされた。完封だった。
ナトはシーズを背にし、歩き出す。
「話は終わっていないよ。ナト君」
ナトはゆっくりと振り返る。
「ナト君。キミ、負けを認めたよね」
「……でも、あれはあなたが破った」
「いや、負けは負けだよ。キミは自分でそう言ったんだ。たとえ、駆け引き道具だとしても一度そう言ったんだ。責任は負わないといけないね」
シーズは冒険者たちの方を振り向く。
「みんなもそうだろう? つまらない優越感のために、こんなケンカをけしかけるヤツなんだ。ここは一度強く締めておかないと後々困ったことになる。自分の感情を優先にして、パーティー達の安全がないがしろにされて、二度と仕事をもらえない危険性だってある! そんなの誰が許せる?」
冒険者たちはシーズの言葉に頷き、彼の言葉が正しいと思い始める。
「彼にある腐りきった優越感をここですべて叩き出そう。彼の心にある優越感を吐き出せば、彼は調子づくこともなく、素晴らしい冒険者として生まれ変われる。“罪”を犯した彼には僕たち冒険者が与えるべき“罰”が必要なんだ」
シーズは教会の教皇が謁見演説するかの如く、清廉な言葉を並べる。冒険者達はただただ傾聴し、彼に掌握されていく。
「さあ、何がいい! 彼に与えるべき“罰”は!」
冒険者たちの間で自分こそが正しい罰を与えられると言わんばかりにこぞって声を出す。
「そりゃもちろんシゴキだろう。こんぼうなんかで叩いたら面白いだろう?」
「暴力はいけないな。後々、めんどくさいことになる」
「じゃあさ、みんなで魔法とかスキルとかの練習台にしてあげたら」
「いじめもよくないな。冒険者協会がいじめ組織とかいうレッテルが貼られるのは面白くない」
「じゃあ、何があるんだ?」
「とっておきのがある」
シーズはのらりくらりと歩き、ナトの前に立つ。
「ナト君、僕にラッカ君をくれないかな?」
ナトにとってそれは、後頭部をモーニングスターで殴られたような衝撃であった。なぜラッカなのか? ラッカがボクの代わりに罰を受けるのか? 疑問は増える。
「……ラッカは何をしたんですか?」
「ラッカ君は何もしてない。したのはキミの方だろう?」
「でも、ラッカは何も悪いことをしていない」
「だからだよ。キミからラッカ君を失えば、自分がした“罪”の大きさに気がつく。そして、自分から“罰”を償おうと強く願い出る」
「ラッカはどうなるんですか?」
「カノジョは強力な魔力を持つ特別なまほうつかい。この能力をぜひとも育てたい」
「ラッカは飼い犬や飼い猫じゃありません」
「それはわかっている。でもね、可能性のあるコをしっかり鍛え上げたいのは冒険者としての喜びだよ」
「……でも」
「大丈夫、キミの思うような汚らしい場所に売り飛ばすマネなんかしない。少なくともそんな畜生じゃないよ、僕は」
「……信じられない」
「僕は“英雄”なんだ。ラッカ君は“英雄”の下で働ける。これは名誉なことなんだ。カノジョにも
「とても楽しい冒険?」
「冒険はいいよ。何かとプラスになる。どんな場所にも遊びに行けて、ついでにお金ももらえる。まあ、魔物とかそういうクエストがあると言えばあるけど、他の冒険者に任せればそれでいい。冒険は僕たちを自由にしてくれる大変価値のあるものだ。――見識が広がって、見えなかったものが見えてくる。その土地にずっと居続ける人間がちっぽけに見えて、自分が大きくなれる。そう、冒険というのは自分を素晴らしい存在へと変えてくれるものなんだ」
「……よくわからない」
「キミもしっかりとした冒険者になれば、僕の言葉がわかるはずだよ」
「だから意味がよくわからな――」
「いいかい。僕は怒っていない。ただ言い過ぎた所もあったし、やりすぎた所もあった。けど、キミ達もやりすぎた。お互い、スゴ腕の冒険者なんだから、こんなことがあってもおかしくない。全力を出し合った仲だ。僕はキミに意地悪するために、ケンカをしたかったわけじゃない。キミが少々いたずらが過ぎたからちょっと叱りつけようと思っただけ、キミの気持ちは十分にわかっている」
シーズはナトをなだめるようにやさしく
「成長したラッカ君といつか必ず会える。キミは優越感と向き合いながら少しだけ待つといいよ」
シーズはそう言って、ナトから離れる。
ナトは視線を下にして、口を動かす。そのカオは不満しかなく、シーズの言葉に納得できずにいた。
一方、シーズはナトが何も言わないことを見て、気持ちを汲み取ったものだと把握する。
「さあ、ラッカ君、行こうか。僕と一緒に冒険をしよう」
ラッカは視線を左右に動かし戸惑いを隠せないでいる。
「お兄さんからもう返事をもらっている。キミはこれから素晴らしい道に進むことができるんだ」
「……わたしがあなたと一緒に旅をすれば、もう怒りませんか?」
「当たり前だよ。むしろ、実力を見せてもらって感謝している。キミは必要な人材なんだ。その力を誰かのために使うのは正しいことだ」
シーズは手を差し出し、握手を求める。
「“英雄”のために奮う魔法の力でよりよい世界を創っていこう」
ラッカはその手を無意識に握ろうと手を伸ばす。胸のうちにある震えをなくすように、その手に触れようとする。
「待って」
ナトは二人の話に割り込むように声を発し、シーズの手をパッと掴み取る。
「何、企んでいるの? あなたは」
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