第31話 人間性を傷つけるとかいう一方的な見えない戦い
冒険者ギルドの館は冷めきっていた。
問題児の少年が正論をかざす青年に向かって口答えを始めた。
――反省の色を見せればいいものを、なぜ反論するのか?
つまらない自己弁明など信頼を失うもの。彼はそれをわかっていないと、冒険者たちはため息をついていた。
シーズの腕をつかんだナトはラッカに向けて言葉を発する。
「ラッカ、宝神具を持って傭兵二人の下へ」
「え?」
「回復。宝神具で宝神具を防いだなら、回復魔法も効くかもしれない」
「うん、わかった」
ナトの意図は汲み取れなかったがラッカは言われるがまま、傭兵二人の下へと行く。
「うまく逃がしたね」
「ケガ人を助けるのが先」
ナトはそう言うと、シーズの腕を離す。
「そういうことにしとこうか」
シーズは後ろに下がりながらズボンのポケットに手を入れた。
「さて、ナト君。さっき気になることを言っていたけど」
「あなた、何を企んでいるの」
「それ――、それそれ。いきなり疑うなんてヒドイね。僕はごく普通にキミの行動に対して注意して、しかも更生方法の取り扱い方まで提示したのに」
「あんなのただの私刑だ。勝手な言い分で僕を悪者にしようとしている」
「被害妄想で喋るなよ」
「妄想でなんかで喋っていない!」
ナトは語気が荒くなる。端から見れば、弁解にも聞こえ、無反省な態度にも見えてくる。
「おい、おまえ、なんでそういうことが言えるわけ? 少しは反省とかしたらどう?」
今まで二人のやりとりを見ていた冒険者たちもつい一言、言いたくなる。
「シーズはこういうヤツだが、社会のルールはわかっている。こどもの頃から冒険者をしていたからな。何も間違ったことを言っていない」
「ほら、普通に謝って。謝ってさ」
冒険者たちの声に対して、ナトは首を左右に振る。
「謝りません。いえ、謝る理由なんて何処にもありません」
「はあ?」
冒険者たちが苛立ちを口にする。
「こんな失礼なヤツがいるなんて、ホント、冒険者の地位も落ちたもんだ」
「本来ならボコボコにされているところを、温情で助け舟出してもらっているのに」
「そこまでして自分が折れない理由あるの? あったら教えてほしいな」
冒険者たちは一団にまとまり、ナトを糾弾する。シーズはそれを見て、イヤらしい笑みを一旦表して隠した。
「ナト君、これ以上敵を作る前に先に謝った方がいいと思うよ。冒険者は性格とか個性とかそういうのにはこだわらないけど、場を乱したりするヤツは嫌われる」
「別に場とかそういうのを乱していない。それに、ルールを設けた上で、ケンカをしたはず。それでスジを通していないとか言われるのは心外だ」
「違うんだよね。キミはヒトを困らせる優越感を持っているから反省してほしいと僕は指摘しているんだよね。――キミにある優越感は誰かを困らせて、必ずや悪い結果を生み出す。これはみんなの経験則であり、結果論でもある。だから、キミはもう二度とそんなことを感じないように、みんなと約束してほしい。努力を宣言してほしい。僕はキミからラッカ君を取り上げるのは、弱い自分と向き合ってほしいからなんだ」
「そうですか……」
ナトはそういうとシーズの眼前まで近づいていた。
それを見た冒険者の一人が声を荒らげる。
「やっぱり、あいつ! 何もわかっていないじゃないか!! あのガキ、絶対! 暴力で片付ける――」
「何もわかっていないのはオマエの方だ」
好き勝手言う冒険者に対して、戦士アダンが強く肩を握る。
「そや。ナトはんこそわかっているわ。優越感に浸っていたと認めてとるし、冒険者ギルドの館を壊したこともちゃんと謝ってとる」
商人ビロウはナトをフォローするようにそう言った。
「なら、謝れるだろう! それぐらい!」
「あんさんは頭を下げやすいヤツに責任をなすりつけるのが趣味か?」
ビロウの指摘に冒険者は口をとじる。
「ホンマあのイキりが調子に乗って、あることないこと大きく言っとる。そのせいでナトはんがまったく反省していないと思い込んで、悪者になっとる」
「でも信じられるか! 戦いに優越感を覚えているんだぞ! そんなこと感じながら戦うのはまともな人間の神経じゃな――」
「メタリック系の魔物と出会ったとき、優越感みたいなものぐらいあっただろう。経験値たんまり持っていてすぐレベル上がるって、ニヤニヤするだろう?」
冒険者はアダンの言葉にか細く「あ……」と小声で言った。
「誰にだってそういうのを覚えることがある。でも、それが悪い物だと指摘されたら自分は違うと言いたくなる」
「まあ、それが人間やな」
アダンとビロウはハハハと笑いあう。
「しかし、異様な空気を作り出したな、あの男は」
「どうやらこういう戦いもできるようやな、シーズは。人間性を攻撃する戦いをな」
「やり口が汚なすぎる。こういうのは審判みたいなヤツがいないし、当事者は戦いに巻き込まれていることも自覚できない。言うなれば、これは見えない戦い。気づいたらハメられていたと泣き寝入りするしかできない」
「まあ、ニイチャンはそれに気づいているのがせめてもの救いやな」
「こういうのは対応を間違えたら、社会的に殺される。自分の言葉がすべて無力になる」
「言われのない人格攻撃。デタラメな屁理屈でヒトを
「俺ならこの状況は逃げの一手しかないな、みんな頭が冷めてからじゃないと先に進めない」
「ワイも同感や。ここで変な口答えは不信を生む。残念やけど、ガマン一択。ヒトがヒトを疑う空気だけはどんな道具や武器を使っても壊せんわ」
大変、分の悪い勝負。二人はそれを感じている。
「さて冒険家、これも戦いだ。この見えない戦いを打ち砕くにはオマエならどうする? 何を武器にする? いや、そんな武器をもう見つけたんだろうな。オマエはさ」
場の空気は重たかった。
視線が痛かった。少年の周りにいる大人達は彼が悪者だと決めつけていた。
ナトはまとわりつく冒険者たちの視線をかきわけるように進み、シーズの目の前に立つ。
「シーズさん」
シーズはめんどくさそうに「早く言え」とぶっきらぼうに言う。
これ以上、何言ってもの状況を変えることなどできないと、彼はそう思っていた。
ナトはシーズの目を見ると、斜め90度に腰を曲げ、頭を下げた。
「ありがとうございます」
少年の突然の行動にこの場にいた大人達は皆、目を見開いた。
「ナト君、キミはなんで謝っているんだ?」
「謝っていません、これはありがとうです」
「ありがとう?」
「はい。父さんからちからのたねをくれた理由がわかりました」
「ちからのたねだと?」
「ボクは誰の力を借りずに冒険をしようとしていました。でもそれは、ボクがただただ一人で冒険できるとそんな優越感を覚えたいからであって、ホントに冒険をしようとは思っていませんでした。自分でなんでもできると思いこんで、そのできる自分が特別だと思って、すべてを台無しにするところでした。きっと父さんはそんなボクの弱さというか、優越感に浸りたいボクの感情に気づいて、遠回しに渡してきたのだと思います。こんなボクに、ボクの弱さを教えてくれてありがとうございます。これからボクは強くなります」
ナトは下げていた頭を上げた。
「うん、まあ、……がんばれ」
シーズはナトの思いがけない行動に牙を抜かれ、たじろぐしかできなかった。
「それと、シーズさん――」
ナトは続けて言葉を口にする。
「――あなた、勝ち逃げしようとなんてしていませんか?」
シーズは素知らぬ顔で応えた。
「勝ち逃げ?」
「ええ、あなたは有利な立場でこの場を切り上げてようとしている」
「誰がそんなこと考えるか」
「戦いの終わり方には三つある。大勝、辛勝、引き分けの三つだ。大勝は相手をぶちのめす。辛勝は良い所で戦いを切り上げる。引き分けは仲介者が入り込ませて、戦いの泥沼化を避けることだ。あなたが先ほど、交渉してきたパターンを当てはめるとこのパターンは辛勝、つまり、少しでも有利な状態で勝ち逃げするパターンだ」
「ナト君、それは僕が戦いを仕掛けている前提で話をしているよね」
「ええ、シーズさん。ボクに向けて、根拠のない言葉の暴力でボクをねじ伏せようとしましたよね」
「そんなつもり、僕はないけどね」
「すでに戦いは仕掛けられています。少なくとも、ボクはそう感じています」
「いやいや、戦いなんてさ、物理的で殴り合うものだろう。こういうのが戦いなら人間同士のお付き合いとか全部、戦いになってしまうじゃないか?」
「戦いは欲しいものを手にするための手段、あなたは欲しいもののために、ボクに見えない戦いを仕掛けてきた――」
「おい、ちょっと待て」
ナトの言い分に、冒険者の一人が待ったをかける。
「なんで、そういうこと言える立場なんだよ、オマエ。どう考えても、今は反省会だろう」
「反省?」
「そうだ! オマエは自分にある優越感に関して、猛省しないといけな――」
「彼がそんな正しいことを言うタイプに見えますか? いえ、それどころか、この冒険者ギルドの館の中で一番、優越感に浸っていたのは、シーズさんじゃないんですか?」
まったくもってそのとおりである。
「彼はアメとムチを使い分けていました。ひたすら、ボクの人間性に攻撃をしつつ、周りの冒険者もそれに乗っかかるように、舞台を作り上げました。ボクの自尊心がボロボロになったそのとき、キミは悪くないと言って、傷ついたボクの心を癒やす言葉のアメを与えてきました。ちょっと気分が良くなりました。ホントに、彼は正しいことを言ってるんじゃないかと半ば思い込みました」
「僕は普通に接しただけなのに、そういうこと言うんだ」
「少し黙ってくれませんか?」
シーズは「はいはい」とめんどくさそうに応えた。
「これはペテン師がよく使う手口です。相手のことを悪く非難して味方を斬り捨てて、自分だけがホンモノの味方だと思いこませる。まさか、ボクがこれを仕掛けられるなんて夢にも思っていませんでした。途中までは、僕は悪いことしていたのだと、思い込んでいました。けれど、考えるうちにあることに気づきました。――もっとも優越感に浸っているのは誰かと。……言うまでもありません。シーズさんです。ヒトの人間性を値踏みするような彼こそが、一番、戦いの最中に優越感に浸りたい人間だと思います」
「言ってくれるな、ナト君。でも、僕が一番優越感とかにこだわる人間なら、僕は最初かは頭打ちに入っているはず」
「なぜか人間、話をしていると、話をする人間についてあまり考えないモノです。どうして話す側の人間の人間性について問題視しないのか不思議です。ボクはその見落としにまんまとハマりかけました」
「へぇ」
「ヘラヘラ笑いながら、戦いと言えない戦い方をする。こっちが必死になって勝利の糸口を探しているのに、そっちは腹の底で笑っている。そんな笑いの意味がわかると、すごく怒りが湧いてきました。そして、同時に頭が冴えてきました。これは見えない戦いなんだと、気づきました」
「気分悪いね。せっかくキミを素晴らしい冒険者にしようとしているのに」
「残念ながら、ボクはまだ冒険をしていません」
「まあいいや。……ところで、ナト君。ちゃんと確証あってそれを言ったんだろうね」
「確証?」
「そうだ、確証だ。証拠ぐらいあるだろう? 僕がキミに戦いを仕掛けたと言える絶対的証拠と言える根拠がさ」
シーズは何かを思いついたのか、ゲス顔を見せてくる。
「そうだ。これは
「ボクはそんなことをしていない」
「いや、キミこそ僕を貶めようとしているだろう。それでパーティーが壊れて、冒険に支障が出たらどうするの? 信頼は魔法なんかで回復できないぞ」
シーズは少しずつナトに詰め寄る。
「もし、裏付けのない言葉で僕を攻め立てたのなら僕はキミを許さない!」
「脅迫ですか?」
「これは脅迫じゃない、警告だ。もうこれ以上、踏み込むな。いいな!」
ナトはシーズに気圧され、言葉が途切れた。
「そうだ、いいコだ。――あるわけないんだよ。僕がキミに戦いを仕掛けたなんて言える証拠なんてさ。僕はキミに反省してもらうためにああ言っただけで、キミの人格を攻撃する気なんてさらさらない。そう、僕は無実なんだよ」
シーズはそういうとラッカの方を見る。
「ラッカ君はどうなったかな。傭兵二人の回復が成功しているといいね。さて、様子でも見に行くか――」
「――英雄」
シーズは立ち止まる。
「英雄。あなたはラッカと話している時に頻繁にその言葉を口にしましたね?」
「……それが何? それが何になるの」
「それが裏付けです。あなたが僕に求める確証。いえ、裏付けとなる言葉です」
「意味が分からないな。英雄という言葉ぐらい誰も夢見て、口にしたがるだろう?」
「意味はありますよ。冒険者が英雄になるためには冒険者ランクを上げる必要があります。今のあなたはランクAA。次のランクSになるための、最後のクエストをクリアすれば、晴れて英雄の仲間入りになれます」
「そうだね。それで僕の言った英雄と何の関係があるの?」
「あなたはもう英雄になった気になって、英雄と言葉を何度も口にしていた」
「口走っただけだよ。そういうクセがあるんだよ、僕は」
「そのクセというのはあなたの優越感ですか?」
シーズは口を閉じる。
「英雄をモノにできた。だから自然と英雄と言う言葉が思わず、口に出てきた。そうではありませんか?」
「もしそうだとしても、英雄の条件にはならないだろう?」
「ええ、そうですね」
「だろう。疲れていたんだよ。エリクサー欲しくなるぐらいなんだからそういうことも言いたくなるときも……」
「けれど、英雄の条件を手にしたのなら、そう言いたくなりますよね」
またしてもシーズは口を閉じた。
「そして、その条件というのはボクの妹、ラッカだとしたら?」
「――“宝神具使い”は珍しいからね。誰もが欲しがるよ」
「そんなものですか?」
「そういうものだよ。欲しいものはどんな手を使ってでも欲しくなる」
「ボクの人格を攻撃してでもですか?」
「その点については謝るよ」
「謝罪はいらない。ボクが求めるのは、あなたがボクに対して見えない戦いを仕掛けたその証拠のみ」
「意固地だね。そんなのじゃモテないよ」
「冒険者として食べていけるときに考えます」
「冒険はそんなに楽じゃないよ。生活やランクアップのために、クエストをこなさないといけないよ」
「冒険していないのに?」
「それはキミの方だろう?」
「痛いとこつかないでください」
ナトはそう言うが、へこたれた表情を浮かべる様子は何処にもない。
「――でも」
むしろ、確固たる自信が彼の中に息づいている。
「あなたにとって冒険は自分の優越感を増幅させるためのものだ。それならラッカを仲間にした所でたいした意味もない。なのに、あなたはラッカを手にしようとした。これは不思議だ。どんな意図で冒険するのか?」
「育てたいじゃないか。これから大きく成長するまほうつかいの姿を」
「踊りコや傭兵を組む貴族パーティーがそんなめんどくさいことしますか? しかも、魔法を効かないことを隠したがるあなたにとって、魔法を使う人間とパーティーを組むなんて考えられない」
「そういうのもしたいこともある。なんせ、僕にとって冒険は楽しむのが目的なのだから」
「いえ、あなたの目的は楽しむことじゃなくて、英雄になることでしょう? 冒険者協会からもらったランクアップクエストをクリアすること、それが冒険者ランクAAのあなたが英雄になるための条件」
「ふーん。まあ、そうだね。そういうことにしとこうか。でもね、キミはちょっとボタンを掛け違えているね……、僕が英雄になる条件を見つけることじゃなく、僕がキミに戦いを仕掛けている証拠なんだよ」
「だから、その条件がボクに戦いを仕掛けている証拠になります」
シーズは自分の口から証拠を自白したのか、思い出す。しかし、自分の発した言葉からそれは言っていないと安心する。
「キミの勘違いじゃないかな? 見えない戦いというのはキミの被害妄想が生み出した心の幻想なんだよ!」
「可視化します」
「はぁ?」
「見えない戦いを可視化して、ボクにあった優越感の“罪”はただの人格攻撃だったことを白日の下に晒します」
「できるものならやってみな。もしそんなものがなかったらキミは冒険者失格。もう二度と冒険ができないことを覚悟しろ」
「言われなくてもわかっています」
ナトはシーズの今までの行動が見えない戦いである証拠をこう推理する。
「あなたが英雄になる条件とラッカを欲しがっているその理由。それが結びつく線はただ一つ」
一度、呼吸を置き、そして言葉を足す。
「あなたのランクアップクエストは『宝神具使いを探せ』とかじゃないんですか?」
シーズは表情を変えず、素知らぬふりでナトを見る。
「宝神具使いを手に入れるために、あなたはボクの人格を攻撃して、ボクから大切なものを奪おうとした。そして、その目論見はうまく行った」
「人格攻撃で奪えるものか?」
「ボクに“罰”を与えるために、優越感を“罪”として称してボクに罰を与えようとして、ラッカを奪おうとした」
「そんなまどろっこしいマネをするタイプか、ボクは」
「自分のことをだいぶ気にするあなたなら、少々回り道するはずだと思います」
「よく言うね。でも、ラッカ君を手にしようとしても、見えない戦いの可視化条件にはならない」
「見えない戦いでも見えるものがある。それは欲しいもの」
「欲しいもの?」
「欲しいものがあるからヒトは戦う。ある者は生きるため、ある者は守るもののため、そして、ある者は名誉のために戦う」
ナトは今までに見せたことのない形相で、シーズを強く弾劾する。
「確証は“英雄”。それは名誉欲。優越感を確かなモノだと考えるあなたならではの強い強い欲望。これが勝ち逃げしようとしたあなたがボクに求めた裏付け、見えない戦いの確証だ」
ナトはそういうとつかれたのか、床の上に座り込む。
「後はまかせる」
地べたの大の字になって、横になった。
「ったく。何、わけの分からないことを言ったんだ? コイツ」
「お利口すぎて、頭のネジがぶっとんだんだろうな」
「確証があるって言ったクセに。結局、確証なんてなかったな」
「やっぱり、コイツにはキツイおしおきが必要だよな」
冒険者たちは薄ら笑いを浮かべ、次々とナトを非難する。
「シーズ……」
シーズはマングローブの呼びかけに反応せず、大の字に寝るナトの姿をただただ見つめる。ポケットの中に入れた手をうずうずと動かしている。
「逃げよう。もう時間の問題よ。ねぇ? ねぇ」
マングローブはシーズの腕を引っ張るが、彼はそこから離れようとしない。
「そうだ」
アダンは気づいた。
「オーナー。シーズのクエスト、彼がランクSになる必要なクエストを教えてくれないか」
「ええ、なんで?」
「俺達はシーズのランクアップクエストなんて知らない。もちろん、ナトもそんなことは知らない。でも、ナトの推理が当てはまったら、シーズがしていたのは単なる人格攻撃をしていたことになる」
「えっと、どういうこと?」
「欲しいもののために、ヒトは戦う。つまり、シーズは英雄になりたいから宝神具使いのラッカちゃんを手にしようとしていた図式が成り立って、これは欲しいものがあったから人格攻撃をした戦いと可視化できる」
「だからどういうことなの?」
「ラッカちゃんを手に入れたいシーズの“動機”が彼のランクアップクエストの“目的”と結びつくかどうか知りたいんだ!! もし、結びついたら、シーズは英雄になりたいから、ナトに見えない戦いを仕掛けていたってわかるんだよ!!」
「ああ、そういうことね。最初から説明してよ」
オーナーはマイペースに冒険者ギルドの館にある戸棚から帳面を取り出す。
「あったあった。かいつまんで言うね」
オーナーは帳面のページに指でなぞりながら、シーズのランクアップクエストの中身について、声を出す。
「――貴方がランクSになるためのクエストは、この世界で数名しかいない宝神具使いを探すこと。すなわち、宝神具とその使い手を見つけ、冒険者協会へと連れて行く。これがランクS、貴方が英雄になるための条件だ――」
今まで不可解な行動をしてきたシーズの動向について、ふりかえよう。
シーズは、戦いの中で優越感があることはパーティーを壊す行動だとナトを激しく責め立てて、冒険者たちを味方につけた。冒険者たちの猜疑心を駆り立てたシーズは、彼の優越感は罪だと決めつけ、ナトに罰が必要だと言った。冒険者たちはその言葉にのっかかり、シーズが正しいと思い込んだ。そして、その罰を償うためには、ラッカをナトから遠ざけることで自分の罪を見つめることができると口にした。こうして、シーズはラッカを手にしようとした。
どう見てもこんな横暴が通るわけがない。けれど、シーズはあまりにも大胆すぎる行動でナトを敵に仕立て上げることに成功し、ラッカを合理的に手にできるあと一歩まで来たのであった。
これがシーズの仕掛けた、見えない戦いの
空気が止まった。
異様な地場が働き、青年の発する言葉がすべて正しいことと思わせた空気が停止した。
そして、空気の流れはそれとは違う方向へと流れ出し、加速していく。
「……っと」
変わり始めた空気を感じたナトはパッと立ち上がる。
「アダンさん、すいません。ちょっと疲れたんで」
「別にいい。しかし、まさか、オマエの考えどおりだったなんて……」
「ついで」
「ついで?」
「正直言って、ボクはこの空気を壊したかっただけ。人間が人間を疑う異様な空気を払いたかったのが、ボクの本音だった」
「ちょっとまってくれ。まさか、オマエの推理は当てずっぽうだったのか?」
「いや、それは100%わかっていた。彼が宝神具にご熱心なのはわかっていた」
「ひゃくぱーせんと?」
「シーズさんがラッカのことばかり見ていたから。14才のラッカに興味のなかった男が異常なまでにラッカを気にしていたから、ああ、宝神具を狙っているんだなって」
「えっと、なんでそれを感じ取れたんだ」
「これでもお兄ちゃんですから。妹を大事にしたいのは兄としての務めです」
ナトは胸を張る。
「ボクは推理なんてするつもりなかった。けれど、この空気を壊すためには、それが一番使える武器だと思った。ヒトが魔物になってしまいそうな異様な空気を打ち砕くには戦いの可視化が必要だった」
ナトはシーズを見る。
シーズは視線を下にし、ただただ、せせら笑いをする。
「あぁぁあ……あぁぁあ……」
いたずらをしたこどもを煽るみたいに、同じ母音を口にする。
「せっかくの僕の“思いつき”が、過去最高のアイデアが生まれたのに。この場にいるみんなが納得して、僕が一番得する方法をひらめいたのにさ」
シーズは一度、大きなため息を吐く。
「ナト君、やっぱり、キミは頭がいい。でも、性格が最悪だ」
「今度から気をつけます」
「猫のかぶり方も最悪だな」
シーズは両手にポケットを入れながら、ナトの周りを歩き始める。
「僕の“思いつき”はなかなか冴えていたと思ったんだけどね、ここまで頭を働かせるとは」
「“気づき”です。ボクの“気づき”があなたの心に触れたんです」
「つまらないことを言うね、キミ意識高い系?」
「それはこっちのセリフです」
「増長するなよ。こっちはけっこう頭に来てるんだからさ」
「それもこっちの――」
「だから増長するなって言ってるんだよ、クズが」
シーズから穏やかさが消え、隠していた感情が露出する。
「欲が出てしまったね……。……あれさえなかったらな。まったく、いけないいけない。場の空気はすべて僕のモノになっていたのに、どうして、うまくひっくり返せたのかな?」
シーズは歩くのをやめた。
「さて、どうしようか、この状況」
「この状況?」
「気づいてよ。キミは間違ったことをしたんだよ」
「間違ったことなんてしたつもりはない!」
「――したんだよ。キミは取り返しのつかないって」
シーズは片手をポケットから取り出すと、ナトに向けて指差す。
「僕の平和的解決方法はいらないって言ったことに早く気づいてよ」
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