第5話 争いの種とかいう頭痛の種
ナトとラッカはサイゴの町にあった食堂で食事をしていた。
「なあ、ラッカ」
「何、お兄ちゃん」
ラッカはパンをちぎるのをやめ、ナトの呼びかけに応える。
「サイクロプスおじさんの鉄の玉のことなんだけど」
ナトは深刻な表情で話を切り出す。
「……うん」
ラッカの返事が暗い。それもそのはず、サイクロプスおじさんが投げた鉄の玉がぐちゃぐちゃに潰れていたのを見たからだ。
「あんな目にあって、こんなことを言うのはおかしいかもしれないけれど――」
「うん」
「あれ、どうにかして道具屋で売れないかな」
ラッカの身体がドテッと落下する。
「サイクロプスの砲丸って、けっこうレアアイテムだと思うんだよね、うん」
「お兄ちゃん! わたしたちの命よりお金の方が大事なの!?」
「違うんだよな。ボク達、お父さんとお母さんと同じエリクサー病の血を引いてるじゃない? だから、ああいう一般人が知らないようなモンスターが持っているアイテムはすごく興味があるんだよ。いったいいくらになるかって、さ」
「現金だね、お兄ちゃん」
「どっちの意味で?」
「両方だよ。両方。まったく」
「でも、一応、所有者はボク達じゃない、あの鉄の玉。だからさ、道具屋で売っぱらった」
「そういえば、お兄ちゃんは気づかなかったかもしれないけど、家のガレキが散らばっていたよ」
「――このシチュー意外と美味しいな、ラッカ」
「唐突とうまいこと話を変えるね、お兄ちゃん。そういうところ、わたしは好きだよ」
「ありがとう」
ラッカは『ほめてない』って、内心呟いた。
「でも、お兄ちゃん、ちからのたね食べていたのに昼ごはん食べられる?」
「うん、別腹別腹」
「普通逆だよね? おかしと同じだよね?」
「ちからのたねは、一粒目は美味しいんだよ。“ナトはちからがあがった!”って、頭の中でメッセージが浮かぶんだ。けどな、それが2つ3つ続けて食べると、そのメッセージがウザく感じてくるんだよ」
「けっこう苦痛なんだ……、ドーピングアイテム食べるの」
「ラッカも、もし、どこかでちからのたねを999コ食べるときは、頭をからっぽにして食べろ。でないと、脳内メッセージが“○○はちからがあがった”で
「ちからのたね999コも食べることないから」
「……かしこさのたねは?」
「それはあるかも」
ラッカは手にしていたパンを食べ終え、ミルクの入ったマグカップを口にする。ラッカの口元に白いおひげがついた。
「それでどうするの? お兄ちゃん。これからどこに行くの?」
「決まっているだろう? 冒険者ギルドに行くんだ!」
「冒険者ギルドって、もう少しヒネリないの?」
「ヒネりってなんだよ、ヒネリって」
「王様に謁見とか、仙人に弟子入りとか――」
「王様はまだわかるが、仙人ってなんだよ……」
「お父さんも言っていたけど、冒険者になるには冒険者協会に登録しないといけないって」
「この町にもあっただろう? 冒険者ギルドぐらい。双剣と盾が印の」
「あった?」
「あったよ。ちょっと見つかりにくい場所にあったけど」
「じゃあ、行きましょう」
「うん、――ポリ」
ナトのちからがあがった。
「今なんか、お兄ちゃんの力があがった気がしたけど」
「食後のちからのたね」
「ちからのたねを食べる時はわたしに見せてね。数えないといけないから」
食事をすませた二人はサイゴの町をぶらつく。
サイゴの町は数十年前、魔王城と邪竜の山に挟まれた辺境の町であり、ここに住むヒトビトは日々死を覚悟しながら暮らしていた。しかし、魔王が倒れ、邪竜が封印されたことで、サイゴの町は活気を取り戻した。
――どんなことがあってもサイゴはカツ! というスローガンの下、サイゴの町のヒトビトは日々を元気に暮らしている。ちなみに、サイゴの町を取り囲むレンガ壁はモンスター達の侵入を防いだその名残である。
ナトはその壁に沿って、左右を確認する。
「ここだ、ここ」
ナトは立ち止まるが、ラッカは首をかしげる。
「ここって言われても……」
「よく見ろ、このレンガの模様を」
「ねずみ色の二つ剣と青色の盾の模様?」
「そうだ。そして、この壁を押すと――」
ナトは双剣模様のレンガ壁を押すと、レンガ壁が廻る。なんと、レンガ壁は回転扉になっていた。
「父さんは言っていた。冒険者ギルドはモンスターにとって
回転扉の反対側は町の壁と同じ色をしていた。
「へぇ~、確かにこれは見つからないね、これは」
「父さん、ああ見えても立派な冒険者だったんだよ」
「そうだね! パパはゼッタイ偉い冒険者!」
二人は自分の父親を誇りに思い、冒険者ギルドの中へと入っていた。
サイゴの町にある冒険者ギルドはヒトがまばらだった。
冒険者と呼べるヒトは誰一人なく、職員達が雑談をしている。
「……ヒマみたいだな」
「ヒマだね」
二人はそう言いながら、冒険者ギルドの受付へと向かった。
受付にいる冒険者ギルドのオーナーは雑誌を読んでいた。
「あの、すいません」
「はぁ?」
気分悪そうに返事する。
「冒険者ギルドに登録したいんですが」
「ああ、アンタ始めて?」
「あ、はい」
「ホントか? こんな
「ええ、まあ、えっーと、うん」
ナトは長考したが、「……ボクは素人です」としか言えなかった。
「こいつはケッサクだな!! ハハハ」
オーナーは雑誌を持ちながら手を叩く。
「いいぜ、あんたは冒険者だ。他の野郎がとやかく言うかもしれないが、あんたは冒険者だ。ここにある仕事をやるよ」
「いいんですか?」
「ただし! 冒険者協会で登録してからな」
「え~」
「え~じゃない! 冒険者協会で登録してもらわないとこっちも困るんだよ!」
「じゃあ、登録します」
「だからぁ、ココじゃなくて、別の街だよ」
「えっと、何処?」
「サイショの街。サイショの」
「さいしょ?」
「そう。サイショの街まではここから南にある港町ナンコーから船に乗って、貿易都市モラッタまで行く。そこから北へ進めば始まりの都市サイショの街に着く。そこまでたどり着くにはだいたい3週間かかる」
「……メンドくさい」
「冒険者の登録はサイショの街でやってもらうのがしきたりなんだよ」
「もういいや、酒場で仕事探して見るから」
「ギルド以外で仕事を受けるのはやめた方がいいぞ。冒険者ににらまれる」
「じゃあ、その辺にいるモンスターでお金稼ぐから」
「モンスターを勝手に倒すのはやめた方がいいぞ。正当防衛以外で戦ったら、協会に目つけられて、冒険者たちにハンティングされるぞ」
「え? どうしてモンスターを狩るのに、協会から目をつけられるの?」
「乱獲だよ、モンスターの乱獲。何処のバカがわかんねぇが、
「ヒドイ、……どうして」
「なんでも、その
「乱獲するぐらいに、魅力あるレアアイテムだったんですか?」
「ああ。冒険中、1つか2つ、いや、運が悪ければドロップしないアイテムだ」
「そんなに魅力的なアイテムだったら一度目にしてみたいな」
「若い冒険者ならそう言うかもな」
「えっ!」
オーナーの一言に、ナトの目が光輝く。
「ホントにそれはすごいアイテムなんですか?」
「あぁ、そうだ」
ナトの心が期待に高まる。
「なんせ、そいつはちからのたねで、力の能力値を上げるドーピングアイテムなんだからな」
ナトは口を閉じた。それと同時にナトの脳内で父親の立派な像が見事に崩れていった。
「最悪だよな。自分の力を上げるために、罪のないモンスターたちをこれでもか! と言わんばかりぐらいに、狩りに狩ったのだからな」
「えぇえ……」
「冒険者協会もさすがにこれにはオカンムリで、モンスターの乱獲を行われないように、あらゆる仕事の依頼は冒険者ギルドに任して、モンスター退治も冒険者ギルドの裁量で決めるようになった」
「あははは……」
もう彼の口からは、かわいた笑いしか出てこない。
「ホント、ドーピングアイテムの独占は許されないよな、ボウズ!?」
ナトの目線は激しく泳ぐ。
「ええ、そうですね! ええ、ええ!!」
「どうした? ボウズ、さっきから変な汗がダラダラっと出てとるが」
「さっき、桑の実入りのシチューを食べたんで……」
「桑の実って、汗かく作用なんてあるのか?」
「いや、知りませんよ、ハハハ」
「変なヤツだな」
「ええっと、とにかく、冒険者協会に行けばいいんですね」
「ああ、そうだ。だいぶ遠いから覚悟しろよ」
冒険者ギルドから出てきたナトとラッカは空を見た。
雲はゆっくりと流れ、空は青い。
それを見て、二人は「ハハハ」と
「……ちからのたねってなんだろうな」
「争いの種じゃない」
「誰がうまいこと言えと」
ナトは思わずそう言ってしまった。
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