第6話 道具屋でちからのたねが売れませんとかいう深刻な話


 ――冒険者登録をするためにはサイショの街まで行かなくてはいけない。サイゴの町からサイショの町までは3週間以上かかり、その間、冒険者としての仕事ができない。

 ナトとラッカはその事実を思うたびに、大きなため息が出ていた。

「とりあえず、サイショの町まで行かないといけないの?」

「そういうことになりそうだ」

「そこまでのお金持ってる?」

 二人は沈黙する。

「そうだ! ちからのたねを売ればいいじゃないか!」

「でも、乱獲されたモンスターのレアアイテムじゃない!?」

「誰かが隠していたツボの中を割ったら、見つけました! で。いいんじゃない?」

「別の意味でヤバくない?」

「だいじょうぶ。冒険者ならツボ割りぐらいは合法だって、父さん言っていた」

「ツボ割りは器物破損、その中に入っていたものを取ったら窃盗せっとうじゃない?」

「犯罪者の取り締まりは冒険者ギルドがしているみたいだからだいじょうぶ」

「なんだか冒険者ギルドって犯罪者集団みたいに聞こえる」

「ハハハ」

「でも、ナトは冒険者登録してないよね」

「あ……」

 二人はまたも沈黙する。

「とりあえず、家にあったちからのたねを持ってきましたでいいんじゃない?」

「そうだね。そういう設定で行こう」

 二人はサイゴの町にある道具屋へと向かった。


 道具屋に来た二人は女主人にちからのたねを差し出した。

「これ、売れますか?」

 ラッカは女主人に質問すると、女主人はちからのたねをつまみ、縦から横から後ろから覗き込む。

「これ、売れないね」

「レアアイテムだから?」

「レアアイテムだからというワケじゃない」

「乱獲された人狼ウェアウルフの持ち物だからですか?

「そういう話は聞いたことあるけど、それは冒険者ギルドの中の話だろう。こっちは商売で言っている」

「商売?」

「ああ。アタシら道具屋は客にマズいモノを出しちゃいけない。例えば、使い物にならない薬草を売られたらどう思う? 腹立つだろう? そういうやからは酒場の掲示板であることないこと書き込んで、自分の正義を振りかざしたくなるもんだよ」

「まあ、そうですね。でも、それと“ちからのたね”がどう関係が――」

「原産地のわからない農作物は引き取れない」

 ナトは『そっちの話ね』と、思った。

「アンタだって原産地のわからない野菜でできた料理を食べたくないだろう? 安全性? もしかして魔界の毒沼で作られたのか? と思うだろう?」

「ええ、まあ」

「そういうことだよ。ちからのたねの原産地がわかればすぐにでも引き取るよ」

 道具の女主人はラッカにちからのたねを返す。

「ちからのたねの原産地って、わかるものですか?」

「モンスターが秘密裏に作っているからね、こういうドーピングアイテムは。生産地は不明かも」

「原産地がわからないなら引き取りは不可能じゃない?」

「ははは、そうだね。お兄さん。ははは」

 どちらにしろ、女主人はちからのたねを引き取る気はない。

「ラッカ、最後の手だ」

「ヤダ」

「やだって」

「賢者の杖を売れって言うんでしょう?」

「うん」

「絶対ヤダ」

「お兄ちゃんの力になってくれないか?」

「お兄ちゃんの力になってくれるのは“ちからのたね”だよ」

「だから、ラッカ、うまいこと言うなよ」

「ハハハ。二人はうまい漫才師になれるよ」

 女主人がそう言うとはたきを取り出し、掃除を始める。

「そうそう、その賢者の杖。うちじゃ引き取れないし、何処の店も引き取れないよ」

「引き取れない?」

「賢者の杖は術者が使う杖じゃなくて杖が術者を認める杖。つまり、アンタはその杖に認められて、他の術者以外は使われたくないということ」

「この杖が?」

「そう。賢者の杖を持つ者、必ずや奇跡を引き起こす。その奇跡は多くのヒトを幸せへと導く。そんな幸せを呼ぶ道具がアタシの店みたいな汚らしい場所で並ぶよりも、もっと日の当たる場所に行くのがいい。その方が杖も喜ぶはずさ」

 その言葉を耳にしたラッカはナトの方へと向く。その手にあった賢者の杖は今までよりも強く握られていた。

「――お兄ちゃん。わたし、この杖を大事にするよ」

「そ、そうか」

「だから、売るなんて言っちゃダメだよ」

「う、うん」

 ナトは心の中でどうにかして賢者の杖を売る方法を探っていたが、妹の一押しでその考えをやめることにした。

 

「でも、どうするんだ? これから先」

「そうだね……」

 二人は悩んでいると、道具屋の扉を開く音が聞こえた。

「おばさん! 荷物、持ってきたよ!」

 厚着の鎧を身に着けた女性が道具屋の中へと入ってきた。

「リューリューかい?」

「うん」

「荷物は?」

「ドラゴンの首元にくくりつけてあるよ」

「ちょっと取ってきてくれないかな? アタシじゃ取りにいけないから」

「あ、そうだね。ゴメンゴメン」

 リューリューと呼ばれた女性は道具屋の外へと出ていく。

「少しそそかしい所あるね、あのコは」

 道具の女主人はそうつぶやきながら、道具屋の外へと行った。

「行っちゃったね、お兄ちゃん。わたしたちも外に……」

「……なあ、ラッカ」

「何、道具屋で二人しかいなくなったときを見計らって」

「とある冒険家は、少しだけよそ見をした道具屋の主人の前でアイテムを持ち出す荒技あらわざを行ったんだ。すると、その冒険家は名前がドロボーになってしまって、村にいる住人達からもドロボー、ドロボーと呼ばれるようになったんだ。そして再び道具屋の主人の所へ行ったら、その冒険家は殺されてしまったんだ」

「それでお兄ちゃんはドロボーと呼ばれたいの?」

「冒険者たるもの、一度はやってみたいのは主人のいない道具漁り!」

「そういうのは冒険者登録してからにしてね」

 ラッカはナトの手を引っ張って、道具屋の外へと出た。


 ドラゴンがいた。

 サイゴの町の道具屋の前で手綱てづなを付けたドラゴンが身を伏せていた。

「ゴメン、もう少ししゃがんで」

 リューリューに言われるがまま、ドラゴンは更に身を伏せた。

「そうそう、――と」

 リューリューはドラゴンの背中にあがり、テキパキと首元にくくりつけていた紐をほどく。すると、ドラゴンの首元にあった荷物がドサッと落ちた。

「ゴメンだけど、店の奥まで運んでくれない?」

 道具屋の女主人はリューリューにお願いする。

「ええ……」

「イヤそうなカオをするなって」

「重いって。ウチのドラゴンもイヤイヤ言いながら運んだ」

「そうかい? はぁ、こういうとき、男手があればねぇ~」

 女主人はちらりとナト達を見る。その目線に気づいたのか、ナトはドラゴンの下へと行く。

「兄さん、お手伝いしてくれるのかい?」

「勿論ですよ」

 ナトは自分の背よりも大きい荷物を手づかみする。

「だいじょうぶ? それ、ウチのドラゴンが必死になって運んだものですごく重たいものだから、中身をバラさないと」

「確かに、ヤバイぐらいに重いな。――よいしょ」

 ナトは荷物の底を両手のひらで受け止めると、それを頭上の上まで持ち上げた。

「え?」

 リューリューは目が飛び出すほどに驚いた。

「兄さん、大した男だね。何処で働いていたの?」

 女主人の質問に、ナトは応える。

「いや、まだ働いたことがなくて」

「兄さんなら、いい騎士になれるよ。そんだけ腕っぷしがあれば」

「ボクは冒険者になりたいので」

「そうかい。そういえば、兄さん。この辺で見かけないカオをしているけど、もしかして……」

「あの~、腕がぷるぷるしているから、早いところ置く場所を教えてくれませんか」

「ああ、ゴメンゴメン。道具屋の裏にある勝手口にでも置いてくれればいいよ」

「わかった」

 ナトは女主人に言われるがまま、道具屋の勝手口へと向かった。

 ラッカはナトの後を追い、彼の耳元でこそこそと離すと

「お兄ちゃん、何処でそんなバカぢからを身につけたの?」

「ちからのたねだよ。ちからのたね」

「……あれ、ホンモノだったんだ」

「ちからを上げると役に立つな。こんなデカイ荷物もすごく軽く思える」

「じゃあ、お兄ちゃん、あーんと口を開けて」

 ナトはいぶかしげな表情をしながらも、口をあーんと開けた。

 すると、ラッカはナトの口へ、ちからのたねを放り込んだ。

 ナトは放り込まれたちからのたねをパリポリと食べた。

 ナトのちからがあがった。

「こういうことは荷物を置いてからにしてくれない?」

「ちからのたねが役に立つと知ったら、もっと食べると思ったから」

「もう少し普通に食べさせて」

 ナトは大きな荷物を置くと、二人は女主人の待つ場所まで戻った。

「ごくろうさま、あの荷物をひょいひょいと運んでくれて」

 女主人のお礼にナトは「いえいえ」と、謙虚けんきょに応えた。

「何かお礼をしたいけれど、何か欲しいものある?」

「やくそう、どくけしそう、せいすい、簡易テントに火薬玉に」

「欲張るね。できれば、一つに絞って欲しいのだけど」

「うーん」

 ナトはこれまでに見せたことのない真剣な表情で腕組みをする。

「――これは生きるか死ぬかに等しいぐらいに難しい問題だな、ラッカ」

「お兄ちゃんにある“ほしいものリスト“のページは3ケタぐらいありそうだね」

「でも、欲しいものと言われたら、何を選べばいいのか……」

「お兄ちゃん、これからサイショの町に行くのだから、その分の運賃をもらったら?」

「そうだな、そうしようか。すいません、お駄賃でお願いしたいんですが?」

「できれば、お金よりもモノの方がいいんだけどね」

 女主人が思考をめぐらせて、視線を動かすと、リューリューの目に止まる。

「リューリュー、ちょっといいかな?」

「まさか、その二人をウチのドラゴンに乗せてと言うの?」

「そのつもりだけど」

「あのね。ドラゴンは気性の荒い生き物でとても危ないの。私でも力を持て余しているのに、このコ達を乗せるなんて!」

 リューリューが女主人に声を荒げている他方、ナトはリューリューのドラゴンと話をしていた。

「元気か?」

「ガアァ」

「コンニチハ? ああ、こんにちは」

「ガア、ガア」

「オマエ、オモシロイヤツ。そうか?」

「ガァガァガガァ」

「オマエ、ハコンダ。アンナ、オモタイモノ」

「ガー。ガ、ガガ」

「キニイッタ。オマエトナレ。フレンズ二?」

「ガアァ」

「いいよ。なろうよ、ドラゴンフレンズ」

 ナトとドラゴンの会話は和気藹々わきあいあいと盛り上がっていた。

 一方、その会話を見ていたリューリューは頭を抱えた。

「気性の荒いどころか、だいぶ気が合ってるみたいだけど」

「おばさん、言わないで……」

 リューリューはおばさんの提案を受け入れ、二人をサイショの町へと連れて行くことになった。

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