第36話 人間とかいう魔物
「ナト、トンカチ持ったら、すぐ釘を叩くよな」
「とうさん、ダメ?」
「ダメ。ちゃんと釘がまっすぐ打てているかどうか見ないと」
「そういわれても、くぎみたらすぐうちたい」
「それでまっすぐ打てなかったら意味ないだろう?」
「まあ、そうだけど」
「そうだな。……よし! 今日は冒険家の必須スキル“気づき”のレクチャーをしてやろう」
「ええー」
「どうした? スキルとか聞いたらすぐ興味わくなのにその嫌がる素振りは。“気づき”はな、使えるスキルなんだぞ」
「このまえ、とうさんからかくとーじゅつをおしえてくれたとき、ぜんぶマスターするのに、いっかげつ、かかったよ」
「まあ、格闘は格闘だからな。ひとつひとつ丁寧に教えないとケガする」
「こんどはどれだけかかるの? はんとし? いちねん?」
「そんなにかからねぇよ。ざっとな、五分ってとこかな」
「ごふん!?」
「いや、素質がない奴なら十年、三十年、いや、一生時間を掛けてもマスターできない」
「ウッソ!!」
「ウソじゃねぇ。それだけ高等なスキルなんだ、“気づき”はな。誰もが持っている才能なんだが、それをモノにできるのはそいつ次第なんだ」
「じゃあ、ボクはそれをもっているとおもうの?」
「思う。思いたい」
「それ、どっち?」
「さあな。でも、“気づき”を身につけたら魔王でも邪竜でも英雄でも倒せる。それだけ強力の武器なんだよ、コイツはな」
「マジで!」
「マジマジ。だが、もしオマエに“気づき”がないと思ったら、そこでレクチャーは終わりにする。そして、オレが免許皆伝と認めない限り使用は許可しない」
「えぇー」
「そういうもんなんだよ、“気づき”というのは。だから、気を引き締めて、意識して聞けよ」
「わかった」
「じゃあ、入門編だ。トンカチを持て」
「うん、もった」
「次に、この椅子で釘が浮かんでいる場所を探してみ」
「えっと、あったあった」
「どうだ?」
「どうだって」
「見つかっただろう? 釘がわずかに浮かんでいる所」
「あ、ホントだ」
「トンカチを持てば、浮かんでいる釘がわかる」
「これが“気づき”なの?」
「“思いつき”だ」
「えー?」
「トンカチを持ったら、浮かんでいる釘が見えただろう? どうしてそう見えた?」
「えっと、たたきたいとおもったから」
「でも、トンカチを持たなかったら釘を叩きたいとは思わないよな」
「うーん、そうだね」
「トンカチを持ったら釘を叩きたい。それが“思いつき”。釘を叩きたいから、浮かんでいる釘を見つける。それが“気づき”」
「……よくわからないな」
「暗くなったらランプの灯はつけるだろう? 明るかったらランプの灯なんてつけないよな。暗いという理由があるからランプをつける。それと同じように、トンカチを持ったら釘を叩こうとする気持ちが働く。トンカチという道具をあるから釘を叩こうとする気持ちが“思いつき”ということなんだ」
「ふーん」
「でも、ランプの灯がつかないときがあるだろう。どうしてつかないと思う?」
「ガスがないから」
「そうだ。他には?」
「こわれているとか、じゅーみょーとか」
「それが“気づき”」
「え?」
「驚くことはないぞ。当たり前のことをしっかり感じ取ることが“気づき”を見つけるちからになるんだ」
「なるほーど」
「さて、入門はここまで次は初級編だ。ナト、この椅子を見てみ。何処か変か探してみ」
「えっと、うーん、……どこがヘンなの?」
「変だろう?」
「どこもへんなところは」
「じゃあ、トンカチを持ってみ」
「えー? とうさん、そんなことしたら手がじゃまになる」
「いいから、騙されたと思って」
「わかった」
「トンカチ持ったな。それで椅子を見てみ」
「うーんと、あれ? あれ」
「どうした?」
「ここなんかヘンじゃない。ヘンにクギがねているというかよこになっているというか」
「そうだ、ナト。これが“気づき”だ」
「“気づき”?」
「オマエはトンカチを持ったことで釘を見るようになった」
「うん」
「どうしてそう思った?」
「えっと、トンカチだから」
「あのな……もっといい言葉あるだろう」
「えっとえっと、そうだ。クギをたたきたいとおもったら、それでクギをみて」
「そうだ。トンカチを持ったことで釘を叩きたいという言う気持ちが生まれて、それで釘を見るようになっただろう?」
「うん」
「トンカチを持っていなかったら今頃どうなっていた?」
「たぶん、気づいてないまま、ムシしてた」
「でも、トンカチを持ったことでうまく見つけたよな」
「あー」
「“気づき”というのはそういうこと。道具を持つことで普段気づかないことも気づくことができるんだ」
「へぇー」
「次は中級編だ。もう一度、この椅子を見てみ。今度はトンカチなしで」
「じゃあ、クギにかんけいしているってこと?」
「さあな。探してみ」
「うーん。……あ、あれ?」
「どうした?」
「このクギ、おおくない?」
「どうしてそう思う?」
「だって、こんなにクギがあったらイスにひびが入っちゃうよ」
「よく気づいたな。そうだ。今度は椅子の釘を多めに打っておいたんだ。でも、どうして気づいたんだ?」
「トンカチをもっているとおもいながらイスをみていたら、なんかクギがおおいなって」
「それでいい。釘だけ見ていてもそれはそれで気づくが、トンカチを持っていると仮定しながら見た方がいい」
「どっちでもよくない?」
「釘だけを見るようになったら、それは気づきにならない。それはそれを見ているに過ぎない」
「えっえっえっ?」
「わからなくなってきただろう? “気づき”を使う時はな、心の迷宮に入るときなんだよ。それを突破しないかぎり、“気づき”をモノにすることはできない」
「トンカチをもっていたら気づく。クギだけみていたら気づかない」
「そうだ。自分が何を気づきたいのかは、自分がそれに適応するモノを持ったと仮定しながら探すんだ」
「うーん。わからない!」
「わからないか。まあ、いいや。とにかく覚えておけ。大人になったときにいつかわかる」
「はーい」
「さて、次は上級編だ。ナト、今度はノーヒントだ。この椅子のおかしい所を見つけろ」
「そんなムチャな」
「ムチャじゃない。きちんと教えたことを振り返って、探してみ」
「えっと、……トンカチ、クギ、トンカチ、クギ」
「ハハハ」
「なに、わらっているの?」
「ハマったな」
「ハマった?」
「余計な情報を仕入れてしまったら“気づき”は使えなくなるんだ」
「ウッソ!」
「ウソじゃねぇ。現に俺ら冒険家はな、“気づき”をいつでも使えるように、一切、ムダな武器や道具を持たないんだ。もしそれを手にしたら“気づき”が失ってしまう。余計な安心感と優越感が“気づき”を殺す。もしそうなったら、他の冒険者メンバーを助けることができなくなる」
「うん」
「戦士のような力もない、まほうつかいのような魔法もない。商人のような計算高さもなければ、盗賊みたいなずる賢さもない。けれど、俺らにはそんなヤツらには負けない素晴らしい力がある」
「それが“気づき”」
「そうだ。相手が次、何をするのか気づけば、策を立てることができる。迷宮の罠に気づけば、避けることができる。いや、その“気づき”をもっと大きくすれば、相手の攻撃を利用したり、迷宮の罠をモノにできる」
「おおっ!」
「“気づき”はな、心の道具なんだ。俺ら冒険家だけが鍛えあげることができる最強の武器なんだ。こいつを鍛え上げればチートにもなれる。なんせ、相手の先に気づけば、その先の行動をタダで利用できるんだからな」
「じゃあ、おしえて!」
「教えなーい」
「ええ!」
「心の迷宮を突破しろ。余計なものすべて捨ててな」
「……わかった。うーんうーん……」
「この分だと、だいぶかかりそうだな。一年はかかるかもしれないな。まあ、のんびりやっていくか」
「うーん……うーん……うーん?」
「どうした?」
「このイス、すわっちゃだめだよ」
「座っちゃダメ?」
「すわったら、ぐしゃーつぶれる」
「どうしてそう思う?」
「あしがぶらぶらだよ」
「でも、座ってもいいだろう。椅子なんだから」
「……でも、ダメ。いえにあるイスは、したのがある。でも、これは、したのがないからブラブラしてころがっちゃう。だからこれはイスじゃない」
「ハハハ、そうだ」
「そうだ?」
「気づいたな。そうだ、この椅子はまだ椅子じゃない。下のつなぎがないから座ったら壊れてしまう」
「えー、ひどいよ! ダマした!」
「ダマしていない」
「ボク、トンカチとかクギとかそういうのばかりかんがえたのに」
「それだよ」
「え?」
「オレはわざと“気づき”を鈍らせる情報を教えた。心の迷宮を作ることで、“気づき”がいかに役に立たなくなることを教えた。どうだ? “気づき”が役に立たなくなる気分というのは」
「なんていうか。こわいというか、すっごくイライラする。気づかないといけない気ぶんになるというか、みんなからバカにされているというか」
「そう、“気づき”で一番怖いのはこのハマっているという感覚なんだ。気づけ気づけと焦るばかりに、とても大事なものを見落としてしまうんだ」
「うん」
「遅れを取られている。早くしなくきゃ。そうしないと自分が置いていかれる。そういう気持ちに急かされて、心の迷宮にハマってしまう。こうなったとき、“気づき”はもう使える武器じゃなくなる。いや、それどころか、“気づき”は自分を痛めつける毒になってしまう」
「もしそうなったらどうするの?」
「捨てろ」
「すてろ?」
「最初からそんなものなかったと思えばいい。“気づき”なんて運を引き寄せるような単なる開運グッズみたいなものだと考えろ」
「なんかひどいよ。つかえるぶきとかチートとかいったのに、さいごはどくとかかいうんグッズとかいうなんて」
「冒険家にとって大事なことは使える武器かどうか見極めることだ」
「うん」
「“気づき”は冒険家にとってもっとも頼りがいのある武器で、もっとも信用できない生き物。つまり、恋人みたいなものだ」
「とうさんがそれいうとすごくせっとくりょくあるよね!」
「絶対それホメてないだろう……。まあ、いいか。とかく、武器は使えて始めて武器になる。使えなくないと思ったらすぐ捨てろ。もったいないとかそういう感情は後回し。死んでしまったら、そこで終わりだ」
「うん、わかった」
「これで上級編は終わりだ。……ああ、ちょっと疲れたな。よっこらしょっと――」
「とうさん!」
「おいおい、手を引っ張るなよ。ヒトがせっかく椅子に腰掛けて休もうとしているのに」
「それにすわったらこわれるよ」
「――それだ」
「え?」
「最後の“気づき”は相手のなにげない行動にある違和感に気づくこと。オレはごく普通に壊れる椅子に座ろうとした。けれど、ナトはそれに気づいて、オレを止めた」
「だって、それにすわったらケガするでしょう?」
「だから止めたのだろう」
「えっと、……あ!」
「“気づき”の根っこにあるもの、それは他人を思いやる“やさしさ”だ。“やさしさ”は心で動く。だから“気づき”は心の道具なんだ。自分よりも他人を思う繊細なやさしさを持つオマエならすぐにマスターできると思った」
「うん」
「これでオマエは晴れて免許皆伝だ。いつでも心の武器、“気づき”が使えるぞ」
「うん!」
「心はチート。誰もそれは見えないけど、それはみんなあると知っている。そんな心に使える武器があるのなら、それは見えない武器、つまりチートを持っていることなんだ」
「うん!」
「どんな敵でも負けない心の武器で心の迷宮にいるヤツらを救ってやってくれ」
ナトは思い出していた。それは彼が幼少期の時、父親と一緒に椅子を作っていたときのことだった。
どうして、今それを思い出したのかわからないが、きっと心がそれを思い出したかったのだと思った。
『これがあなたの記憶ですか?』
賢者の杖がナトの心に語りかける。
『勝手に見るなよ』
『いえ、とても良い記憶です。どこにでもある家族の話ですね』
『……まあね』
気恥ずかしくなったのか、ナトの心はそれ以上何も言わなかった。
ナトは横たわるシーズを前にし、物思いに耽っていると、彼の足下あるものが投げ込まれる。
――剣、短剣、ハンマー、ロッド、槍、斧、その他諸々の武器。
魔物を倒すための武器がナトの足下に集まっていた。
「とどめをさせ」
ある冒険者がそう言った。
「今まで俺達をダマしてきたヤツを、この武器で殺せ」
ある冒険者がそう言った。
「始めてからおかしいと思っていたんだよな。こんな自分勝手で自分の非をまったく認めないヤツが英雄候補なんてさ」
「……魔物だったんだ、……魔物だったんだよ! こんなヒトの感情を知らないヤツが人間になりきろうとしていたんだからおかしい話だ!」
「さあ、殺してやってくれよ! 少年! 何も怖がることはない。俺達はオマエが正しいと思って武器を貸してやったんだからな。その武器で魔物を討って、俺達を安心させてくれよ!」
冒険者たちは次々と少年に言葉を掛ける。
「英雄になれるぞ! 英雄くずれのそいつを殺せば!!」
冒険者は少年に期待している。目の前の、……を殺せば、……となれることを。
「オマエにはその機会がある! 相手が回復する前にヤってしまえ!!」
ナトは次々と投げ込まれる武器を目にする中で、ある剣を手にする。
――赤サビが酷いボロボロの鉄の剣、これで命を預けることなんてできない。
けれど、彼らはそんなこと考えていない。つまらないガラクタで息の根を止めることができると信じている。
――これが彼のいた世界か。
ナトはシーズがこんな性格になった理由がわかった気がした。
ナトは錆びついた剣をポイッと捨てた。
「勝手にやってよ」
ナトは冒険者たちに手を振って歩き出す。それを見た冒険者たちは声を上げていく。
「なんで殺さないんだよ! 魔物だぞ! 魔物がいるんだぞ!」
「ボクの目的はラッカに手出しさせないこと。殺す理由なんてあるわけがない」
「ここで倒さないとまた狙ってくるぞ!」
「そのときはそのとき。また相手になる。まあ、もうそんなことはないと思うけど」
「そんなことはない? コイツは必ず襲いかかってくるぞ!」
「そういう心根まで砕いたんだから安心して。これ以上砕きようがないくらいに、ね」
ナトは冒険者と言葉を交わすと、ラッカの元へと向かった。
「さて、ゴミを片付けるか」
アダンは床の落ちた武器を拾い集める。
「こんな武器、一銭の価値にもならんな」
ビロウも同じように床落ちアイテムを手にする。
「確かに、まがい物ばかりじゃな」
アコウもその武器を見て、苦笑した。
「テメエら! 何をしやがる! 勝手に処分するな!」
勝手に武器を片付け始めた三人に向かって、冒険者たちは駆け足する。
「おっと! 来るんなら相手になる」
ブナは冒険者たちの前に現れ、パンと手を叩いた。
「こういう武器は高く売れるからな。曰く付きの武器はコレクターの間で高値で取引される」
アカシアの言葉に冒険者たちは反論する。
「だからどうした! 俺達の武器がゴミ扱いされているんだ!」
「……そうじゃないのか?」
ブナの挑発に、冒険者たちは武器を手にする。
「俺は別にやっていい。槍がなくても、この手刀なら心臓の肉ぐらいは貫ける」
アカシアは両手をかざし、冒険者たちの前に向かっていく。
「ここで武器を捨てておくのなら俺は何もしない。それでも武器を返して欲しいのなら敵対行為だとみなし、排除を始める。れが元雇い主に対してできる最後の忠誠だ」
冒険者たちはこれ以上何か言えば殺されると感じ取り、彼らはそっと後ろに下がった。
「みなさん、すみません」
ナトは頭を下げる。
「いいってことよ」
アダンは照れくさそうにそう返事する。
「ホンマ、いい武器ないな。こんなんで倒せると思っていたんか?」
「そんなもんじゃよ。価値ある武器はそうそう渡すわけがないんじゃ」
ビロウの言葉に、アコウはそう返事した。
「お兄ちゃん」
ラッカはナトの下へと駆け寄る。
「やあ」
「やあ……、じゃない! 心配したよ!! いきなり賢者の杖貸してと言ったとき、やだ、このヒト、何考えてるのって本気で思ったし!!」
「ゴメンゴメン。ボクを置いて転移したと思ったけど」
むぅと、ラッカはほっぺをふくらました。
「それより杖返して」
「はいはい」
ナトは賢者の杖を元の持ち主に返す。すると、賢者の杖が心の中でラッカに話しかけた。
『あなたのお兄ちゃん、面白いヒトね』
『ええ、わたしの自慢ですから』
『記憶を武器にするという発想はさすがの私も気づけませんでした』
『お兄ちゃんそういう発想がすごいですから。特別ですよ、特別』
『――特別でしょうか?』
『え?』
『特別ではありませんよ、彼の発想は。ありふれた思い出をいつまでも持っていて、それをいつでも思い出せるようにしている。ただ、それだけ。もし、彼が特別と言えるのなら、私はそれだと思います』
『そんな特別ならわたしも持っていたいな』
『きっと、貴方も持っていますよ』
ナトは談笑していると、すっと背後に立ち上がる気配を感じ取った。
「シーズ!」
シーズは俯きながらふらりと立ち上がった。
「そんな……まだ戦う気……」
ラッカは怯えながら、ナトの後ろの隠れる。
「いや、違う」
ナトはシーズから視線を外し、その奥にいるヒトを見る。
「――何してるの、マングローブさん?」
ナトは後ろにいる踊りコの気配に気づき、カノジョの声を掛けた。
「見てのとおりよ」
マングローブは静かな笑みを浮かばせる。
「もう彼は倒れたんだ! これ以上、彼を操って戦わせるなんて!」
「そんな気はない」
「そんな気はないのに、なぜ動かしている?」
「彼は利用できる。まだ利用できる。
「もうやめてくれ! もう彼には力がない」
「魔法無効化。レベルマックス。能力値カンスト。すごいじゃない! こんなの使わないと損! 道具は研磨してあげないと錆びつくのよ。だから使ってあげないとね……」
「……あなたは何がしたい」
「最低な冒険者の掃除」
ナトは無意識に武器を投げ込んだ冒険者たちを目にする。
「ナト君。あなたが入ろうとしている冒険者っていうのはこんな奴らばかり。自己利益追求のために、平気で他のヒトを蹴り落とす。せっかく、魔王から世界を取り戻したというのに、自分達から破滅の世界を作り上げている。だから、ワタシはシーズを利用して、最低な冒険者を排除して、素晴らしい冒険者だけが冒険できる組織に作り変えたかったの」
「そんなことしなくても他の手段が……」
「ただの女に何ができるって言うの?」
その疑問に応える者はいない。
「不安は外にない、中にあるの。魔物が居座る外は戦う手段が無数にある。でも、人間が居座る中には戦う手段が限られる。だからワタシはその限られた手段の中、一番いい手を選んだ。シーズを英雄に仕立てて、冒険者協会の上に立たせることで、誰もが安心して冒険ができる協会にしたかったの」
マングローブはナトの背後にいる冒険者たちに目配せする。
「アナタは仲良くできる? こんな自分の利益しか考えない冒険者と」
「それはあなたと同じでしょう?」
「言ってくれるわね」
「きっとあなたのその不安、何処に行っても拭いきれないと思いますよ」
「何もしないよりかはマシだと思う」
「他のやり方はあると思います。少しずつ変えればいいですから」
「そうかもね。でも、残念ながらワタシは強い劇薬が好みなの」
マングローブは踊りだし、シーズを一歩一歩動かせる。
「さあ! ついてきなさい! ワタシのため!」
マングローブはシーズを手招きし、怪しい笑みを浮かべる。
その瞬間、ラッカはマングローブのそばに近寄り、手をつかんだ。
「マングローブさん!」
「何! ワタシを止める気!」
「……その腕」
「その腕?」
「……燃えています」
ラッカの言うとおり、マングローブの腕には火炎の鎖が燃え上がっていた。
ラッカがマングローブの踊りを止めると、腕にある火が静まった。
「少し待ってください。もう少し待てば、その魔法は解けます」
「待てるわけがないでしょう。アナタ達がワタシを襲いかかる可能性がないとは言い切れない!」
「お願いします! もう少し、もう少しだけ待ってください! そうしないと手が燃えてなくなります!!」
「ラッカちゃん。アナタ、やさしいのね」
マングローブは言うと、ラッカの腕を振りほどき、再び踊り出す。
「マングローブさん!」
マングローブはラッカの声を無視し、優雅に踊る。
「さあ、行きましょう、英雄さん。ワタシだけの英雄さん。ワタシが踊り疲れるまでずっとずっと歩きましょう」
マングローブは冒険者ギルドの館からシーズを連れ出す。カノジョの手が夜を照らす
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