第19話 ああいう人間とかいう反面教師
まほうつかいのアコウは、シーズの大剣によって傷つけられたブナとアカシアの傷口について色々と考察していた。
商人のビロウがアコウのそばへと来た。
「どうでっか? 傷の具合は」
アコウは小さく頷く。
「一応、大丈夫じゃな」
「一応?」
「なんて言えばいいのじゃろうな。傷口が勝手に広がろうとしておる。まるでキズ自体が意志を持っているような感じなんじゃが」
「そのキズの原因は、あのシーズとかいう兄さんが持っている大剣のせいじゃないんか?」
「大剣?」
「そや。ワイの観察眼が思うに、あれは
「宝神具か……」
「大魔導師はん、宝神具について何か知っとるんな」
「一応な。――宝神具は武具に宿る精霊が神格位を得た武具のことを言う。宝神具は使い手の“誓い”と共によって力を与える。宝神具の捧げた“誓い”が大きければ大きいほど剣の強さも上がり、異能力も発動できる」
「ワイの聞いてたモノよりもヤバゲな力を持ってそうやな、宝神具言うんは」
「そうじゃな。まあ、もっとも宝神具が“そやつを使い手と認める限り”じゃがな」
「それでもヤバイやろ。なんやその異能力とかいうモノは」
「魔法ともスキルとも違う別世界の延長上にある第三の力。神話に出てくる神が使う力だと思ってくれてもよい」
「なるほど。となると、あの兄さん、神の力を使っとるというんか?」
「何を、バカげたこと――」
「でも、そう考えんと、あの傭兵が受けたキズがまだ治らんとかいう不可思議をどう説明できるんや? 大魔導師はん」
アコウもビロウの考えに賛同できる点は多々あった。
傭兵二人が受けたキズは今もなお広がり続ける。四人のまほうつかいが回復魔法を詠唱し傷口を塞ごうとしている。しかし、まだ傷口が治る気配がない。
――身動きもしていないのになぜキズが広がるのか?
その疑問を払拭するにはビロウの考えが正しいと思うしかなかった。
「あの兄さん、器用なことができるタイプとちゃう。ただ思ったことをそのままぶつける、言い方悪いが脳筋タイプや」
「それは違うぞ、商人よ。アヤツはこどもの頃から神童と言われた天才じゃ」
「よく言いますわな。こどもの頃は神童、大人になったら
「お主、あの男には力がないと見るのか?」
「少なくとも社会に出られる人間ちゃうな、あんなの。あんなイキリは周りの人間からごっつシバかれてから平謝りするのがオチや。なのに、ここまでよくもうのさばってこれたな」
「未来を期待されていたこどもじゃったからな、アヤツ。周りの人間がチヤホヤし、どうでもいい仕事を依頼して、他の冒険者が解決させた結果がアレじゃよ」
「つまり、ランクだけがみるみる上がって、あの兄さんは全然活躍しとらんって話か!」
「そうじゃな」
「そんなんなら、あの兄さんのレベルって、一ケタ辺りじゃないんか?」
「……いや、そうでもない。実力者じゃよ、アヤツ」
「実力者にしちゃ、なんちゅうかインチキくさいんやけど」
「インチキ?」
「そや。何か変なメッキ付けとるわ。鍛冶屋で武器をごっつツヨするみたいな課金強化みたいなヤツを」
「ふむ、強化か」
アコウは強化という言葉を耳にするとあることを思い出す。
「……まさかな」
アコウは脳裏に浮かび出た妄想を払い、少年と青年のにらみ合いをただただ見ていた。
ナトとシーズはその場を動かず、お互いの目を見ていた。
シーズは冒険者ギルドの館の窓が視界に入った。
――日差しが失った、……もう夜か。
シーズは街が夜になったことを知ると、少しだけ笑みを浮かべた。
「こんばんは」
なぜか、シーズはあいさつの言葉を口にする。
「こんばんは?」
「もう夜だからね、あらためてあいさつしないとね」
「ああ、うん。こんばんは」
ナトは困惑しつつ、あいさつをする。
「上出来だよ。じゃあ、死ね」
シーズは背丈ほどの大剣を握りしめ、一歩前に踏み出した。
「そこまでそこまで」
二人の間に手をパンと叩きながら入り込む一人の女性、それはバニースーツを身に着けた冒険者ギルドの館のオーナーであった。
「なんだ、オーナー。これからいいことが始まるのに」
「私としてはこれからが稼ぎ時。だから、ここでケンカはやめてくれない」
「僕は別にケンカなんかするつもりはない。ストレスのハキダメをコイツで解消するつもりなんだ」
「だからそういうのをやめてほしいの! さっきだって自分の仲間を傷つけたでしょう! ああいうのは絶対ダメ! 私がその気になればあなたを出入り禁止ぐらいできるのだからね!」
「はいはい、わかったわかった」
オーナーは適当にあしらうシーズに怒りがわいた。
「シーズ! あなた! 冒険者ランクAAなのよ! あなたがしっかりしないと誰も冒険者にならないでしょう?」
「それでいいじゃない。冒険依頼、独占じゃないか」
「そうじゃない!! ランクAAのあなたは冒険者、いや冒険者ギルドのリーダーとして引っ張っているの! わかる? あなたが自由勝手なことしたら周りのヒトも自由勝手にする! そうなったら冒険者ギルドの組織力が失うでしょう!!」
「ふーん、組織力ね」
「そうそう。あなたが思うよりギルド運営はすごく大変なの! 依頼人の話を聞かないといけないし、適切な冒険者を探さないといけないし!」
シーズは大きなため息を深くつくと――、
「――じゃあ、やめろ。冒険者ギルドのオーナーを」
――と、口にした。
「はい?」
オーナーは突飛もないシーズの言葉に目を丸くする。
「冒険者協会には暇で暇で死にそうな高給取りの役員が山ほどいる。そいつらに仕事を任せば冒険者協会も少しは変わるかもしれない」
「みんな、ちゃんとしてます。同じセリフばかり吐くヒトも仕事してます」
「なら、オマエもきちんとしろ。大変だとか疲れるとかそういうゴミみたいなことを吐き捨て続けるのなら、変えるぞ」
全く話を聞いてないシーズにオーナの怒りはますます強くなる。
「あのね、私は……」
ナトはオーナーの耳元でささやく。
「……ダメですよ」
オーナーはナトの方へと振り向く。
「なんで!」
ナトはオーナーの感情をなだめるように、ははは、と愛想良く笑った。
「彼はやりますよ。あの手この手を使っても必ずします」
「私みたいなちっぽけな人間にそんなくだらないことをするわけ」
「……します、彼は」
ナトはなんとも言えない表情でシーズを見る。シーズはめんどくさそうなカオで、二人の会話をただ見ていた。
「そうね」
落ち着きを取り戻したオーナーはシーズの性格を鑑みる。
「……うん、なんかやりそうね、彼」
「今は何言ってもムダだと思いますし、おそらく少し暴れたら収まります」
「それはわかるけど、じゃあどうする? 殺される?」
「それは無理」
「ハハハ、そうね」
「仲間だった傭兵に手を掛けました。今の彼は誰も手を付けられない獣だ」
「それならアナタは猛獣使い?」
「もっといいあだ名はありませんか?」
「……考えとく」
オーナーは軽く笑った。
「今はアナタに任せておく。冒険者協会は今日の仕事終わったから、ここに来る冒険者に協力を求める」
「それでお願いします」
「それまで逃げるか時間稼いでね」
そういうと、オーナーはナトのそばから離れようとする。
「どうして彼を紹介したんですか?」
オーナーは応える。
「……世の中にはああいう人間がいることを教えたかっただけよ」
ナトにだけ聞こえることでささやくと、オーナーは二人の元から離れていた。
「やるじゃないか! オーナーをダマらせるなんて! とてもじゃないがボクにはできない芸当だ」
「誰にでもできることだと思うよ」
「そう? それはぜひとも教えてもらいたいな」
「教える、今度」
「ふーん。なら、やめとく」
「やめとく?」
「ああ、今はこの剣でぶっ刺したいからね。こんな風に!」
シーズはナトとの話を終わる前に、大剣を突き刺した。
しかし、シーズの動きを即座に察知したナトはそれを交わし、彼の眼前へと移動した。
「いきなりはやめて」
ナトはシーズとの間合いに入り、攻撃をすぐにでも仕掛けられる。
だが、シーズは距離を取らず、ただただ不愉快な表情を浮かべた。
「おい、はなれろ」
ナトはシーズとの間合いに入ったことで、――彼は自衛する、と思っていた。しかし、シーズは自分を守ることを考えず、思ったことを口にする。
「はなれろ。息がかかる。くさい」
「あ、うん」
ナトは思ってもいない事態に何も考えつかず、シーズに言われるがままに彼の元から離れた。
「はなれるバカがいるか! チャンスだっただろうが!」
アダンは大声でナトを怒鳴りつける!
「いや、なんか嫌がったから」
「聞くなよ! あいつは敵なんだから!!」
「敵?」
「そうだ! 実際に剣を取って敵対しているだろう!?」
「もう少し話はできると思います。……たぶん」
「どう考えればそういうたくましい発想になれるんだよ! この平和主義者か!」
アダンの声はますます大きくなると、ナトは少しずつ弱り果ててきた。
「話ができる、――ね」
シーズはわざと靴音を響かせ、ナトとアダンとの会話を途切らせる。
「悪いけど、キミとの会話にはこれ以上の発展は見込めない。プラスになる要素が何処にも見当たらない」
「でも、ボクは戦う気はありません」
「ほぅ、これはこれは。傭兵二人傷ついても、自分の身はまだ安全、と、思っているのか?」
「これでも、ヤバいとは思ってますよ。逃げる算段も考えていますし」
「でも、なんで逃げないんだ?」
「逃げたらマズいという直感がして」
「それはあたりだと思うよ。多分、キミはここで逃げていたら、後々、死んでいたかもしれないね」
「……それ、どういうこと?」
「さあて、知らないね」
シーズはとぼけるフリをしながら、大剣を両手で強く握りしめた。
「ケジメをつけよう、会話はもう終わりだよ」
シーズは大剣を振り上げ、少年の頭上へと振り下げた。
「そうですか!」
ナトはシーズが仕掛けた大剣の振り下ろしをさっとかわす。
「それは残念!」
そしてすかさず、ナトはシーズの胸元へと入り込んだ。
間合いに踏み込んだ。防御なんて何処にもない。まったくの無防備だ。
全身が標的、何処に攻撃入れてもダメージになる。
しかし、少年は欲張る。一撃で最大限の攻撃を入れる算段だ。
少年の目は腹を捉えた。急所への一発、大きなダメージソース"みぞおち”が狙いだ。
――腕を引き下げ、息を一度整える。短く深い息を鼻で吸い、一気に口から吐き出す。その呼吸と息づかいと共に拳を放つ。
ダァン!
鎧越しの身体に響き渡る強烈な一撃。その重音は少年の腕にも伝わる。
「ガァアアァ!」
シーズが吐き出した声は肺から出てきた空気のカタマリ、そのカタマリは彼の気管を通り抜け、マヌケな声となった。
「お……、オマエ、なに、した」
「腹パン」
ナトは難しいことを言わず、そう応えた。
「は、ら……、うがぁ、あぁあ!」
シーズは床の上にひざまつき、内蔵にあるカタマリの息詰まりを吐き出そうと、うめき声をあげる。
「か、か、か、か」
あまりにも痛くうめくシーズに、ナトは思わず「えっと、だいじょうぶ?」と尋ねた。
「……あなれろ、いいからあなれろ!」
言葉にならない言葉で
「あ、はい」
シーズの怒声に驚いたナトは彼から距離を取る。
「はぁはぁはぁはぁ!」
シーズはデタラメに呼吸を繰り返し、やがて落ち着いた。
「……手抜いていたのか? 今まで」
「いや。ただ、いつでもどこでも簡単に攻撃を仕掛けられると思いながら話していましたけど」
「余裕だな、ソイツは……」
「いえ。何かを仕掛けられるか、内心は半ばドキドキ」
「……どうやら、僕はキミのことを
シーズは血混じりのツバを吐き捨て、大剣を支えにしながら立ち上がった。
「今度は僕の番だよ」
シーズは両手で大剣を握りしめ、大振りに斬りつける。
ナトはまたもその剣の流れを見極め、さっと回るように避ける。
そして、その回転を利用し、回し蹴りを放つ。
「ドワァアァ!?」
うまいこと胴体に入り込んだ蹴りはシーズを壁際まで吹き飛ばした。
「ガッ、ァダァアアあぁ!!」
壁にぶつかったシーズは胸に入りこんだばかりの空気を吐き出しながらマヌケな声まで出してしまった。
「ヒュ~」
今までの戦いを見ていたアダンは思わず口笛を吹いた。
同じように、二人の戦いを見守っていたアコウとビロウもナトの戦い方に感嘆していた。
「あのニイチャン、マジモンやな。まさか、ランクAAの冒険者を素手でぶっ倒すなんて」
「ワシらの心配は取り越し苦労じゃったのかもな」
「みぞおち腹パン、回転蹴りの合わせ技一本! ああ、見てて気持ちええわ」
「ふむ、……合わせか」
ビロウの言葉を聞くと、アコウはまたも難しいカオを見せた。
壁にぶつかったシーズは
――なぜ、自分は壁にぶつかったのか。
――なぜ、自分はダメージを受けているのか。
――なぜ、自分はこんな状態なのか。
疑問はもっと大きくなる。
――おい、あんなの簡単に倒せるだろう?
――あんなのスライム以下だろう?
――新米だぞ。新米に簡単にやられて楽しいのか? 今日はそういうプレイなのか?
腹が立った。ふがいない自分よりも、理不尽な境遇に陥っている今の自分に正直立腹だった。
『英雄さん。そろそろ本気を』
シーズの表情から苛立ちが消え、なぜか笑みが表れた。
――ああ、そのつもりだ。
彼は心の中でそう呟いた。
――何も恐がることもないな。何かが間違えてアレが僕の世界に入り込んだんだ。じゃないと、おかしいだろう? たまたま冒険者ギルドの館にいた初心者相手に僕がここまでコケにされているなんて。ありえないって話、設定ミス。
だから、なんだよアレ。ああいう何処にでもいるような少年はさ、「すごい冒険者のシーズさんのようにがんばっていきます」とか、この僕を物語の主人公みたいに奮い立たせるようなセリフを言うはずなんだよ。
なのに、僕はどうして壁にぶつかってうめき声上げてるんだよ……、なんだこれ。
天井を見上げる。さっき自分が頭をぶつけた天井を見ると鼻で笑った。
――浮遊陣で頭をぶつけたことで運気変わったな。すべてアレに吸い取られた感じがする。
そこでシーズは気づく。
――そうだ。アレを潰せば、元に戻る。すべてが僕に帰ってくる。僕であったものがすべて還ってくるんだ。
青年の発想はあまりにも貧苦だった。復讐と言うには根が浅く、正義と言うにはあまりにも情けない。だが、青年にとってナトという少年は、心から勝ちたい、と思える始めての相手ではあった。
――ナト君。僕のすべて、返してもらうよ。
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