第22話 神の声とかいう英雄要素
大剣、宝神具バルムンクに新たな能力、光の刃が発現した。
宝神具の使い手であるシーズのカオに更なる喜色が浮かぶ。
「ナト君。……世の中、不平等だよね?」
「シーズさん、あなた平等とか語れるの!?」
「いやいや、語りたくなるもんだよ。特に、僕のような剣使いはさ」
「ああ、そっちね」
ナトは人間の権利とかそういうのを予期していたが、まったくの見当外れだった。
「基本さ、剣使いは直接攻撃だよ。一気に敵の間合いに入って、スパッと切り込まないといけない。でもさ、まほうつかいや弓使いとかは遠距離攻撃から攻撃できる。単純に考えてさ、距離が取れる方が戦闘に有利だよね」
「それは同感」
「だからさ、僕、有利なんだよね」
シーズは宝神具バルムンクをかざす。
「キミの戦い方は拳術とか体術とかその手のものだ。ときには、そこらへんにあるモノを使うが基本それだ。となると、直接攻撃がメインとなる。これってさ、遠距離攻撃できる僕が有利だよね」
「……負け、認めようかな?」
「おいおい、勝手に負けを認めちゃダメだよ。――一撃、そう一撃、キミの身体から血しぶき見ないと、僕が勝ったとは思わない」
「随分と自分の勝ちにこだりますね」
「こだわるに決まっているじゃないか。そういう気持ちのいい勝利で今夜は寝たいんだから」
シーズは宝神具バルムンクを空に斬る。そこから光の刃が放たれる。まっすぐ、視線の延長上を走る光の刃はナトの身体に目掛けて走り出す。しかし、ナトはさっと横に身体をずらし、その攻撃をかわす。光の刃は輝きを失い、おぼろげに消滅した。
――よく飛ぶ紙ヒコーキ程度の飛距離か。
ナトは光の刃の攻撃を冷静に分析する。
「さあさあ! 白刃ヴァイスクリンゲで斬られておくれ!」
シーズは宝神具バルムンクで空を斬り刻み、光の刃を幾つも走らせる。ナトは、またまたカッコつけちゃって、と思いつつ、近くにあったテーブルを3台倒す。――簡易防壁のできあがりだ。
ナトは光の刃から逃げるように、いずれかのテーブルへと隠れた。
光の刃はテーブルの表面を深く斬り込む。しかし、真っ二つとまではいかない。
ナトは光の刃が斬り込んだテーブルの裏側にいた。テーブルが小刻みにぶるると揺れ、やがて静まった。
――悪運、
ナトは自分で自分の運をほめたくなった。
――さて、あの光の刃、意外と深く斬れないな。
遠距離攻撃ができるようになったが、攻撃力がない。そのことを知ると、ナトは安心する。
――うーん、どうしよぅか。
こっちからはシーズの攻撃が見えない。つまり、
――3分の1の確率を助かるのはボクの
確実の手が欲しい。確実に
――こういうときは意識の裏返し、裏返し。
ボクはこっちから見えない。言い換えれば、それはあっちからもボクが何処にいるかわからない。
――コレ、使えるな。
ナトの策はまとまった。
シーズは不気味に足音を立て、簡易防壁のテーブルへと向かう。
「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」
テーブルに辿りつくまでに斬るテーブルを決めるつもりだ。
「これにしよう」
シーズは右側のテーブルの前へと立った。
「テーブルから血が出てきてもグロくはないよね!」
シーズはテーブルを斬ろうと宝神具バルムンクを振り上げた。
『さけろ』
――ささやきが聞こえた。
『さけろ』
シーズはそのささやきに従い、右側のテーブルから避けた。
その瞬間、右側のテーブルが吹き飛んだ。
「飛んだ!? テーブル!?」
吹き飛んだテーブルは冒険者ギルドの館にある奥の壁へとぶつかった。
シーズは壁にぶつかったテーブルを見る。テーブルは頑丈だったが、壁は少しヘコみができた。
「テーブルと壁の間に挟まれることになっていたぞ、僕は」
ぞっとする。気持ちが悪い。なんで少年はそんなことをしたのか? と、小一時間ほど問い詰めたい。相手が見えないテーブルの裏側から、テーブルごと吹き飛ばした、その感性がわからない。
「普通、逆だろう……、なんで、あっちから攻撃できるんだ?」
思考がおかしい。確実に追い込まれてピンチなのはあっちのはず。なのに、攻撃を仕掛けた。
普通は守りに入る。普通は防御しか考えない。
――なのに、テーブルを武器へと転用した。
気持ちが悪い! まともに考えたら負ける!
シーズは思考を停止し、左側のテーブルを斬る。ハズレ!
中央のテーブルを斬る。ハズレ!
――もしかして、あの吹き飛んだテーブルにいるんじゃ……。
……おかしかった。……ありえないと思っていた。理性も感性も何もかもそこにはいないと言い切っているのに、自分の中にある恐怖だけがそこにいると思いこんでいる。
不安に動かされたシーズはおそるおそる、壁まで吹き飛んだテーブルへと向かう。
テーブルをそっと動かし、壁とテーブルの間に誰かいるか確認する。誰もいない。
――まさかな。
不安は
いや、不安はまだ去ったわけではない。
――じゃあ、何処に? 何処にいるんだ!?
新たな恐怖がシーズを襲いかかる。
『うしろ』
――後ろ?
『うしろ、うしろにいる』
シーズはささやかれた声に従い、後ろを向く。そこにはナトがいた。
ナトは足蹴りでテーブルを吹き飛ばした後、簡易防壁のテーブルから出ていき、シーズの背後に回っていた。いつでも攻撃を仕掛けられる状態でいたが、ナトは敢えてシーズを自由にさせていた。完全に後ろを取ったからこそできた芸当だろう。
シーズが身体を動かそうとすると、ナトは――
「動かない」
――と言って、シーズの背中を指で当てた。
「キミに勝ち目はない」
「いや、誰がどう見てもボクの方が有利だと思う」
「宝神具持ちだよ。冒険者ランクAAだよ。体力全回復済みで勝利の舞いまで踊ってくれている。何処に僕に負ける要素が――」
「でも、事実、あなたは僕に背後を取られている」
「心臓がどうにかなりそうな距離か」
「ええ」
「いや、心臓は穏やかに鼓動を打っている。普通だよ」
「やっぱり、あなたはおかしい。ここまで間合い取られたら戦いを切り上げるはず……」
「おかしいのはキミの方だ。僕があのまま立っていたら、テーブルに衝突して、壁にぶつかっていて、ペシャンコになっていた。
「いた? じゃあ、当たっていたの?」
「ああ。ムカつくけどね」
「でも、なんで避けた? 避けられた?」
「聞こえたんだよ。神の声が」
「神の声?」
「笑うかな? 笑うよね。でも、英雄はさ、神の声に従って、どんな戦局も打開できた。さっきも神の声が聞こえて、避けることができたんだよ」
「何、それ……」
「英雄なんだよ、僕は。生まれながらにしてね。――能力値マックス、レベルカンスト、経験値もね。ついでに神の声まで聞こえるおまけ付きなんだよ」
「……言ってて、恥ずかしくない?」
ナトは心配そうに尋ねるが、シーズはなんでもないと言うように笑いのける。
「恥ずかしくないよ。恵まれているから。僕は生まれたときから、カンスト最強なんだから」
シーズはナトの
「だから負けるなんてありえない! ありえるとしたら、それは世界が間違っている。つまり、キミの存在が間違っている!」
シーズは宝神具バルムンクを振る。しかし、ナトは一歩下がって、避ける。
「能力値に頼っていたらボクには当たらない」
「生まれながらの能力値で十分に戦える!
「剣をヒトに当てることは技術。あなたはその技術を知らないみたい」
「そんなの必要ない。僕は特別なんだから」
ナトは、「とっ、とっ」、と、先ほど壊れた椅子の木材に足に引っかかりながらも、十分な間合いを取った。
「なんでそこまで自分を特別視できる。そんなに特別になりたいの?」
「僕はいずれ冒険者協会のトップに立つ人間だから、特別な意識ぐらい持たないとやっていけない」
「そんなの持たなくてもいいと思うけど……」
「でも、持ったんだよ。だって、僕、孤児院育ちだからね」
「孤児院?」
「僕はね、ソーザーとかいう孤児院出身なんだよ。小さい頃は生まれたことを憎んでいたよ。なんで、父さん母さんは僕をこんな所に預けたんだとか思っていた。いじめられていたし、なんか生きることも死んでいるのと同じ感じがして、もう最悪だった。――でもね、ある日、突然、神の声が聞こえたんだ。神の声が聞こえてから、孤児院にいた誰よりも強くなった。友だちも増えんだ。その強さが冒険者協会にまで聞こえてね、今の父さんに拾われて、人生が大逆転したよ。そのとき、ああ、僕は生まれつき特別な人間だったんだ、と、気づいたんだ」
「唐突な自分語り、ありがとう」
「いいじゃないか。僕が特別な人間だと知ってほしかったんだからさ」
「知りたくない。まったく知りたくない」
「特別な人間は物語になるんだ。物語は大きくなって、誰もが知るようになれば、それは神話になる。僕はね、そういう神話に出てくる英雄になりたい」
「英雄になれる素質あるの?」
「生まれつき最強」
「だからそれがなんで英雄物語になれるの?」
「生まれつき最強だとみんな認めてくれる。すごいヤツだって。つまらない現実をぶち壊してくれる。一瞬だけだけど、そういう世界に入り込めて、大きな力がもらえるんだよ」
「意外と読書家なんだね、シーズさんは」
「キミも生まれつき最強の英雄叙事詩、読みたいだろう? つまらない世界を面白いぐらいにステキにぶっ飛ばしてくれる、そういう面白すぎる物語を」
「まあ、それぐらいぶっとんだものなら読みたいとは思うけど」
「僕はそういう物語の主人公になりたい。後世の人間に、生まれつき最強に恵まれた人間による英雄神話を!」
……胸焼けするな、と、ナトは心の中で思った。
「だからさ、いくらケンカだとしても、ここで負けたら戦いの記録にキズを負うわけ。キミには悪いけど、倒れてもらう!」
シーズは宝神具バルムンクを振り、光の刃を発動する。ナトはすかさず、足元にあった木材を足で蹴り飛ばし、それを掴んだ。
「遠距離攻撃できないキミに勝てる要素はない!」
ナトの方へと走り込んだ光の刃は彼が手に持っていた木材に触れ、その先が切れると消えてなくなった。
「――いい具合だ。――いい具合にとんがってくれた」
ナトは先がとんがった木材をシーズに向けて投げる。もうそれは凶器を投げているに近い。いわば、自家製投てき具だ。
シーズは、ナトの自家製投てき具を宝神具バルムンクの腹で防いだ。
「ありかよ……、そんなの」
大剣から
「宝神具の遠距離攻撃? そんなの僕にとって遠くない」
ナトは足元にある木材を蹴り、それを手にする。
「いくらでもやってこい。いくらでも武器を作ってやる。……いくらでもね」
二人は間合いを一定に取りながら、手のうちを確認する。
――どんな攻撃を取ればいいか、決定的な一撃は何か?
思考は尽きない。
ただ、お互い一歩が踏め込めない。
二人の戦いはそこで止まってしまった。
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