第7話 竜の運び屋とかいう大変珍しい業種
ドラゴンライダーのリューリューは、ナトとラッカと共にドラゴンの背中に乗り、サイショの町へと向かう。
ドラゴンは大きな両翼で大空を進み、大地から遠ざかる。
ナトとラッカは離れゆく故郷を見ていた。
「まさか、ドラゴンに乗って他の大陸へ行くなんて……」
「馬車や船を乗り継いでいくのもいいけど、こういうのもいいもんだな」
「ドラゴンに乗って旅できるなんて他にないよ、お兄ちゃん」
二人は楽しげに話をしていると、リューリューがそちらへと振り向く。
「私はリューリュー。竜の運び屋をしてる」
「ボクはナト。冒険者になりたい16才」
「わたしはラッカ。まほうつかいの14才」
「ハハハ、二人は私の歳を知りたいのかな?」
ナトとラッカはリューリューの笑っていない目を見て、口を閉じた。
「……えっと、二人はドラゴンに乗って旅するのは始めて?」
「はい! 始めてです!」
「そうだよね、始めてだよね」
「ボクはドラゴンに乗って何処かに行ったことがあるけど、お父さんに叱られたのでやめていました」
「あなた、一体何者かな?」
「冒険者になりたい16才です」
リューリューはあきれはてる。
「そういえば、なんでキミはこのコと話せたの?」
「お兄ちゃんは竜と心を交わせるんだよね!」
「何言ってるんだ? ラッカ。ドラゴンはちゃんと言語を使って会話してるんだ。フィーリングでわかったつもりになるなんて失礼だぞ」
ドラゴン語ってあるんだ、と、リューリューは誰にも聞かれないように小声で言った。
「お姉さんは竜の運び屋なんですか?」
「そうだよ」
「わたし、竜の運び屋しているヒト、始めてみました」
「まあ、珍しいからね。竜に乗る人間なんて」
「ボクは好き勝手に乗ってたけど」
「だから、あなた何者なの? ドラゴンは数十年前に数がめっきり減ったのに」
「数が減った? どうして?」
「ドラゴンは邪龍の
「このコはその生き残り?」
「ええ、私がこどものときに見つけたコ。名前はビング」
「ガウ、ガー」と、ドラゴンはほえる。
「ドラゴンが稀少種になってから、人間の間でも狩りの対象にするのをやめ、共存するパートナーとして保護するようになった。身勝手なのはわかっている」
「ガガガ、ガ。ガーガ、ガ」
「ヨワイヤツ、マケル、ノハ、トウゼン。ショウシャ、ハ、ハジルナ、って」
「うん、ありがとう」
リューリューはビングの首筋を撫でる。
「グワァ」
ビングはくすぐったそうに鳴いた。
それから三人は軽い雑談を交わした。たいした話はしていない。
彼らの話というのは、リューリューが仕事で取り扱っているのは道具以外にも武器や防具、果ては装飾品まで、色んな種類のアイテムを何処から何処まで運んでいたと言ったものだ。
しかし、竜の運び屋が運ばないものはひとつだけあった。それは食べ物、野菜や果物ならいいが、肉となると、ビングはそれを食べないとテコでも動かないと言う。ドラゴンはグルメなんだと、ナトとラッカは思った。
こんな調子で三人はドラゴンの背の上でのんびりと話をしていた。
「ガアァ」
ビングが急に鳴いた。
それを耳にしたリューリューは地上を
「どうやらサイショの街が見えてきたみたいだね」
リューリューの言葉に感化されてか、二人も地上を見る。
「あれがサイショの街」
「大きな建物ばかり。ヒトが住んでいないみたい」
ラッカの言うとおり、サイショの街は大理石で作られた建物が、所狭しと並んでいた。
「ここサイショの街は役所の街とも言われている。この街の中央で冒険者協会があったことで、あらゆる団体が協会と話がしやすいようにこぞって立てたって」
ナトの目に一番大きな建物が映った。
――冒険者協会、何処の建物よりも一際目立つ石造りの建物。
自分以外のモノより高い建物は認めないと言わんばかりに、街の中心部に立っていた。
「冒険者協会って、そんなに偉いの?」
ナトは
「地理的発見ってわかるかな?」
「ええっと、今まで見つからなかった大陸や島が見つかって、新しい貿易ルートが開拓することだっけ」
「だからなんでそういうのを知ってるの、あなた。まあ、そのとおりなんだけど」
「それで地理的発見で得するの? 冒険者協会が」
「冒険者協会は大陸や島の発見に力を注いでいる。魔王や邪龍の問題を片付けた今だから新しい大陸を探したい」
「うん」
「それで新しい大陸を見つけたら次は入植。新しい大陸での土地の取り合いになる前に、有利な条件で協会と話がしたいと言うのがみんなの本音ね」
「なるほどなるほど、ラッカ、わかったか」
「う~ん。わたし、よくわからないけど、冒険者協会が偉いってことだけはわかった」
「むずかしい話はお偉いさんでやればいいんだよ、ラッカ。ボクたちは冒険できればいいんだから」
「そうね、新しい大陸なんて私たちには関わらない話なんだから」
「お姉さんとビングちゃんなら大陸ぐらい見つけられそうだけど」
「ドラゴンの旅は厳しいわよ。このコよく食べるから、大陸のない海の上で食料を探すのは一苦労するわ」
「そうーか、食料の問題があるのか」
「そういうこと、竜の運び屋も良いことばかりじゃないわよ」
リューリュー達を乗せたドラゴンはサイショの街の入口に降りた。
「着いたよ」
ドラゴンのビングが
ナトとラッカはビングの背中からスルリと降りた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
二人はリューリューに頭を下げ、礼をする。
「色々な話ができて楽しかったわ」
「サイショの街には行かないの?」
「運ぶ物ないからね」
「転移魔法で運ばないんですか?」
リューリューはラッカの唐突な質問に目を丸くする。
「転移魔法? なに、それ」
「モノやヒトを瞬間的に移動させる魔法ですよ」
「もし、そういうのがあったら私みたいな商売は終わりだよ」
真顔で応えるリューリューにラッカか
「え? でも、そういう魔法はほんとうにありま」
「すいません、リューリューさん。ラッカがおかしいこと言って。ちょっとドラゴン酔いしたみたいで」
「お兄ちゃん、わたし、ドラゴン酔いなんてしていない」
「ラッカ」
ナトは強めに妹の名前を呼ぶ。
「……うん、わかった」
ラッカはナトにだけ聞こえるように小声で言うと、リューリューに頭を下げた。
「ごめんなさい。わたし、さっきまで空飛んでいたから、意識とか、もうふらふらで」
「まあ、そうだよね。ドラゴンとかに乗ったら、なんでもできるような気がしちゃうから、転移魔法もあるとか思うよね」
リューリューはやさしい笑みを浮かべた。
「ハハハ」
一方、ラッカはできるだけやわらかい愛想笑いをした。
「後で理由話してね」
ラッカはナトにそっと耳打ちをした。
「ガァ」
ビングはさびしそうな声で出す
「サヨナラ? ああ、サヨナラだ。おっと」
ナトは何かを思い出したように袋からちからのたねを取り出す。
「ちからのたねだ。運び屋をしているのなら、ちからつけないと」
「ガァ」
「イラナイ? チャンスだぞ。主力のパーティーメンバーに種を与えて、好きな女ができたとパーティーから離脱して、みんなから種ドロボー種ドロボー、とか言われなくてもいいチャンスなんだぞ」
「ガ、ガ、ガア。ガ、ガッ。ガ、ガ、ガー、ガーガ」
「チカラハ、ツカナイ、タネダケジャ。チカラハ、ツク。コンナン、ト、クロウヲ、シッテカラ」
「ガー、ガ、リューリュー。ガガガ、ガ、ガーガガーガア」
「オレノチカラ、ハ、リューリューダ。アイツガイタ、カラ、オレハイキラレタ」
「ガガ、ガガ、ガッ。ガガ、ガーガ、ガ、ガ、ァ、ガ」
「チカラハ、ウデダケ、ジャナイ。チカラニ、ナレルコトヲ、シッテ、チカラ、ニ、ナレル」
「ガ、ガガガガガ」
「ダカラ、オレニチカラノタネハイラナイ」
「ガア」
「オマエ、イケメンだなー」
ナトはビングに差し出したちからのたねを口にする。
ナトのちからはあがった。
「でも、ホントはちからのたねは野菜だから食べたくないだけだろう」
「くぅ~ん」
「なんでかわいく鳴くんだよ、そこは。少しは野菜も食べろよ」
ビングはまたも「くぅ~ん」と鳴き、ナトは「はいはい」と、軽くあしらった。
リューリューはドラゴンの手綱を握りしめながら、二人に「さようなら」と別れのあいさつを言った。ナトとラッカは「さようなら」と、彼女の姿が見えなくなるまで手を振った。
「さて、お兄ちゃん。――わかっているよね」
「わかってる。……今晩の宿探しだな」
「違う! それも大事だけど、転移魔法のことだよ」
ラッカはリューリューと転移魔法の話題になったとき、リューリューは転移魔法をまったく知らなかった。ラッカは大陸中を行き来する運び屋が転移魔法を知らないはずがないと思い、詳しく話そうとしたが、ナトはそれを止めた。
「話した方がいい?」
「うん。お兄ちゃんだけが知っていることが腹立つから」
「知っているというか……、なんとなくというか」
「なんでもいいから、話して」
「わかったわかった。じゃあ、話すよ」
ナトは心の中にあった疑問をラッカに伝えることにした。
「リューリューさんはああ見えても立派な商売人、魔法に
「うん、そうだね」
「そんな転移魔法を知らないということは……」
ラッカは息をのむ。
「転移魔法って?
二人はお互いの顔を覗き込んで――、
「「アハハハ!!」」
と、笑いだした。
「な、わけないよな~」
「うんうん」
「ボクら、山奥の家で過ごしていたからよくわからないけど、転移魔法って、一般的に使う魔法じゃないのかもな」
「もしかしてわたしたち常識知らず?」
「あるな、それ」
「イヤだな、みんなからすごく笑われるよ」
「よーし、転移魔法とかそういう魔法はボクが許可するまで禁止にしよう」
「それー、イヤだよ。ママがいないのだから好き勝手に魔法使いたいよ」
「けど、それで友達ができなかったりしたら、それはそれで損だろう?」
「うう、う」
「そういうこと。だから魔法を使うのなら街のヒトが使っている魔法にしよう」
「お兄ちゃんがそこまで言うのならわかった」
「そうそう、ラッカは特別なまほうつかい」
「くすぐったいからやめてよ」
ナトはラッカをからかいつつ、サイショの街の中へと進む。
その間、ナトの脳裏ではこんなことを考えていた。
……ボクのカンが正しければ、ラッカの転移魔法は普通のまほうつかいが使う魔法のはずだ。でも、ラッカの魔法は一般人が知らない魔法だった。
転移魔法はすごく便利な魔法だ。どんな場所でも一瞬で転移できる、――一部場所を除くが。
こんな便利な魔法を使わないなんて……、どういうことだ? 母さんはラッカにまずい魔法でも教えたのか? 死者を
いずれにしろ、何も知らないでラッカが好き勝手に魔法を使うのは危険すぎる。場合によっちゃ、ラッカを自宅に返す必要もあるかもな……。
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