第12話 エリクサーとかいうどんなときに飲んだらいいのかわからない魔法の秘薬

 ランクCBの商人パーティーのリーダー、ビロウはナトの前に立つと、軽く頭を下げた。

「ニイチャン。残念やけど、あんさんがワイらのパーティーに入る件、見送らせてもらへんか?」

 ナトは残念そうに「エー」と長引くように言った。

「おかしくありまへんか? おカネになりへんのか?」

「お兄ちゃん、無理して商人の言葉を使わない方がいいよ」

 ラッカはナトの言葉づかいにやさしく注意した。

「頭のええニイチャンなら、気づいとると思うんやけど、この面談テストは――」

「1時間、何もしないこと」

「ニイチャン、わかっとったか」

「ええ。でも、ボクは答えがわかった上で、ホントに価値あるモノを探してきたんだけど」

「それがアカンのや」

 ビロウはカオの両側にあるこめかみに親指と薬指を当てて、下向いた。

「ええか、いくら答えがわかっても、ちゃんとそれをテスト用紙に書き込まんと点にはならへんやろう? ニイチャンがしたのは自分の名前を書かへんでテストを提出したようなもんやで。そんなテストの提出じゃ、マルもバツも付けれまへん」

「大人ってキビシイんですね」

「そや、キビシイんや。今回は見送りやけど、これはあんさんが立派な冒険者になるためのバツでもあるんや」

 ナトは唇をあげ、眉をひそめる。

「何か言いたげやな」

「ビロウさん。何か裏ない?」

 ビロウはカオを左右に振る。

「別にないで。ないで、……なぃンゃで」

「なんでちょっとずつ音量下げているんですか?」

「いやいや、別に下げてないで。ホンマやで、ホンマ。ホンマさかぃ」

「やっぱり、おかしいよ! ねえ、ホントのことを聞かせて」

「別にホントのことなんて隠してな――」

「なら、あの地図返して。別のヒトに売って、お金にするから」

「アカン!! それだけはアカン!」

「ビロウさん、そんなに顔真っ赤にならなくても――」

「ええか! ニイチャン! 世の中には触れたアカンことが山ほどおる! あんさんが触れたのはまさしくそれや! 人間のデリケートゾーンにヤマイモトロロ汁を塗りたくるぐらいエゲツないことしたんや!」

 ビロウはナトを怒鳴り散らした後、ハアハアと肩で息する。

「経験者は言うことがちがいますね」

 ナトは平然と言う。

「んなもんやるか!! もののたとえや!!」

「ヤマイモトロロデリケート未経験なんですか?」

「二人とも経験済みみたいなこと言いおるな」

 ナトとラッカはお互い目を合わすと、やがて目をそらした。

「二人ともホンマに開発してそうやからごっつコワイわ……」

 ビロウはさっさとこの話題から離れることにした。

「しかし、ニイチャンが持つモノを見る目は素晴らしいやけど、時と場合によっちゃ、それが仇になるんやで」

「でも、それ以上のモノを出そうと思って、ガンバったんですよ」

「そういうよくばりが変な結果を生むんや。出された問題はただ普通に答えるだけでええ。カッコつけた答えは出さんでええんや」

「でも……」

「お兄ちゃん、やっぱりなにもしないことが正しかったんだよ」

 ビロウは「妹はん、ナイスフォロー」と小声で言った。

「ナイス?」

「いや、こっちのことや」

「……でも、納得行かないな」

「何がや」

「ビロウさんなら、ボクに渡した1ゴールドについてネチネチ言うはずなのに」

 ビロウは「あっ」と、ナトに貸した1ゴールドをホントに忘れていた。

「あ、それ、わたしも思った。ケチでガメつくて頭の中おカネ大好き人間の権化ごんげなのに」

「なかなかキツイこと言いますな、ジブン」

 ビロウは、このままだとワイの印象が悪くなる、と、思い、少しは好感度をあげよう、と、算段した。

「ま、ワイも悪い所もあったかもしれん。兄はんが出した予想外の答えに対して、それ相応の評価をせんとな」

「何くれるんですか?」

「げんこつや」

「えぇ!」

「ウソや。つまらんオヤジギャグや」

 でも、ホントはげんこつを食らわしたかったのは彼の本音であった。


 ビロウはポーチから何かを取り出した。緑色の小瓶だ。

「なんですか、これ」

「エリクサーや」

「「エリクサー!!」」

 ナトとラッカの声が見事にハモった。

「ほぅ、エリクサー始めて見んのか。それは嬉しい――」

「いいえ、ボクらの父さん母さんが大切にしているエリクサー用の倉庫があって、そのエリクサーがバレル単位で飾ってあって、体力魔力全快するにはそれだけ飲まないと思っていたので……」

「えっと、つまり、お兄ちゃんはビロウさんが持つあまりにも小さな小瓶に入ったエリクサーが体力魔力全回復するわけがない、と、思ったわけです」

「モノごっつうイジりたいツッコミポイントがエゲツないほどあるんやけど、ツッコミ切れへんからスルーするわ」

 ――このまま、アホな会話していたら一夜をまたぐかもしれない、と、ビロウは思った。

「あんさん方が知ってのとおり、エリクサー言うんは、体力魔力その他諸々を回復してくれる魔法の秘薬や。そのためか、多くの冒険者は、貴重がって使えなくなって――」

「倉庫の物置になってモノクサーになるんですね!」

「なんやその、物ぐさーと掛けた珍種のアイテムは。でもま、エリクサーがあるのとないとじゃ冒険に違いが出てくるんや。要するに余裕やな」

「余裕?」

「これがあるからもう少しイケると冒険にハリが出てくるんや。新米冒険者なら、薬草よりもこっちの方が力強い味方になってくれるはずや」

「ボクはエリクサーよりもお金の方が味方になってくれると思いますよ、商人さん」

「やかましい」

「――一蹴ひとけり!?」

「嬢ちゃんが話してくれたわ。――兄はん、エリクサー病なんやろ? だったら、こういう序盤のときにエリクサーを使えるようにならへんとアカン」

「そういうもんですか?」

「そや。だから、今渡すわ」

 ビロウはナトにエリクサーの小瓶を渡す。

「これがエリクサーか。いい色してますね」

「そやな」

「どんな味なんですか?」

「味?」

「うん、味」

「味、味、味……」

 ……アカン、ワイもナマイキ言っとるのに、立派なエリクサー病や。エリクサーはよく手に入るのに、なぜか使わん。……なんでや。

 ビロウは心の中で自分自身を問い詰めていた。

「お兄ちゃん、ビロウさんもきっとエリクサー病なんだよ。貴重すぎて、飲めないんだよ」

「そういうものなんですか? ビロウさん」

「そ、そや。別に、飲むのがコワイとか、ちゃ、ちゃうで」

「その言い方だと怖がっていると思います」

 ラッカはビロウの強がりをそのように言った。

「そうか。ホントに貴重なんだね」

 ナトはずっとエリクサーの小瓶を見つめる。

 それを見たラッカは、ふと、こんなことを思った。


 ――お兄ちゃんもパパとママと同じエリクサー病だから大事に取っておくんだろうな。冒険が終わっても。でも、冒険の安心感を考えれば、エリクサーがあるのとないとじゃだいぶ違うはず。アイテムらんが圧迫するかもしれないけど、お兄ちゃんのために、大切に置いておこう。

 ラッカはナトが手に入れたエリクサーを大事にしようと心に決めるのであった。

 

 ナトはエリクサーの小瓶のフタを開ける。

「どれどれ」

 そして、そのまま、エリクサーをがぶ飲みした。

「「飲むの!!」」

 ラッカとビロウは1オクターブうわずった声でそう言った。

「ゴクリ」

「「飲んだ!」」

 ラッカとビロウはもう1段オクターブを上げて、エリクサーを飲み干すナトを驚いた。

「うわぁ、なにコレ、めちゃくちゃ濃い」

 ナトは渋いカオをして、苦味か甘味かわからない味に困惑する。

 一方、ラッカとビロウは冒険一日目の旅でいきなりエリクサーを飲んだ少年に困惑していた。

「ありえへんありえへん、こんなアホ始めて見たわ」

 ビロウは信じられないと言わんばかりに頭を抱え、首を左右に振る。

「ヒトを変人扱いしないでくださいよ」

「するわ! なんですぐ飲むんや! 貴重品だからと念押ししたというのに」

「ヒトをエリクサーが使えないエリクサー病呼ばわりして、その言い草はないでしょ!?」

「しかしニイチャン! 普通、街中で回復アイテムを使うなんてありえへん! ケガとかしたら宿屋で回復するやろ!? ニイチャンみたいなヤツがたくさんおったら宿屋がなくなるわ!」

「ビロウさんはエリクサーの毒見したことないんですか?」

「毒見したらアイテムがなくなるやろう!」

「でも、味見ぐらいはするでしょ。フツー」

「いや……、まあ、うん」

 ――なんでか、回復アイテムの味見せーへんな、……消費するからやろ、と、ビロウは思った。

「あ、エリクサーの食レポって、意外とアリかも」

「ニイチャン、オモロいこと言いますな。回復アイテムの食レポあるかもしれへんな、これ飲むと体力がオモロいぐらいに回復するで~って、あるか! そんなもん!! 」

「遠い遠い世界には薬品を飲んでレポートして稼ぐ仕事があると思います」

「それ、どんな世界やねん! 一度行ってみたいわ、まったく」

 ナトの会話に疲れてきたビロウはラッカの方を見る。

「嬢ちゃんも何か言ったらええで、こんな唐変木とうへんぼくにはキツい言葉がお似合いやで」

 ビロウからそう言われてもラッカは動かない。

「嬢ちゃん? じょぅちゃん?」

 ビロウが何度かやさしく呼びかけると、ラッカの口が動いた。

「……お兄ちゃん」

「何、そんな深刻な顔カオして」

「どうしてエリクサー飲んだの?」

あらかじめ飲んでおかないと味がわかんないだろう? もしかしたら、ボクが嫌いな味だったらもう一生飲まないかもしれないし――」

「お兄ちゃんのバカ!」

 ラッカは怒った。

「何に怒っているのかわからないけど、ゴメン」

「ゴメンじゃないよ! エリクサー飲んだらエリクサー病治るでしょう!!」

「――え?」

「え? じゃない! お兄ちゃんは深刻なエリクサー病のパパとママの息子なんだよ!」

「えっと、それと、ボクのエリクサー病と関係あるの?」

「うん! ――間違っている、こんなの絶対間違ってる! こんなん絶対炎上モノだよ!!」

 ラッカがナトに詰め寄ると、ビロウが止めに入る。

「いや、嬢ちゃん。エリクサー病というのはもったなくて使えない意味やから、別に自分自身にエリクサーを使ったからって言うって完治するわけやないで」

「そういうもんなんですか?」

「そういうもんや。人間隙あらばエリクサー病になるんやで。少しでもアカンもったいない、と思って、仲間に使わんかったら、いつでもエリクサー病になるんや」

 ――我ながらテケトー言うとんな、と、ビロウは思った。

「……じゃあ、お兄ちゃん、エリクサー病なの?」

「素質はあるな」

「素質ってなんですか、ビロウさん」

「よかった、お兄ちゃんはエリクサー病で」

「だからそれはどういう意味だよ、ラッカ。何処まで二人はボクをエリクサー病にしたいの」

「「うん」」

 ビロウとラッカはまたしてもハモった。

「あのね……」

「しかし、回復アイテムをみんなのために使っていたらエリクサー病にはならんわ。ニイチャンが今エリクサーを飲んだらのは、おそらくいつ回復アイテムを使えばいいのか、見極めをしたかったはずや」

「いえ、ただ、単にエリクサーの味を知りたかったです。――オイシかったら、もう一本飲みたいので」

「ウマいクスリなんてあらへん! ウマかったらヤバもんや!」

「そういうもんなんですか?」

「そや! クスリは苦いんや! 意識して適度に飲ますために苦いんや!!」

「どおりで苦かったんですね。舌の五感が殺される感じがしました。だからみんな好き勝手飲まなかったと」

「そんなわけないやろ! って、ホンマ、カンニンしたってや、ニイチャン。あんさんとの話はものごっつつかれるわ」

 ビロウはポーチから時計を取り出し、今の時刻を確認する。

「ええ時間やな、じゃあ、ワイはこのへんでおいとまするわ」

「エリクサーちょうだい!」

 ナトはビロウに向かって両手を差し出す。

「不死鳥の塔とかにおるツボの中に隠れとるユカイな魔物かなんかか? ジブン。これ以上、欲しかったら冒険して手に入れや」

「あのー、ビロウさんはこれから何処に行くんですか?」

 ラッカの質問にビロウは応える。

「なかまの皆はんと帳面、確認した後、この街にある宿に泊まるわ。それから早朝から出ていくわ。もし、今度、何処であったらよろしゅうたみまっせ」

「はい! わかりました」

「若いもんと話するん楽しかったわ。……あ、そうそう、ニイチャン」

「ん?」

「ニイチャンが持ってきた冒険は楽しかったで、久しぶりに血が騒いだだ。ワイにもこんな情熱が寝むとったなんて忘れてたわ。でも今度はな、安全なもん持ってきてや」

 ビロウは二人に手を振り、商人パーティーの元へと戻った。

 ラッカは遠ざかるビロウの背中を見て、かわいげに首をかしげた。

「何言ったのビロウさん? わたしたちまだ冒険なんてしてないのに」

「やっぱり、ラッカはまだまだだな」

 といって、ナトはちからのたねを食べる。ナトのちからがあがった。

「何それ。冒険っていうのは、まだ、世界で誰も見たことないものを探すことでしょう?」

 ナトは笑顔で応える。

「そうじゃない、誰かの心に触れることが冒険なんだよ」

「お兄ちゃんって、話に困るといつもそればかりだね」

「そうかな」

「そうだよ。わたしだから言うけど、心の冒険なんて誰も興味ないよ」

「そう? ボクは興味あるけどね」

「はあ……」

 ラッカはナトの言葉を理解できず、小さなため息をつくのであった。

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