第13話 オールドメイドとかいうよく知られたトランプゲーム

 

「残るオススメパーティーは二組か」

 商人パーティーに参加を見送られたナトは、冒険者ギルドの館にいる冒険者たちを見る。

「ええっと、ランクBCのまほうつかいパーティーと、ランクAAの貴族パーティーだね、お兄ちゃん」

 ナトはラッカの言葉に頷く。

「もう一人で冒険した方がいいかもな」

「でも、冒険者登録するにはお金がだいぶかかるよね。冒険者登録しないと冒険者ギルドから依頼とか協力とかしてもらえないんでしょう?」

「そうなんだよね。お金を稼ぐとしても、冒険者パーティーに入らないといけないし」

「明日来る手もあるよ」

「うーん」

 ナトは悩みながらちからのたねを食べる。ナトのちからはあがった。

「頭スッキリした?」

「そんなわけないだろう? ミント入りお菓子じゃないんだから」

「なーんだ」 

「でも、少し気分が晴れたよ」

「じゃあ、これからどうするの?」

「一応、あいさつはしておこう。もしかして、別のパーティーを紹介してくれるかもしれないし」

「それ、すごく効率的だね! これもちからのたねのおかげだね!」

「そんな効果ないない」

「だよねー」

「まあ、まだ時間もあることだし、アコウさんからあいさつしよう」

 ナトはそういうとアコウのいるテーブルと向かった。


 まほうつかい達4人はトランプゲームをしていた。ババ抜きをしていた。

 彼らが手にしているカードは何度かプレイしているためか、だいぶ痛みが目立っていた。中には折り目のついたカードも混じっているが、そんなことお構いなしでゲームをする。細かいことなしで何も考えずに遊ぶのが彼らのルールだからだ。

 そんな彼らの遊びを隣の席から見る老人がいた。

 長いヒゲが特徴的な老人、アコウ。トランプゲームをするまほうつかい達を仕切るリーダーである。


 アコウは彼らがどのカードを持っているのかは知っている。カードについた折り目とキズから手札の中身を推測しているのだ。

「あ、ヤバイ。ババか」

 ――カシよ、ウソつくでない。カードのキズからして、ハートの3じゃ。

「いいのそろってないな。まったく」

 ――チーク、そこからだと表のカードが見えとるぞ。

「あ、スペードの8あったら回して」

 ――ツバキ、8の印もないのに、そんなの回してどうするじゃ?

「調子いいな。わたし、あと3枚」

 ――オリーブ、その中にあるババをどうするつもりかな?

 アコウは仲間たちが遊ぶ姿を酒のさかなにしながら楽しげに見る。彼にとって、この時間はとても楽しい時なのだ。


「すいません、アコウさんでしょうか?」

「誰じゃ?」

 アコウはめんどくさそうなカオで声のする方へと振り向く。

「始めまして、ナトと言います」

「何のようじゃ?」

「パーティーに入れてくれませんか?」

「ワシらのパーティーにか」

 アコウは長いヒゲをクルクルとしながらナトを見る。

「何か付いていますか?」

「付いてるも何も、お主から魔力を感じん。普通人間ならば、魔と呼べる不可解な力を持っていても不思議ではないのに」

「ボクは生まれつき魔力のない人間なので」

「魔力がないということは、魔法が効かないとか?」

「普通に効きます」

「ふむ。まあ、魔力の素養のない人間はいるからな。それが自分の個性だと思って、ガンバるんじゃぞ」

 アコウはそういうと再び仲間達のトランプゲームを見る。

「はい、がんばります」

 ナトも軽く会釈すると、アコウから離れようとする。

「何処行くの? お兄ちゃん」

 しかし、ラッカはそれを止める。

「いや、話が終わったから」

「終わってない終わってない」

 ラッカはナトの自由さに頭を抱える。

「それでなんで魔法の相談を受けていたの?」

「親切にしてくれたから」

「お兄ちゃんは魔法使えないって悩んでいたけど、今ココですることなの?」

「ラッカにはわからないかもしれないけど、魔法使えないって、この世界だとだいぶ、不利なアドバンテージだぞ」

「……あの、……お兄ちゃん、が、ガンバってね……、じゃなくて! お兄ちゃんがするのは面接でしょう? アコウさんのまほうつかいパーティーに入れてもらえるかの」

「あ、そうだったそうだった」

 ナトはアコウの方へと振り返る。

「すいません、アコウさん。ボクをパーティーに入れてもらえませんか?」

「またか。まったく……」

 アコウは嫌々ながらもナトの目を見る。

「明日、お主は厄介な奴らと出会うことになるじゃろうな。そこから逃げればいいものを、持ち前の正義感かやさしさみたいモノがお主を苦しませる」

「それ、やだな」

「でもまあ、それがお前さんの個性かもしれん。誰かをやさしくする自分を大切にするんじゃよ」

「はい、ありがとうございました」

 ナトは頭を下げ、ラッカの元へと戻る。

「ラッカ。ボク、明日、あまりいいことがないんだって」

「占いの話じゃなくて、パーティーの話をしなさい」

 ラッカは少しキツめに言う。

「ゴメンゴメン」

 ナトはそろそろ本気で怒りそうだと思い、今度は本気にパーティーに入れてもらおうとアコウの元へと向かった。

「アコウさん、パーティーに入れてください」

「魔法使えないのに、魔法パーティーに入りたいとは個性的じゃな」

「ラッカ、ボク、ダメみたい――」

「いや、少年。話は終わってないぞ」

 アコウはそういうとゆっくりと立ち上がった。

「最近、物見遊山ものみゆうざんで話しかけてくる奴らが多くてな。一二回こうして軽くあしらわっているんじゃ」

「魔法の相談や占いの話とかし出したのはそういうことだったんですね」

「そうじゃ。まあ、こういう身なりなんでな、それっぽいこと言えば、相手は満足するんじゃよ」

「でも、ボクは素質があるから話してくれたんですね」

「いーや、三回も同じ人間と話す物好きだと思ったからじゃ」

 ナトは「なんか、ショックだ」と小声で言った。

「さて、話をしようかの。ワシは大魔導師のアコウ。まほうつかいのパーティーのリーダーじゃ」

「ボクはナト、冒険家見習いです」

「わたしはラッカ、お兄ちゃんの妹です」

 ラッカが軽く会釈すると、アコウは彼女を指差す。

「お嬢ちゃんは合格」

「やった」

 ラッカは賢者の杖を持ちながら両手を上げる。

「ラッカ、自分の冒険するためにここに来たわけじゃないだろう?」

「うん、そうだけど、やっぱり合格とか言われたらうれしくない?」

「うれしいかうれしくないかと言われたらうれしいけど」

「でしょ?」

「うーん。でも、なんかズルいな」

「ハハハ。お嬢ちゃんからはとてつもない魔力を感じるからの。先にツバを付けときたかったんじゃ」

「ラッカ良かったな。おじいちゃんのツバ付きだぞ」

「お兄ちゃん、もうちょっと言葉選んでよ。――青田買いとか売約済みとか」

「ラッカ、それ、絶対いい言葉じゃないよ……」

 ナトは少しだけ妹の言葉づかいに不安を感じるのであった。

「まあ、少年よ。残念がらなくてもよい。まだ合格か否かは決まっておらぬ」

「じゃあ、何で決めるんですか?」

「お主さんにはこれからちょっとしたゲームをしてもらう。その良し悪しでお主のパーティーへの参加を検討したい」

「ゲーム?」

「そうじゃ、こっちに来なさい」

 アコウはナトと一緒にまほうつかいパーティー達が座るテーブルへと行った。

「お」

 その途中、ラッカは賢者の杖が自分の足に引っかかり、少しよろけた。

「だいじょうぶかね」

 隣りにいたアコウはラッカを抱きとめる。

「あ、はい。だいじょうぶです」

 そう言うと、アコウは軽く頷き、再びあるき出した。

「……恋した?」

 ナトは軽くラッカをナジる。

「しない!」

 ラッカはカオを真っ赤にして叫ぶ。

「でも、意外と紳士的だね、あのジイさん」

「うん、そうだね」

「ああいう冒険者パーティーに入れるのなら安心だよ」


 アコウがまほうつかいのパーティーたちのテーブルの前に立つと、パン! と、手を叩いた。

「オールドメイド」

 アコウが手を叩くとまほうつかいのパーティー達は皆、手にしていたカードをテーブルの上に置き、両手を膝の上に置いた。

「なんですか? これ」

 ナトは困惑するかたわら、アコウは彼の方へと向いた。

「ババ抜きを知っているか?」

「まあ、一応。えっと、最後までジョーカー持っているヒトが負けのゲームですね」

「そうじゃ。しかし、本当のババ抜きはそうではない」

「本当の?」

「元々、ババ抜きとはオールドメイド、年老いた未婚の女性というゲームじゃ。その名のとおり、クイーンのカードを一枚抜いて、最後までペアにならないクイーンを持っていた者が負けというゲームなんじゃ。あまりいい言葉ではないがな」

「うん、あまりいい言葉じゃない」

 ラッカは嫌気を差したカオをすると、そう言った。

「こういう考えもある。オールドメイドを持つ者は魅力のある人間でもある。ある国の女王は他の国々の王子達の求婚を無視し、自身が持つ国の領土を大きく広げた。女として武器をフル活用するためにわざと結婚せず、他の国々の王子同士を戦わせて、大きく疲弊ひへいさせた。ただ、その女王は最後まで結婚しなかったそうじゃがな。その女王に名付けられた名称が処女王ヴァージンロード、未婚の女王と言うわけじゃ」

「アコウさんが言ったオールドメイド、と、どう関係あるのですか?」

「単刀直入に言おう。あのテーブルの上にある手札から、誰がオールドメイド持っているのか当てて欲しい。それがこのゲームの内容じゃ」

 アコウは自慢のヒゲを触りながら、ゲームのルールの概要を説明した。

「えっと、つまり、ペアになっていないクイーンが誰が持っているのか、当てろと」

「そうじゃ。運がいいことに、もうすでにクイーンのペアが場に出ておる」

 アコウの言うとおり、クイーンのペアのカードはテーブルの上にあった。

「それに、皆、まだゲームをしておる。あがったものは誰一人いない。すなわち、あのテーブルにいる4人の中に必ずや残り1枚のクイーンのカードを持つ者がいる」

「ジョーカーは?」

「入れておらんよ」

 アコウはまほうつかいのパーティーのテーブルを回り出す。

「ワシらのパーティーを紹介しよう。お主から見て、時計回りに言おう」

「はい」

「こやつがチーク。何処かしらうっかりしておる、まだこどもの男のコじゃ」

 チークは軽く頭を下げた。

「少しおませなツバキ。このパーティーのお姉さんじゃが、ときどきドジをする」

 何か言いたげなツバキだが、グッと唇を噛みしめる。

「奥にいるのがカシ。ワシを除けば最年長の若者じゃな。仕事ができるいいヤツじゃ。ただ、男のくせに長髪なのはいただけないが」

 カシは腕組みしながら視線を落とす。

「そして、オリーブ。お主の妹同じぐらいの年じゃが、このコもまた計り知れない魔法を持っている。まあ、おてんばな女のコには変わりはないが」

 オリーブはグッと手を握り、平然さを保つ。

「メンバーはこれで全員じゃ。何か質問はあるかな?」

「アコウさんはなんでメンバーの短所をわざと言ったの?」

「ほぅ、お主にはそう聞こえたか」

「ええ、なんていうか、アコウさんの言葉にみんな反応していたみたいで」

「ハハハ、まあ、そのとおりじゃな。これはな、ゲームであるのと同時にちょっとした訓練なのじゃ?」

「訓練?」

「お主には悪いと思うが、これはパーティーの訓練でもあるのじゃ。どんな状態でも心の平静さを保てるのか試しているのじゃ。精神的過失によって魔法の詠唱を失敗しては叶わんからな」

「そういうもんなのか? ラッカ?」

「うん。心が揺れていると魔法がうまく使えない。アコウさんが言うことも一理あると思う」

「そういうことじゃ、少年。誰がオールドメイドを持っているのか、を、彼らの心を探ってほしい」

「えー」

「お主が外せばそやつはクイーンが付いており、お主が当てればオールドメイドが付いている。クイーン持ちは自分には幸運があると信じている。これはそういうゲームなのじゃ」

 アコウはテーブルを一周すると、ナトの元へと近づく。アコウがそばに近づくその間に、ラッカはナトに軽く耳打ちをした。

「お兄ちゃん。わたし、さっき見たんだけど。クイーンはあの女のヒト、オリーブさんが持っていた。スペードの」

「でも、それは数分前の話だろう? いつまでも持っているとは限らない」

「それはそうだけど……」

「これはメンタルゲームだよ。言葉を重ねる中で、誰がクイーンを持っているかのゲームなんだ。みんな、若いまほうつかいだから、アコウさんはこういうゲームを重ねて、いい経験を作っていきたいんだろう」

「お兄ちゃんの得意の分野だね、心を読むのは」

「そうだね」

「それで誰の心を読むの」

「それはもちろん――」

 ナトはアコウの視線をとらえる。

「――ゲームマスターだよ」

 ナトの透きとおった目を見たアコウはその目を見返した。

 ――何を見とる、ワシじゃないぞ。

 しかし、ナトはアコウを見る。心に入り込むように。

 ――いいじゃろう。ただし、ハズれたら、この件はナシじゃぞ。


 アコウがナトの目の前に立った。

「さて、ゲームを始めようか。質問は一人一回のみ、どんな質問でも良い。質問が終わったら誰がクイーンを持っているか当てる。それだけじゃ。それでは、ゲームを始めよぅ――」

 ナトはテーブルの方へと手をのばす。

「テーブルの奥にいる兄さんがクイーンを持っているよ」

 ナトはカシのカオを指差した。


 カシはふっと笑うと、手札を見せた。

 その手札の中にはスペードのクイーンがあった。

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